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07.Step1『蝋燭の火は灯っているか』

 ───馬車は街道を行く。


 ロマイナを出てから、はや五時間。

 俺たちは順調にルトマーレへ向かっていた。


 ふと、爽やかな風が俺の頬を撫でた。

 時折ガタンと馬車は揺れ、その度に少しだけ尻が浮く。


「おっと……大丈夫ですかい? すみませんね」


 運転手さんのこちらを気遣う素振りに、俺は微笑んで返した。


 外を見れば、のどかな風景が流れていく。

 俺の乗っている馬車には屋根がないから、景色を眺め放題だった。

 しかも貸し切りである。


 上を見れば、綺麗な雲一つない青空。

 空を見上げられるのが、屋根がないことの一番の利点だったが、雨だけが懸念だった。

 しかし、この空模様なら心配はしなくても良さそうだ。


「……」


 視線を下に下げれば、蝋燭がある。

 倒れないよう燭台で固定された、長めの蝋燭。

 小さな火がチロチロ揺れている。


 ……訳がわからない。

 どうしてこうなったのだろう。




 ───屋根すらない荷馬車に一人揺られながら、俺はぼんやりとそんなことを考えた。




      ◆




「ウェイン、ルフィナ、ジェイル、アマリリスはこっちの馬車。ほれ、乗った乗ったー」


 生徒たちに指示を出して馬車に乗せていくライガ教官に、俺は近付いた。

 一つ、彼に聞きたいこと……というか、教えてもらいたいことがあったのだ。


「あの、教官……」


 話しかける。

 が、教官は振り向かず適当に答えた。


「んー? お前は俺と同じ馬車な。安心しろ。座席には余裕あるから、銀髪の嬢ちゃんも、悪魔もキチンと乗れるからよ」


「いえ、そうじゃくて……」


 ……ん?

 俺は何かに引っかかった。

 あまりにも自然に言うものだからスルー仕掛けたが、今何かとんでもないことを言われたような……。


 確か……。

 悪魔が、どうとか……。

 

「───!? え!? ええ!?」


「何だよ、うるせーな」


 ようやく振り返る教官。


 いや、それよりも……。

 バルバトスの存在が、バレている……!?


 俺は慌ててルフィナやウェインの方を見たが、彼女たちは既に馬車に乗り込んでいて、こちらの会話は聞こえていないようだった。


 ホッと胸をなでおろす。

 それから、おずおずと教官を見た。


「な、なんで、バルバトスのことを……」


「あー、そいつバルバトスっていうのか。……いや、学園長の爺さんから大体の話は聞いてたしなあ」


 お前が悪魔を召喚したことも。

 ヴィルムリンドと戦ったことも。

 エルド家の令嬢を救い出したことも。

 そう、教官は言った。


「そ、そうだったんですか……」


「おう、だから俺の前では透明にならなくてもいいぞ。悪魔バルバトスさんよ」


 教官がニヤリと笑う。

 ふん、と鼻を鳴らして、バルバトスが顕現した。


「……最近、私の存在が色んな所でバレている気がするな」


 そうぼやく彼女の後ろで、ユノが照れたようにはにかんだ。


「馬車は四人乗りだからな。俺とお前と嬢ちゃんと悪魔、これで丁度って訳だ」


「はあ、それは良かったです……」


 って、俺はそんなことを聞きたかった訳じゃない。

 ぐいっと身を乗り出して、本題に入る。


「あの教官! 俺、魔力コントロールが下手で、それを改善させる方法を知りたいんですけど!」



 ───それは、クラウディアが言っていたことだ。


 ルトマーレに到着するまでに、怪我を完全に治すこと。

 そして、魔力コントロール力を高めること。

 これをこなさなれば、俺は合宿に着いていくことができなくなると。


 怪我に関しては、毎晩バルバトスに治癒魔術をかけてもらえば何とかなるだろうが、魔力コントロールはそうもいかない。

 こっちの方は、いまだに改善する方法さえ見つけられていないのだ。


 だから、俺は教官にその方法について訪ねた。

 ──そして、答えはすぐに返ってきた。


「おう。俺もお前の話を聞いたときに、そこが弱点の一つだとわかったからな。特訓方法はもう考えてある」


「! 本当ですか!? 是非教えてください!」


 俺は更に身を乗り出した。

 教官は思わずたじろぐ。


「別に今教えたって仕方ねえだろうが。特訓開始はルトマーレに着いてから……」


「今知りたいんです! ルトマーレに着くまでの五日間で、コントロールを何とかしたいんです!」


 教官は少し驚いたように目を見開いた。

 そして───。


「へえ……」


 興味深そうに、笑った。


「アレンって言ったけ? 結構面白いとこあるじゃん、お前」


「へ?」


「いいぜ、教えてやるよ。来な」


 教官は側で見守っていたユノに、先に馬車に乗っているように指示する。

 バルバトスもそれに着いて馬車に乗り込んだ。


 それから、教官は三台目の馬車に向かった。

 荷馬車だった。


「もっと大荷物になるかと思って、荷物運びとして呼んどいたんだがな。不要かと思ったら、こんな形で使うとは」


 教官は既に乗せられていた荷物を荷馬車から下ろした。

 それらは馬車の荷台に乗せるのだろう。

 そして、荷物の中から包を一つ取り出すと、それだけを荷馬車へと戻した。

 

