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平安異聞録ー稀代の陰陽師は色々問題だらけでしたー  作者: 深月みなも
依頼【内裏に巣食うモノ】
18/36

潜む影の正体【伍】

お久しぶりです(´;ω;`)投稿がだいぶ遅れてしまいましたが、待っていてくださった皆様に楽しんでいただけると嬉しいです!




**************************



(事前に誰も立ち入らぬように頼んでおいて正解だったな)


一夜明けた今でも陰陽寮には晴明一人しかおらず、部屋の中の静寂は保たれていた。それは晴明が意図して作った状況であったが、お陰で邪魔されることなく監視と作業に集中することができる。

予め陰陽寮を貸し切れるように、事が済むまで他の者の立ち入りを禁止をして欲しいと、側近の老人についでに晴明は頼んでいた。

果たしてどういった理由をつけたかは知らないが、晴明の願い通り、普段ならばちらほらと出仕して来てもおかしくない時間でもここへ立ち入る者はいなかった。


だからこそ晴明は自由に動くことができた。


もしここに同僚らが来てしまえば、関わりたくない事柄で時間を奪われ、事情を知らない彼らは恐らく、久しくこの場に顔を出していなかった晴明の元に、花に群がる蜂の如く押し寄せていたことだろう。

典薬寮の者も大概だが、陰陽寮の者もなかなかに晴明への推しが強い。

わざわざ自分ではなく、他の者に聞けと何度も思い、それを隠すことなく幾度も言葉にしているのだが、晴明への質問は後を絶たないのが現状だ。


今のような状況でなくとも、そんなものを一人一人話を聞き捌く気はないし、彼らに構う時間も晴明には勿体ない。

時間があったところで普段もかなり適当にあしらってはいるのだが……そるすらも億劫……否。

……ともかく順調に準備はもうすぐ終わりを迎える所だ。


一度手を止めた晴明は、凝り固まった眉間をぐらぐりと親指と人差し指で押して解す。

どうも仕事となると眉間に皺が寄りやすくていけない。

この準備したものが役立てばいいがと、晴明は手元にあるものを見つめた。


琥珀の瞳を介しながら対象の監視も作業の合間に続けてはいたが、向こうもまだ目立つ動きは何もみられない。

晴明が見ていない時も琥珀から報告を都度都度で受けているが、やはり変化はなく…強いていえば、明日生家へと下がるという割には妙に落ち着いていること位だ。琥珀が言うには今日は全然人の姿を見かけていないらしく、式神と交代してからも疎らに人の姿を見かける程度で、それすらも今はなくなってしまっている。


晴明は視覚共有を一時的に経つと、琥珀に監視を任せて壁に背を預けながら天を仰いだ。


(準備が整ったのだから、一息つくぐらいは許されるだろう)


揺らめく燭台の火の灯りに照らされ、揺ら揺らと天井に灯りが揺らめいているその光景をただぼんやりと眺め、晴明はその時が来るのを静寂が包む部屋でただ待った。



───どれくらいの間そうしていたか。


複雑な感情が渦巻いていた晴明の心が、凪を保つには十分な時間が経った頃。

陰陽寮の木戸を激しく叩く音が晴明の耳へと届いた。


「安部殿!!すぐに一緒に来ていただきたい!!」


晴明が返事をするまでもなく、陰陽寮の中へと足を踏み入れてきたのは足音からして二人。

明かりを頼りに晴明の場所までやって来たのは狼狽した様子の二人の男だった。

一人は見飽きた帝の側近である老人の片割れ。そしてまだ若い近衛が一人、額に汗を浮かべながら入ってきた。その様子から晴明は、相手が期待を裏切ることなく何かしら動いたのだと悟った。



