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11.迷宮都市ルトマーレ

お待たせして申し訳ありません。

 朝の冷たい空気が流れていく。

 からから……、と車輪の回る音。



 ───コトン。

 ふと何か重いものが肩に乗る感触を感じ、悪魔バルバトスは視線を車内に戻した。

 見れば、ユノが自分に肩に頭を預けて寝息を立てていた。


 視線を移動させる。

 その先で、バルバトスはアレンが口を開けて寝ているのを見つけた。

 なんとも情けないというか、絶妙に気の抜けた寝顔だった。


 やけに静かだと思ったら……。

 つい先程までユノと二人で楽しげに会話していたはずだが、いつの間にか二人して眠ってしまっている。


(今くらい寝かせておいてやるか……)


 仕方のない奴め、と小さく笑う。


 ここ数日、アレンは夜もろくに眠れていないようだった。それほどイメージを掴むのに悩んでいたのだろう。

 今はステップ・ワンを合格した安心感からか、ぐっすりと眠ってしまっている。


 魔力コントロールの特訓はかなりの体力を消耗する様子だった。

 終わった後はいつも息を荒げていたし、汗だくだった。プルプルと手の震えが止まらない日もあった。

 それなのに、まともに睡眠も取らずに毎日続けていれば、こうなるのも当然だろう。


 ルトマーレに着いたら、ステップ・ツーとやらが始まるらしい。

 今のうちに休んでおいてもらおうか。



「……なあ」


 男の声。

 目の前に座る白髪の男───確か、ライガといったか。

 そいつが頬杖を付いてバルバトスを見ていた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが」


「……なんだ」


「こいつ、何か言ってなかったか」


 そう言いながら、ライガは眠り続けるアレンを指差す。


「何か、とは」


「……いや、例えば昔の話とかを」


「昔?」


「ほら、まだ学園に来る前のガキの頃の話とか、さ」


 バルバトスを眉根を寄せながら、そういえば……と思い出す。


 昔の話といえば、以前アレンから聞いた話がある。

 彼が魔術師を目指すきっかけになった、幼い頃に流浪の魔術師に命を助けられた話。

 アレンを時の牢獄に閉じ込めた時にその記憶を覗き見したし、その後本人からも聞いた。


「魔物に襲われて、それを魔術師に助けられた話は聞いた。ただその魔術師の顔も声もどうしても思い出せない、とも」


「……そうか」


「それがどうかしたのか」


「いや……」


 こっちの話だ、とライガはそこで話題を切り上げる。

 それっきり何も言わなかったので、バルバトスは視線を窓の外に戻した。



 ───考える。

 以前から、少し気になっていたこと。


 アレンは、魔術師に救われた記憶を忘れていた。

 あんな劇的な、彼の根源とも言える大切な記憶を忘れたいた。

 ──そんなことがあり得るのか?


