10.灯火は消えず
「これだ……」
脳が痺れるような感覚を覚えながら、俺は呆然と呟いた。
ふーふーとスープに息を吹きかける姿勢のまま、ユノが動きを静止して目だけでこちらを見る。
「へ?」
「ユノ、もう一回やってくれ。ふーって」
「あ、はい……」
俺に言われた通り、ユノはスプーンで掬ったスープにふーふーと息を吹きかけた。
それを見て、確信する。
……やはりだ。間違っていない。
この感覚は間違っていない。
「あの、飲みます……?」
おずおずと差し出されたスープを飲み、俺は更に思考する。
今獲得したもの。恐らく、それこそがウェインの言うイメージの形だ。
間違いない。
あとはもう一つ、何かあれば……。
「!」
───閃いた。
再びユノの方を向く。
彼女は、パンを一口大の大きさに千切っている最中だった。
「冬の寒い日にやるアレやってくれ。はあ、って両手に息を吐くやつ」
「あ、はい……。わかりました」
はあ、とユノは息を吐く。
……雪の妖精みたいなユノがやると、なかなか様になる絵だった。
夜の闇と、しんしんと降る雪の背景が見えた気がした。
だが、これでハッキリした。
───俺は、ようやくイメージを掴むことができた。
ユノの協力おかげだ。
俺はユノの小さな体を抱きしめた。
あわわわ……と慌てる声がする。
だが、日々の特訓で疲れ、おまけにまともに寝てない頭では、他に彼女に感謝を示す方法が思い浮かばなかった。
俺は溢れる感謝の思いを表すには、精一杯ユノを抱きしめるしかできなかった。
「ありがとうユノ! やっと……これでようやくイメージの形を掴むことが出来そうだ!」
「え、ほ、本当ですか!? おめでとうございます!」
パアッとユノが顔を輝かせる。
俺はその頭を撫でてやった。
「ああ! ユノのおかげだ! ユノは本当に良い子だなぁ!」
「えへへへ……」
ぐりぐりぐり、と彼女の頭を撫でる。
えへへへへ。嬉しそうな笑い声が聞こえた。
俺は嬉しかった。
だから笑った。
俺たちは抱き合ったまま、ひたすら笑い続けた。
「おい、なんだこれは……? 私は一体、朝から何を見せられているんだ……?」
───その後、様子を見に来た教官がドン引きするまで、この異様な光景な続いていた。
◆
───5日目。
タイムリミットの最終日。
早朝。まだ朝日が昇りきっていないころ。
俺とライガ教官は、他の仲間たちが眠っている中、二人で野営地から抜け出した。
「……で? こんな朝早くから俺に用があるってことは……ようやく成果が出てきたのか?」
「……はい」
昨日、ユノがヒントをくれた。
あの一瞬の閃きで、何とかイメージを掴みかけることができた俺は、そのまま食事も睡眠も返上して、ひたすら特訓に打ち込んだ。
そして───。
「結論から言えば、成功しました。蝋燭が燃え尽きるまで風を浴びせ続ける……教官からの課題はクリアしました」
「ほう……じゃ、今日は俺にそれを見せてくれるって訳か」
こくり、と頷く。
なんとかぎりぎり、ルトマーレに到着するまでに間に合わせることができた。
……本当、当日朝になって、ようやく。
「なら、早速見せてもらおうか」
教官は近くにあった石を腰を下ろした。
俺は荷馬車の上で蝋燭に火を点し、両手を構える。
───両手。
その構えを見て、教官が声を上げる。
「おい、それでいいのか?」
「何がですか?」
「その構えだ、構え。両手でやろうとすれば、片手辺りの負担は増える。まだコントロールに慣れてないお前には、それはキツいだろ」
……いいや。
そんなことはない、
むしろ───。
「これで、良いんです。……これが良いんです」
そう言って、俺は送風を始めた。
両手から放たれる、穏やかな風。
微かに揺れる炎。
……大丈夫、安定している。
「へぇ」
教官が小さく笑う気配。
俺は、確かな手応えを感じていた。
────俺はずっと、魔力を水だと思っていた。
無意識に、心のどこかでそう思っていた。
自分はダムのようなもので。
