9・名前と契約
今回はかなり長いですわ。
「……」
祐二は緊張しながらも、ドラゴンの方へと歩み寄った。
「こんにちは、君が僕のパートナーだね」
と、白いドラゴンは穏やかな口調で、祐二に言った。
「こ、こんにちは…杉村…じゃなくて、ユウジ スギムラです」
祐二は緊張気味に答えた。それと同時に歓喜していた。
『本物のドラゴンだ…夢にまで見た本物のドラゴン…』
「ユウジ…変わった名前だけど…よろしくねユウジ」
そんな祐二の心の内も知らずに、ドラゴンは笑顔で返した。そうしながらもドラゴンは、祐二を観察していた。
『…綺麗な仔だな…肩まで伸びた蒼銀の髪、僕と同じ空色の瞳をしている。それに透きとおる様な白い肌…腰の入れ物に入っているのは武器かな…』
ドラゴンはやや祐二に見惚れている様でもあり、目敏く腰の拳銃の存在にも気付いてもいた。
「えっと…俺がお前のパートナーって言ってたけど、本当に良いの?」
「うん」
ドラゴンは笑顔で返した。
「ずっと待ってたんだ。君が現れるのを。僕だけのパートナーの人間」
「……」
祐二は正直、憧れのドラゴンにそう言われるのは嬉しかった。しかし問題もあった。
『ヨン、聞こえる?』
祐二は心の中で、ヨンに語りかけた。
『はいマスター。聞こえます』
どうやら心の中でも、ヨンと会話が可能であった。
『俺が異世界からの転生者である事…このドラゴンに言った方が良いかな?』
『…それはマスターがお決めになる事です。私はマスターの意向に従うので…』
と、ヨンは返されて祐二は考えた。
「? どうしたの?」
突然何も言わなくなった祐二に、心配そうにドラゴンは話しかける。
「あの…パートナーとか云々の前に、一つ言っておきたい事があるんだ」
「何だい?」
「…俺は…この世界の人間じゃない…別の世界で死んで、この世界に転生したんだ」
※ ※
それから祐二はドラゴンに、前世での自分の素性や元の性別から、死亡して現在に至るまでを話した。ドラゴンはそれを黙って聞いていた。
「…で、森の中を彷徨っていたら、この草原に辿り着いて、お前と出会った訳なんだけど…」
全てを話し終えた祐二。それでこのドラゴンがどう出るか、不安であった。
『最悪、パートナー拒否して戦闘とかにはならないよな…? もしそうだったら拳銃一丁で勝てるのか?』
そう不安になっている時、ドラゴンが口を開いた。
「…成程、異世界からの転生者か…どうりで三百年もパートナーを探しても、見つからない訳だ…」
「さ、三百年!?」
祐二はその年月の長さに、心底驚いた。
『って事はこのドラゴン、三百年も俺を待っていたのか? 声からしてもっと若いドラゴンかと思ってたけど…』
『ドラゴンの寿命は、不老長寿とも言われる程長く、実際どれ程の寿命なのかは、明確には分かっていません』
『世界の知識』であるヨンですら、ドラゴンの寿命は分からないのであった。そんな祐二の驚きも気づかずに、ドラゴンは続ける。
「転生者ってのは、この世界にも稀に存在するけど、僕が知っている限りでは、異世界からの転生者は初めてだよ」
「…俺の事、拒絶しないの?」
「まさか! 寧ろ自分のパートナーが異世界からの転生者だなんて、凄いと思うよ」
悪い意味では全く気にしていないという風に、ドラゴンは言った。そんなドラゴンに、祐二は意を決して尋ねた。
「じゃあさ俺とパートナーっていうか、友達にならないか?」
「友達?」
「実は俺、子供の頃からドラゴンが大好きでさ、ドラゴンと友達になりたかったんだけど、良いかな?」
お願いする様に言う祐二だが、本人は気付いているのか、上目使いの表情でドラゴンを見ていた。
「ッッ!!!」
顔とマッチしたその仕草に、ドラゴンは動揺してしまったが、幸いにも顔には出ていなかった。ドラゴンは返事をする。
「うん。君が良いなら、僕はそれで構わないよ。ただその前に契約を行わないと」
「契約?」
「ドラゴンと人間が、心を融合させて、竜騎士になる契約さ。古くから僕達ドラゴンと君達人間で波長が合った者同士で行われてきたんだ」
『…ヨン。そうなの?』
祐二はヨンに尋ねた。
『竜騎士になる者達は、皆同じ契約を結んでいます』