 本人ですら首を傾げていたほどだ。

 俺は何故忘れてしまっていたのだろう、と。

 少なくとも、あのアレンがそんな大切な記憶を簡単に忘れてしまうとは、バルバトスにはどうしても思えないのだった。



「お」


 ライガが声を上げた。

 バルバトスはそこで思考を中断する。


 ライガが窓の外を見ていた。

 つられ、バルバトスも同じ方向を見る。



「見えてきたぜ、ルトマーレだ」




      ◆




 迷宮。

 世界各地にある、謎の巨大建造物。


 その正体は古代文明の遺跡とも、神々がかつて暮らしていた場所とも───説は様々。

 確かなことは、内部には大量の魔物が跋扈(ばっこ)し、とても危険であるということだけである。


 今回俺たちが特訓の舞台に訪れた《覇闘迷宮》は、各地にある迷宮の中でも世界屈指の巨大さを誇る大迷宮だ。

 そして迷宮都市ルトマーレは、その《覇闘迷宮》を中心に形成された領主を持たない都市だ。




 ───国は、数十年前に迷宮周辺に都市を作った。

 それまで『魔物の巣食う危険な場所』とされ人の寄り付かなかった迷宮だが、内部で希少資源が取れることがわかったからだ。


 しかし資源を国が独占することに不満の声が募り、ルトマーレは国内でも例外的に領主のいない土地となった。

 少し違うが、形態としては自由都市に近いかもしれない。


 国の手が引かれた後も迷宮周辺に残った人々によって作られたのが、今のルトマーレ。

 仕事を受けて迷宮に挑戦する冒険者と、彼らによる経済効果を狙った商人、そして一般市民によって形成された街。




 ───で。


「はーい、お前らが今回滞在する宿はここでーす」


 出発から五日。

 俺たちは遂にルトマーレに到着した。


 教官に連れてこられた宿はかなり立派な宿だった。

 どうやらルトマーレにある宿泊施設の中でも最大らしい。

 ルトマーレに来ている冒険者たちも多く利用するのだとか。


「あんま他の客と騒ぎ起こすんじゃねーぞ。怪我なんてしたら合宿どころじゃなくなるからな。奴ら血の気が多いからすぐに喧嘩売ってくるけど、首突っ込むなよ。んなもん無視だ無視」


 廊下を歩いていた教官がくるりと振りむく。


「特にアレン! お前!」


「え!? なんで俺なんですか!?」


「だってお前見るからに弱そうだし。他の奴らは万が一喧嘩になっても切り抜けられそうだけど、お前すぐボコボコにされそうだし」


「そんなぁ……」


「ま、変な奴に絡まれないように気を付けな」


 しかし俺が他のメンバーに比べて弱そうなのは事実である。

 というか実際弱い。

 合宿メンバーの中で目を付けられるとしたら俺なのかなぁ、と思わないでもない。


「今回も一人一部屋取っといてやったから、昼まで各自そこで待機! ジェイル、ウェイン、ルフィナは昼飯食ったら俺の部屋に来い! あとアマリリスもな! ……はい解散!」