「用件は?」

「藤原笙子殿からの使者が帝の元へ来た。藤原笙子殿が…」

「「『会いたい』と」」


詳細を伝えていた老人の声と晴明の声が重なった。今まさに告げようとしていた言葉と全く同じことを、晴明が告げたことに老人は驚き、目を大きく見開いて晴明を見る。


「…知っていたのか?」

「いいや、予想通りだっただけだ。動くなら今夜と思っていたし、最後は自分の手で仕上げをするだろうからな」

「そうか……安倍殿、わかっているなら話は早い。すぐに清涼殿へ同行してもらう。良いか?」


晴明のあまりにもよく回る頭脳に老人はただ頷き同行を促す。

晴明は準備していたものを手に取ると、燭台の火を息でかき消して腰を上げた。


「あぁ。行こう」


晴明は老人と近衛、二人と共に陰陽寮を出て、帝の待つ清涼殿へと向かった。

道すがらに藤原笙子がどういった手段で帝への接触をはかってきたか聞けば、淑景舎の女中の一人が言伝を預かってきたと言う。


「その女中はまだいるのか?」

「安倍殿に意見を仰がねば動けないと、帝がまだ返事を止めている為外に待機させておる」

「………ならば、まずはその女中の元へ私を連れて行け」

「帝の元へではなくか?」

「あぁ…念の為な」


本来なら帝からの呼び出しを後回しにすることは言語道断だが、晴明がわざわざそう指示をするのであればと、側近も深くは追求せずに女中の元へ案内をした。


「あそこにいる者がそうだ」


清涼殿の外。燃える松明の火に照らされた薄ぼんやりとした闇の中にその女はいた。


「あれは………」

「どうかしたか?安倍殿」


まだ十分に距離はあるが、晴明は少し先にいる女中に視線を定めると僅かに眉間に皺を寄せた。

女中は遠目にも肌の色が悪く、蒼白なその顔を見ればどことなく目が空虚だった。

口元は緩やかに微笑みをたたえている分、殊更に晴明には不気味に思えてならなかった。


「…お前達は少しここで待て。彼女…何かが違う」

「違うとは??」

「それを確かめてくるんだ。何かあってからでは遅い。ここにいることを薦めるが、それでも来たいか?」

「いや、任せよう」


素直にその場で足を止めた二人を残し、晴明は女中の元へと足を進めた。

目の前から晴明が向かって来ているにも関わらず、女中は何一つ反応を示さない。

それどころか、近づけば近づくほどにその異様さは顕著に見て取れた。

彼女はの目は瞬きすらしていなかった。


「なぁ、そこのお主」

「…はい」


声をかけると、やっと動いた女中は晴明の問いかけに反応を示した。


「ここへは何しに?」

「………」

「お主の名前は?」

「………」


からくり人形のように虚ろな目で返事をしていた女中は、名を聞かれると途端に黙ってしまった。


「そうか、なら質問を変えようか。お前は何者だ?」

「………………」


また黙り込んでしまった女中だが、先程よりも長い沈黙に晴明はすっと目を伏せて小さく『すまない』と口にする。

それは何に、誰への謝罪なのか。


「……解」


晴明はもの言わなくなってしまった女中に向け、印を組むんだ指先で女中の心臓がある所を目掛けて突き刺した。

すると女中の体は、例えではなく本当に壊れた"からくり人形"のようにがくりとその場に雑に崩れ落ちてしまう。


晴明の言いつけ通り、少し離れたところでそれを見ていた二人はあまりにも突然のことに驚き、声を荒らげながらこちらへ駆け寄ってきた。


「あ、安倍殿!?彼女に一体何を!?彼女は大丈夫なのか!?」


老人は酷く狼狽えて、倒れ込む女中の側へと駆け寄ると起き上がらせようとその体を抱えた。それに近衛も手を貸している。

その光景を見ながら、晴明は抑揚のない声で二人に伝えた。


「……もう遅い。手遅れだったのだ。彼女はとっくに()()()いた」


晴明の言葉に、ばっと勢いよく老人は手の中の女中を見た。


覗き込んだ女中は虚ろな目は見開いたままに微動だにしない。

肩や腹が動くことがなく、それは少しも息をしていからだと順々に理解していくと、晴明が死人と言ったことでやっと自分の手の内のそれが"死体"だとはっきり分かった老人は、咄嗟にひっと悲鳴をあげて両手を離した。

