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08.スケルトン・クライシス

 初見でこそ『見たことも聞いたこともない』と思ったが、少し考えてみると記憶の片隅に引っかかるものがあった。


 見たことはなかった。

 聞いたこともなかった。

 だが、読んだことはあった。


 あれは確か────そう、遥か東の国について書かれた書物だったはずだ。

 かの国には『妖怪』と呼ばれる魔物に似た存在が数多くいるらしい。

 俺が読んだのは、その妖怪についての本だった。


 その姿は巨大な骸骨。

 生きている人間を襲い、握り潰して食べるという。

 名は────






 ────がしゃどくろ。




      ◆




「逃げるぞ!」


 叫ぶと同時に駆け出す。

 もと来た道を引き返し、再び食堂へ向かう。


 後ろから、振動と共にがしゃどくろ──巨大スケルトンが四つん這いで追ってくる。


 振り向きながらそれを見て、俺は叫んだ。


「何なんだよアイツ!」


 なんだあのデカイ体は。

 あのデカイ頭は。

 特にあの歯。アレもうギロチンだろ。

 あんなもんでガチンとやられたら、間違いなく首が切断されて頭が行方不明になっちまう。


「あんなデカブツさっきまでいなかっただろ! どこから出てきたんだよ!?」


「合体したな」


「合体!?」


「いや、融合といった方が正しいか?」


 一度だけ後ろを向く。

 巨大スケルトンは依然、障害物をなぎ倒しながら追ってきていた。


「じゃあさっきのスケルトン集団がくっついてしてあの偽がしゃどくろになったのか!?」


「そう言ってるだろ。理解が遅いぞ。……というか、お前の学園ではそういったことは教えていないのか?」


「う……」


 「授業なんて真面目に聞いてなかった」とは言えるはずもなかった。

 そんなだから成績悪いんだよ。

 うん知ってる。


 巨大スケルトンは廊下を這うようにして、置かれている数々の調度品をなぎ倒しながら追ってくる。


 俺たちは食堂に飛び込み、食卓の下を滑るように潜り抜けた。

 その瞬間、骨の手が食卓を下敷きにする。

 食卓はすぐさま瓦礫に変わってしまった。


 開け放たれた扉からホールへ。

 全速力で階段に向かう。

 俺は東の階段。バルバトスは西。

 二手に別れて逃げる。


 巨大スケルトンは食堂の扉ごと破壊してホールに飛び込んで来ると、一瞬だけ周囲を見渡した後、こちらを見た

 空洞の眼球が俺を見据える。

 そして咆哮。

 迷わず向かってくる。


「なんで俺の方に来るんだよ!?」


 必死で階段を駆け上がる。

 後ろから聴こえる咆哮は極力意識しないように。

 意識すれば、あまりの恐怖で足がすくんでしまいそうだから。


「反撃しなきゃ死ぬぞー」


「は!?」


 遠くから間の抜けた悪魔の声。

 視線をそちらに向ければ、バルバトスは反対側の階段で足を止めてこちらを見上げていた。


「いつまでも逃げていられると思っているのか? 奴を倒さなければ助かる道はないぞ」


 それはそうだ。

 バルバトスの言葉は間違っていない。

 間違ってはいないのだが、果たしてヘッポコの俺にこの怪物を倒す手段があるのだろうか。いや、ない。


「でっ!?」


 思考に気を取られていたからか。

 階段に足を引っ掛けて転んでしまう。


 体のあちこちをぶつけた。痛い。

 だがそれどころではない。


 巨大スケルトンは既に俺のすぐ近くまで接近していた。

 両目の空洞は俺を見ている。


「ほらほらどうした。このまま何もせず死ぬのか?」


「!」


 そうだ。何かしなきゃ。

 何もしないで終われるか。

 沈黙は、正解ではないのだから。


「っ」


 体を反転させ、上を向く。

 右手を構え、手の平は標的(ターゲット)の眉間へ。

 左手は右腕を支えるように添える。


「オオオオオォォォ……!」


 スケルトンは片腕を振り上げた。

 そしてそのまま振り上げた腕を振り下ろす。

 幼子が砂山を崩すよう時の動きにも似ていた。

 緩やかであり、力強くもある。だが明確な殺意を感じる動作。


 迫る巨大な手の平。

 骨の手ゆえ、隙間は多い。

 しかし、今の俺には回避はできない。


 ────ならば。

 奴よりも早く───速く攻撃するしかない。



「───Starten(砲撃)ッ!」


 閃光。

 放つ最大火力の魔弾。


 寸分違わず急所を撃ち抜く一撃。

 (ほとばし)る魔力が、スケルトンの眉間に炸裂する。


 悲鳴を上げ、大きく仰け反るスケルトン。

 今まさに俺を掴もうとしていた骨の手が遠ざかっていく。


 スケルトンは仰け反ったその勢いのまま、ズドンと後ろに倒れこむ。

