潜む影の正体【捌】
やーっと、やーーーっと、修正終わりました!!
おかげで投稿がだいぶ止まっていた『平安異聞録』ですが、毎回長文で読むの疲れた……という方もいるかも、と思いつつもまたも同じくらいの文字に。
ですが、その分内容はぎゅぎゅっとしてあるはずなので、待っていて下さった方がおりましたら、どうぞ続きをお楽しみ下さい(´•ω•̥`)
『言え』とたった一言。
それなのにとてつもない恐怖が鬼を襲う。
凄まじい圧の籠った言葉に気圧された鬼が、死にたくないと藁にもすがる思いでその口を開いた。
「あ、あの方とは、偶然会った!突然目の前に現れたのだ!」
しどろもどろになりながらも、鬼はあの方とやらに出会った時のことを語り出す。
「それで?」
「突然目の前に変なのが現れたから、反射的に襲いかかろうとしたが、体が動かなかった……まるで縫い止められたように。ヤバいと思ったが、あの方は『賭けをしよう』と言ったんだ」
そんな怪しいかけに乗る馬鹿がいるんだな、とどこか冷静な部分で考えた晴明は続きを待った。
鬼もこれくらいで見逃して貰えるとは思っていなかったらしく、息を飲むとさらに言葉を続ける。
「本能的に、やるしかないと思った。そうしないと、すぐさま殺される…そんな気がしたんだ。だから仕方なく賭けにのった」
「……その賭けの内容とは?」
「次の日までに、同族を五匹狩ってくること。狩ってこれれば更なる力を与える。失敗すれば贄として殺すと」
果たして同族を手にかけさせて何がしたかったのか。
この鬼の力を試すため?はたまた、同族を殺すことを厭わない者を探していた?よく分からない。
少なくとも妖達にはそこまで難しい賭けではないように思えた。
「ほぅ……ならお前がここにいるということは、同族を殺し賭けに勝ったか」
「はっ、同族だからなんだと言うのだ!殺したところでなんの問題もない。強者が生き残り弱者が喰われるのが理だ」
そう、悪びれもなく叫んだ鬼はの言い分も間違いではないのだ。
実際晴明も責めていると言うより、ただ事実を確認したに過ぎない。
弱肉強食、自然の摂理とはそういうものだ。
特に妖は個々を優先するきらいがある。たまに群れをなすモノもいるが、数多いる妖の大半は同族でも関係なく他のモノとして考えるのだ。
だから晴明もその賭けが妖なら難しくないと先程考えた。
人間が特別共感力や仲間意識が強く、他者へ感情を傾けやすいと言うだけ。
生きる為に、自分を守る為に生き物を狩り。
生きる為に、自分を守る為に狩ったものを喰う。
人間同士ですら、互いを喰らうことはなくとも明確な殺意を持って人を殺す事はままある。
「そうだな、間違ってはいない」
そう、間違ってはいないのだ。
ただ、不愉快感を与えると言うだけで。
「我は勝者であり、だからこそ生き延び、あの方は更なる力と狩場を分け与えてくれたのだ!!あの方はっ、……んぐ、ふぅ!?」
まるで自分を褒め称えるかのように語っていた鬼は突然言葉を飲み込んだ。
その大きな口を手のひらで覆うが、その隙間から漏れたのはくぐもった声。
元々ぎょろりとしていた目をこれでもかと更に剥き出し、片方は口を、もう片方は腹を抑えるようにしながらえづく様に身体を震わせている。
特に目に見える変化はまだない。
だが、確かにこの場で起きている異様な気配を察知した晴明は、瞬時に鬼の首に当てていた刀ごと咄嗟に後ろへと飛び跳ねてその場から距離をとる。
本当ならば、折角後一歩の所まで相手を追い詰めているという好機に、自ら離れるなんてことを馬鹿では無い限りしないが、急に漂い始めた"異質"な何かを肌で感じたのだから仕方がない事だ。
現に、晴明の直感は正しく、その"異質さ"は徐々に異変として濃さを増し、目視でも認識できるようになった。
───それは気持ちの悪い光景だった。
始めは呻くきながら時々嘔吐いていた鬼の腹部が、前触れもなくぼこり…と歪に歪んだ。
次に何かが腹の肉と皮膚を突き破ぶろうと暴れているように、形を変えながらうごうご、ぼこぼこ。奇妙に腹の中で動きはじめたのだ。
