05.本当の敵
「アレン・クリアコード君。私と一緒に、戦ってくれる?」
差し出された手を、俺は黙って見つめていた。
───小さな手だな、と思った。
彼女は俺よりも少しだけ年上のはず。
だが、そこは男と女。
クラウディアの手の方が小さいのは当然だ。
……本当に小さい。
この小さな手で、彼女は一体いくつの未来を掴み、そしてその結末に絶望してきたのだろうか。
クラウディアは言った。
俺の存在が、唯一だったと。
その『唯一』に辿り着くまで、彼女は一体いくつの未来を見てきたのだろう。
百だろうか? 千だろうか?
それとも、もっとだろうか?
未来を見てきたということは、悪魔の力を使ったということだ。
……あの苦しみを、俺は知っている。
魂を削り取られていく感覚。自分という存在が希薄になっていく感覚。
ほんの少し、だが確実に死に迫る恐怖。
寿命というのは、本来緩やかに減っていく。
だが、悪魔の強過ぎる力は、一時的にだが寿命をすり減らす。
本来少しずつ減るものを、一気に削り取る。
それは、想像を絶する苦しみを伴う。
想像できるのは、同じ苦しみを味わった俺だけだ。
……彼女は、一体何度あれを味わったのだろう。
未来視を使う度に反動を受けていたとしたら、それは、どれほどの───。
見えた未来は望まぬ結末で。その上あんな苦痛を味わうことになって。
それでも彼女は、諦めずに未来を探し続けてきたのか。
「……」
長い旅路の果てに、彼女は俺を選んだ。
なら、今度は俺が彼女の手を取る番だ。
「……もちろんだ。クラウディア」
クラウディアが、俺に『最悪の未来』を回避する道を示してくれるのなら。
俺は──、クラウディアを『最高の未来』へと連れて行こう。
◆
「じゃあ、今後の話をしましょう」
クラウディアがにっこりと笑う。
やはり姉妹だけあって、クラリスに似ている。
目の色も髪の色も同じだし。
違う所といえば、クラウディアの方が髪が短いのと、少し落ち着いた雰囲気がある所だろうか。
「今延期になってる、強化合宿ってあるわよね」
「ああ」
「あれに、あなたも参加することになるから。今のうちに荷物まとめておいた方が良いかも」
「そうか……って、ええ!?」
強化合宿って、成績上位者が参加する奴だろ?
なんで俺が……?
「明日に招待状が来るはずだから、詳しくはそれを見て。───次よ」
バサッと、クラウディアが地図を広げた。
グレーネス王国の地図だ。
「私たちが今いるのは、ここ。ロマイナ」
トン、とロマイナにピンが立てられる。
「合宿で行くのは、ここ。迷宮都市ルトマーレ。そこにある大迷宮『覇闘迷宮』が、修行の主な場所になるはず」
「そうなのか……」
「問題なのは、ここ。ロマイナからルトマーレの距離」
羽ペンでピッと線を引く。
「結構遠いな」
「ええ、魔術で強化した馬を全速力で走らせても三日はかかるわ。当然、実際はそこまでしないでしょうし……五日くらいかしらね」
「移動だけでそんなにかかるのか……」
「でも、この五日間が大事なの」
クラウディアが地図から顔を上げた。
つられて俺も顔を上げる。
──目が合う。
「アレン君。まだ怪我の影響が残ってるわよね」
「……ああ」
「この五日でそれを完全に治すこと。必要ならバルバトスに治癒魔術をかけてもらいなさい。それと、毎日欠かさず鍛錬よ」
「いつもの瞑想は……」
「無駄だからしなくていいわ。代わりに、魔弾の精度と魔力のコントロール力を上げるの。少しでも怠れば、合宿に付いていけなくなる」
「……わかった。怪我の治療と毎日の鍛錬だな」
俺が頷いたのを認め、クラウディアは「じゃあ次」と新たな話題へと移る。
「当然だけど、バルバトス……言いにくいわ、バルちゃんでいいかしら」
……あだ名のセンスまで姉妹そっくりだった。
「バルちゃんは必ず連れて行くこと。それと、召喚の魔法陣を描いた紙を常に持ち歩くこと。もしはぐれた時でも合流できるようにね」
「魔法陣の紙だな。了解」
「あと悪魔召喚の魔導書もね」
俺は首を傾げた。
流石にそれは必要性を感じなかったからだ。
「なんでそんな物持っていくんだ?」
「……言えないわ」
しかしクラウディアは答えてはくれない。
ますます疑問は深まるばかりだ。
「なんでだよ。理由くらい教えてくれても良いだろ?」
「……言えないのよ」
クラウディアは溜め息をついた。
「……アレン君、あなたって嘘つくの苦手でしょう? 隠し事とか誤魔化すこととかって、苦手よね?」
「うぐ……」
確かにルフィナにも嘘が下手と言われだが……。
でも、バルバトスの事とかは隠し通してるし!