 どうやら俺の特訓は後回しのようだ。

 ルトマーレに来てからやるはずだった蝋燭の特訓を道中でやってしまったのもあるだろうが、今は他の三人の分を優先的に進めたいのだろう。





 俺はあてがわれた部屋に向かった。

 部屋に入るとすぐさまバルバトスが透明化を解除し、ベッドを確保した。


 軽く彼女を睨みつけ、荷物を下ろす。

 俺は持ってきた本を広げ、読書を始めた。




 昼食後。

 ウェインたちはライガ教官の部屋に向かい、そしてそのままどこかへ出かけていった。

 彼らの合宿も、これで始まったことになる。



「……」


 部屋に戻って来て、ふと気付いた。

 ……少し、外が騒がしい。


「なんだなんだ、随分と荒れているな」


 ずいっ、とバルバトスが窓から顔を出した。


「あっおい、誰かに見られたらどうすんだよ!」


「心配するな。誰もこちらなど見はしない」


 部屋にいるだけならまだしも、透明化していない状態で窓から顔なんて出したら誰に見られるかわかったもんじゃない。

 そう思って声を上げたのだが、バルバトスは変わらず外の様子を眺めている。


「それよりお前も見てみろ」


 ちょいちょい、と手招きする。

 俺は彼女の隣から外を見た。

 ───宿の入り口の辺りに、人だかりが出来ている。


「うわ、本当だ。凄いな……」


 なんだかわからないが、二人の男が殴り合いをしていた。

 装いからして冒険者だろうか。

 二人共かなり体格の良い、見るからに戦闘を生業としている人間だった。


 言葉にならない叫びを上げながら殴り合う男二人。

 彼らの周りでは、同じく冒険者らしき野次馬たちが興奮した様子で騒いでいる。

 酒瓶片手に赤ら顔で野次を飛ばしている者もいた。


「これがルトマーレの日常か。なるほど、確かに血の気の多い奴らだ」


 バルバトスが静かに言った。



 ───ルトマーレの治安は悪い。

 その理由は単純にして明快。冒険者が多いからだ。


 冒険者というのは曖昧な職業だ。

 傭兵だろうと、チンピラだろうと、悪漢だろうと。

 名乗ってしまえば誰もが冒険者。特別な資格も経歴も必要ない。


 その特性上、冒険者というのは、ほとんどが無法者やならず者。自然とそういった人間になる。

 犯罪者だろうと金を稼ぐことができて、揉め事のほとんどを腕っぷしで解決することができる世界。

 実に彼らにとって生きやすい。


 一応、彼らを管理するギルドも存在しているはずなのだが……ルールや規則に縛られない冒険者たちをギルドが管理出来ているかどうかは、正直疑問である。



「なあ……あれ、止めた方がいいんじゃないか?」


 段々とエスカレートしていく殴り合いを見て、俺は隣のバルバトスに訊いた。

 周りの人間は見ているだけで誰も仲裁しようとはしないし、あのままでは殺し合いに発展するかも……。


「馬鹿。お前が行ったところでどうにもならないだろ」


「いや、だって放っとく訳にも……」


「なら行ってみろ。どうせ殴り合いに巻き込まれてボロボロになって帰ってくるのがオチだぞ」


 ……やってみなきゃ、わからない。

 俺は踵を返して───。


「どこへ行くんだ」


 ガシッと。

 バルバトスの手が俺の腕を掴んだ。


「だって今、行ってみろって……」


「だからって本当に行く奴があるか。ライガも言ってただろ。あんなのにお前が一々首を突っ込む必要はない」


 そのうち騒ぎも収まる。

 そう言ってバルバトスは再びベッドに寝転んだ。


 彼女の言う通りだ。

 せっかく怪我も完治したというのに、厄介事に首を突っ込んで新しく怪我なんてしたら台無しだ。

 でも……。



「ッ、やっぱ俺止めてくる!」


 叫び、部屋を飛び出す。

 悪魔の声には振り返らず、階段を駆け下りる。

 入り口から飛び出し、喧騒の中へ。




 ───と、その時だった。







「───うるっっっさい!」



 響き渡る、女の高い声。

 女性のものにしてはあまりにも迫力に満ちたその声に、俺の体は思わずビクンと跳ねた。

 しん……、と騒いでいた冒険者連中も静かになる。


 人並みを掻き分け、声を発した人物が一人。

 先程まで殴り合いをしていた二人───今は呆然と立ち尽くす二人の元へ、つかつかと歩いていく。

 ……ように見えた。


 人混みのせいで姿がよく見えない。

 が、周囲の人間が呟く声は聴こえた。


「……出たぞ、《狂犬》だ」

「《銀色狼》だ……」

「マジか……あの《蒼狼(せいろう)》の妹……」


 二つ名、だろうか。

 大声を上げた女のものと思われる異名が、ざわめきと共に読み上げられる。

 どうやらこの界隈では有名な人物らしい。


「アンタたちさ、邪魔なんだけど」


 依然として姿は見えないが、声は聴こえた。

 先程までの騒ぎが嘘のように静かになった路地には、彼女のハスキーな声が良く通る。

 恐らく、殴り合いをしていた二人に言ったのだろう。いや、この人だかりそのものを指して言ったのか。


「昼間からぎゃあぎゃあ騒いで……。恥ずかしくないわけ? ここ宿の目の前なんだけど? 邪魔じゃん」


 かなり挑発的な口調だったが、言われた方に逆上する気配はない。

 大の男二人が、ここまで言われるがままになってしまう相手。それも女。

 一体、どんな人間なんだ。


「消えて。目障り」


 絶対零度の声音で言われ、二人が走り去る。

 次いで人だかりも、蜘蛛の子を散らすように解散する。


 パラパラ、と逃げ去ってく冒険者たち。

 その奥に、俺は彼女の姿を見た。



(……ユノ?)


 思わずそう思ってしまうほど、彼女はあの銀の少女に似ていた。

 ユノが成長すればこうなる可能性もある……そう言われても納得する容姿だった。


 彼女と同じ銀髪。そして赤眼。

 違うのは髪型。そして瞳の奥にたぎる炎。

 くせのない長く伸びた髪を一つに束ね、その鋭い眼光は狼のような肉食獣を思わせる。


 年齢は俺と同じだろうか。

 だが、俺の知る女性の誰よりも───あのアマリリスよりも女性的なシルエットをしている。

 具体的に言えば、胸が大きかった。


 美しさと凶暴さを兼ね備えた女。

 服装も口調も眼光も、間違いなく戦士のそれ。

 なのに体つきだけは柔らかな印象を与える。

 そのアンバランスさが───。



「……何ジロジロ見てんの」


 気付けば、彼女は目の前まで来ていた。

 銀髪赤眼。近くで見ても、その顔立ちも含めてやはりユノに似ている。


「どいて。邪魔」


「あ……すみません」


 すっかり忘れていたが、今の俺は宿の目の前に突っ立っていたのだった。

 確かに邪魔だ。入り口を塞いでしまっている。

 俺は素直に退いた。


 俺が横に避けると、女は中へと入っていく。



 ……結局、俺が何かするまでもなく騒ぎは解決してしまった。

 降りてくる必要なんてなかったかもしれない。


「……」


 ……部屋に戻るか。

 なんとなく複雑な気分になりながら、俺は宿の中に戻るのだった。

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