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09.特訓の日々

 あと少しで何か掴めそう。

 その俺の直感は、結局は気のせいだったようだ。


「ッ……、ッ、……クソッ!」


 少しずつ少しずつ放出していた魔力が、やがて段々と勢いを増していき。

 そして、突如突風となって開放される。


 暴走した魔力の風が吹き荒れ、辺りの土や木の葉を吹き飛ばす。

 当然、蝋燭の炎は掻き消えた。

 それどころか、有り余るエネルギーは暴れまわって、火が消えた蝋燭を叩き折る始末。


 ……これで、五度目。

 毎回、蝋燭が半分の長さになる前に、俺の方が限界になってしまう。


 あと少し、もう少しで何か掴めるはず。

 そう思って挑戦し続けたが、今のところは何も収穫はない。

 いたずらに蝋燭を消費しただけだった。


「クソッ……」


 腕がぷるぷると震えていた。

 ……今日は、ここまでにしておいた方がいいか。

 これ以上やっても成果は見込めそうにないし、明日以降に響きそうだ。


 今日のところは諦めをつけ、俺は自分のテントに戻ろうと立ち上がった。



 ───テントの近くの、焚き火場所。

 ジェイルか一人、黙々と火の番をしていた。


「……」


「……」


 一瞬、一瞬だけ目が合う。

 しかし互いに何も言わない。


 俺はそのまま焚き火の横を通り抜けようとした。

 ───その時だった。


「おい」


 ぶっきらぼうな声が呼び止める。

 立ち止まって振り向くと、ジェイルは何かを投げつけてきた。


「!」


 咄嗟に受けとる。

 それは、何かが入った布袋だった。

 ……中には、干した果物が入っていた。


「食え」


 短くそう言うと、彼は火の番に戻った。


「……ありがとう」


 俺は礼を言って、テントに戻る。

 邪魔なバルバトスを退かしてスペースを作り、そこに横たわった。


「……」


 干し果物を齧りながら、考える。


 何か、コントロールのコツはないのだろうか。

 俺が気付いていなだけで、何か───。


 とりあえず明日誰かに訊いてみよう。

 そう思って、俺はその日は寝ることにした。




     ◆




「え? 魔力コントロールで、私が気を付けてること?」


 翌日。

 二日目。朝。


 出発の直前、俺はルフィナに質問してみた。


 ───ルフィナの得意魔術、《茨の剣(アイアン・ローズ)》。

 あれは確か、指先から視認可能なほど高密度の魔力を出し、糸のように操る……という術だった気がする。

 それは、かなり高度なコントロール技術を要するはずだ。


 という訳で、俺はルフィナに訊いてみた。

 《茨の剣》は、俺の知っている魔術の中でも、最高レベルの難易度を誇る魔術。

 それをいとも簡単に操ってみせるルフィナなら、何かコントロールのコツを知っているのではないか、と思ったのだ。


「何かないか? なんでもいいんだ。何か、コツのような物があれば……」


「うーん……コツ、かぁ。そう言われてもね……」


 ルフィナは首をひねり、考える素振りを見せた、


「ああいうのって、結局は感覚じゃない。一回で良いから感覚を掴めれば、楽だと思うんだけど……」


「か、感覚……?」


 ええい、天才め……。

 あんな難しいことを感覚でやっているというのか。

 ……それとも、周りは普通にやっているだけで、できない俺がヘナチョコなだけなのだろうか。


「でも、……強いて言うなら、イメージかしら?」


「イメージ……」


「そ、例えば私の《茨の剣》は、魔力を糸みたいに細く長く伸ばすことが大前提な訳だけど……」


 ルフィナ曰く、彼女は指先から魔力の糸を飛ばすイメージで魔術を行使しているのだとか。

 そして後はその糸を、編み物でもするかのように操るだけ。

 それが、あの繊細で正確な魔力コントロールに繋がっている……らしい。


「じゃ、頑張ってね」


 そう言って、彼女は馬車に乗り込んだ。







「……」


 荷馬車の上で揺られながら、蝋燭を睨む。


 ルフィナがああ言ったということは、やはり『イメージする』というアクションは、魔力コントロールを極めるには重要なことなのだろう。

 それは間違いなさそうだ。


 しかし───。

 俺には『魔力を緩やかに飛ばすイメージ』というものが、どうにも理解できないのだった。


(せめて何か……実例でも見ることができれば良いんだけど……)


