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14.Step2『暗闇の先を見ろ』

 監督役───。

 この偉そうな銀髪の女が俺の監督役。

 それって、どういうことだよ!?



「お前の特訓を見てやる奴が必要だと思ってなぁ」


 階下で待っていたライガ教官と合流すると、彼はこちらが何か言うよりも早く、俺の表情から全てを察したように告げた。


「俺は迷宮攻略組の面倒も見なきゃならんから、いつもお前に構ってやれるわけじゃない。だが合宿に参加した生徒の中で、一番レベルアップが必要なのはお前だ。だから監督役を付けることにした」


 俺が教官からの指導を受けられない時に、不在の教官の代わりに色々と教える係。

 それが俺の監督役、『狂犬』ことカノン・アルカーの仕事らしい。


「あたしも暇じゃないってのに……。兄さんが報酬くれるって言うからには、仕事はキチンとやるけどね。アンタ、感謝しなさいよ」


 カノンがその大きな胸を張って言う。

 ふふん、と鼻を鳴らすのが聞こえた。


 教官の代わりに俺の修行を見てくれるのは、たしかにありがたいし感謝すべきなのだろうが……。

 なんだか表面から礼を言うのが腹に据えかねたので、俺はカノンをスルーしてライガ教官の方を向いた。


「……そう言えば、俺たちどこに向かってるんですか?」


「ちょっと! 無視すんな!」


 宿を出てから、俺たちはずっとある場所を目指して歩いていた。

 教官が「付いてこい」と言うので大人しく言われた通りにしていたが、そう言えば行き先を知らされていなかった。


 ──俺が教官に行き先を問うと、彼は俺とカノンのやり取りを見て、堪えるように笑った後、答えた。


「お前の修行場所だ」


「あ、新しい修行ですか? 確かステップ・ツーでしたよね」


「おう。本来は蝋燭の修行をやらせる予定になってたが、あれはルトマーレに付くまでにクリアしたからな」


 予定してたよりも早いペースで次に進める。

 そう言って、教官は足を止めた。


「……ここだ。ステップ・ツーは、この場所で行ってもらう」



 ──連れてこられた先は、岩場だった。

 見渡す限りの赤い岩で出来た空間だった。


 ルトマーレ中央部から歩いて十数分のところにある、大小様々な岩が転がった場所。

 今立っている足場すらも、赤土色の巨大な岩で出来ていた。

 少し離れた所には、ゴツゴツとした岩肌の切り立った崖がある。ずっと見上げていたら、首が痛くなりそうだ。


「なんでこんな場所に……。何か理由があるんですか?」


「修行を始めてみれば嫌でもわかる」


 俺の質問にはそっけなく返し、ライガ教官は何かをこちらに向けて投げた。

 飛んできたそれをキャッチ。

 見てみると、丸めた布だった。


 広げてみれば、太陽の光で透けないくらいには厚く、それでいて細長い。

 色は暗闇を思わせる黒。模様はない。


「何ですか、これ?」


「頭に巻け」


「はあ……」


 ハチマキというやつか。

 これを巻いて気合を入れろ、と?


 言われ通りに額に巻こうとする。

 しかし、ライガ教官はそれを止めた。


「違う。もっと下だ」


「下?」


「こう巻くんだよ」


 俺の後ろに回り、布を下にずり下げて後頭部で結ぶ。

 当然、布は俺の視界を隠す形になる。

 これって……。


「目隠し?」


「そうだ。お前には、これを着けたままカノンと戦ってもらう」


「はあ……」


 これを着けたまま……。


「はいぃ!?」


 これを着けたまま!?

 いくらなんでも、それは……。


 カノンは若い女でありながら、男の冒険者にも『狂犬』と呼ばれて恐れられている女傑だ。

 彼女の実力がどれほどのものか、俺は知らない。知らないが、実力主義の冒険者の世界でこれほど畏怖されているなら、ある程度は察せる。


(そんな相手と、目隠ししたまま戦えって言うのか!?)