うぇ、おぇと絶え間なく鬼はえづき。
その度合いは時間が経つにつれどんどんと大きなものに変わる。
「ど、どうしたというの……?」
宙に漂う藤澤笙子は、口元に両手を当てながら共犯である鬼に何が起きているのかが分からず狼狽し、ただ見ているしかできないでいた。
その顔には驚きの色がこれでもかと滲んでいる。
また鬼自身も、困惑している様子だった。
だとすると、これは彼らにとっても想定外な出来事ということだ。
鬼の腹部は未だぼこぼこと何かが這い回る様に動きのたうち回っている。
その様は女が子を産む前の…腹の中に幾許か育った胎児を抱えている時の光景にそれは少しだけ似ている気もする。
それとは似ても似つかない感情しか見ている者には生まれないが。
間違いなく外に出ようと内側から暴れる何かがそこにあるのは確かだった。
鬼も自分の身に何が起こっているのか分からないと、体の変化に狼狽してまともに言葉を発することも出来ず呻き、驚愕と困惑を綯い交ぜにした表情を見せている。
狼狽したままの鬼の腹は、どんどんとその存在を示す何かの動きは次第に激しくなり、遂には腹の皮を突き破りそれが表へと姿を晒した。
鬼の腹からは沢山の真っ黒なカラスがその鋭い嘴で皮を引き裂いて現れる。
そんな現れ方をしたカラスが普通のカラスなわけがない。
真っ黒な体はところどころが羽が剥がれ、その瞳に光はない。もっと言えば、瞳自体がないのだ。
本来そこにあるはずの目はくり抜かれたのか陥没したのか…どちらかまでは分からないがなく、黒く沈みこんでいた。
弱い風に乗って鼻につく独特な異臭に、くんっと鼻先を動かした晴明はその鼻につく独特な匂いの正体を知っていた。
これは………間違いなく"死"の匂いだ。
生き物が朽ち、腐敗していく時のあの独特な匂い。
「……"鴉"の使いか」
異臭を放つそのカラスに見覚えはない。
だが、"鴉"に関わりがある鬼の腹から出て湧いた気味の悪いカラス。
これが無関係なはずがない。
どう考えても"鴉"によるものだ。
「あぁああ!?腹が、腹がっ!!我の腹から何故っ!?」
そうと気付かぬ当人は、自分の破れた腹を驚愕の瞳で見ていた。
首が飛ばぬ限り死なない鬼にとって、腹をいくらズタズタに裂かれようが、痛みはあれど致命傷にはならない。
だからこそ鬼は意識を失うこともなく身に起きたことを確認できた。
時間さえあればその腹も元に戻るだろうが、果たしてそんな時間と未来があるか……。
どう見てもカラス達は、晴明ではなく鬼を取り囲んでいた。
鬼が"鴉"の事を話そうとしたら狙ったように現れるとは。
「はははっ、はははは!……やってくれる。"鴉"め。初めから仕込んでおったな!」
そんな事、種を仕込んでおかねば出来るはずがない。
カラスは周りからではなく、鬼の中から湧き出てきたのだから。
とても笑える状況ではないのに、晴明は狂ったように笑い出す。
悔しそうにぐしゃりとかきあげた自らの髪を握りつぶしながら、高らかに笑うその声はとてもよく響く。
初めから、鬼はただの駒だったのだ。
もしかしたら駒ですらないのかもしれない。
それでも徹底して"鴉"については語れぬように、種を仕込んでおいたとは。
……本当にやってくれる。せっかく少しは情報が得れるかもしれなかったのに。
人は怒りでも笑うことが出来たんだなと、晴明は俯瞰的にそんなことを思う。
その笑い声に混じり、聞き覚えのない声が聞こえた。
『……ハイキ、…せよ。…ハイキ…ハイキ…せよ』
気持ち悪く不規則に重なる数多の声が『ハイキセヨ』と言う言葉を繰り返す。
まるでそれしか知らぬ様に重なる複数の言葉は、鬼でも笙子でもない…カラス達から漏れ出ていた。
それに驚いたのは鬼と笙子、そして結界外の者のみ。
晴明は動じることなくそれを笑いながら見ていた。
言葉を発したのを皮切りにカラス達は間合いを積めるようにジリジリと鬼に群がり始める。
異様な存在ではあるものの、本能的なものかそういう指示なのか。
鬼に自身のその鋭い嘴が届く距離まで辿り着くと、前触れもなくその嘴を一斉に鬼に突き刺し始める。
