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平安異聞録ー稀代の陰陽師は色々問題だらけでしたー  作者: 深月みなも
依頼【内裏に巣食うモノ】
10/36

女の園、潜入調査【漆】



**************************


帝への報告を済ませた晴明は飛香舎に戻り、中に入るため様子を窺うと、丁度雪華が廊下を歩いていた。

手に手拭いを持っているから、身代わりの式が恐らく湯浴み後なのだろう。ならば部屋には他の女官はいない筈だ。

念の為雪華が部屋に入るまで様子を見ていれば、開いた時に中に式しか居ないことを確認できた。気配を消しながら、そっとその部屋まで向かうとこんこんと小さく戸を二回叩く。


「お帰りなさいませ、晴明様」


戻ったという合図に気付いた雪華が中から出てきて晴明を迎える。

部屋の中に晴明が滑り込んだのを確認して、そっと静かに戸を閉めた。


「如何でしたか?」

「だいぶ瘴気に当てられていた。払い落としたから問題はないがな。それよりも問題は近衛達の方だ…使い物にならな過ぎる」


詰所での出来事を思い返し、晴明の体にどっと疲れが押し寄せる。いっそ協力を断って欲しかったと心で呟いた。


「あら、近衛が何か晴明様に迷惑を?私がお灸を据えましょうか?」


笑ってはいても漂い出す不穏な空気に、晴明は大丈夫だとすぐに首を振った。


「だが、あやつらに任せるのは不安しかないな…急事には備えておいた方がいいか」


晴明は少し考え込み、懐から出した連絡用の式神に言葉を乗せると、また鶴の形にして空に放る。


「頼んだぞ」


ふわりと宙で一回りし、晴明の言葉を届けるため闇夜に消えた。


「ところで晴明様、すぐにまた出られますか?それともお食事になさりますか?」


ここには着替えに寄っただけで、今夜も晴明は呪具を回収しなければならない。だが、昼以降何も食べていなかった晴明の腹は少しばかりぐぅと、食事を訴えていた。清姫用の食事は食べ損ねたが、こっそり雪華が晴明にと少し避けておいてくれたようで、簡素ながらもちゃんと用意はあった。


「そうだな、少し休んでから行こう。私がいない間、変わりはなかったか?」


狩衣を脱ぎ捨てながら晴明は雪華に確認する。雪華は特にないですね、と報告するほどのことはないと首を振る。

でも暫くすると、そう言えばと思い出したように声を上げた。


「何やら女官達が、とてもいい香を手に入れたのだとかで盛り上がっておりました。なんでも、とても良い夢を見ることが出来ると後宮の女性に人気なのだとか」

「なんだ、流行り物の話か」


特に関係ない話だなと晴明はその話を打ち切る。

雪華がすぐに隠してあった軽食を持ってきたので、晴明はそれに手をつける。

その間に雪華は、式神の濡れた髪を手拭いを使い水気を取っていく。晴明がここに残るのであれば良いのだが、また出ていってしまうので、式神もこのまま身代わりは続行だ。

万が一の時に誤魔化せるように、こうして普段と変わりない工程をとっておいた方がいい。本物の晴明を気にしながらも、雪華は式神の髪を何度も拭っていた。

晴明は食事を済ませてもまだ髪を拭っている雪華に、行って来ると声をかけるとまたすぐに外へと出ていった。今夜も呪具を回収するために。

その夜も、特に今までと変わりなく呪具が散らばっていた内裏。呪具の回収をしながらも、所々に結界を張るために必要な霊符を、見つかり辛い所に仕掛けていった。

敵は良くも悪くも、今夜はまだ事を起こす気は無いらしい。無事今夜の仕事を済ませた晴明は少し早めに飛香舎に戻って行った。



そんな内裏の事態が急変したのは翌日の夜の事だった。



丑一刻の時間には回収を済ませ、飛香舎に戻ってきた晴明は、式神に礼を言い消すと、すぐに自分も仮眠に入る。また朝になれば『清姫』にならないといけないからだ。

夜着に着替え御帳に入った晴明はすぐに眠りに落ちる。内裏に来てから普段の生活の際と比べ、圧倒的に減った睡眠時間。お陰で常に睡眠不足の晴明は、少しでも長く睡眠をと体が訴えているのかとても寝付きがいい。

すっかり夢の中の晴明は至福の時間を過していた。いつもなら時間になると雪華が起こしに来るのだが、目が覚めた晴明の前に居たのは雪華ではなかった。


ぷに、ぷにぷに、ぷにぷに、ぺろん、ぷに、ぺろぺろ。


何やらおかしな刺激を与えられ、晴明はゆっくりと夢の世界から現実へ呼び戻される。そして重たい瞼を持ち上げると、目の前に大きな瞳が飛び込んでくる。そしてその間もぷにぷにと柔らかな感触が当たっている。