「未来で起きることとか、それに関する情報とか……下手にあなたに教えておくと、そこから敵に情報が漏れるの」
「え」
「それで失敗する未来を何度見たかしら……」
「う、なんか……ごめん……」
遠い目をするクラウディアに、俺はただ平伏することしかできなかった。
「……まあ、とにかく、魔導書は持っていくこと。あと、あの子。ユノちゃんね」
「ユノがどうかしたのか」
「あの子も連れて行くの。本人が行きたいって言い出すでしょうから、それも詳しくはその時ね」
これで、一通りは終わったのだろうか。
ふう、と一息つく。
「そういえば……教会の事件、あれは何だったんだ?」
神父もシスターも、全員が焼き殺された事件。
魔術師が関わっているのは明らかで、おまけに犯人は悪魔の魔導書を狙っているようだったが……。
「そう、ね……、『彼ら』のことくらいは、話しておいた方が良いかしら」
そう呟くと、クラウディアは俺に向き直った。
「……心して聞いて。これから教えるのは、この先……私が見た通りの未来を進めば、あなたが人生をかけて対峙することになる敵の名前よ」
「……っ、人生をかけて……」
「彼らの名は、『光なき明日』。悪魔の力を狙い、『最悪の未来』をもたらす者たち」
『光なき明日』……。
それが、俺たちの本当の敵……。
聞いたことのない名前だった。
ヴィルムリンドのような悪名高い魔術師の名前が来るのかと思っていたが、まさかまったく知らない名前で、それに個人名ではなく組織名だとは。
「聞いたことない、って顔ね。……無理もないわ。でも、彼らはもう百年以上は存在していて、ずっと裏の世界で暗躍していたのよ」
「百年!?」
百年以上はとなると……学園長とヴィルムリンドが戦った先の戦争よりも前からじゃないか。
それほどの組織となると、その規模は……。
想像以上に強大な敵に、思わず鳥肌が立つ。
「もちろん、各国の上層部は『光なき明日』の存在は認識しているわ。私の父も、学園長先生もね。なにせ、かつてヴィルムリンドとも繋がりがあった組織だもの」
「! ヴィルムリンドとも……」
「『光なき明日』が事件を起こす度、どの国もなんとか尻尾を掴もうとしていたみたいだけど……」
───捕らえられるのは、いつも末端の構成員のみ。
情報を聞き出そうにも、彼らは形成が不利になれば躊躇わず自害するように教育を受けているらしく、なかなか情報を得られない。
そんなこんなで、百年も野放しにされてきたようだ。
「……ああ、そう。一年前、学園祭でちょっとした騒ぎがあったじゃない?」
「あ、うん……そうだな……」
個人的には、あれはあまり思い出したくない記憶なのだが……。
というか、何故クラウディアがそのことを知っているんだ。
そう訊くと、クラウディアはおかしそうにクスクス笑った。
「何故もなにも、私あの場にいたもの」
「え、いたのか!?」
「ええ。あなたとウェイン君が暴れ馬の事件に遭遇するよう誘導したのも、それを未来視していた私」
そ、そうだったのか……。
しかし、クラウディアが事前に動いていた……ということは、あの事件には、やはり……。
「その通りよ。あの事件も『光なき明日』の仕業。……あの時は、先生たちが頑張ったようだけど……やっぱり途中で自害されちゃったみたいね」
あの時の、透明男の存在を頑なに否定する教師の態度には、少し違和感を感じていたものだが……。
もしや、『光なき明日』の存在を隠そうとしていたのだろうか?
俺たち生徒に知られれば大変な騒ぎになるから……。
「あと、これが一番大事なことなのだけど……」
「?」
「……今回の合宿で、あなたは『光なき明日』の構成員と遭遇するわ」
「!」
その言葉を聞き、全身が緊張するのがわかった。
「彼らはどこにでも潜んでいる。本当は誰が敵なのかも教えてあげたいのだけれど……ごめんなさい、教えられないわ」
「やっぱり、俺から情報が漏れるのか」
「……敵のことを教えてしまうと、あなたはそれを意識し過ぎてしまうから。逆に怪しくなるの」
気付かれてはいけない、ということだ。
俺たちが『光なき明日』の存在に辿り着いていることを、間違っても彼らに悟られてはいけない。
「気を付けて。バルちゃんの存在……は仕方ないとして、私のこと、イポスのことは、絶対に知られてはいけない。最強の悪魔と未来視だけが、私たちの武器なのだから」
「……わかった」
俺は強化合宿で迷宮都市ルトマーレへ行き、『覇闘迷宮』に挑戦する。
そして、『光なき明日』という、本当の敵と戦うことになる。
敵は強大だ。
もっと……もっと強くならなければ。
俺は新たな敵の存在を知り、決意を新たにするのだった。
◆
翌日。
朝起きて、ふと外を見れば、窓際に見慣れたフクロウが止まっていた。
「また……お前なのか」
毎回毎回、俺の所に手紙を運んでくるのは同じ個体のような気がする。
何か決まりでもあるのだろうか。
足に結び付けられた手紙を取ってやると、フクロウは一度首を傾げてから、青空へと舞い上がる。
毎度ご苦労なことだ。
手紙を広げる。
差出人は学園ということになっていた。
内容は───昨日、クラウディアから聞いた通り。
『アレン・クリアコード殿
貴殿のヴィルムリンド・バルドとの戦いの功績を称え、また更なる活躍に期待し、夏季強化合宿への特別参加を命ずる。
合宿で魔術師としての自身を磨き上げ、より高い段階へのステップアップを目指してほしい。
デルタミヤ魔術学園 教師一同』
ふう、と息を吐く。
敵は強く。
そして、俺は弱い。
───だが、諦めるつもりなんて毛頭ない。
もっと、もっと強くなるんだ。
大切なものを、守れるくらいに。
「やろう、バルバトス」
「ああ……」
───さあ、特訓を始めよう。