ピクリとも動かず物言わぬ冷たい体は空に放り出され、再び地面にどさりと音を立てて転がされてしまう。

驚いたのは近衛も同じようで、距離を取るようにして後ろへと後退っている。


「死人であろうと、粗雑に扱うな」


遺体を投げ出した事に対して晴明がきつく二人を睨みあげる。


「っす、すまない……だが、先程までは生きていたではないか!安倍殿が何かしたというのか!?」


老人は気が動転しているのか、晴明が何かしたせいで死んだのではと疑いの目を向けてくる。

特異な力を持つが故にこういった目を向けられることは晴明にとって今更だ。

だが、いくら慣れ親しんだその不快な視線も許せる時と許せない時がある。


「私がこの者の命を奪ったとでも…?」


虫の居所が悪い晴明には、それは地雷を踏み抜いたのと同義。

冷えきった目で晴明は老人を睨みつけた。

その瞳の奥には目の錯覚なのか、静かな怒りの炎がゆらゆらと揺らいでいるようにも見える。

あまりの鋭い目に、老人は何十も年下の娘に対してひぃぃと先程よりも怯えた様子で喉の奥で悲鳴を小さく漏らした。

叫ばず飲み込もうとしたのが功を奏し、悲鳴が僅かで済んだおかげで、更なる怒りを煽ることがなかったのは本当に偶然が生んだ奇跡と言っていい。

ぎろりと睨めつけられはしたが、大人しく黙った老人にそれ以上晴明が何かを言うことはなかった。


「………その者は、とうに魂を喰われていた。空の体をいいように使われていただけだ」

「で、ですが、先程普通に動いて話していたのは確かに目にしました。一体どういう…?」


今だ晴明の視線に震える老人の代わりに、冷静さを少しばかり取り戻した近衛がこちらに問いかける。


「説明したところで主らに理解は出来まい。それを成し得る力があり、方法さえ知っていればいくらでもできる芸当とでも言っておこう」

「そ、そんなこと……」

「可能なのだ。人としての道理を外れてはいるがな。これが人の手によるものなのか……は別として。どの道、胸糞悪いことこの上ない」

「………」


近衛は未だ信じられないといった顔をしていた。

それもそうだろう。そうそうある事でもない。

これは死者の体を弄ぶ、忌々しい邪道とも呼べる方法なのだから。


この魂のない女中の体は、晴明が術を解いたことによってあるがままの姿に戻っただけ。


陰陽師としては数多の方法で弄ばれた亡骸を目にしてきたが、何度見ても胃から何かがせり上がるほどの不快感を晴明は覚えてしまう。

晴明はちっと舌打ちをすると、崩れ落ちた女の傍らに屈み込んだ。

開ききった瞳を閉じてやるためにそっと手を伸ばし、ぐっと指先に力を込めて瞼をゆっくりと下ろしてやる。


「すまないな……今はすぐに弔ってやれないが、後で必ず。それまでは許せ………」


力なく転がっていた女の冷たくなった手の片方そっと取ると、晴明は静かに語りかけた。

その言葉に反応したようにふわりと晴明の傍に温かみを感じ顔を上げれば、そこには弱すぎて姿形ははっきりとは見えないが、まださ迷う魂の欠片がふわふわと晴明の近くを漂っている。