 ──包を開く。

 中身は、全て長い蝋燭(ろうそく)だった。


「これは……?」


 教官の顔を見上げる。

 彼はこちらをチラリとも見ず答えた。


「お前の為に用意したもんだ」


 適当に選び出した蝋燭を一本。

 俺の前に、すっ……と出す。


「───ステップ・ワン」


 そう呟く。

 同時に、彼は魔術で蝋燭に火を灯した。


「手を出してみろ」


 言われた通りに手を前に出す。

 揺れる炎で、少し手の平が暖かい。


「手から魔力の風を出せ。要領は魔力砲と同じだ。ただし、威力は限界まで低くしろ。そよ風よりも弱く……そう、そうだ。その威力をキープしろ」


「っ、く、くぅ……ッ!」


 正直、かなりキツかった。

 今までは手当たり次第にぶちかましていた魔力砲を、意識して超低威力で撃つ。

 それが、まさかここまで大変だなんて。


 俺の手の平からは、極力低威力になるよう設定された魔力砲が発射されている。

 ……いや、発射なんて似合わない。

 漏れ出ている、と言った方が正しい。


 微風のような魔力は、ふよふよと頼りなく蝋燭の炎を揺らす。

 揺れる蝋燭の炎を眺めながら、俺は自らの集中力が限界に到達しつつあるのを感じ取った。


 こ、これ以上は……!

 もう……ッ!


「はい、そこまで」


 教官が終了の合図を出す。

 途端、俺は膝に手を付いた。


「はあ……っ! はあ……っ!」


 想像以上に疲弊している。

 これだけで息が上がるなんて。

 俯いた俺の頬を、汗の滴が伝って地面にポタリと落ちた。


「きょ、教官……今のは……?」


「今のがお前の修行だ」


 ふっ、と教官は蝋燭の炎を吹き消した。


「超低威力の魔力砲を、炎が消えないように意識しながら、ひたすら蝋燭に浴びせ続ける。……蝋燭が燃え尽きるまでな」


「……!」


 な、なるほど……!

 これは確かに、効きそうだ。


「本来はルトマーレに着いてから、他の奴らとは別にこの修行をやらせるつもりだったが……。気が変わった。お前もやる気があるようだしな」


 ライガ教官は、手の平を俺に向けた。

 指を開いた状態。

 ……パーでは、ない。


「五日だ。ルトマーレに着くまでの五日」


 ずい、と蝋燭を差し出す。


「それまでにマスターしてみせろ。蝋燭が一本燃え尽きるまで、今のを維持できたら合格だ」


 不合格なら───。

 教官の目が鋭く光る。


「───俺は、お前を見限る。悪魔を召喚したのも、ヴィルムリンドに一撃入れたのも、全部まぐれだと思ってお前を合宿メンバーから外す」


 本気の目だった。

 彼は、本気でそう言っていた。


「……できるか?」


「っ、はい!」


 俺は蝋燭を受け取った。

 早速、馬車に乗ったら特訓を始めよう。

 時間はない。なにせ五日しか───。


「おいおい、どこ行くんだよ」


 ぐい、と首の後ろを掴まれた。

 馬車の方に行こうとしていた体を引き戻される。


「え? だって俺の馬車は、教官と一緒の奴じゃ……」


「そりゃ、さっきまでの話だろうが」


「……?」


 頭の上に疑問符が浮かぶ。

 首を傾げる俺を見て、教官は呆れたように溜息をついた。


「あのなぁ……お前、馬車の中で火ぃ点ける気か? 四人乗りの馬車に四人乗ったら、ほとんどスペース無いのにだぞ?」


「あ」


「それに、もし威力調節ミスって蝋燭が折れたりしたらどうするつもりだったんだ? 一々馬車止めて、こっちの荷馬車から新しいのを取りに来るつもりだったのか?」


「あ」


 た、確かにそうだ。

 いや、しかし、じゃあ俺はどの馬車に乗ったら……。


「だから、お前が乗るのはこーっち♡」


 グルン、と俺の体を反転させる教官。

 目の前に荷馬車が現れた。


「……」


「ここなら貸し切りだから、周りに気を使わず特訓に集中できる」


「……」


「もしもの時の為のスペアも沢山ある。ほら、こーんなに」


 どん、と荷馬車に包が置かれる。

 さっきのとは違う。二つ、三つ。

 しかし中身はどれも同じ。蝋燭の山。


「更に! 今なら蝋燭が倒れないよう固定する燭台も着いてくるー」


 どん、と荷馬車に新たなアイテムが置かれる。

 ……俺は、絶句するしかなかった。


「ほら、乗った乗ったー。とっとと出発するぞー」


 それだけ行って、教官はそそくさと離れて行ってしまう。

 そして俺が見送る前で、自分の馬車に乗り込むのだった。


「……」


 俺は荷馬車を見た。

 次いで蝋燭を見た。

 そして燭台を見た。

 さらに皆が乗っているであろう馬車を見た。

 ……最後に、もう一度荷馬車を見た。


「何してるー! 早く行くぞー!」


 俺を急かす教官の声。

 何故か遠くから聞こえる。気がした。


 荷馬車の運転手が、遠慮がちに俺を見た。


「……乗らないんですか?」


「……乗ります」


 俺はすごすごと荷馬車の上に乗った。

 ぶるる、とどこか間抜けそうな顔をした馬が嘶いた。



 ────そんな訳で。

 俺の特訓は、他のメンバーよりちょびっと早く幕を開けた。

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