 冗談が過ぎる。

 命がいくらあっても足りない。


「つべこべ言うな。これも修行だ。……カノン、初めていいぞ」


「はいはい、じゃ、行くわよ」


「ちょ……! まだ心の準備が!」


 離れた所に立っていたはずのカノンの雰囲気が変わる。

 殺気……ではないが、敵意に近い何かを向けられている。

 明らかに戦闘態勢に入った様子だ。


 背後から遠ざかる気配と共に、ライガ教官の声が耳に届く。


「あ、言い忘れてたけど、魔術は使用禁止な。肉体強化は……ギリギリセーフってとこで」


「そんな……、ッ!?」


 殺生な、と言いかけた所で口をつぐむ。

 グンッ、と迫ってくる存在感。

 隠す気なんて微塵もないそれに、脳の回路が混乱して咄嗟に言葉が出てこなくなる。


 迫る気配。風の動き。

 あらゆる神経を総動員してそれを感知し、大慌てで横っ飛びに回避する。


 みっともなく岩の上をゴロゴロ転がる。

 その拍子に結びの甘かった目隠しが外れ、カノンの姿が視界に映る。


「───な」


 視界に映る光景を見て、思わず声が出た。


 横蹴りの姿勢のまま静止したカノン。

 突き出した右足の先には、何もない。

 蹴りを外したのではない。彼女は確かに標的に攻撃を当てた。その音はした。

 ──本来そこにあったはずの岩は、あまりの威力の前に無残にも砕け散ったのだ。


「なんて……デタラメな……」


 人間業じゃない。

 怪力、なんて言葉で片付けられる現象じゃない。

 これは……


(魔力による肉体強化……!)


 俺もよく使う戦法。

 だがその威力は俺なんか比べ物にならないほどだった。


 カノンの体から、まるで炎のようにゆらゆらと立ち上がる、視認可能なほど高密度の魔力。

 あれが蹴りに込められていたのだとしたら、その破壊力も頷ける。

 ……できることなら、夢だと思いたいが。


 だって、あの蹴りは岩を砕いた。

 単純なパワーだけで見れば、いつか戦った巨大スケルトンの攻撃と同等か、それ以上の脅威だ。

 それに………。


 高い位置まで上げられた、カノンの脚。

 もし避けなければ、その蹴りが貫いていたものは。

 ──岩ではなく、俺の頭だ。


「何をしてる。早く目隠しを結び直せ。休憩にはまだ早いぞ」


 教官の声。

 続けろというのか。

 あんなものを見せられて、まだ。


 あれを避けろ、と。

 視界を封じられ、気配と殺気、風の動きだけを頼りに。

 そんな無茶苦茶な───。


「できないのなら、お前はこの先あっけなく死ぬだろう。ヴィルムリンドに敗れ、大切な人を守れないまま無様に生を終えるだろう。それでも良いというのなら、俺は文句は言わない」


「……」


「宿に帰ってユノにでも慰めて貰えばいい。尻尾を巻いて学園に逃げ帰ればいい。お前がそれで後悔しないというのなら……負け犬のままで良いと言うのなら、好きにしろ」


「……っ」


「行動で示せ、アレン。お前はどっちの道を選ぶ?」


 ……そんなもの、決まっている。

 俺は再び目隠しを付けた。


「……それでいい。それでお前は戦士になれる」


 世界が暗闇に変わる。

 次いで、殺気が俺を飲み込む。


 暗闇の向こうで、カノンの声がした。


「ちゃんと避けなさいよね。もし当たっても、責任取れないから」


 それは、『当てるつもりで行く』という宣言か。

 ……上等だ。


「手加減するなよ。……全部避けてやる」


「へえ、言うじゃない」


 ────ゴッ!