「なぁ!?どうなってる、やめろっ、やめろ!!寄るなっ、散れっ!!」
まだ再生が追いつかない鬼は、腹に群がるカラス達を追いやろうと必死だ。
「貴様ら如き下等種が我が血肉を口に出来ると思うなっ!!」
その場には鬼の焦る声と、カラスの『廃棄』という言葉の木霊と羽音、晴明の笑い声が混ざり合い混沌と化していた。
外から見守るしかできない者達はその光景を見つめるだけ。
憲平さえ、何も言葉が浮かばなかった。
晴明が突然豹変した様に怒り、そして晴明という幼子に軽い一振でいとも簡単に吹き飛ばされた鬼の腕の事も。
急に呻き出した鬼の腹から数多の気味の悪いカラスが湧き出た事も。
そのカラスが言葉を話し、獲物を捕食するように鬼へと群がっている事も。
晴明が壊れたように笑い始めた事も。
全てに頭がついていけずに、見ているしかできないのだ。
誰もが動かず、鬼だけはカラスを近づけまいと攻防を続けていたが、下等種と見下していたカラス達の方が鬼を上回り、防ぎきれていないところから次々と突き刺した嘴で肉を抉って噛みちぎっていく。
その度に痛みが体を走るのか、鬼が顔を顰めた。
「ふははは、はっ………はぁ〜。鬼よ、"鴉"が提示した賭けなど初めから成立していなかったということだ。貴様が勝とうが負けようが、贄として使うつもりだった…つまりは貴様はまんまと騙されたというわけだ」
「あの方が、我を、騙しただとっ!?力まで下さったと言うのに何故だっ!!」
鬼が驚くのも分からなくはない。
確かに、本当に鬼に力を与えたというならその真意は晴明だって知りたいところだ。
わざわざこんな鬼使わずとも……いや、使わない方が、本当に晴明の知る"鴉"ならばよっぽど効率良く事を済ませられただろう。
それこそ、簡単には邪魔が入らぬようあらゆる手を使って。
晴明が知る限り、"鴉"とはそういうもので、それに見合う力も持ち合わせている。
だからこそ、晴明ここまで時間を費やしてまで追い続けているのだから。
「理由など私が知るか。知りたければ本人に聞くことだな…まぁ、聞けるとは思えないが」
どうせこのまま鬼は殺されるのだから。
その言葉は敢えて口には出さなかった。
出さなくとも、"鴉"がそうしたと鬼が認めさえすれば、自ずとその先は理解できるだろう。
それにしても…腹立たしいが、"鴉"の周到さは見上げたものだ。例えろくに己の情報を与えていない末端の口でさえここまでして塞ぐのだから。
笑いを止めた晴明はギリリと奥歯を噛む。
「私が手を下すまでない。貴様のことは"鴉"に任せるとしよう」
鬼を尋問する事をやめた晴明は、事が済むまで傍観を決め込んだ。
歯がゆいことは事実だが、こうなってしまってはあの鬼から何かを聞くのは無理だろう。
元々大した情報も持っていなさそうだ。
それでも"鴉"に少しでも関わるなら聞き出したかったが、こうなっては無理だと判断する。
得体の知れないカラスの姿をした何かが何か分からない今、不用意に近づかない方がいい。
(それでも、ただで帰してやる気は毛頭ないがな)
鬼を口止めしたいならすればいい。
代わりに自ら現れた"鴉"により近しいだろうカラスの一羽でも捕獲出来れば、そちらの方が断然良い。
それが何かを調べる方が、鬼を詰めるより余程得るものがあるはずだ。
晴明はその時を待つ為じっと目だけは離さないように見ていた。
観察で得ることが出来る情報は全て逃さぬように。
群がるカラスは容赦なく鬼の肉を抉る。
口に収まらず呑み込めなかった肉は飛び散り、浮きでた骨はその嘴に少しづつ砕かれていき、ボロボロと歪な形に変わっていく。
まだ開かれた腹しか狙わないのは何故だろう。鬼を殺したいならば首を一目散に狙うはずなのに。
眺めながら、騒ぐ鬼の末路など興味がないと、不振な点を一つ一つ探していく。
首を狙わぬのは何故か。
カラスは腐敗してはいるが、本当にカラスなのか。
遺体を操る術もあるが、それなのか。それとも無理矢理作られた何かなのか。
鬼にはどういった方法で予め仕込んだ?