「ガゥッ」


前足を器用にぺたぺたと晴明の頬に叩きつける度に、ぷにぷにと気持ちの良い感触が肌から伝わる。

その原因は晴明が起きた事を確認すると、嬉しそうにゴロゴロと小さく喉を鳴らしていた。


「琥珀…お前が起こしてくれたのか。朝一で来たのか?」

「ガゥッ!ガァウガゥ」


『そうだよっ』と一生懸命伝えようと鳴く琥珀に、ありがとうと晴明は琥珀の柔らかな毛並みを撫でてやる。

久々のもふもふした暖かな毛並み楽しんでいると、人の気配が近づいてくる。晴明は琥珀を抱き上げると上半身を起こした。


「清姫様、おはようご………あら?琥珀?もう来たのですか?」


御帳の中に顔を出した雪華は、晴明に抱かれている琥珀を見つけ驚いていた。


「琥珀ったら、清姫様に会いたくて邸を飛び出してきたのでしょう?」


嬉しそうに雪華にひと鳴きして、晴明の手の中で尾を振る琥珀を見て雪華も仕方なさそうに笑う。

ここに琥珀が来たのは晴明が呼んだからだった。

近衛の一件で不安を覚えた晴明が、万が一に備え、奥の手として琥珀を指名したのだ。

まさか朝一で来るとは思わなかったが、昨日の内に飛ばしたあの式神はしっかりと役目を果たしたようだ。晴明の邸に向かった式神に託した、『応援に琥珀を此方に向かわせてくれ』という言葉通り、琥珀は晴明の元を訪ねてきたのだから。

いくら主従の契約を結んでいても、まだ幼い琥珀が迷わず来れるか心配していた晴明だったが、その心配は不要だったようで安心した。流石、獣の姿をしているだけあって鼻は良く効くらしい。


「さて、清姫様。起きているのなら、お着替え致しましょう?」

「ああ」


琥珀にかまけてそのままでいると、雪華が着替えを促してきたのと、晴明はそっと琥珀を下ろし夜着を脱ぎ始める。すると琥珀がちょこまかと晴明の足元を彷徨いたり、よじ登ろうと晴明の脚に前足を使って立ち上がったりするので、下手に身動きが取れなくなってしまう。どうやら寂しかった分もっと構って欲しいらしい。


「琥珀、邪魔してはいけません。清姫様のお着替えが先です」


それを雪華が琥珀の首根っこを掴んで引き離す。

すると琥珀はキャンキャンと鳴き出してしまい、思わず晴明は頭を抱えた。

雪華にはもちろんキャンキャンと鳴いているだけにしか聞こえないのだけど、晴明にとっては違うからだ。


『雪華が意地悪する!晴明様助けて!』


キャンキャン。キャンキャン。


『晴明様の傍がいいっ!晴明様、もっと撫で撫でしてっ!』


キャンキャン、キャンキャンキャン。


騒ぐ琥珀に、聞こえていない雪華が静かにしなさいと怒っている。

一人と一匹の攻防に、夜着を脱いだままという中途半端な格好で放置されていた晴明は、そっと換えの着物に手を伸ばす。

自分で着替えを済ませた晴明が声を掛けるまで、一人と一匹の言い争いは続いていたがとりあえずは止めることが出来た。

晴明が支度を自分で済ませてしまったことに雪華は落胆していたが、その手から解放された琥珀は嬉しそうに晴明の元へまた駆け寄って来るので、琥珀を両手で抱き上げてやる。

それから琥珀に『皆の前では猫のふりをしなさい』と言い聞かせ、小虎である琥珀に猫の鳴き真似を一生懸命晴明は教えこんだ。晴明がにゃーおと猫の真似をすれば、琥珀もぐぁーお?と一生懸命鳴き声を似せていくが、猫らしくさせることにかなり苦戦した。

時間をかけて繰り返し手本を見せ続けていたら、その甲斐あって、『なぁーお』となんとか猫寄りに出来た琥珀を抱えて、満面の笑みで雪華の前に琥珀をぶら下げる。


「雪華!琥珀が上手く鳴き真似を出来るようになったぞっ!!天才だ!」


と自慢げに差し出すその姿はまさに親馬鹿さながら。


「…は、はい。大変可愛らしかったです」


そして鼻を押さえながら、"可愛らしい"と晴明に返事する雪華。

だが雪華が可愛らしいと指したのは、一生懸命琥珀に手本として鳴き真似を見せる晴明の様であり、鼻血を出しかけているのも晴明の愛らしい姿に興奮してなのだが、晴明は気付かずに『だろう?』とまだ琥珀を雪華に自慢していた。