 しかしそんなもの、近くにあるはずもない。

 仕方がないし、ルフィナの真似でもしてみようか。


(指先から魔力を飛ばす……か……)


 揺らめく炎に人差し指を突き付ける。

 そしてそのまま、指先から魔力を捻り出そうとする。


「ぬ、ぬぅぅぅ……!」


 ……だ、駄目だ!

 そもそも魔力が出てこない。

 指先から、なんて細かいこと、俺にできるはずもないのだった。




      ◆




「あ? 魔力コントロールのコツ?」


 さらに翌日。

 三日目。朝。


 ルフィナから聞いた話を、どう足掻いても上手く活用できないと諦めた俺は、別の人物から情報を得ることにした。


 ウェイン・クラーク。

 次は、俺の親友に話を聞いてみる。


「そう。何かないか? ルフィナはイメージすることって言ってたけど、どうにも俺には合わなくてさ」


「いやそう言われても……。俺もミラーさんと同じことしか言えねえよ。イメージが大事なのは事実だし……」


 ぬぅ……またイメージか……。

 天才共め……!


「強いて言うなら、『イメージの形』かな」


「? ……何だ、それ」


「まあ、俺の《暴威の粘土細工(クレイ・クラフト)》を礼に説明するとだな……」


 ───ウェインの《暴威の粘土細工》は、土や砂を自在に操り、思い通りの形を作る魔術だ。

 なるほど、確かにこの魔術にとっては、イメージは大切だろう。

 何しろ、自分の頭の中に思い描いた物を、そのまま再現する魔術なのだから。


「俺の魔術って、土をいじるだろ? でも、土によっても色々あるんだ。固かったり、柔らかかったり、湿ってたり、乾いてたり、魔力を通しやすかったり、逆に通しにくかったり……」


「ふむ……」


 しかし、その割にはウェインは毎回、自由に形を作る。

 まるで土の条件など関係ないように。

 あれは一体、どういうことなのか?