ある程度警戒心はありそうなのに何かを飲み込ませた?術を仕掛けておいた?
ぐるぐると不振な点は晴明の脳内で増えては回る。
「……何をしているのっ!!早くそんなもの殺してしまいなさいなっ」
そこに聞こえた声は、未だに苦戦している鬼でもカラスのものでもなく。
今まで宙から様子を見ていた笙子だ。
笙子が鬼に向けてそう言っても、鬼は防ぐのでいっぱいいっぱいで、笙子の言う通り殺そうとしても逃げられているのだから難しいだろう。
痛みだけは常に体にあり続ける鬼は、そんな状態でまともに笙子の相手が出来るわけなく、笙子への返事は何も返ってこない。
「どうして!どうして、そんなカラスなんかに手間取るのよ!貴方は鬼でしょうっ!」
笙子は実態はないから大丈夫だと思ったのか、ふわりと、鬼の傍に降りてきた笙子。
言葉ぶりからも、異様な現れ方ではあったが、それがカラスというありふれた存在には変わりないと考えているのだろう。
すると、完全に鬼の傍に寄る前に、カラスの窪んだ目が確実に笙子を捉えた。
そのうちの数羽が笙子に向かおうとする。
「っ!?来ないでっ!!」
「っ、笙子っ!!」
笙子と、そして聞き覚えのある声が慌てた声を上げた。
反射的に避けようとした笙子はぐぅんと宙からに再び浮くことでカラスを避けることは出来はしたが、カラスとは本来飛ぶもの。
いつその羽を伸ばして飛んできてもおかしくないと、笙子も注意深くカラスの動きを見ていた。
どの道この結界内でカラスも笙子も逃げ場はない。
ならば空中を鬼ごっこするかないだろう。
その準備をするために笙子は目を逸らさずカラスを見ていたが、カラスはある程度笙子と距離が開くと、まるでどうでもいいとまた鬼の元へ戻って行った。
(鬼が最優先、だが笙子殿も機があれば…ということか。一体実体を持たない笙子殿をどうするつもりなんだ?)