可愛すぎる主に鼻が限界を迎え、鼻血が出てきそうな雪華は、必死に血が出てこないようにと暫くの間きつく鼻を押さえていた。


琥珀を構いながら御帳の中でまったりと過ごしていると、女官が晴明を呼びにやって来た。

食事が出来たと呼ばれ、琥珀を抱えて御簾から顔を出すと、いきなり動物を抱えて現れた晴明に女官等は驚いて声を上げた。


「まぁ!清姫様、その子は??」


どこから?と、その生き物は?と二つほど疑問が重なっていそうな質問に、晴明はにっこり笑って大嘘をついた。


「猫です。どこからどう見ても猫です。どうやら迷い込んでしまった様なのだけど、とても懐かれてしまって。………私も遊び相手が欲しかったから、滞在中部屋に入れていても良いかしら?」

「猫………?」


これは本当に猫なのか?と皆が晴明の手の中の生き物をまじまじと見つめる。

随分と自分達の知っている猫と違う。耳と髭にしっぽが付いているところや、形は少し似てはいるが、毛の色や模様など猫にしては風変わりな外見だと疑っていた。

だが、無意識にもあざとく小首を傾げ上目遣いに晴明が見上げて聞けば、その姿に胸打たれた女官達は迷うことなく許可した。

猫と念押しもされたので、ならば猫なのだろうと変な洗脳も功を奏した。


「良かったわね?」

「…なぁぁう」


早速練習の成果を発揮した琥珀の頭を沢山撫でてやる。

用意された食事を食べながら、琥珀が食べれそうなものを分けてやり、食べ終わると晴明は少し外に出たいと庭先に出た。

勿論足元には琥珀も一緒だ。

庭先で木の枝を使って琥珀と遊んでやる。手頃な木の枝を見つけた晴明は、いくぞと琥珀に枝を見せると出来るだけ遠くに放り投げる。すると琥珀は勢いよく、枝が飛んでいった方へ向かって駆け出した。暫くするとまた駆け足で戻って来た琥珀の口には、先程投げた木の枝がしっかりと加えられている。

猫の設定なのにそのような遊びをしていいのか、などと言う突っ込みは受け付けていない。


「偉いな、もう一度するか?」

「ガァウッ!」


元気の良い返事に、晴明がまた遠くに木を投げた。それを何度も繰り返して遊び、いい食後の運動をした晴明。

久々に昼から動き回りすっかり疲れ果ててしまったいで、遊び終わると夕方まで琥珀と昼寝をしてしまった。

琥珀が来たことで晴明の心の平穏も保たれ、清姫中も心穏やかになりきっていた晴明。可愛い清姫と可愛い猫(本当は虎)の効果で、飛香舎もより一層盛り上がっていた。

すっかり晴明に続き人気者となった琥珀は、女官達にに囲まれて一生懸命晴明の言いつけを守って猫の振りをしている。尾を揺らしながら『なぁお』と鳴く琥珀に、可愛いと皆から毛を撫でられていた。

散々可愛がられた琥珀は、そこから抜け出してとことこと晴明の元に来ると、大きな目をうつらうつらとさせて晴明に擦寄る。


「なぁ…ぅ」


ひと鳴きして晴明の膝にぐでんと体を伸ばした琥珀は『晴明様、眠い…』と言っていた。


「眠くなってしまったのね。私もそろそろ部屋に下がりますね。皆さん、今日もご苦労様でした。ゆっくり休んでくださいね」


もう半分夢の中の琥珀を持ち上げて、晴明も部屋へと下がる。後に続くのは雪華だけで、他の女官達はいつも通り下がっていく。

御帳の中に琥珀を寝かせてやり、留守を雪華と身代わりの式神に託していつものように外へ忍び出る。



そして今夜も着々と呪具を集めていた晴明がその異変に気づいたのは、鐘が鳴り子三刻の知らせがあってからだった。


鐘が鳴ると共に、途端に沸き立つ瘴気の多さに目を見開いた。

辺りを見渡せば、各方面から滲み出る瘴気。先程呪具を回収したはずの方からもそれは出ていた。

徐々に濃度を増す瘴気に晴明は焦りを滲ませる。


「この瘴気はなんだ!?一体この短時間で何故、ここまでの瘴気が漂っている!!」


晴明は咄嗟に昨日の内に仕込んでいた霊符を発動させた。

仕込んでおいた霊符は無事発動し、晴明の敷いた結界が内裏を囲い込む。


一先ずこれでここに居る者に被害は出ないはず。現状出来うる最善の対応を瞬時に判断し、優先するべき事案を即座に決めていく。

初めに向かう先を決め、晴明は後宮一帯に溢れ出す瘴気に思わず駆け出す。

走る最中、何かの匂いが鼻を掠める。だけど走り続ける晴明には一瞬の事で、気にはしなかった。

妖の気配はなく、ほぼ一斉に後宮全体から瘴気が漂い始めたことから、徐々に呪詛を仕掛けた訳では無い。


(だとしたら一体いつ、どうやってここまでの瘴気を撒いた?)


