15.その頃のロマイナ/トルード・センタースの推理
アレン・クリアコードたちが迷宮都市ルトマーレに到着し、修行が始まって数日後。
ロマイナの領主、エルド・ベルクの屋敷にて。
「あらトルード、お出かけ?」
昼過ぎ。
トルード・センタースが、仕えているエルド邸の屋敷を出ると、丁度庭園で花を眺めていたクラリスが彼の方を向いた。
「さっき帰ったばかりなのに……。忙しそうね」
「これが私の仕事ですから」
心配そうに眉根を寄せるクラリスに、トルードは微笑みと共に応えた。
先日の教会の事件で、トルードは毎日のように調査に追われていた。
朝起きたら教会の現場へと赴き、警備隊の兵士たちと共に何か進展はないかと調べを進める。
昼になったら屋敷に戻り、資料などを整理して、軽く休憩を取ったらまたすぐに出かける。
帰ってくるのは夜遅くだ。
「身体を壊さないようにね。……また教会に行くの?」
「いえ、今日は───」
そこまで言いかけて、トルードはふと気付いた。
クラリスが眺めていた花。
それが見覚えのある白い花だったからだ。
「お嬢様、そのお花は……」
「あ……ふふ、そうよ。アレンの好きな花」
彼女が記念式典の時にアレン・クリアコードに助けられ、そのお礼にと渡した花だ。
アレン本人がこの花の香りを気に入ったらしく、ならばいつでも渡せるように──と、侍女たちと共に最近庭で育て始めたようだった。
「綺麗に咲いたのだけど……アレンが帰ってくる頃には、もう枯れちゃってるかしら」
アレンの帰りがいつになるかわからないということを、クラリスは旅立ち前に届いた彼からの手紙で把握していた。
できれば早く帰ってきてほしい。
彼の為に育てた花が、せっかく綺麗に咲いたのだ。
今度はヴィルムリンドの件など関係なしに屋敷に招いて、楽しくお話をして、一緒にお茶をして、お菓子を食べて───。
密かにそんな期待をしているクラリスだった。
(クリアコード君が僕と同じ職場で働く未来も、冗談で終わりそうではないようですね……)
あの若き魔術師が進路で悩む姿がありありと浮かんできて、トルードは思わず苦笑した。
そんな彼の様子には気付かず、クラリスは「はぁ……」と大げさに息を吐く。
「アレンはいないし、お父様はお仕事で忙しそうだし……。私、とっても退屈だわ」
「仕方がありませんよ。クリアコード君にはもっと力を付けてもらわなければいけませんし、エルド様も……」
トルードの主であるエルドは、今回の事件に加担していたクレイグ・クレインの実家が、自分が敵対している派閥のクレイン家であると知り、その責任を追及することで力を削ごうとしている。
実際、クレイグの父であるクレイン家当主への批判の声は少なくない。
クレイグが以前から学園内で問題を起こし、そのことに教師たちが手を焼いていたこと。にもかかわらず、クレイン家の介入によって十分な処分がくだされていなかったことが公になったのだ。
これを好機と見たエルドはクレイグ家を激しく糾弾した。
そのようなクレイン家の対応が、今回の事件を招く一因になったのでは、と。
息子が歴史的な犯罪者ヴィルムリンドの手下になった事実もあり、クレイン家当主はかなり旗色が悪くなっている。
──クレイン家は、エルドの出世以降かつての勢力を失っていた。その為、彼らにとって、エルドは目の上のたんこぶ。両家はこれまでも度々ぶつかり合ってきた。
そんな邪魔な存在を潰せるとあって、エルドもかなり力を入れているようだった。
「でも、お父様ったら、最近は寝る間も惜しんでお仕事されているようだし……。少しくらい休んでくれないと、見てるこっちが心配になっちゃう」
「……」
ただでさえ教会の事件のことで忙しいのに、そこにクレイン家との対決まで……。
確かにここ数日のエルドには、疲れが溜まっているように見えた。
だが、トルードは彼の想いを知っているからこそ、疲労を溜め込みながら突き進む主の姿に何も言えないでいた。
「……今回の事件は、エルド様の街であるこのロマイナで起きました。加えて、お嬢様にも危害が及んだ。そうともなれば、エルド様も黙っているわけにはいかないのでしょう」
「そう……」
「それに───」
「?」
「……いえ、何でもありません」
───長女を失い、妻が心を病んだという大きな傷は、5年の時が経とうとまだ癒えていないのだろう。
自分が出世して、エルド家がさらに力を付ければ、行方不明になったクラウディアや愛する妻と息子が帰ってきてくれる。
エルドは、どこかそう信じているフシがある。だからこそ、どれだけ辛かろうと仕事に励んでいるのだ。