まるで大丈夫だよだと言うように、優しく晴明の周りを行き交う。

それが更に晴明の心をきゅうっと締め付けた。


「本当に…すまない」


晴明はもう一度謝罪を口にすると、近衛に後ほど供養を自身がするから、くれぐれも慎重に運んでくれと伝え、側近と共に待たせている帝の元へ向かった。





辿り着いた清涼殿の中は居心地の悪い静寂が支配していた。空気はひりつき、ひどく緊張感に包まれている。


まだ藤原笙子のことは伏せられているにも関わらず、ここまで空気が張り詰めているのは、最奥に座する帝の普段とは違う様子を見せている為だろう。


頭を深く抱え、項垂れる様にして俯いている帝。

その肩は僅かに震えている。

その震えが恐怖や怒りではなく、深い悲しみからだと遠目にも晴明には分かった。


同じくそれを理解しているのだろう。

清涼殿で共に過ごしていた藤原安子が帝に寄り添い、そっと帝の背を撫でている。

その瞳は帝を案じているが、同時に自身も酷く悲しんでいるように見える。


周りにいる側近や武官、近衛も静かにその様子を見てたが、何かが起こったことはだれが見ても明白なこの状況で、不安や緊張感が膨れるのは当然だ。


その中を抜け、帝と藤原安子の前まで行く。


「主上…安倍晴明、只今参りました」


すっと帝の前に腰を下ろした晴明は、邪魔な両の袖を大きく振り払い、左右の膝より少し前に手を付くと、伸ばした背をゆっくりと傾けて一度深く頭を垂れた。


普段帝に対する時とは違い、晴明が帝へ向けた言葉は改まった物言いで、その立ち振る舞いも正式な場での作法にきちんとならい洗礼されていた。

抑揚のないその声は冷たささえ感じれる程のものだったが、それがその場の空気を変えた。


どう変わったか…までは上手くいい表せない。

だが、確かに何かが変わったのだ。


晴明の声に、やっと俯けていた顔をゆっくりと持ち上げた帝。

その目は藤原安子同様…否、それ以上に悲しみと憂いに満ち溢れていた。


「晴明…呼び出してしまってすまないな」

「構いません。こうなることは想定済みでしたので」


答える晴明を見てくしゃりと笑った帝。

その姿は見ていて痛々しいばかりだ。


無理にいつものように振舞おうとしている帝に対し、晴明が表情を変えることはなかった。

喜怒哀楽の消えたような、感情が読み取れない顔で目の前の帝へと向けている。


「そうか。やはり晴明にはこうなることが見えていたのだな。先程、彼女から会いに来てほしいと連絡があった」

「聞いております。…起こりえることは予測し、その為の対策を模索することも陰陽師として必要な力。私は起こりえる複数の未来を想像し、その内の一つが現実に起こった…ただそれだけの事」

「……ならば晴明。この先、何が起こるとお前は考える?」

「恐らく……帝を手に掛けようとするでしょう。ですが私は神ではないので絶対にとは言えません。それはつい今しがた起こったことが物語っています」

「今しがた…とは?」


晴明の言葉に言葉にあたりはざわりと大きくざわめいた。

それも当然だろう。

この国の主である帝…その本人に貴方はこれから殺されることにかもしれませんと言っているのだ。

人によってはそれを告げただけで不敬とし、その場で首を切り落とされてもおかしくない発言だ。

だが晴明が言う事であればそれは信憑性が高く、戯言として切り捨てれば後悔することになるなる。

それを知っている帝はその言葉を重く受け止めた。


そして最後に付け足された言葉に疑問を抱いた帝は怪訝な顔をして晴明へ訊ねる。


「藤原笙子殿の連絡を伝えに来た女中は、すでに死んでいました。あれは肉体のみの傀儡に御座います。私が至らぬばかりに犠牲を出してしまったこと……深く、お詫び致します」


相変わらず表情は変わらないまま、晴明はもう一度深く頭を下げた。


「……そうか。そんなことが……だが、それは晴明のせいではない。顔を上げてくれ」

「ですが、私の手が行き届かなかったのは事実。その所為で奪われた命があることも変えようのない事実にございます。罪滅ぼしになるかは分かりませんが、弔いの義は私が最後まで誠心誠意させて頂きたく思います。…お許し頂けますでしょうか?」

「全てを背負おうとするのはお前の悪い癖だ…だが、お前が弔ってやる方がその者も安らかに逝けるだろう。頼んだ」

「感謝致します。……主上に確認したいことがございます。先程予測できないこともあると、私は申しました。ですが、この先起こるだろうことは間違いなく主上の御心を深く傷つけることは容易に想像出来ます。それでも最後まで見届ける覚悟は、主上に御座いますか?」

「………」


それは先日も告げた、藤原笙子の成れの果てを見届けることが出来るか…という問いだ。

帝は晴明の問いにすぐには答えなかった。

当然だ。晴明は過酷な選択を並べているのだから。

それでも追い打ちをかけえる様に、晴明は押し黙る帝をじっと見つめ、敢えて厳しい言葉を投げつける。


「迷うならば、答えは不要に御座います。先日伺った主上の言葉は聞かなかった事に致します。主上はこちらで、私が全てを終えるまでどうかお待ち下さい。あの方の亡骸は必ず、私が持ち帰ります」