駆け足で飛香舎を抜けた晴明は一目散に清涼殿へ向かった。


(今は考えても仕方あるまい。これは私の落ち度だ。まずは主上の保護を優先し、その後後宮の瘴気をどうにかせねばっ)


あんな男でもあれは帝だ。この国にとっては失ってはいけない人物。瘴気が漂っているのは後宮だけのようだが、帝が普段過ごしている清涼殿は近い。何より、こんな時くらいできれば勘弁して欲しいが、妃の元へ渡っている可能性もなくはない。まずは所在を確かめる他なかった。

清涼殿へと突進する勢いで辿り着いた晴明。その姿を見つけ、近衛が晴明を取り押さえようとする。


「な、なんだ貴様!ここは帝の私室ぞ!」


止まらない晴明に、警戒の色を濃くした近衛達。

このままだと抜刀されてもおかしくはないが、そんなことを今は気にしていられない。


「退けっ!!今はそれ所では無いのだ!!」


晴明はギリギリまで近衛を引き付けると、間合いに入らない位置で横に飛び跳ね、壁を思い切り踏んだ。壁を蹴りつけると同時に、近衛二人の内壁際にいた男の体に左手をつき、それ軸に体を着地させた。

あっさりと包囲を抜かれた近衛達は、あまりの出来事に一瞬だけ呆然としてしまう。

それも一瞬の事で、すぐに晴明を捕まえようと、体制を整え振り向くが、既に晴明は部屋の前に辿り着いていた。


「主上、晴明だっ!無事か!?」


後ろから待て!と大きな声が聞こえてくるが、晴明は中へと躊躇なく立ち入るが、すぐには帝の姿は見つけられなかった。だが、小さく『…晴明?』と聞こえてきたから、ちゃんと清涼殿にいたらしい。声のした方へと駆け込むと、塗篭から衣擦れの音がこちらへと近付いてきた。そして中から帝が姿を現す。


「やぁ、晴明。こんな夜更けにどうした?寂しくなってしまったか?添い寝でもするか?」

「戯けっ!そんな場合ではない!!緊急事態だ!」


茶化すように笑っていたが、少し顔色が悪い。

直接の被害は無かったのだろうが、これだけ広範囲に広がった瘴気に、霊符を渡して置いたから生気までは奪われなくとも、その気には当てられたのだろう。


「帝!?ご無事で!?今その侵入者を排除致しますっ!!」


ドタドタと大きな足音を立てながら駆け込んできた近衛達は、今度こそ腰の刀を抜刀し、その刃先は晴明に狙いを定めている。


「ちっ、面倒な」


今はそれどころではないと言っているのに、邪魔をする近衛に怒りを覚え始めた晴明。

状況を理解したのか、宥めるように帝が晴明の肩を数回叩いた。


「まぁ晴明、待て。急を要するのは理解した。……お前達、刀をしまえっ!この者は侵入者ではない。私が最も信頼を預ける陰陽師、安倍晴明だ!」


帝が声を張り上げ、晴明に躙り寄る近衛の間に入った。


「なっ、何を!その娘が安倍晴明殿のはずっ…」


帝の言葉と言えど、今の晴明の姿は女物の着物に身を包み。暴れたせいで少し肌蹴た裾から覗く足や緩んだ襟元から見える項が、どう見ても男とは思えないのだろう。男と思っている近衛達にとっては、以前見た安倍晴明と今の姿が合致せず、戸惑いから本当に帝に従って刃を下げてしまっていいのかと、身動きを取れずにいるらしい。

その様子を見て帝がすっと目を細める。


「帝である私の言葉を疑うか!」

「し、失礼致しましたっ」


帝のあまりの剣幕に、理解出来ていなくとも慌てて近衛達は刀を仕舞い平伏した。帝はそれを確認してから晴明を振り返る。


「して、どうした晴明よ。らしくない慌てようだな?」

「あぁ、緊急事態だ。まずは御身の安全が先だ。お主のような者でも一国の主だからな」


晴明は懐から今度は短冊のような霊符を取り出すと、いつかのように名を呼んだ。


「騰蛇、来い!」


青白い炎で燃えおちた符は生き物のように形を変えた。それを見て近衛がひぃっと小さく悲鳴をあげたが無視し、騰蛇へ向かい指示を出す。


「騰蛇、安倍晴明が命ずる。何があっても帝を守れ。近寄る"悪意"は全て燃やし尽くして良い。……行け」


晴明が伸ばした腕にするりと擦り寄ると、そのまま帝の元へ這っていく。


「あぁ、これが話に聞いていた『騰蛇』か。宜しく頼むな。炎なのに熱くないとは面白い」


返事をするように帝の足元を一回り回ると、騰蛇は帝の体に登り、炎の身をぐるりと纏わせた。帝は初めて見る『騰蛇』を興味深そうに触れていた。


「そんな事より主上、後宮が瘴気に覆われている。すまん…防げなかった私の責任だ。主上の身は騰蛇が守る。後宮には近づかずにここに居ろ」

「後宮の瘴気とは…どれ程だ?妃達は無事なのか?」


晴明の話を聞き、帝は後宮に居る妃達の安否を心配していた。


「まだ瘴気が広がり始めたばかり…この程度であれば命に害はない。だが、この状態を放置すれば、いずれ害が出る。どうやって私の目をすり抜けて、相手がこの広範囲に一斉に瘴気を撒いたのか分からんが、この一帯の瘴気を纏めて払い、その原因を早々に突き止める」

