06.集められた者、集めた者
眩しい朝日を浴びて、俺は目を覚ました。
──床の上で。
ベッドの脚を蹴飛ばし、眠りこけているバルバトスを起こす。
契約によって明確な主従関係が生まれたはずなのだが、彼女は相変わらずこんな感じだ。
特にベッドは決して譲ってくれない。
真新しい制服に袖を通す。
前のはヴィルムリンドとの戦いで、ボロ布と良い勝負ができるくらいズタズタになってしまったからだ。
あの制服の恨みを晴らす為にも、ヴィルムリンドと戦えるくらいに強くならなければ。
前の日のうちに予めまとめておいた荷物を背負う。
忘れ物は昨晩バルバトスと一緒にチェックした。
クラウディアに言われた通り、魔法陣の紙も、魔導書もちゃんと入っている。問題はない。
部屋を出て、鍵を閉める。
後ろを着いてくる悪魔の気配を感じながら、俺は寮を出た。
学園の校舎。暮らしていた寮。
無言でそれらの建物を見上げる。
次に帰ってくるのは……いつになるだろうか。
早くて、一ヶ月後。
少なくとも、長期休暇は終わっているだろう。
───今日は、出発の日だ。
集合場所に行くと、もう馬車が三台来ていた。
荷台付きの四人乗りの馬車が二台、荷馬車が一台。
そしてその近くには、既に人影が四つあった。
ジェイル、ウェイン、ルフィナ……成績上位者三名だ。
そしてもう一人、見知らぬ女子生徒。
「おっ、来た来た。おーい、アレン!」
こちらに気付いたウェインが手を振る。
それを見たルフィナが手招き。
俺は笑顔で駆け寄った。
「いやぁ、驚いたぜ! まさかアレンも合宿に参加することになるだなんてなぁ!」
「当然よ。だってあのヴィルムリンドに一撃浴びせたんだから。なかなかできることじゃないわ」
歓迎するようにバシバシ背中を叩いてくるウェインと、自分のことみたいに誇らしげに胸を張るルフィナ。
その後ろで知らない女子生徒がパチパチと手を叩く。
ジェイルは鼻を鳴らすだけだった。
「なあなあ、俺にも聞かせてくれよ! 鏡の世界の大冒険! あのヴィルムリンドと間近で対峙したんだろ?」
目をキラキラさせたウェインが迫ってくる。
───そう。
ヴィルムリンド生存判明の報と共に、ロマイナ連続失踪事件の真相、そしてクラリス誘拐事件のことは世間に広まった。
そして、ヴィルムリンドに立ち向かい、戦った若い魔術師がいる……ということも。
一応、俺の名前は公表されていない。
しかし学園の中では、俺が謎の大怪我を度々負っていたことや、式典の日の事件のこと、クラリスが療養中の俺を訪ねてきた目撃情報などが重なって、ほとんどバレてしまっていた。
クレイグがヴィルムリンドの手下だったこと、俺が何かとクレイグと衝突していたこともあり、一時期凄い注目の的になってしまっていた。
今は夏の長期休暇で生徒がいなくなっているから、大分マシだが……。
少し前なんて、医務室にまで野次馬が突撃してきて大変だった。
……バルバトスの存在が明るみに出なかっただけでも、幸いだろうか。
しかし、その代わりに俺の評価が不当に上がってしまった気がしなくもない。
(正直、むず痒いだけだったんだけどな……)
ヴィルムリンドと戦った、などと言われているが、実際戦ったのは使い魔相手で、直接対決した訳じゃない。
それに、奴は弱体化しているというのに、ほとんど勝負にもならなかったし、一矢報いることができたのも運が良かっただけ……と俺は思っている。
クラリス救出も、バルバトスの力あってのことだし……。
(それなのに、持ち上げられてな……)
悪い気はしないけども……何かなあ……。
複雑な心境だった。
しかし、なんと先生たちまで俺に期待をかけてきて。
学園長直々の推薦もあって、今回の強化合宿の特別参加メンバーに選ばれてしまったという訳だ。
まあ、今回の合宿の目的は、今までの『魔導杯シード権の獲得』ではないらしいし。
では何の目的かというと、『対ヴィルムリンド・バルト戦力の育成』という名目だとか。
