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18.アマリリスといっしょ

 食事を終えて部屋に戻ると、いつものようにバルバトスがベッドに寝転んでいた。

 片手には芋。たぶんユノから貰ったんだろう。

 よく見ると口がもぐもぐ動いている。


 もう片方の手には、本を持っていた。

 俺の持ってきた魔術の指南書かと思ったら、なんと彼女が読んでいたのは悪魔の魔導書の方だった。


「なんてもん読んでんだよ」


「同胞たちを懐かしんでるのさ」


 そう言いながら、器用に片手でページをめくる。

 そのまま新たに芋にかぶりつき、よく咀嚼してからごくんと呑み込む。


 と、バルバトスが眉を潜めた。


「おいアレン。物は大事に扱え」


「は? いきなり何の話だよ」


「この魔導書、ページが破られてるぞ。お前だろう、やったのは」


 軽くこちらを睨みながら、開いたページを見せつけてくる。

 確かに、そこにあるはずのページが一枚、不自然に破られていた。


 魔法陣が描かれているはずのページだ。

 破られていたのは──悪魔カイムを召喚するための魔法陣。


「俺じゃない。そもそも、召喚方法が書かれたページ以外、ほとんど目を通してないし」


 バルバトスを召喚したのだって、なんかいっぱいある魔法陣の中から適当に開いたページの奴を試してみたら、偶然そうなっただけ。

 別に七十二柱の中からじっくり選んで決めた訳じゃない。


「じゃあ誰がやったんだ」


「知らないよ。古い本なんだし、大昔に誰かが破いちゃったんじゃないのか?」


「……それもそうか」


 気にしても仕方ないと考えたのか、バルバトスは再び本に向き直る。


「……ああ、そうだ。同胞の話で思いだしたが、そういえば一つ気になることがあってな。お前が戻ってきたら話そうと思っていた」


「? なんだよ」


 首を傾げる俺に、バルバトスは「イポスのことだ」と魔導書から視線を離さずに言った。


「クラウディアの話じゃ、イポスは廃墟───使われなくなった教会の跡地に封印されていたそうじゃないか」


「ああ。そんなこと言ってたな」


「果たしてそれはアイツだけなのか、と思ったんだ」


「……」


 バルバトスの言葉を、頭の中で噛み砕く。


 ──悪魔は全部で七十二体いる。

 その中の一体であるバルバトスは俺に召喚されたから、こうして現界している。しかしイポスの場合は違う。

 彼はクラウディアに召喚されたのではなく、現界した状態で教会跡地に封印されていた。悪魔の魔導書と同じように。


「……イポスの他にも、封印された悪魔がいるかもしれないってことか?」


「そうだ」


 悪魔とオズ教が何か関係しているのは間違いない。

 なら、イポスと同じく教会に封印された悪魔がいてもおかしくはなかった。

 七十二体もいるのだ。かつてのイポスと同じ状況に置かれている個体がいる可能性は、十分に考えられる。


「……このルトマーレにもあったな。教会」


 バルバトスが呟く。


「それなら一度見に行った方がいいかもしれないな。『光なき明日(フューチャレス)』とやらは、私たちの力を狙っているのだろう?」


 俺は、この合宿で奴らと接触するらしいが。

 となると、それはやはり悪魔絡みか。


「……そうだよな」


 最悪の場合、ルトマーレの教会でロマイナみたいな事件が起きるかもしれない。

 その可能性を知っておきながら、見てみぬふりはできない。


 幸いにも、今日はもうカノンに殴られる特訓をする予定はない。

 あれから続けている蝋燭の特訓はまだだけど……あれはそこまで時間をかける必要はないし。

 今から街をぶらついて帰ってきても、時間には余裕がある。それからすればいい。


「今から行くのか?」


「ああ」


「なら私も同行しよう」


 バルバトスがベッドから起き上がる。

 彼女は魔導書を閉じ、俺に渡してきた。


「これは常に持ち歩いた方がいいな。……敵の狙いがわかっているのに、手放す理由がない」


 俺は魔導書を革袋で包んで腰から下げた。

 分厚い本だからそれなりに重いが、敵に奪われるリスクを避ける為だ。我慢しよう。



 部屋を出て、階段を降りる。

 後ろをふよふよと浮遊する悪魔の気配を感じながら、受付のある一階まで降りた時、俺は見知った背中を見つけた。



「あれ? アマリリス」


 アマリリスらしき少女が宿を出ようとしている所だった。

 俺の声に振り向く。やはりアマリリスだった。


 彼女は俺を見て一瞬目を丸くした後、微笑む。


「あ、アレン君。もう特訓から戻って来てたんですね。今丁度探しに行こうと思ってた所だったんですよ」


「どうしたんだよ、ルフィナたちと一緒に迷宮に潜ってたんじゃ……」


「食料が足りなくなりそうだったので、私だけ先に帰って来たんです。こっちでお買い物して、ライガ先生と一緒に戻る予定になってます」


「へえ……」


 まあ長いこと潜ってたら色々足りなくなるよな。

 迷宮の中じゃ、食料なんて手に入らないんだし。


「で、俺を探してたって? 何か用?」


「ええ。どうせなら、アレン君も一緒にどうですか? お買い物」


「え、俺?」


 教会を見に行くついでに街をぶらぶらしようと思っていたから、別に構わないけれど……。

 でも、どうして俺なんだろう?