「分かった。晴明なら大丈夫だろう……我が妃達を頼む」

「承知した。藤原安子殿もこちらに居るのであろう?主上はそちらを頼む。騰蛇をまとっている状態の主上が触れれば、身に付いた瘴気のみを焼き払える」

「触れるだけで良いのだな?やってみよう。晴明も気をつけて」


ああ、と晴明は腕を組み一礼する。立ち去る間際に、近衛に向き直ると。


「お前達。まだまだ警備が手緩い!緊急時故、捕えられても困るがもう少し頭を使え。そんなんでは私でなくても簡単に敵を通すことになる。協力を受けた以上、覚悟を改めたのであろう?しっかりしろっ」


その言葉で、近衛二人は目の前に居るのが以前会った『安倍晴明』だと、ようやく疑いなく理解した。そして『安倍晴明』である少女に、またも自分達の不甲斐なさを見せてしまった事に慌てて謝罪する。


「「はっ、はいっ!申し訳御座いませんでしたっ!」」

「……帝と藤原安子殿を頼んだぞ?」

「「はいっ!」」


ばっと揃って腰を折り頭を下げた近衛二人。

伝えるべき事を伝え終わった晴明は清涼殿を飛び出る。欄干に足を掛け、バネのように体全体を使い勢いを付けて飛び降りると、かなりの飛距離宙を舞った。身軽に飛び降りた晴明の体は、それ程の距離を飛んだと言うのに着地は静かで、足も痛めていないのかすぐさま走り出した。

それを見送る近衛はしっかりしろと言われたが、思わず晴明の姿を呆然と眺めてしまう。


((本当に…あの方は何者なのだろうか))


まるで隠密や武人のような身のこなしように、消えていった晴明という人間への疑問を増やしていた。




清涼殿を飛び出た晴明が、次に目指したのは紫宸殿だった。

短い距離ではあるものの、身を隠すことなく晴明が走っている為、当然近衛が晴明に気付く。先程の清涼殿でのざわつきもあり、夜中に駆回る晴明の姿を見て不審者ではと捕まえようと動く近衛に邪魔だと一括し、『安倍晴明』だと名乗るがすぐには信じて貰えない。


(昨日の今日でもう顔を忘れたか。使えんっ!)


男装姿の晴明しか知らない近衛達は男と思っている上、昨日初めて顔を合わせただけではその反応は当たり前なのだが、晴明は八つ当たりまがいの言葉を心中で並べる。


(まだ近衛に非常事態だと広まっていないのか…一々妨害されては敵わん。紫宸殿の警護配置に確かあやつを入れていたはず……)


未だ追いかけてくる近衛に苛立ちは募り、晴明はさらに速度を上げて紫宸殿の正面まで回り込んだ。

追ってきた奴らの声で紫宸殿を警護していた者もこちらを振り返る。その中にお目当ての人物を見つけると、晴明はありったけの声で叫んだ。


「緊急事態だ、阿呆っ!とっとと教えた対応をさせんか、この馬鹿がっ!!」


いきなりこちらに向かって駆けてきた少女から怒鳴り付けられた近衛達は目を白黒させていたが、一人だけその声と姿を見て何を言われたか理解した男がいた。


「晴明殿っ!?緊急事態とはどういう事だっ!?」


憲平が晴明に向かって駆け寄ってくる。

追ってきた近衛が晴明を捕らえようとするのを待てと止めた。


「はぁっ、説明は後だっ!主上の安全は確保しておいた。お前は早く部下に指揮をしろっ、戯けがっ。後、お前の部下が私の行く手を邪魔する、何とかしろっ!!」


息を荒らげながらも、要点だけ指示した晴明はそのまま身を翻した。


「お前達!!緊急事態故、晴明殿の指示に従い、他の近衛にもこの事を伝えながら優先事項の行動に移れ。晴明殿の邪魔をしないようにも伝えろっ!俺は晴明殿とここに残る、行けっ!!」


憲平は慌てて部下に指示をしていき、やっと近衛達は晴明が予め指示してあった急事の際の動きを取り始めた。

晴明は一人紫宸殿の正面まで来ると、数珠を取り出し目を瞑る。瞼の裏でその姿を思い浮かべながら数珠に気を流して巡らせる。


「───琥珀っ!今すぐ来いっ!!」


いきなり意味のわからないことを叫ぶ晴明の元に、指示を終えた憲平が晴明に近づく。晴明が何をしているのか分からず声を掛けようとするが、その顔を見てとてもじゃないが声をかけることが出来なかった。