 激震。十メートルの巨体が倒れた衝撃で屋敷全体が揺らぎ、埃が巻き上がる。


「終わった……?」


 いや、まだだ。

 俺は抜きかけていた緊張を取り戻す。


 倒れた巨大スケルトンは動かない。

 だが、その体が魔石に変わる様子もない。


 緊張と共に動かない敵を睨む。

 と、急にびしりと不穏な音が聞こえた。


「……は?」


 音の出どころ。それは足元だった。

 恐る恐る視線を下に。

 それからバルバトスの方を見る。


 俺の視線を受けて、バルバトスは静かに言った。


「……折れている」


 何が、とは訊かなかった。

 訊くまでもなく理解した。


 だがバルバトスはそれを声に出した。


「柱が折れている。折れてはいけない柱が」


 元々荒れ果てた屋敷だった。

 建てられてから何十年と経っていただろうし、長いこと手入れもされていなかっただろう。

 そんな状態のこの屋敷が、巨大スケルトンが倒れ込んだ衝撃に耐えられるはずがないのだ。


 バキバキと鳴ってはいけない音が聴こえる。

 足元から。足元の、階段を支える柱から。


「おわーーーーーっ!?」


 階段が崩れ落ちる。

 悲鳴と共に、俺は一階へと落下した。











「いってえ……」


 瓦礫の中から身を起こす。

 辺りを見回しながら、ぶつけた頭を擦った。

 ……コブになっていなければ良いのだが。


 周囲には階段の残骸が散乱していた。

 かなり高いところから落ちたはずだが、大怪我はしないで済んだ。落ちた先にあったソファがクッションになったおかげだろうか。



 ────と、殺気。

 咄嗟(とっさ)に身をかがめて床を転がる。

 さっきまで俺がいたところを、巨大な骨の手が瓦礫を撒き散らしながら通過していく。

 骨の手は、その絶大な破壊力で壊れかけの石像を完全に破壊した。

 女性を模した像が無残にも砕け散る。


「うわー……」


 引きつった笑みを浮かべる。

 あれをモロに食らったらペシャンコになるな、と頭の片隅で思った。


 すぐさま立ち上がる。

 飛んでくる瓦礫を避けながらバックステップ。

 復活したスケルトンから距離を取る。


 見上げるほど巨大な骸骨。

 改めて正面から見れば、その巨体に圧倒されそうになる。


 階段が倒壊し、先程よりもスペースの増えたホールには、もはや奴の動きを遮るものは無い。

 スケルトンは床に手と膝を付き、背骨を曲げてぐっと頭を近付けてくる。

 骨と骨が擦れる乾いた音。頭を揺らして笑う。

 俺の目の前で、ギロチンのような歯がガチガチと不気味な音を立てた。


「……っ」


 思わず後退(あとずさ)り。

 冷や汗が頬を伝う。


 スケルトンの武器は、なにもあの巨大な手だけではない。

 あのギロチンのような歯で噛みつかれたら骨ごと噛み切られそうだし、そもそもあの巨体が突っ込んで来るだけで俺はぺしゃんこにされる。

 世界一酷い轢死体(れきしたい)の完成だ。

 馬車に()き殺され方がまだマシなレベルだろう。


「オオオオオォォォ……ッ!」


 この数分間で何度も聞いた雄叫びを上げ、スケルトンは駄々っ子のように滅茶苦茶に床に拳を打ち付ける。

 傍から見れば手当たり次第の無秩序な攻撃だが、やられる側はたまったもんじゃない。

 奴の巨大な拳が床を叩く度に、屋敷が大きく揺れるのだ。

 このままでは倒壊も時間の問題だ。


 しかも地震のような揺れで思うように身動きが取れない。

 俺は床の上でよろめくことしかできない。

 視線を向ければ、バルバトスも階段の手すりを掴み、揺れに耐えるようにしゃがみこんでいた。


「おお……っ!?」


 突如訪れる一際大きな揺れ。

 思わず倒れ込む。

 その瞬間、スケルトン跳んだ。

 カエルのようなジャンプ。

 頭上を巨体が通り抜ける。


 轟音。

 スケルトンが壁に激突した音。

 ほぼ同時に、衝撃が屋敷全体を襲う。


 パラパラと落ちてくる塵や埃。

 骸骨がゆったりと振り向く。


「来るぞっ!」


 バルバトスの声。

 咄嗟に詠唱。


Barriere(防げ)!」


 創り出す即席の結界。

 俺の目の前に不可視の障壁が現れる。


 守る範囲は俺一人。

 防御可能な方向は正面からのみ。

 とても小さな結界だ。


 だが範囲を絞った分、余計な魔力は強度に回した。

 この結界はそれだけ厚く強固。


「オオオオオ……ッ!」


 迫る巨体。

 スケルトンは顔面から突っ込んできた。


 結界に走る衝撃。

 陶器が割れるような音と共に、結界が砕け散る。

 俺は後方に大きく吹き飛ばされた。


 背中から瓦礫の山に激突。

 木片の中に埋もれる。

 魔弾で邪魔な瓦礫を吹き飛ばし、脱出。

 すぐさま横に飛ぶ。


 そこ再び突進してくる骸骨。

 瓦礫の山が蹴散らされる。

 屋敷が揺れる。