それに参加できるのならば、俺も願ったり叶ったりだった。
「……」
それにしても……と。
俺は集まったメンバーを見渡す。
ジェイル・ガルガシア。
ウェイン・クラーク。
ルフィナ・ミラー。
自分が場違いとしか思えないような、そうそうたる顔ぶれだった。
……一人、知らない人いるけど。
俺の視線に気付いたのか、その女子生徒ははっとした顔をした。
慌てたようにペコリと頭を下げる。
「あっ、私、アマリリス・フルフラワと言います。今年の春から編入してきました。よろしくお願いします!」
淡い紫色の髪が特徴的な少女だった。
その女性的な体つきや、柔和な微笑みからも、何というか優しげな雰囲気を感じる。
慈母というか、聖母というか……。
とにかく、母性の塊のような少女だった。
「あ、ああ。よろしく……」
しかし、編入……そうか編入か。
ならば顔を知らないのも合点がいく。
───デルタミヤ魔術学園は毎年春に入学生徒を募る。
条件は十六歳、もしくはその年十六歳になる十五歳の少年少女。
しかし、国内に一つしかない機関だから、どうしてもその時期、その年齢に間に合わない者も出てくる。
その為の編入制度だ。
学園が課した試験に合格し、ある程度の実力があると証明できた者は、学園の生徒になることができるのだ。
「アマリリスさんはね、合宿に立候補して参加してくれたの」
そう言ったのはルフィナだった。
「立候補?」
「そう。せっかくの長期休暇を返上して、自分の力を私達の為に使ってくれるんですって」
「へえ、そりゃありがたい」
アマリリスは照れくさそうにはにかむ。
しかし、『自分の力』とは……?
俺のその疑問には、ウェインが答えてくれた。
「アマリリスさん、凄え治癒魔術の使い手なんだ。たぶん、ここにいる全員が束になっても叶わないくらいの」
「! それは……確かに凄いな……」
ここにいる全員。
成績上位者三名が束になっても叶わない程の、治癒魔術の使い手か。
なるほど。難易度が高いと言われる治癒魔術を、それほどまでに使いこなせるとあれば、編入試験に合格できるのも頷ける。
「今回の合宿、とても厳しくなるって聞きましたから……皆さん、怪我するかもしれないでしょう? だから、お役に立てるかもと思って……」
まさしく聖母のような動機である。
こんな女性がこの世に存在していたのか、思わず目を疑いたくなるようだった。
『……お前はこういう女が好みなのか?』
ずっと黙っていたバルバトスが口を開く。
『やめておいた方が良いと思うがなぁ……。こういう手合いは、大抵猫を被っているものだ。ちゃんと本質を見極めないと、後で痛い目を見るぞ』
うるさいな、余計なお世話だよ。
『まあ、お前が変な女に引っかからないように、私がちゃんと見張っておいてやるから。そこは安心しろ』
だから余計なお世話だっての。
お前は俺の母さんかよ。
母さんより母さんらしいじゃねえか。
……なんか言ってて悲しくなる。
そう言えば、魔術師を目指すようになってからは、家族からも冷たくされたし……。
俺が母性的な女性に惹かれるのは、そういう所が原因なのかもしれない。
と、その時だった。
止められていた馬車の中。
カーテンを捲り、一人の男が身を乗り出した。
「おーおー、全員揃ったみたいだなー」
まだ若い、三十になるかならないかくらいの男。
髪は色素が抜けたような白髪で、目の色は翡翠色。
そして……。
「……?」
俺はその顔立ちに見覚えがあるような気がした。
が、記憶にモヤがかかったような感じがして、上手く思い出すことはできなかった。
「んー……」
どこか眠そう、というか気怠そうな目で、俺たちの顔を順々に見ていく。
やがて、その翡翠色の視線は俺の所で止まった。
「……」
「な、なんですか……?」
「……」
つい、と視線をそらす。
何やら小さくぼやいた。
「まったく……学園長の爺さんも人使いが荒いというか……わざわざ呼び戻すから何かと思えば……」
(な、なんなんだ……?)