だが聞かなくてもすぐにその答えは分かった。


「ガゥッ!」


何かの鳴き声と共に、()()()()()()きた白い獣が晴明元へ降り立った。その有り得ない光景に憲平は言葉をなくす。


「悪いな、琥珀。今すぐ私をあの上に運んでくれ」


晴明の呼び掛けに答え飛んできた琥珀に、晴明が『あの上』と指さしていたのは紫宸殿の上。

琥珀はもうひと鳴きすると淡く体を光らせ、先程まで猫程度の大きさだった体は、大人二人は余裕で背に乗れそうな大きさに変わっていた。乗りやすいように伏せた琥珀の上に晴明は飛び乗り、その毛を掴んだ。


「行けっ、琥珀!」


その言葉を合図に立ち上がり、琥珀は駆けだす。色々と有り得ないことばかりで思考が働かない憲平も、咄嗟に琥珀の尾に飛びつきしがみ付く。

もう空を駆け始めていた琥珀は、突然の痛みに変な鳴き声を上げる。


「ガゥッッ!?」

「どうした?琥珀」


『ぎゃぁっ!?』と悲鳴をあげた琥珀に、しがみ付きながら晴明が聞く。すると、琥珀が『尻尾!尻尾、痛いっ!』と何度も鳴き声を上げて晴明に訴えてくる。


「尻尾??」


尻尾がどうしたんだと晴明は首だけ後ろに回すと、琥珀の尻尾にしがみ付いた憲平を見つける。琥珀が痛いと尾を振るものだから、振り落とされないように更に必死にしがみ付いてしまっているようだ。


「……琥珀、すまない。少しだけ痛いのを我慢してやってくれ。振り落とすわけにもいかん………」

『そんなぁっ!』と琥珀が鳴いたが、最後まで我慢して紫宸殿の上に降り立った琥珀。晴明は屋根の上で伏せをした琥珀から下りる。尻尾に捕まっていた憲平もなんとか屋根に移ったようだ。琥珀が体を丸めまだ痛む尻尾をぺろぺろと舐めていた。


「何をしてるんだ、阿呆っ。邪魔をするな、琥珀を虐めるなっ。痛がっていただろうっ!」


落ちないように、ゆっくり立ち上がろうとしている憲平の頭を容赦なく晴明が引っぱたく。その声に琥珀も尻尾を痛めた原因に気付き威嚇し始める。


「す、すまない…置き去りにされるわけには行かなかったので、思わず……痛かったよな、ごめんな?」


晴明と、最後に琥珀に向かい頭を下げる憲平。憲平が琥珀に頭を下げたので、琥珀も少しだけ威嚇するのをやめる。


「付いて来る必要などない」

「俺がいた方が貴方が晴明殿とすぐに証明出来るだろう。それに指示を出す際、すぐに話が通る」


勝手に付いてきた憲平にもそれなりに考えはあったらしい。仕方なく、晴明は『邪魔だけはするなよ』と声を掛け、視線を憲平から外した。

辺りを見渡した晴明は、目視で捉えた渦巻く瘴気量に息を呑む。紫宸殿を選び登ったのはここが一番内裏を見渡すのにうってつけだったから。その予想通り内裏全体を見渡すことが出来たが、感じていただけだった瘴気をこうして視覚として捉えてしまうと、現状を嫌でも思い知らされる。


「この量は…早急に払う必要があるな」


すぐに瘴気を払い、原因を突き止めないといけない。今のところ結界も破られることなく機能しているが、いつ敵に気付かれ破壊されるかわからない。


「琥珀、すまない。もう一度地上に運んでくれるか?」

「ガゥッ」


『いいよ』と琥珀が背をなだらかにする。その背に晴明が乗り込むと、琥珀が『そこの人間は?』と晴明に問いかけるので、晴明は後ろを振り向く。どうしたらいいかと悩んでいるようだ。


「早く乗らんか、憲平。それともここに取り残されたいか?」

「背に乗っていいのか?」

「それ以外どこがある。また尻尾に捕まって琥珀を泣かせる気か?」


琥珀がびくりと怯えた。慌てて憲平はそんなことはもうしないと首を慌てて振る。

だが背に乗れと言っても、どう乗れば良いのだろうかと憲平は踏みとどまってしまう。馬ならば鞍も手網もあるから何ら難しくないが、なんの装備もない生き物の背に乗るとなると、初めて背に乗る憲平はどうしていいか分からない。


「早くしろと言っているだろうっ」


琥珀に跨る晴明の横に立ったままの憲平に痺れを切らし、晴明は憲平の襟元に手を掛ける。ぐっと着物を掴みあげて憲平を引き寄せた晴明。

力技で距離を詰められた憲平の目と鼻の先には晴明の顔がある。


「とっとと、後ろに、乗って、私にでも、捕まっとけ!」


憲平は驚きのあまりかくかくと首を縦に動かすと、言われた通り晴明の後ろになるように琥珀に跨った。そして、これまた言われた通り晴明の肩に手を置いた。


(ち、ち、近かった………っ!!)