「そりゃお前、イメージしてるからだよ。どんな土だろうと関係ない、俺は粘土をこねるイメージで魔術を使う」


 そうすると、不思議と上手くいく。

 固い土や魔力を通しにくい土でも、頭の中では粘土をこねているつもりでいれば、意外と簡単に操れる。

 そういうもんだ、とウェインは言う。


「だからお前も、自分でしっくりくるイメージの形を見つけたら良いんじゃないか? 『緩やかな魔力の放出、流れ』をイメージできる形をさ」


 んじゃ、俺ちょっと寝るから。

 ウェインは馬車の中に引っ込んでいく。


「……」


 イメージの形、か……。

 何か、あるだろうか……。




      ◆




 そして翌日。

 四日目。朝。


 昨晩は宿に泊まれた。

 俺は朝日の差し込む部屋の床で、天井を見上げていた。

 ……例のごとく、ベッドはバルバトスが占領している。


 結局、ウェインの言うイメージの形は見つけられなかった。

 しかし諦めない。

 ルフィナとウェイン。成績上位者二人が揃って『イメージが大切』と言ったのだ。

 そこに答えがあるのは、間違いない。


 後は、イメージの形が見つかればいいのだけど。

 それがなかなか難しいのだ。


「む……」


 バルバトスが目を覚ました。

 毎回、急にパチッと目を開くから、一緒に生活するこっちは毎朝びっくりして心臓が止まりかける。


 ───悪魔は睡眠を必要としないはずだが、バルバトスはよく寝る。

 彼女曰く、『現世を楽しみたい』だそうだ。

 同じ理由で、本来必要ない食事も摂りたがる。


 天井を見上げたまま考え込む俺を見て、バルバトスは寝起き一発声をかけてきた。


「昨晩……私が寝る前からそんな調子だが、ちゃんと睡眠はとってるのか?」


「とってるさ……。ただ、ちょっとよく眠れなかっただけだ」


 明日にはルトマーレに着いてしまう。

 せめて今日中にイメージを掴まなければ、五日のタイムリミットには間に合わない。


 まあ、悩んでても仕方ないしな……。

 そういえば、宿の食堂はもう空いている時間か。

 きっと、皆も食べ始めているだろう。


 ……食事の時間すら惜しいのが本音だが、朝食を食べなければ力は出ない。

 せめて朝くらいは何か腹に入れなくては。


「食堂、行くか……」


「私の分も忘れずにな」


「はいはい」


 膝を付き、立ち上がる。

 と、唐突にバルバトスが透明化した。


「……?」


 次いで聴こえてくる足音。

 部屋の扉がノックされる。


「……どうぞ」


 しかし扉は開かない。

 代わりに声が返ってきた。


「すみません、両手塞がってて……。開けてもらえますか?」


 ───アマリリスの声だった。

 なんだろう、と思いながら扉を開く。


 朝食を載せたトレーを持ったアマリリスが立っていた。


「おはようございます、アレン君。朝ご飯持ってきましたよ」


「え、なんで……?」


 思わずポカンとする。

 そんな俺の横を通り抜け、彼女はスルリと部屋の中に入ってきた。


「アレン君のことですから、きっと特訓に時間を割きたがって、食事の時間も惜しいと思ってるだろうなって。持ってきちゃいました」


 大正解だった。

 いや、しかし……まさかアマリリスが……。


「うふふ、ユノちゃんじゃなくて不満ですか?」


「いや、別に、そんなことは……」


「よかった。じゃあ、今日は私があーんしてあげますね」


 ……マジか。

 いや、ええ……?

 こんなこと、ある……?


 どうしたんだ、最近の俺。

 なんか、やけに女の子との接触が増えているような気がする……。


 そんな風に戸惑っていると。

 部屋の外から、ダダダダッと足音が聴こえた。


「だ、駄目です! それは私のお仕事です!」


 ユノだった。

 慌てて来たのだろうか、はあはあと肩で息をしている。


「あら、ユノちゃんはご飯食べてる途中だったでしょ? だから今日は私が代わってあげます」


「もう食べ終わりました! アレンさんにご飯をあげるのは、私の仕事です!」


 そんな、人をペットか何かみたいな……。

 動物の飼育係を取り合う姉妹みたいな言い合いされても……。


 しかし、ユノとアマリリスか……。

 二人とも『誰かの役に立ちたい』という思いで、自主的にこの合宿に参加しているが、本格的に全員の修行が始まるまで暇なのかもしれない。


 だから、唯一世話を焼ける俺を取り合っているのだろうか。

 嬉しいのか……情けないのか……。

 複雑だった。


 と、いつの間にか二人の戦いは決着が付いたらしい。

 アマリリスが部屋を出ていく。

 それに合わせて、バルバトスが透明化を解除した。


「あっ、ちゃんとバルバトスさんの分もありますからね!」


「助かる」


 俺の世話係を死守できたことが、そんなに嬉しいのだろうか。ニコニコ顔でパンを千切るユノ。


「はい、あーん……」


「……」


「あーん!」


「……」


 段々、この行動にも躊躇いがなくなってきた気がする。

 ……まあ、折角持ってきて貰ったのだし、食べさせてくれるというのなら、その厚意に甘えるとしよう。


 俺はパンを咀嚼しながら、蝋燭の準備をする。

 と、視界の端でユノがスープのカップを持ち上げた。


「スープ熱いので、ふーふーしてあげますねっ」


 ……何もそこまでしなくても。

 別に熱いの平気だし……。

 と思ったが、ユノが楽しそうなので水を差すのはやめた。


 スープをスプーンで(すく)い、ふーふーするユノ。

 なんとなくその姿を見つめる。


 ユノは唇を(すぼ)め、息を吹きかける。


 ───その唇が、何故か俺の気を引いた。

 唇。柔らかそうな、赤い唇だ。

 唇……。

 唇を……窄め……。




「これだ……」



 ───俺は、自分の脳裏に電流のような衝撃が走るのを感じた。

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