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06.魔術師with悪魔in幽霊屋敷

 空には月が出ていた。

 その静かで冷たい輝きが照らす中、俺は悪魔バルバトスを連れて歩いていた。


 夏が近づいてきているとはいえ、夜はまだ冷える。

 今日は特に。

 俺は腕を擦った。




 ―――『その辺で魔物を狩ってみろ』

 そのセリフに込められた意味を考える。

 それは、『適当な雑魚を倒してこい』という意味ではない。


 これは試験―――バルバトスはそう言った。


 この世には数多くの魔物が跋扈(ばっこ)している。

 そういった化物どもを退治し、人々の安全な暮らしを守るのも、魔術師の仕事の一つ。強力な魔物を倒せるということは、そのまま魔術師として実力の高さの証明になる。


 恐らくバルバトスは、俺がどの程度の魔物なら倒せるのかを見極め、それで俺の実力を判断するつもりなのだろう。






 山を下ってしばらく行くと、今はもう使われていない屋敷が建っている。

 元は誰か貴族の住まいだったものだろうが、それはもう誰も覚えていない昔の話。主がいなくなってから長い時間の建った屋敷は、もはや目も当てられないほどの有様だった。


 (ちまた)では、『幽霊屋敷』などと呼ばれているらしい。

 ……幽霊(ゴースト)が出たなんて話は聞いたことがないが。

 いや、俺たち生徒は基本的に学園から出ないし、そんな話があっても学園までは届いてこないだけかもしれないが……。


 正直こんな不気味な場所になんて来たくはなかったのだが、街の中に魔物がいるはずもない。獲物を探すとしたら、街の外しかない。

 となると、この近くで魔物が出そうなのはこの幽霊屋敷くらいだ。

 他にアテがないのなら仕方ない。

 諦めて覚悟を決めよう。


 門越しに幽霊屋敷を眺める。

 何年も手入れされていない庭は荒れ放題。遠目だが、窓が割れているのも確認できる。

 野盗でも忍び込んだのか。

 まさかアジトになんてなってないだろうな。


 ふと不安にかられる俺に、隣のバルバトスがこそこそと囁く。


「もし本当に没落した貴族の怨霊なんて出てきたらどうするつもりだ?」


「……どうしよう」


 再三言うが、俺は簡単な魔術しか使えない。

 そして俺が使える魔術の中に、ゴーストに対して有効なものはない。つまり、もしゴーストなんて出てきたら俺に迎撃手段はないのである。

 ……まあ、ゴーストって正確には『魔物』とは別のカテゴリらしいし、仮に倒せたところで、今回のバルバトスからの課題をクリアしたとは言えないだろう。


 倒せれば倒せたで、実力のアピールにはなるかもしれないが……。

 でもこの悪魔なら『私は魔物を狩ってこいと言ったんだ。お前が倒したコレは魔物じゃないだろう?』とか言い出しそうだ。

 同じ理由で、幽霊屋敷に忍びこんだ泥棒を退治してもバルバトスからの評価は得られないだろう。


 バルバトスを納得させるには、あの悪魔が出した条件に合わせつつ、文句一つ言えないくらい完璧に課題をこなす必要がある。



 やらなければいけないことを再確認した俺は、目を閉じて深呼吸をした。

 呼吸は基本。人間に限らず、多くの生物は空気を体内に取り込むことでエネルギーを作り出す。

 動くのにも、考えるのにも。空気は生命にとって最も重要な要素であり、呼吸は必要不可欠なアクションだ。欠けば満足に動くことは叶わず、十全に力を発揮することもできない。


 格子状の門に足をかけ、よじ登る。

 握りしめた格子はところどころ錆びついていた。

 だが強度に問題はないようだ。俺の体重をしっかり支えてくれる。


「よっ……と」


 敷地内に飛び降りる。

 ふと顔を上げれば、バルバトスは門をよじ登ることなく、ふよふよと飛んで門を越えていた。


 一瞬ギョッとしたが──そうか。コイツ悪魔だもんな……。

 そりゃ飛べるか。普通じゃないんだし。



 廃墟を見上げる。


「……」


 見れば見るほどおどろおどろしい外観だ。

 普通に魔物が住み着いてそう。


 入り口の巨大な扉に手をかける。

 ぐっと力を入れて押せば、扉はギギギ……と軋むような音を立てつつ開いた。

 目一杯に開ききってから、一息つく。

 かなり重い扉だ。開くだけで重労働。

 これだけでも少し息が上がる。


 と、俺は後ろでふんぞり返っているバルバトスに気付いた。


「手伝う気とか……」


 バルバトスはわざわざ大仰に呆れたようなため息をついてから言った。


「あるわけ無いだろうが」


 ……だよなあ。









「……Flash(輝け)