トルードはそのことを知っていた。
しかし、クラリスの前でクラウディアの名を出すのは憚られ、どうしても声に出すことはできなかった。
(クラウディアお嬢様が失踪し、クラリスお嬢様も心に傷を負われた……。本心では辛いはずなのに、そんな様子を欠片も見せないのは、エルド様もお嬢様も同じ……)
変な所で似てしまった父娘だ。
そして、痛みを隠して気丈に振る舞う父娘の姿を、ただ見ているだけしかできない自分が悔しい。
クラリスが拐われた時、自分は気絶していた。
何もできなかった。全てをアレンに任せるしかなかった。
だからこそ、今度は。
「それではお嬢様。仕事がありますので、僕はこれで」
トルードは屋敷を出る。
主の役に立つ仕事をする為に。
◆
古紙の匂いだ。そしてインクの匂い。
二つが混じった独特の匂いは、自分が卒業して十年近くが経過しても、変わっていなかった。
ペラ……と紙がこすれる乾いた音。
懐かしい雰囲気につつまれながら、トルード・センタースは手に持った本を読み進めていく。
──ここはデルタミヤ学園の図書館。
学園の卒業生であり、エルド伯爵の元で働く魔術師でもあるトルードは、そのコネと権力を利用して、今回特別にこの図書館に立ち入る為の許可を貰っていた。
それは、教会での事件について、この図書館で調べたいことがあったからだった。
教会で起きた殺人事件。
現場となった教会そのものに燃えた形跡が無いのに、被害者である神父やシスターの死因は焼死。
そんな奇怪な事件、起こせるのは魔術師だけだ。
その魔術師は果たしてどんな魔術を使ったのか。
教会には火を移さず、人間だけを狙って燃やす───それが可能な魔術についての記述を、トルードはこの図書館で在学中に一度だけ図書室で目にした記憶があった。
───と、ページをめくっていた彼の指が止まる。
「……見つけた。《呪いの炎》──火炎を周囲に広げずに、対象だけを焼き殺す魔術」
まさにこれだ。
トルードは食い入るようにその記述に目を通す。
「……!」
そして目を見開いた。
案の定というか、何というか。《呪いの炎》もまた、習得が困難な高等魔術の一つだった。
しかし、詠唱や具体的な制御の方法などは書いていなかった。生徒が目にする可能性のあるものに、そんな危険な記述がされていないのは当然のことであるが───。
その魔導書に《呪いの炎》を使いこなす術が書かれていないのは、単に生徒の安全への配慮という理由ではなかった。
『──このように《呪いの炎》は非常に強力であり、かつ危険な術であるが、その詠唱や必要な魔力量、制御の術についての情報は現代には残されていない。
《呪いの炎》は、古の魔術師たちが生み出し、そしてその恐ろしさ故に闇に葬った術なのである。
このような危険な術の魔導書は古来からオズ教会が《危険魔導物》として回収するのが常であり、《呪いの炎》に関する情報もまた──』
「失われた魔術、ですか……」
しかし、そんなものを一体どこで。
習得するための魔導書すら、教会に回収されているはずの魔術。教会から禁止指令が出ているのならば、かの悪魔召喚並の禁術と言える。
そんなものを、この事件の犯人は使いこなしてみせたというのか。
──街の警備隊の兵士の報告を思い出す。
『センタース殿。街での聞き込み調査の結果、事件のあったと思われる日の当日に怪しい人物が目撃されたとの情報が』
『怪しい人物? それはどのような……』
『黒いローブを身に着けた、背の高い男だったそうです。顔は……例の事件の後で怪しい人影には近付けず、見ていないと』
黒いローブを着た男。
やはり、ヴィルムリンドではなかった。
念の為、自慢の占いで試してみたが、その結果は……。
(『下手人は黒き衣』──。黒衣の魔術師、ですか)
何者だ。その男。
失われた術を使いこなす、黒衣の魔術師。
その正体は、一体───。
「────」
何かが引っかかる。
トルードをページをめくろうとした手を止めた。
根拠はない。言ってしまえば勘だ。
だが、その勘が──魔術師としての勘が、トルードに思考の続きを促した。
「……。時期が、ピッタリだ」
ヴィルムリンドが街を離れて数日後。
狙ったかのように教会での事件。
───何か引っかかる。
まるでヴィルムリンドがロマイナから消えたのと入れ替わるように、黒衣の魔術師が街を訪れたように感じる。
いや、違う。より正確に言えば、クレイグ・クレインが街からいなくなった後だ。黒衣の魔術師が現れたのは。
「……」
トルードは深呼吸した。
古びた本の匂いが肺を満たす。
──胸騒ぎのような感覚を鎮め、情報を整理する。