衝撃で働かなかった頭で琥珀に跨ったが、頭が正常に動き始めると顔を真っ赤に染めた。そんな場合では無いとわかっていても、じわじわと競り上がってくる羞恥心はどうしようもなかった。


「そんな掴まり方で落ちるなよ?…いいぞ、琥珀!」

「……ぇ、うあぁぁぁ!?」


まるで飛び降りるかのように紫宸殿の屋根を跳ねた琥珀の体が落下し、()()()二度ほど踏んだ。風圧を巻き起こしながら地に降り立った琥珀。

てっきりゆっくりと宙を降りていくものだと思って油断したのがいけなかった。晴明の忠告が的中し、憲平は琥珀から落ちかける。


「そんなにしがみつかんでも大丈夫だろう…もう着いた、離せ」


憲平は悲鳴を上げながら、咄嗟に晴明の腹に両腕を回して何とか落ちることは防げたが、ばくばくと耳にまで届く心音は鳴り止まない。それは落ちかけた恐怖と、咄嗟にした自分の行動からくる高鳴りで。


(これは、違うっ。びっくりしただけだっ)


憲平は自身の行動に、誰に向けるでもなく心の中で弁明する。

晴明に腹に回った手を離すように言われすぐに手を離した。琥珀から降りた晴明がまだ琥珀の上にいる憲平を見上げる。


「憲平、小太刀は持っているな?」

「あ、あぁ…持っているが」


憲平が腰に指していた二本の内の短い方を一本鞘ごと引き抜いた。憲平が掲げた小太刀を奪い取った晴明は、鞘から抜き取ると鞘だけ憲平に放り投げた。憲平はそれを咄嗟に受け取った。


「借りるぞ」


一言だけ憲平に告げると、晴明は片膝をついて地に掌を添える。目を伏せ、見えないものを辿るために神経を研ぎ澄ませる。


「…そこだな」


確認を終えた晴明は立ち上がると、数歩先まで歩きまたしゃがみこんだ。

もう一度同じ工程を繰り返した晴明は、憲平から奪った刀で自身の指先を切りつけると、指先から滴り出た血を刀身に拭いつけた。


「何をしてっ…」


自らを肌を傷つけた晴明に憲平が駆け寄ろうとしたが、琥珀が邪魔するなと言うように無言で憲平の着物に爪を引っ掛けて引き止める。


「離してくれ、手当をしないと…」


憲平がいくら言い募っても、琥珀が憲平を離すことはなかった。

その間に晴明は右手に血の付いた小太刀を持ち立ち上がると、左手には懐から取り出した一枚の霊符を人差し指と中指で挟んでいる。それを肩の高さまで持ち上げて、晴明に対して横になるように寝かせた刀身を掲げ、その上に符を持った左手を添えるようにして型を作る。

瞳を閉じて大きく息を吸い込んだ晴明は、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「…………想へ東方木禁は吾が肝中に在り…想へ南方火禁は吾が心中に在り…想へ西方金禁は吾が肺中に在り…想へ北方水禁は吾が腎中に在り…想へ中央土禁は吾が脾中に在り」


瞳は閉じたまま長い呪文を口ずさみ、独特な歩き方で晴明は地を踏み始める。左かと思えば右。右かと思えば左。右左を不規則な動きで足を動かす晴明。

一体何が始まったのかまるで分からない憲平は、琥珀から逃れようとしていた動きを止めてその様子を黙って見ていた。

そして晴明の言葉が止むと、晴明は左手には持った符を小太刀で切り落とし、手元に残った符の半分と落ちた半分を拾った。半分になった符を重ねて小太刀で地面に突き刺す。

すると地面突き刺しただけの刀が、刀同士をぶつけあった時のようにキィィンと刀身を震わせて鳴り響いた。間隔を開けて何度も鳴り響き、その音が止む頃には小太刀で突き刺した白かったはずの符が真っ黒に染まっていた。


「滅っ!」


晴明がそう最後に一言が発すると、黒い炎を上げて燃え尽きた符。


「今のは………」

「霊脈を使いこの辺り一体の瘴気を吸い上げて消滅させたのだ。これでとりあえずは窮地は逃れられただろう…………すまぬ、刀をダメにしてしまった」


立ち上がった晴明の手に残ったのは、地面から抜き取った小太刀だけ。

刀身はまるで岩に何度も叩きつけ続けたかのような刃こぼれを起こしていた。


「代用品では…私の霊力と流れる邪気の量に耐えきれなかったらしい」


借りていた物(いいとは言っていない)を壊してしまったことに、気まずそうに小太刀を差し出してきた晴明。小さな体を少し丸めながら、しょんぼりとした顔で顔を俯かせている。