正直に言えば帝は来るべきではないと今でも晴明は考えていた。

だからその答えを責めるつもりはない。


「私はこれから淑景舎へと参ります。全てが終わるまで危険ですので誰も近づけないでください。それでは私はこれにて」


すっと立ち上がった晴明は、礼をとったあと背を向けて歩き出す。

周りは誰一人言葉を発することもなく、ただその成り行きを眺めることしかできないまま、清涼殿を立ち去ろうとする晴明を目で追う。

その中から数十名が晴明の目の前へ立ちはだかった。


「……なんのつもりだ」

「晴明、俺も一緒に行こう」

「我らも共に参ります」


突然目の前にずらりと立ちはだかったのは、憲平を先頭に見覚えのある近衛達だった。

力強い目で共に行くと訴えてくる近衛ら。

だが帝を連れて行くならともかく、そうでないのなら近衛の手を借りることはないだろう。

せっかく近衛としての自覚を持ち始めたのに申し訳ないが、晴明は誰も連れて行く気はなかった。


帝が来ないのならば一人で動く方がいい。


「必要ない、一人で対処できる。貴様らは帝の傍で警護を任せた」

「……分かった、帝の警護も残す。だが、私は付き添わせてもらう」


断られたことに憲平が尚も食い下がり、せめて自分は連れて行けと言った。


「不要だ」


それを跳ね除け部屋を完全に出てしまった晴明。

憲平は慌てて部下達にここに残り帝を守るようにと指示だけ出すと、自分は出ていってしまった晴明を追いかけた。


「待ってくれ!晴明!」


だいぶ先を歩いていた晴明の元へ駆け足で追いつくと、咄嗟に憲平は晴明の腕を掴んだ。


「要らぬと言っているだろう……まだ私の実力を疑っているのか?」

「そうではない。それでも危険と分かっているところに一人で行かせられるか!」


足を止めた晴明は憲平を見上げると呆れた顔をする。

まだ人の事を舐めているのかと思ったが、どちらかと言えばただ単に一人で行く事を心配しているようで、憲平のついて行くという意思は固そうだった。


その態度を見て、晴明は唐突に掴まれた腕を逆に力強く引き寄せ、憲平はこの場に晴明を留める為に掴んだ腕を離さないことに意識を取られていたので簡単に体制を崩してしまった。

勢い良く前に倒れ込んだ憲平は、晴明を潰しかねないと咄嗟に回廊の欄干に空いている手をつけて、完全に倒れ込むのは阻止する事が出来た。

引き寄せられると思っていなかった憲平の心臓は、予想外の出来事にバクバクと嫌な音を立てている。


「何故そのように無駄な心配をする?」


澄んだ瞳でじっと憲平を見上げた晴明。


ただ分からなかったのだ。分からないから聞いてみた。

何故自分より弱く、力のないものがそんな事を言うのかが。力がある者が弱い者を守る…それが晴明の中で『当たり前』だったから。

これから対峙するのは、明らかに憲平にとっては専門外の相手だ。

役に立たない、不要だとまで言われていても付いてこようとすることが不思議で堪らなかった。


答えを待つように晴明はただじっと憲平の瞳を見続けた。


幾度か同じようなことがあったが、慣れないこの距離で憲平は晴明瞳に映りこんだ自分の姿を見た。

自分はこんな風に写っているのか…と頭の片隅で考える。

焦れたような、どう伝えたらいいか分からず焦った様な…そんな表情の自分がそこに居て、さらに焦燥感に駆られてしまう。

どうしても一人では行かせたくない、分かっていても心配だ。

そんな感情がどうして心にあるのか…憲平にだって説明はできなかった。


この手を離したら今度こそ晴明は一人で行ってしまうだろう。

どう言えば晴明は自分を連れて行ってくれるのか……憲平は必死に頭を働かせた。


「………偉大な陰陽師であろうと、晴明は女の子だろう」

「…………………は?」


憲平が言った言葉に晴明が大きな目を更に大きく見開き、口を間抜けな形に開いていた。

初めて見た晴明のそうそう見ることのなさそうな表情よりも、憲平は晴明の反応にしまったと内心大慌てした。


必死に考え過ぎて頭が追いつかなくなったらしい。

ぽろりと口から出てしまった言葉がまさかそれとは。

自分でもそれはないだろう…とすぐに後悔した。


口から出た言葉も理由の一つで間違いではないが、今、この時に言うことではなかった。

間違いなく晴明はそんな理由で首を縦に振るわけない。

晴明が惚けてる内に、と憲平は慌ててもう一度口を開いた。


「そ、それに!俺は狭い世界しか知らないと言っていただろう!?不謹慎かもしれないが近衛として、部下を持つ身としても経験は積んだ方がいいだろうし……晴明が言ったのだから機会をくれてもいいのではないか?」