実体がないのだから、その嘴を刺すことも噛み付くことも出来ない。
それでも、近づけばこれ幸いと狙う。
なら方法があるということだろう。
「笙子殿、あれの二の舞になりたくなければ近づかぬほうがいいぞ?カラス達は恐らく、貴女にも何かしら危害を加えることが出来る」
鬼はどうなってもいいが笙子は別だ。
晴明は浮いている笙子にそう告げた。
いくら"鴉"が関わっていようと、今の晴明が優先すべきは笙子である。
自らの失態を贖うため、笙子の怨念を解さなければいけないのだ。
その為に晴明はここにいるのだから。
だから、笙子の怨念も誤解も解かぬままカラス達にくれてやる訳にはいかない。
「幽霊である私を襲うなんて、そんなはずないでしょ!」
「そんなはずない、ということはないだろう。私の結界だって霊体の貴女を焼くことができる。あのカラスが普通に町中にいるものなら貴女の言い分に頷くが、あれは違う。"当然そうあるべきだ"という考えは当てはまらない。貴女も危険を感じだから今さっき逃げたのだろう?」
晴明の言葉に返す言葉を紡げないのは、それが図星だったからだ。
危険を感じていないのならば、再び鬼の傍に寄ればいいのにそうしないのもその通りだから。
「鬼は救わぬが、貴女は救おう。だから、私がいいと言うまで大人しくそこにいる事だ」
「何故、私がそのような言葉に従わねばならないのっ」
「従え…とは言っていない。ただの提案だ。ここまで事を大きくしておいて何も成せず、なんの意味もない末路を選びたいと貴女が本当に願うなら、私はそれを自分の失態に対しての贖いとして叶えるつもりだ。だが、まだその復讐の念を捨てきれないならば、今はそうした方がいいと助言しているに過ぎない。どちらを選んでくれても構わないぞ」
実際はもし笙子がまたカラスに近寄ろうものなら、強制的に笙子を捕縛し別の結界を張って放り込むだろう。
だが、その僅かな隙さえカラス達には好機になりかねない。
だから、手間を増やされないよう晴明は務めて冷たさを含めた言い方をした。
「理解出来ただろうか?」
「…………」
返事はなかった。
だが、笙子は何も言わずそこに居続ける。それが答えということだろう。
会話が終わり、鬼とカラスの騒がしい音だけになってどれくらい経ったか。
いつの間にか鬼の言葉は怒声でも威圧的でも無くなっていた。
「もう、もう止めてくれっ……痛い、もう、ずっと痛い……喰うのを止めてくれ……いっそ殺してからにしてくれ」
ついに鬼はそんなことを言い出した。
絶え間なく与え続けられる痛み。
再生が追いつかずとも、ほかの肉を求めて首以外のあらゆる部位を抉り取るカラス達。
終わりのない苦痛は鬼の精神を酷く削り、懇願させるほどまで追い詰めていた。晴明の与えた恐怖に『死にたくない』と見苦しくも言っていた鬼が、止めてくれないのなら『殺してからにしてくれ』とカラスに言い募る。
その言葉を待っていた様に、カラス達は一斉に大きくひと鳴きする。
その不気味な声が響き、カラスが鳴き終えると、ないはずの目で鬼の首を狙い飛び立ちずぷりと幾本もの嘴がその喉へと突き刺した。
「…あ、がっ…あ、あ、……あ"ぐぁ」
刺され、つつかれ、噛まれ、抉られ、千切られ。
鬼の首はみるみるうちにやせ細っていく。
最後に骨が細かく砕かれていき、その歪な形に削れ細くなりすぎた骨に乗っていたカラスの重さでポキリと折れてやっと、鬼の口からでる僅かな声すらも止んだ。
それは間違いなく鬼が殺された瞬間だった。
歪な形で残っていた鬼の身体の残骸と、抉られ折れて分離された頭部。
ぴくりとも動かなくなった残骸に群がっていたカラス達が声をそろえ、廃棄以外の言葉を鳴き出した。
『サイリヨウ、サイリヨウ』
『サイリヨウ』とは『再利用』ということでいいのだろう。
不要になった物に使うことはあれど、不要になった者に使う言葉ではない。
"鴉"にとってはどちらも大差ないのかもしれないが。
殺されても尚なにかに使われる予定らしい鬼。
ここらが頃合かと晴明が声を上げた。
「なぁ、見苦しいカラス共よ。そろそろ私の相手もしてくれないか?暇すぎて寝てしまいそうなんだ。それとも、お前達は勝利を確信していないと何も出来ない雑魚の集まりか?」
挑発を存分に含んだ晴明の言葉。
この言葉も一つの検証の為だった。
あれがなにか、分からないのなら調べればいい。
まずは晴明の言葉に反応するか否か。