ヨンに言われて、祐二は納得する。
「それで契約を結ぶけど、良いかな?」
「勿論!」
ドラゴンからの提案を祐二は承諾した。
「それじゃ契約を結ぶけど…その前に君の名前を決めない?」
「えっ何で? 俺には祐二って名前があるけど?」
「こう言っては悪いけど、今の君の名前はこの世界に合ってないんだ」
「……」
ドラゴンに言われて、祐二は思った。
『まあ確かに…ドラゴンが居るファンタジーな世界に、杉村 祐二っていう名前は似合わないな…それ以前に、その名前は前世での俺の名前な訳だし…そうだ』
祐二はある事を思いついた。
「だったらさ、君が名前を付けてくれない?」
祐二がドラゴンに言った。
「僕が?」
「俺はこの世界の事を良く知らないけど、君なら良く知っているだろ? だからさぁ、君が付けて欲しいんだ…えっと…」
祐二は良く考えたら、このドラゴンの名前を知らなかった。
「僕の名前? 僕には名前は無いよ」
「えっ?」
「僕は生まれた時から、父も母も居なくて天涯孤独だったんだ。だから僕には名前は存在しないんだ」
と、まるで何て事も無いようにドラゴンは言うが、祐二にしてみれば、それは少々悲しい事であった。
『コイツ…親の顔も知らないで育ったのか…俺はそれなりに親父やお袋に愛されてきたから、コイツの気持ちは分からない…』
そう感傷に浸る祐二。そして考えた。
「じゃあ俺がお前の名前を付けるよ?」
「えっ?」
「そして、お前が俺の名前を付ける。それであいこだろ」
自らナイスアイディアという風に言う祐二。そんな祐二にドラゴンは…
「…分かった。じゃあそうするよ」
「決まりだな。じゃあ考えてくれ」
ドラゴンにそう言って、祐二は考える。
『どんな名前が良いかな…やっぱり西洋風が良いよな…そういえば昔見たアニメで、気に入った名前があって、某RPGの主人公の名前にしてたな…それだ!』
祐二はドラゴンの名前を決めた様だ。
「ユウジ、決まったかな? 僕は決まったよ」
ドラゴンの方も決まった様だ。
「俺も決まった。お前の名前は『ヨハン』だ」
「ヨハン?」
「ああ、俺の世界のアニメ…もとい、物語の登場人物の名前から取ったんだけど、どうかな?」
「ヨハンかぁ…ヨハン…」
復唱するドラゴン。そして…
「うん気に入ったよ。僕の名前はヨハン」
「そうか。気に入ってくれて良かった」
もしかしたら、拒否されるかもと思い、祐二は安心した。
「じゃあ今度は、君の名前ね…『シャロン』ってどうかな?」
「シャロンって…女の名前じゃないか? 俺は元は男だぞ」
「でも君に似合っていると思うけど? 駄目かな?」
ヨハンに言われて、祐二は考えた。そして…
「そうだな…折角考えてくれた名前だから、喜んで受け取るよ。これからは俺はシャロンだ。あっ、でも口調は流石に変えないからな」
「あはは、それくらいは僕も気にしないよ…宜しくね、シャロン」
「宜しくなヨハン」
祐二改めシャロンは、手を差し出した。ヨハンはその手を優しく握った。
「じゃあシャロン。今から契約を行うけど、良いかな?」
「良いけど、どうするんだ?」
「どっちかの手を出して」
ヨハンに言われて、シャロンは右手を差し出した。するとヨハンの方も右手の手袋を外した。そしてシャロンの右手をとる。
「ちょっと痛いけど、我慢してね」
「?」
何を言ってるんだと思った、次の瞬間。
シャ!!!
「痛ッ!?」
ヨハンの爪が、シャロンの掌を横に切った。
「何するんだよ!?」
シャロンは文句を言うが、ヨハンは答えずに、自らの右手の掌を同じ様に切った。
「ゴメンねシャロン。契約はお互いの血を混ぜ合わせるんだ。僕の掌に君の掌を合わせて!」
ヨハンに言われて、シャロンは痛みを耐えながら、ヨハンの掌に自分の掌を合わせる。するとヨハンが呪文の様な物を唱え始めた。
『我、ヨハン。この者シャロンと竜の契約を果たす』
ヨハンが呪文を唱えると、一人と一頭の周りを優しい風が包み込んだ。
ヨハンとシャロンは、僕のお気に入りの名前なんですわ。
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