「……………」

「勿論、出来るだけ足でまといにならない様にはする!邪魔もしない様に気をつけるから……」


何とかそれらしい理由を付け足しで伝えたが、晴明の表情は変わらず。これでも駄目だろうかと、憲平は打つ手がなくなってきた。

こうなったら引き摺られてでも無理矢理ついて行くしか……とだいぶ間抜けな姿にはなるが強硬手段に出ようと憲平が考えていると。


「……十点」


やっと沈黙から抜け出した晴明が突然なにかに点数を付けた。

突然の点数に一体なんの点数だと憲平は晴明に訊ねる。


「…お前の評価点だ。評価対象以下からの開始だったんだから、喜んでいいぞ」

「評価対象以下…?」

「あぁ、散々幻滅させられていたからな。少しはましになったようだったから、この間評価対象位までは上げてやっていたが、喜べ。十点上げてやる」


そもそも評価対象以下だったという事実と、上がっても十点なのかと厳しい評価に憲平は軽くへこんだ。


「まぁ…先程のよく分からない理由を入れずに、はじめから経験を積みたいと言っていれば、もう五点くらいはやったのにな」


笑いを噛み殺すように空いた手で口元を軽く隠した晴明。

はじめの失態を笑われたことと、それがなければもう五点は貰えたとのかと更にへこんだ。


(いや、別に……晴明個人の主観の点数が上がろうと下がろうと気にすることではないのだが)


そうは思いつつもやはり気にしてしまうのだから、憲平のこれはただの強がりなのだろう。


「そこまで言うなら付いてくればいい」


そんな傷心中の憲平も、笑い終えた晴明の一言で持ち直した。やっと晴明から許可が下りたのだ。


「ただ、三つ約束しろ。私の指示には従うこと、余計なことをして邪魔はしないこと。そして、不測の事態があった時は一人でも逃げる事。最後のが最優先事項だ、いいな?」


それはつまり、自分を見捨ててでも逃げろという事だ。

近衛であり、晴明よりも年上の男である憲平にとってそれは恥じるべき行動にあたる。

それが晴明の出す条件であれば従うしかないのだが、それでも簡単には納得は出来なかった。


「理由を聞いてもいいか…?」

「それが最善であり、合理的だからだ」

「それは答えになっていない気がするのだが」

「少しは自分でも考えてみろ……兎に角、約束だけは守れよ。ほら、いつまでもここにいる訳にはいかないんだ、行くぞ」


結局晴明は答えてくれなかった。

手を離すと先に行ってしまう晴明。

それを追うように憲平も歩き始めた。


(そもそも、晴明が追い詰められることが果たしてあるのだろうか…?()()陰陽師である安倍晴明が……)


そんなことがあるとしたら、もう誰も太刀打ち出来ないのでは…とすら思う。

それくらい安倍晴明の力が特筆していて、とてつもない偉業を残し続けているのだ。

もし本当にそんな場面に出くわしてしまったら、果たして約束を守れるかは自信がなかったが、それでもあの『安倍晴明』と交した約束だ。

ならば守るしかないのだろう。

間違いなく、彼女の提示した約束は意味のある事のはずだから。


(それでも、やはりそんな事にはならない気がする)


憲平は少し前を歩く、自分より小さな背を見てそう思った。

その背が『問題ない』と語っている気がしたから…憲平はその背を追うことだけを今は考えた。



お読み下さりありがとうございました!


憲平、晴明ちゃんに許可貰えてよかったね(*´ω`*)

でも点数10点てw元々マイナスからだったらだいぶ伸びた方かな?と付けたけど、低すぎたかな?(笑)今後はもう少し伸びるといいね!



それでは、続く潜む影の正体【陸】もお待ちください。

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