「アレン君、ルトマーレに来てから毎日ずっと修行修行で、特訓場所か自分の部屋にいるかでしょう? 良い機会だから、街を案内してあげようかなって」


「ああ……」


 アマリリスの言うとおりだった。

 一応教官から地図は貰っているが、街を散策しようなんて思ったのは今日が初めて。

 案内してくれるというのなら、断る理由はなかった。


「じゃあ、よろしく頼む」


「はいっ」




      ◆




 流石は迷宮都市ルトマーレ。

 商業地区はかなりの活気だった。


 冒険者の集まる街であるルトマーレには、その冒険者による経済効果を狙った商人も集まる。

 ここでしか需要の無さそうな物───迷宮での冒険に役立つ装備や道具なども色々売っていた。


「今日はやってませんけど、ここから少し行った広場では定期市が開かれてるらしいですよ」


「へぇ……」


 人混み溢れる街の中を並んで歩く。

 はぐれないようにするのが少し大変だった。

 こんな時、宙を浮けるバルバトスが羨ましくなる。


 ──ルトマーレは冒険の街……と言っても、それとは別に冒険なんて無縁な普通の人々も沢山暮らしている。

 丁度買い物の時間なのだろうか。冒険者風の格好をした者の他にも、色々な人間が歩き回っていた。


「賑わい以外は普通の街とそんなに変わらないんだな。……もっと物騒な街なのかと思ってた。そこら中に武器屋があったりとか」


「確かに、ロマイナに比べたらそういうお店も多いですけど……。でもそれだけじゃないんですよ。例えば───」


 アマリリスはキョロキョロと辺りを見渡すと、何かを見つけたのかそちらへ歩いていく。

 人混みの中とは思えない軽快な足取り。俺は彼女の姿を見失わないようにするのが精一杯。

 バルバトスが上からアマリリスを探して進む方向を教えてくれたお陰で、なんとか追いついた。


「ほらっ」


 ようやく追いついた俺に、アマリリスは両手を広げて小さな露店を示した。

 アクセサリーを売っている店だった。


 ああ……故郷にいた頃、商人がこういうガラス細工みたいなの売りに来たりしたなあ。少し懐かしい。

 魔術で加工した物だって知って、誰も買おうとはしなかったけど。


「アマリリスも好きなのか? こういうの」


 村の女の子たちが一際興味を示していたのを思い出して、俺はアマリリスに訊いてみた。


「わ、私ですか? ……まあ、一応。女の子は皆好きだと思いますよ、アクセサリーとか」


「ふうん……」


 うちの使い魔も女の子のはずだが……。普段の様子を見るに、こういうのが好きだとは到底思えないなあ。

 何千年も生きてるらしいし、もう興味なんて失せちまったのかな。

 ……あり得そうだ。基本的に寝てるし、ひょっとしたら中身はお婆さんなのかもしれない。


『……おい』


 ───なんてことを考えてたら、低い声と共に頭を蹴られた。


『何を考えてるのか知らんが、私はまだピチピチだ』


 ピチピチって……。

 思わず苦笑する。


『……何だその顔は。あまり私を怒らせるなよ、小僧。貴様との契約を切ってもいいんだぞ』


 まずい、本格的に機嫌を損ねたかもしれない。

 バルバトスが俺を『小僧』とか『坊や』とか呼ぶ時は、大体が怒ってる時か、からかっている時だ。


 美味いものでも食べさせれば機嫌を治してくれるんだが……。

 しかしアマリリスの前で──いやこんな大勢の前でバルバトスに食べ物を渡すわけにもいかないし。


 どうしたものかとウンウン悩んでいると、スルリと伸びた腕が俺の首に絡みつく。

 バルバトスが後ろから抱き着いているのだ。

 耳元で冷涼な声がした。


『反省したか? 坊や』


「……」


 面白がってる時の口調だ。


『反省したなら誠意を見せろ。乙女の心に傷を付けたんだからな』


 何が欲しい、と視線で問う。

 悪魔は琥珀色の目を細め、おかしそうにクスクス笑う。


『あそこの首飾り。私はあれを所望するぞ、ご主人サマ』


 どうやら、うちの使い魔もこういった物への興味が失せている訳ではないようだった。


「……すみません。これ、ください」


 お金には余裕がある。

 クラリス誘拐事件の解決報酬として、エルド伯爵から多額の謝礼金を貰っているからだ。

 ……あれは正直貰い過ぎな気もしたが。


 買った首飾りを仕舞う──ふりをしてバルバトスに渡す。

 彼女は慣れた手付きでそれを身に着けた。アクセサリーも身体の一部として判定されるのか、周りの人間には見えていないようだった。


 と、俺はアマリリスがニコニコ笑ってるのに気が付いた。


「な、なに……?」


「あ、ごめんなさい。ルフィナさんへのプレゼントかなーって思って」


「え、ルフィナ? なんで?」


 首を傾げる。

 本気でわからない俺に、アマリリスは逆に驚いたようだった。


「だって……前にルフィナさんとここに来た時、ガラスのアクセサリー欲しがってたみたいに見えましたし。そういうお話をお二人でしたのかと思ったんですけど……違いました?」