別に怒る気もなかった憲平は、『気にしないでくれ』ともう使い物にはならぬが小太刀を受け取る。

元々怒ってはいなかったけれど、急にしおらしい態度を取られてしまい戸惑ってしまった。

どうにも晴明と出会ってからというもの、憲平の心は波立つことが多い。今も訳もなく跳ねた心臓が、これ以上跳ねないように晴明から視線を逸らした。


「直してはやれぬが、今度…詫びはちゃんとするから許せ。でなければ私の気が済まん」


その必要もないのだが、晴明がそうしたいと言うなら、こちらが無理に食い下がることも無い。憲平はわかったと頷き、鞘に刀身を納めた。


「悪いが、私は呪具の回収と、この原因を探しに行く。お前を連れていたら時間がかかるから別行動だ」

「でもそれではまた他の近衛に疑われるのでは?」


どれくらい少女の姿の晴明が、安倍晴明だと近衛達に広まったか分からない今、また一人で歩き回れば無駄に足止めをされてしまう。憲平はそれを危惧していたのたが。


「…邪魔をするようなら蹴散らすなり、振り払うから問題ない。琥珀、もう小さくなって良いぞ。おいで」


不敵に笑った晴明は、小さくなった琥珀を肩に乗せその場を離れた。晴明なら本当なのやってのけそうだと思わず思う。


**************************



晴明は琥珀を連れて、仕掛けてあった分の呪具回収していた。

だが残っていてた呪具もやはり同じ木片が出てくるばかりで、纏っていた穢れも今までと何ら変わりない。だと言うのに立ち昇っていた瘴気の量は異常な程多かった。

晴明が行ったのは立ち昇る瘴気を打ち払っただけだ。その発生源を取り除かない限り再び瘴気は漂い始める。

その一つである木片を回収しているが、あそこまで爆発的な瘴気を起こすような原因はまだ見つからない。

それどころか今僅かに残っている瘴気はかなり弱く、とてもじゃないがこの弱さの瘴気では、晴明に気付かれずにあの量の瘴気を溜めることは出来ない。

呪具を回収されず長期間にわたって犯し続けなければ不可能だろう。


それも晴明のように瘴気を感じとることのできる者がいないことが大前提で。


つまり、何かいつもと違う要因があるはずなのだ。妖が直接瘴気をまき散らしている気配もなく、可能性があるのはやはり何かを媒介に瘴気を撒く方法。

ならばそれを破壊していないのに、その痕跡が途切れるのはおかしな話だった。


「この違和感はなんだ…?」


引っかかっているものがある気がするのに、それが何かがはっきりと出てこない。


(何か引っかかる…何かを見落としている?)


思考の渦に埋もれている何かを探そうとしていると、まだ晴明には気付いていないが近衛が近づいてきていた。遭遇すると面倒だと考えた晴明はその場から離れる。近くにある凝花舎の建物の影に身を潜め、近衛が離れるのを待つことにし、大人しく様子を窺っていると、風に乗って何かの匂いが鼻を掠めた。


「香の、匂い……?」


ふわりと香る香りは、確かに香の匂いだった。別段おかしな匂いではない。この香りは"梅花(ばいか)"だろう。作り手がいいのか、品のいい香りが辺りに漂っているだけだ。その時はそう思って、晴明は身を潜めていた。


その考えを変えたのは、次の呪具を回収している時だ。


気配を辿り呪具を探していると、淑景舎の敷地にも木片があった。それを回収している時にふと漂った香りに晴明は足を止めた。


「ここも、…同じ香り?」


くんくんと小さな鼻を動かし嗅いだ香りは、先程と同じ"梅花"の香り。

女ばかりの後宮で、女性が好む華々しい春の香りを好んで使うこと自体は問題ない。


(問題はないが……違和感はある)


何故こうも似通った香りなのか。

香は作り手によって匂いも変わる。配合は勿論、その工程等でいくらでも変わってしまうのだ。

素材の状態によってもまた然り。

素材の善し悪しだったり採取時期、それだけで大きく左右され変わる。それなのに何故ここまで似ている匂いが……否、最早同じ香りと言って過言ではない程の香りが、同じ時間帯にこの後宮の複数の棟からする。

先程は凝花舎、今居るのは淑景舎。

別の妃がそれぞれ住まう場所から漂う匂い。


(そう言えば………確か、主上の元へ向かう際も何かの香りが鼻を掠めた気がするな)


あれはどんな匂いだっただろうか。

思い出そうと試みても、あの時は自体の異変に対応する事に必死で、匂いを記憶しておけるほどの余裕はなかった。


それから改めて他も回り確認したが、時間が経つにつれ少しずつ香りは薄れていたから、確認しに行った際に消えていた可能性もある。それでも確認できた限り、先の二箇所以外に承香殿、襲芳舎、昭陽舎、麗景殿。その全てに"梅花"の香りが残っていた。


(流石にこれは偶然では有り得ない………)


違和感が晴明の中で大きく膨らんでいった。





お読み下さりありがとうございました!

続く悪しき香り漂う後宮【捌】も是非お待ちください。

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