 と、まるで音でも聞こえてきそうなくらいに、飛んでくる敵意……いや殺気の勢いが増す。

 ひしひしと感じる、叩き付けられる気迫。

 肌が粟立ち、冷や汗が頬を伝う。


 そうだ。これでいい。

 むしろこれがいい。

 このくらいの逆境の方が、俺には最適だ。




      ◆




 結論から言おう。

 めっちゃ当てられた。

 ズタボロにされた。あと骨折れた。


「酷いところだけ、先に治しちゃいましょうね」


 アマリリスの言葉と共に、優しい波動が俺の体に流れ込んでくる。

 本当に、彼女が来てくれてよかったと思う。

 じゃなきゃ修行どころじゃなかった。



 カノンとの修行は日が暮れるまで行われた。

 丁度迷宮に行った四人が帰ってくるタイミングだったのと、俺の体がそろそろ冗談抜きでヤバイことになっていたので引き上げたのだった。


「お前なぁ、もうちょっと手心ってもんを……」


「だって! 完全に『本気でぶつかって来い!』って雰囲気だったじゃない! そういう勢いだったじゃない! 兄さんだってそんな感じだったじゃない!」


「それにしたって……。相手はちょっと前まで寝たきりだったんだぞ? 普通に考えて、病み上がり相手にあそこまでするか?」


「知らなかったんだから仕方ないでしょ!」


 ここは、宿の食堂。

 合宿メンバー皆で夕食を食べに来ている。


 俺はアマリリスに折れた腕を治してもらいながら、無事な方の腕で食事をしている。

 少し離れた所には、呆れた顔のライガ教官と、彼にお説教されているカノンの姿が。


「教官、そこまでにしてあげてください。俺が望んだことですから」


「……まあ、お前がそう言うなら。ここまで酷くなる前に止めなかった俺にも責任はあるしな」


 俺が声をかけると、教官はお説教を中止した。

 カノンが意外なものでも見たような顔をする。


「アンタ結構良い奴ね……。私のお肉食べる?」


「いや、今は固形物はあまり……」


 ぶっ飛ばされて岩の上を激しく転がったからか、顔にもいくつか擦り傷が。

 そのせいで顎を動かすと痛む。会話はともかく、咀嚼するのはなるべく避けたい。


 と、ルフィナが心配そうにこちらを見る。


「でも大丈夫なの? アマリリスさんの治療魔術で、傷はある程度マシになるだろうけど……修行の続きは? できる体なの?」


「それは……どうなんでしょうか、教官」


「それに関しちゃ問題ねえよ。明日以降に響く怪我になる前にキチンと切り上げたからな。アマリリスに治してもらえれば、また同じくらいボコられてもヘーキヘーキ」


 うげ……。

 でも、これくらいキツイ修行ほど成果が出るような気もする。

 何だか少し楽しみな自分がいた。


『マゾヒスト……』


 聞こえてるぞ悪魔。


「それより、ルフィナたちはどうだった? 行ったんだろ、迷宮。感想聞かせてくれよ」


「感想、ねぇ……」


「まあ、なんつーかアレだ。思ったより大したことない感じだな」


 おぉー、流石だ。

 まあジェイル、ウェイン、ルフィナと魔術学園の同期たちの中でもトップ3の生徒に、アマリリスのような優れた治癒魔術の使い手が加われば、こうもなるか。


 ルフィナの《茨の剣》は索敵、奇襲に優れているし、ウェインの《暴威の粘土細工》があれば大型の魔物とも戦える。

 それに、認めるのは癪だが、二人をも凌ぐジェイルの存在もある。

 並の魔物じゃ相手にもならないはずだ。


「まあ、今日は初日ってことで様子見だったからな。小手調べみたいもんさ」


「明日からはもう少し深い所まで潜ってみようと思ってるの」


「この調子なら、最下層なんてあっという間に踏破できちまいそうだけどな〜!」


 大きく笑い声を上げるウェイン。

 どうやら勢いに乗っているようだ。

 調子に乗っている、とも言う。


「おっ、言うじゃねぇか。なら、クリア条件を最下層より下にしちまおうか」


「最下層より下? もっと深い部分があるんですか?」


 教官の言葉にルフィナが首を傾ける。

 俺も同じ気持ちだった。


 最下層より下って……どういうことだ?

 一番下だから最下層なんじゃないのか?


「教会が立入禁止区域に指定してる層があるんだよ。何があるのか、どんな魔物がいるのか、誰も知らない場所が」


「噂じゃ教会が必死になって隠したい『何か』があるんじゃないかって言われてるわ」


「『何か』って……?」


「さあ? 誰も知らないから噂になってるんじゃない。……前に何人か、馬鹿な冒険者たちが突入していったことはあったけど」


「けど?」


「誰一人帰って来なかったわ」


「……」


 重苦しい沈黙が流れる。

 何というか、とてつもなく深い『闇』を見た……。


「さあこの話はこれで終わり。明日も修行があるんだ、お前らパパっと飯食って早く寝ろよ!」


 教官の言葉で、全員が重い空気を振り払う。


 だが、俺はずっと何も言わなかったユノが、『禁止区域』の話が出た時にやけに反応していたのを、見逃さなかった──。

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