黒衣の魔術師は教会を襲った。これは疑いようのない事実。
そして、そこに隠された『何か』を奪おうとした。
(黒衣の魔術師が求めた『何か』は秘密の部屋にあった……。そして彼は、秘密の部屋の存在も知っていた……)
彼は邪魔な教会の人間を殺害し、一直線に隠し部屋に向かっている。
彼の探している物はそこにあった。そして部屋のことも知っていた。教会に荒らされた形跡がなかったことからも、そのことが推測できる。
(彼の目的は秘密の部屋の『何か』。それは間違いない)
だが、その『何か』は既に持ち去られていた。
それを知った黒衣の魔術師は、街を去───。
「──……」
何か、違和を感じた。
その正体を掴もうと、思考が巡る。
脳が高速で回転する。
「……。やはりおかしい」
ぼそり、と無意識に呟く。
───黒衣の魔術師の目的は教会にあった。
そして教会は街の外、丘の上にある。彼が街に立ち寄る必要はない。
だが、目撃証言は街から出た。
違和感の正体はこれだ。
これから人を殺す人間が──人の目を避けなければいけない人間が、わざわざ多くの人に見られるかもしれない場所に出てくるなど、そんな簡単な間違いを犯すだろうか。
向こうは禁術を使いこなす術者。魔術師としての実力も優れているはず。そんな男が、こんな風に尻尾を出すか?
殺すだけなら直接教会に行けばいい。
街を経由する必要はない。
ならば……。
(何か理由があった……? 街を訪れなければならない理由が……そうする必要があったとしか考えられない……)
住民に怪しまれるリスクを犯しても、街に来る理由。
逆に、『怪しまれる』程度で済む───警備隊が出てくるような行動をせずとも達成できる目的とは。
『怪しまれる』程度……。
──『そこにいる』だけで済む役割。
「そうか……! 偵察……!」
街の様子を見るだけなら、そこにいるだけで良い。何か大げさなことをする必要はない。
魔術師ならば使い魔も操れるはず。ネズミや小鳥の使い魔なら、住民の会話などを盗み聞きして情報を集めることも可能。
ならば、何の為だ。
どうして偵察をする必要があった。
ヴィルムリンド・バルトとクレイグ・クレインがいなくなった後の、平和になったはずの街の様子を、どうして知る必要があった。
あの時、このロマイナの街の様子を、情報を知る必要があったのは、一体誰だ?
公にではなく、コソコソとこんな方法で情報を集める必要があったのは──
「!!」
他でもない。
ヴィルムリンドとクレイグ自身だ。
あの時、彼らは誰よりも街の様子を知る必要があった。
クラリス・ベルクのことを。そして学園側の動向を。
あの事件の後、どこからともなくヴィルムリンド生存の報が流れ、国は一時的に混乱に陥った。
それを鎮めるため、学園長アイゼルは自らがこの件に決着を付けると宣言し、騒動解決に乗り出した。
そして民の不安がこれ以上広まらないよう、ヴィルムリンド対策の活動についてなるべく公表するようにした。国中とはいかなくても、せめて悲惨な事件が起きたばかりのロマイナには。
──それらの情報を誰よりも欲していたのは、ヴィルムリンドたちだ。
対策を知ることができれば、その裏をかける。
(まさか生存をバラしたのも、ヴィルムリンド側の策略……?)
彼の生存を知っているのは、学園側とエルド家のみ。拐われていた被害者にも、真実は伏せられていた。
この作戦のためのマッチポンプと思えなくもない。
そして黒衣の魔術師は、街に広がる噂や情報を集め、ヴィルムリンドに渡したということになる。
彼がクレイグが去った後の街に図ったようなタイミングで訪れたのも、これならば辻褄が合う。
(黒衣の魔術師は教会の他に、街の情報を集めるという目的があった……、彼はヴィルムリンドの協力者……? しかし、ヴィルムリンドは教会には見向きもしなかった。ということは、教会襲撃はあくまで黒衣の魔術師本人の目的か……)
ヴィルムリンドの協力者。
それも、クレイグのような手下ではなく、あくまで自分の目的優先と思える行動。
ヴィルムリンドのために全てを捧げるような一方的な関係ではなく、あくまで『協力』しているだけ。
──そこから連想するものは。
「まさか『光なき明日』……」
かつてヴィルムリンドと繋がっていたと言われている犯罪組織。
それがまた、あの歴史に名を残す『最悪の魔術師』に手を貸しているというのか?
ぞくりとしたものが背中を流れた。
何かとてつもない陰謀が渦巻いている気がする。
「知らせなくては……!」
トルードは慌てて図書館を飛び出した。