「逃げ回ってばかりじゃ勝負にならないぞ」


「わかってるよそんなこと!」


 階段で文字通り高みの見物を決め込んでいるバルバトスへ怒鳴り返す。

 悪魔は肩をすくめた。

 その動作がまた俺の逆鱗を撫で上げる。


「大体なんで俺ばかりが襲われて、なんでお前は見向きもされてないんだよ!?」


「それは戦いのセオリーと言うやつだ。『弱い奴から襲われる』……当然のことことだろう?」


「ふざっけんな!」


 悪魔への苛立ちに憤りながらも、俺の頭の中はどこか冷静だった。

 まさか本当にバルバトスの言う通りに『弱い奴から襲われる』なんてあるはずがない。

 あるはずがないのだ。

 そう、あり得ない。


 ────思考する。

 両腕を振り回すスケルトンから必死で逃げ回りながら、俺は思考する。


 魔物は人を襲う。

 それは奴らが『人を襲う』という現象だからだ。

 魔物は生物ではない。その呼び方は適切ではない。

 魔物は繁殖行動は行わない。

 無より生まれ、ただ人を襲うだけの『現象』。

 それが、魔物。


 だから『弱い奴を襲う』なんてあり得ない。

 魔物にとって、人間は等しく襲う対象。

 強い弱いなんて関係ない。


 ならば何故俺だけを襲う?

 バルバトスが悪魔だから?

 人間ではないから?


「……」


 そうかもしれない。

 悪魔であるバルバトスは、そもそも魔物である奴らにとって襲う対象ではないのかも────


「!」


 そこで俺は思考を中断した。

 中断せざるを得なかった。


 スケルトンが腕を振り回すのを止め、再び突進してきたからだ。


「おおおおおおっ!?」


 間一髪、(かわ)す。

 だが突進で飛んできた瓦礫が脚に命中した。


「ぐ……っ!?」


 鈍い痛み。

 思わず膝をつく。


 痛む箇所に手を当ててみる。

 折れてはいない。動きはする。

 だが、この脚ではもうスケルトンの突進を避けることはできないかもしれない。


「オオオオオォォォ……!」


 勝利を確信した咆哮。

 空を仰ぐスケルトン。


 負け惜しみだろうか。

 なんとなく皮肉の一つでも言いたくなる。



「だから喉もないのにどうやって……」







 ───────瞬間。

 俺の脳裏に電流が走った。





「……」


 喉もないのにどうやって声を出しているのか。

 その答えは一つしかないだろう。

 ────魔力だ。


 魔物の体は魔力でできている。

 そして魔力は様々なものに姿を変える。

 炎。水。光。───ときには、音。

 奴らが体内の魔力を勢いよく放出すれば、放たれた魔力は音に変換され、まるで咆哮のように聴こえるだろう。


 これで喉もないのに声を出す謎は解けた。

 では、次は。


 目もないのにどうや(・・・・・・・・・)って周囲を見ている(・・・・・・・・・)のか(・・)


 ──その答えも、一つ。


「……はっ」


 笑ってしまう。

 そうか。初めから狙われるのは俺一人しかあり得なかったのか。



「バルバトスッ!」


 悪魔の名を呼ぶ。

 脚の痛みを気合でねじ伏せ、立ち上がった。

 そして俺は──




 ポケットの中のソレ(・・)を投げつけた。




「!?」


 パシッと受け取るバルバトス。


「これは……」


 手を開き、それを見るバルバトス。

 彼女は瞠目した。それから俺を見る。


 彼女が初めて見せる驚いた様子に、俺は少し得意になりながら言った。



「そう、スケルトンの小指だよ」



 目もないのにどうやって周囲を見ているのか?

 違う。

 あいつらは――――



「あいつらは、初めから何も(・・・・・・)見えていない(・・・・・・)



 骸骨集団がバリケードを突破できなかったのは、力が足りなかったからじゃない。

 扉そのものが見えていなかったから。

 巨大スケルトンが障害物をなぎ倒しながら進んでいたのは、わざとなんかじゃない。

 障害物なんて見えていなかったから。


 なら、どうして俺は襲われた?

 ──その答えこそが、あの小指。


 魔物の体は魔力でできている。

 そして魔力とは『感じ取れる』ものだ。


「あいつらが俺を襲ったのは、奪われた肉体を取り返そうとしたから! 自分の体の一部───自分の魔力を持っている相手だけを、探知することができたからだ!」


 そして今、小指を持っているのは。



「バルバトス! お前だ───!」

 ドヤ顔で解説しているアレン君ですが、「目が見えない」というスケルトンの弱点は普通に学園の授業で教えている内容です。

 つまり、アレン君がもっと真面目に授業を受けてさえいれば、ここまで苦戦せずにさっさと倒せてました。

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