反応すれば、カラス達には植え付けられた優先目的の他にも個体ごとに意思を持っている。
それか、カラスを媒介に他の何者かが視覚や聴覚感覚を共有している。
後者ならば晴明が琥珀と使っていた感覚共有のような術だろう。
探る為に投げ掛けた言葉にカラスが反応を示した。
ぐりんと、一斉に晴明に向けて顔を傾けたカラス達は。
『ソンナ、チョウハツ、ムイミ。モクテキ、ハ、キミジャ、ナイ』
そうはっきりと、全てのカラスの声が揃って答えた。
これは間違いなく、一つの個体から晴明へと向けられた言葉だ。
それで分かったのは、間違いなくカラスは誰かと視覚か聴覚は共有しているということ。
"挑発"と分かるということは晴明の言った内容を全て理解したから出たものだ。
言葉を聞いたか、読唇術……唇の動きで言葉を理解したのだろう。
そして『キミ』と単一で指してくるあたり、相手が晴明一人ということも知っている。
これは結構厄介かもしれない……晴明は思わず舌打ちする。
予想の後者だとわかったのは良かったが、出来れば前者であって欲しかったのが晴明の本音だった。
前者であれば制圧はとても簡単だっただろう。
そして捕まえたカラスを調べれば良かったが……後者であれば、その難易度はグッと高くなる。
何せ"鴉"は元々厄介なんだ。
その"鴉"の意思が反映されており、視覚又は聴覚が共有出来ているなら、分身に近いカラスを上手く操って予測不可能な手に出るかもしれない。
幸い晴明に興味はないようだが、こちらは別だ。
何としても、例えその身の羽の数本分だとしてもありつける手がかりには食らいつきたい。
晴明は瞬時に脳内を動かす。
("鴉"はカラス達を通してこちらの動きを把握している。そして、やつの目的は別………つまりは鬼だ。その鬼は既に死に、それを再利用したい。でもどうやって?ここは私が張った強固な結界の内部だ。しかも妖に特化していて、鬼の腹から出たからこの中には存在できても、外に出ることは叶わない)
すぐに状況をまとめた晴明は、その僅かな時間で予測を立てていく。
まずは鬼の再利用。死んだものを使うのであれば何らかの術の媒介にするか供物にするのだろう。
撤退の際の方法は……外部からの結界破壊、しかないだろうな。
晴明の結界をそう簡単に壊せるかは分からないが、おそらく自信はあるのだろう。
最悪、壊せなくても良いのかもしれない。
もしこれが"鴉"がとってさして重要なことではなかった場合、鬼と同様に捨てる気なのかもしれない。
その場合、証拠の隠滅に関しては今まで手を抜いてこなかった"鴉"だ。
何か手を打ってあるのかもしれない。
本当にあれらが生きているものならば自決か、式神の類ならば術そのものの破壊か。
とりあえず結界の守護は最優先にした方がいいと、聴覚か視覚かは分からないが、バレないように晴明は念話で未だ上空に待機している琥珀に命令を伝えた。
『琥珀、もしかしたら結界の外から破ろうとする者、あるいは何かが来るかもしれない。それがお前の手に負えぬものでない限り防いでくれ』
『わかった、頑張るよ!』
『怪我をしない程度でいいからな』
最悪結界が解かれても手がない訳ではない。
だから無理はしなくていいと告げはしたが、その場合"鴉"の使いと鬼の亡骸、そして藤原笙子。この三つに自由を与えてしまうことになる。
そうなれば晴明が第一優先するのは笙子の為、必然的に"鴉"の思う通りの結果になってしまうはずだ。
(目的…はまだハッキリしないが、間違いなくそれを成し遂げ隙をついて消えるだろう)
そして、下手をすれば笙子が帝を襲う隙さえ生まれかねない。
(いっそ今の内に笙子殿を別の結界で縛るか?……いや、そんな猶予は無さそうだな)
晴明は、カラス達が何やら呟き出すのを見てそう悟る。
不規則な言葉の羅列が揃えたようにカラスの口からもれている。
それは間違いなく何かの呪術だった。
お読み下さった皆様、長々とありがとうございました!
"鴉"にカラス……とややこしくてすみません。
ややこしいなぁと思いつつも、鴉の使いだからカラスと安直についしてしまう。
いや、なんか鴉って個人的にはかっこいい鳥と思ってますけど(八咫烏とかもいるし)、ちょっと不吉なイメージもついてまわるじゃないですか?ならやっぱり使いたいなぁと……すみません(泣)
続く、潜む影の正体【玖】もお待ち下さい。
できるだけ修正急ぎます:(´◦ω◦`):汗