呆気に取られる俺たちをよそに、男は馬車から飛び降りた。
立ってみるとかなりの高身長で、引き締まった体は、服を着ていても無駄な肉が付いていないのがわかった。
「はい、ちゅーもーく」
パンパン、と手を叩く。
そんなことしなくても、皆既に目の前の奇怪な男に注目していた。
「今日から、お前らの面倒を見ることになりましたー。教官のライガ・アルカーでーす、よろしくおなしゃーす」
「……」
「はい拍手ー」
ぱちぱちぱちぱち……。
ジェイルを除いた四人が力なく拍手する。
「で、今年はヴィルムリンド関連で色々ゴタゴタしてて、この合宿にも影響が出てることは、もう聞いてると思うんだが……」
白髪の男───ライガは懐から地図を取り出すと、それをバサッと広げた。
ライガが示した場所……俺はそこを知っていた。
「お前らには、この『覇闘迷宮』を踏破してもらう。できるまで学園には返さんからな」
「なぁ……!?」
踏破するまで返さないって……。
『覇闘迷宮』って、クラウディアから聞いた限り、かなりの大迷宮だぞ……!?
「そ、それじゃあ授業が再開しても……」
「学園に戻って来れるかはわからないってことですか……!?」
悲鳴を上げるウェインとルフィナ。
ジェイルですら、腕を組んだまま少し目を見開いていた。
「んなもん、お前らがとっとと迷宮攻略すりゃ良いだけの話だろ。何が問題なんだよ」
が、そんな俺たちの様子に、ライガ教官は取り合わない。
退屈そうにあくびをするだけだった。
「ちなみに、学園長の爺さんからも許可は出てるから。文句言っても無駄だかんな」
『なんか……無茶苦茶な男だな……』
俺の隣でバルバトスが呟いた。
俺は周りに気付かれないよう、小さく頷く。
……でも、ちょっと前のお前も似たような感じだったからな?
「ほらほら、とっとと馬車に乗った乗った。早く帰って来たいんだったら、文句言わずに早く行くことだ。片道五日もかかるんだからな」
パンパン、と手を叩いてライガ教官は俺たちを急かす。
皆、渋々ながらも足を踏み出す。
と、
「ま、待ってください! 私も連れて行ってください!」
悲鳴にも近い声が聞こえ、全員が一斉に振り向く。
───大荷物を背負ったユノが、こっちに向かって走ってくる所だった。
俺たちの元まで走ってきたユノは、背負っていた荷物を下ろして息を整える。
肩を上下させるユノを見下ろし、ライガ教官は言った。
「お前は……なるほど、爺さんから話は聞いてる。で? 着いてきたいってのは、一体どういうことだ?」
「あの、皆さん、『覇闘迷宮』っていう所に行くんですよね? 学園長さんから聞きました……」
呼吸を落ち着けながら、ユノは姿勢を正す。
そして、まっすぐに教官を見つめた。
「私、思い出したんです。記憶の中で、お父さんがよく『覇闘迷宮』の名前を出してたこと……。そこに用があるって……」
……なるほど。
クラウディアが、『ユノが着いていきたがる』と言っていた理由は、こういうことか。
「だから、そこに行けば、何か思い出せるかも……って。お父さんのことも、何かわかるかもしれないと思って」
「……」
「それに、私、皆さんのお役に立ちたいんです! 皆さんは、私を捕まえていた人を倒す為の特訓に行くんですよね? それなのに、私がじっとしている訳にもいきませんし……あと……」
ユノはちらりと俺に視線を向けた。
「恩返しをしたい方も、いるので……」
それっきり、ユノは黙ってしまう。
教官は少し考える素振りを見せたが、すぐに結論を出した。
「んー、まあ、そういうことなら……良いんじゃねーかな。一応、馬車にも余裕あるし。いいよ、着いてきな」
案外快く了承する教官。
ユノも顔をほころばせる。
そして、教官は改めて俺たちを見渡した。
「んじゃあ、この七人で向かうわけだな」
「……」
俺たちも、教官を見つめ返す。
彼はニカッと笑った。
「……うし! 出発!」
───こうして、強化合宿が始まった。