中には水──魔力がたっぷり貯まっている。
そして、魔術を使うときだけ、ダムは開放されて魔力が溢れ出すのだ。
……そんなイメージを無意識に持っていたのでは、上手くいくはずもなかった。
ダムを開放させるイメージで魔術なんて使えば、溢れ出す魔力の勢いは、それは凄まじいものになるだろう。
俺が今までやっていたのは、そういうことだ。
力任せに魔力をぶっ放すだけ。ダムを開放させるイメージで、魔力を一気に押し出す───。
大量の水が流れ出す映像。
それが俺が無意識に持っていたイメージ。
……でも、それはまちがいだった。
俺の魔力は水じゃなかった。
俺が持つべきだったのは、風のイメージだ。
スープに息を吹きかけるユノを見たとき、俺はそのことに気付いた。
巨大なダムに小さな穴を開けても、そこからは水が勢いよくピューと吹き出すだけ。
だから、そんなイメージを持っている俺には、細かく繊細なコントロールは不可能だった。
───だが、風なら。
例えば唇を窄めて息を吹けば、勢いは強い。
例えば窓を中途半端に閉めていれば、隙間風はヒュルルと勢い良く入ってくる。
そのイメージを持った時、俺はいつもより魔力砲の勢いが良いことに気が付いた。
……ならば、逆をイメージしてみれば。
寒い夜。はあ、と両手に息を吐くような。
あのイメージだ。
結果、上手くいった。
イメージの形を掴みかけていた俺は、既にルフィナの言う『感覚』の一端に手が届いていた。
それから睡眠と食事の時間を削って、ひたすらそのイメージをより確かなものにしようと励み。
俺は、今のスタイルを手に入れた。
要は、口の大きさ、広さなのだ。
風───魔力が出てくる口の大きさ。
小さければ鋭く、大きければ穏やかに。
そのイメージを掴めさえすれば、あとは簡単だった。
片手から魔力を出せば、『小さい口』は楽にイメージできる。
逆に両手から魔力を出せば、それが『大きな口』だ。
だから俺は両手で風を送ることにした。
『大きな口』のイメージを待つことができた俺は、今までよりずっと楽に、そして安定して送風することができた。
「なるほど……悪くない」
燃え尽きた蝋燭を見て、教官は呟いた。
イメージを掴むことができたとはいえ、流石に燃え尽きるまでずっと風を送り続けるのは、まだ結構キツい。
が、無事やり遂げた。
俺は汗を流しながら、教官の顔を見上げた。
「良いだろう。ステップ・ワンは合格だ」
「!」
「正直、もっと時間かかかると思ってた。五日でクリアするにしても、ルトマーレに到着する直前ギリギリでクリア、かとな」
この蝋燭、無駄になっちまったなぁ。
結局使われないままだった蝋燭の山を片付けなら、教官がぼやく。
「飯も食わず、眠りもせず……。ひたすら考えて、特訓してた成果か? お前、努力できる人間だよな」
「そ、そうですかね……」
「まあ、今回みたいな無茶な課題はもう出さないから安心しとけ。愚直に取り組むのは良いことだが、流石に毎回こんな調子じゃ、いつか体壊すだろうしな」
……確かに。
なんか、三日目辺りから少しテンションもおかしくなっていた気がする。
睡眠不足のせいだろうか。
「……昨日、朝から嬢ちゃんと笑いながら抱き合ってるの見た時は、集中し過ぎて遂に頭がおかしくなったかと思ったしな……」
「あ、あれは……忘れてください……」
「俺も悪魔もドン引きだったぞ」
そう言って、昨日の光景を思い出したのか急に笑い出す。
俺としては、なんであんな突飛なことをしたのかわからないし……。目撃者の二人には、さっさと忘れてほしい記憶だった。
「はー、面白かった……。さてと……」
ひとしきり笑って飽きたのか。それともまた別の理由か。
教官がいつもの表情に戻る。
……いや、少しだけ真剣な目をしていた。
「アレン。これでお前は、特別合宿のステップ・ワンをクリアした訳だ」
「……! はいっ!」
「てな訳で次行くぜ」
ニヤリ、と笑う。
「────次は、ステップ・ツーだ」