 そんな話はしてない。

 互いに特訓で忙しいし、ルフィナはここ数日迷宮に潜りっぱなしだ。

 話なんてする暇もない。


 というか、ルフィナとアマリリスで一緒に出かけたというのも初耳だった。

 迷宮に挑戦する前に、色々と道具とかを買いに来たりしたのだろうか。


「驚きました。お二人、凄く仲の良い幼馴染ですから、私はてっきり……」


「いや、最近ちょっと色々あって」


 ──具体的には、一緒に異空間に閉じ込められたりとか。


「それでまた話すようになっただけで、それより前は結構疎遠になってたぞ」


「へえ……、そうなんですか」


「……ていうか、ルフィナとアマリリスが、いつの間にそんなに仲良くなったのかって方が、俺は気になるんだけど」


 いや、ホントに。

 ああ見えて、ルフィナって友達少なめというか……結構近寄りづらい雰囲気を出す奴だからな。

 俺の場合は、互いに他に友達がいなかった結果こうなっただけだが、果たしてアマリリスどうやって仲を縮めたのか。


「ルトマーレに来るまでの間に、ルフィナさんと話す機会があって。それでお友達になったんです」


「あ、そっか。同じ馬車だったっけ」


 五日間も同じ馬車で話してたら、仲良くなるか。

 ……きっとアマリリスの方から話しかけたんだろうな。

 ルフィナから話しかけるなんて想像できないし。


 と、思っていたのだが、どうやら違ったようだ。


「ルフィナさんから話しかけられたんです。『治癒魔術のコツを教えて欲しい』って」


「!? あ、アイツから……!?」


 馬鹿な。

 同性とはいえ、ルフィナの方からよく知らない相手に話しかけるなんて……。


 目を丸くする俺に、アマリリスはクスクス笑う。


「それだけ知りたかったんじゃないですか? きっと心配だったんですよ。誰かさん(・・・・)がよく怪我するみたいですから」


「う……」


 お、俺のことだよな。

 間違いなく。


 実際、鏡の世界の中で死にかけたしな。

 あろうことかルフィナの目の前で。


 あの時、ルフィナは苦手な治癒魔術で懸命に俺を治そうとしてくれたが、次々に襲いかかってくる敵に邪魔されて、満足な治療ができなかった。

 そのことに、ルフィナなりに思う所があったのかもしれない。


「……」


 俺は無言で、ずらりと並ぶガラス細工を見つめた。

 そういえば……村にいた頃に、ルフィナが商人の持ってきたガラス玉に興味津々だったのを見かけた気がする。

 あの時は別にそこまで仲が良かった訳じゃないけど、なぜか頭の中にその記憶が残っていた。


 ───お金はまだある。

 俺はアマリリスに訊いた。


「……ルフィナが欲しがってたのって、どれかわかるか?」


「えっと……、確かこのブレスレットだった気がします」


「よし……」


 俺はそのブレスレットを購入した。

 そしてそのままアマリリスに渡す。


「これ、迷宮に潜ったらルフィナに渡してくれ」


「え、私がですか……?」


「……直接渡すのは、なんか恥ずかしいからさ。あと俺からっていうのも、できれば伏せておいて貰えると……」


「それはだめです」


 笑顔で拒否される。


「アレン君からって、それはちゃんと言ってあげた方が、ルフィナさんも嬉しいでしょうから」


「そうかな……」


「ホントは本人から渡された方が嬉しいでしょうけどね?」


「う……」


「でもアレン君から渡されたら、ルフィナさん嬉しすぎて余計なこと言っちゃいそう。だから、そこは請け負ってあげますね」


「助かるよ……」


 はあ、と息を吐く。

 幼馴染って関係だけど、あんまりこういう贈り物とかはしたことないからな。

 強いて言うなら、アイツがいつも被ってる三角帽子くらいか。俺がプレゼントしたのは。


 あれは確か、魔術学園に行くって決めて一緒に村を出る時に、俺から贈ったやつだっけ。

 あれ以来だから……大体二年ぶりくらいか……?


 ───なんて、過去に思いを馳せていた俺に、アマリリスが笑顔で言った。





「ところで、ユノちゃんには何もあげないんですか?」


「え」


「ルフィナさんにはプレゼントしたのに、自分には何にもなかったら、きっとユノちゃん拗ねちゃいますよ」


「え……」


「あと、アレン君が仲が良いっていうお嬢様にも」


「ええ……」


 俺は革袋の中を見た。


 ……なんとかなりそうだ。

 なりそうだが、しかし……。


「……」


 思わず沈黙する俺の元に、悪魔の声が届いた。



『一つを選べば角が立つ……。女の機嫌を取るには思わぬ出費が付き物なのさ、坊や』


 ……肝に銘じておこう。

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