 魔術で光球を生み出し、辺りを照らす。

 割れた窓から差し込む月明かりがあるとはいえ、それだけでは少し心許ない。二つ目の光源で、ようやく屋敷の中に満足な明るさが生まれた。


 当然といえば当然だが、屋敷の中はひどく汚らしかった。

 客を歓迎すべく派手な装飾を施されたホールは、どこもかしもこ埃まみれ。壁は薄汚れており、床からはギシギシと怪しい音がする。

 二階へと続く階段の手前には、何か石像が置かれていた。だが、ほとんど原型は留めていない。シルエットから、それが女性を模したものだということたけが、かろうじてわかった。

 しかし四肢が砕けており、顔は既に失われていた。


「う……」


 思わず呻く。


 マジで『出そう』だ。

 魔物が居そうという理由だけでここを選んだのだが、その選択は失敗だった。こんなところ、夜に来るような場所じゃない。


 ありもしない気配に怯え、しきりに辺りを警戒しながら、俺はそろそろと歩を進める。

 一歩踏み出す度に、足元から不審な音が聞こえた。


「見苦しいぞ。男の癖にビクビクと」


「う、うるさいな」


「そんなだからお前は童貞なんだよ、小僧」


「童貞は関係ないだろ! あとその小僧って呼ぶのやめろ! 俺はもう十七だ!」


「私から見ればお前なんてガキだガキ。身の程知らずのお子ちゃまだよ、童貞坊や」


「ぐぬぬぬ……!」


 ここで「だったらお前はババアじゃねーか若作りしやがって」とでも言えたら良かったのだが、生憎と俺にそんな度胸はなかった。

 だって悪魔とか怒らせたら絶対ヤバイじゃん。

 俺はまだ死にたくないのである。



 馬鹿なやり取りをしながら奥へと進み、そこにあった扉を押す。

 やはり扉は重かった。

 またもや精一杯力を込めて開く。


 扉を開けた先にあった部屋は、食堂だった。


 無駄に長いテーブル。火の灯っていない暖炉。

 放置された燭台には、蜘蛛の巣が張られ、濁った色のロウソクがこびり付いていた。


 俺は念の為に扉を閉めながら言う。


「ちなみに聞いておくけど……どのくらいのレベルの魔物を倒せば、俺の願いを聞いてくれるんだ?」


「そうだな……。まあ、グリフォンくらいは軽く吹き飛ばせるなら認めてやろう」


 いや、無理に決まってるだろ。

 そんな力があれば悪魔になんて頼る必要ないし。

 というか、そもそも、こんなところにグリフォンなんているはずがなかった。


「スケルトンでもいいぞ。ただし、一人で100体倒せたらな」


 本気なのか冗談なのかよく分からない台詞を吐きながら、バルバトスはつかつかと暖炉の方へと歩いていった。


「おい、これを見ろ」


 灰と埃の中から何かをつまみ上げると、ポイとこちらへ放る。


 放物線を描いて飛んできたそれは、待ち構えていた俺の両手の平の中へポトリと落ちてきた。


「……?」


 それは、白い何かの欠片だった。

 完全な白ではなく、少し薄汚れていたが。


 不思議な形をしている。

 見覚えある、というかなんとなく心当たりがある気もするが、とても小さくて────小さすぎて、これが何なのかよく分からない。


「……なんだ、これ……」


 俺の呟きに答えたのはバルバトスだった。


「骨、だな」


「は?」


「骨だ。人間の。……小指だ。大きさから見て、子供のものだろうな」


「……は?」



 ────はあッ!?



「うおっ!? ──おおうっ」


 衝撃のあまり手の中の欠片―――小指の骨を取り落としそうになる。

 慌てて手を伸ばし、ナイスキャッチ。

 息を整えた俺は、ゆっくりとバルバトスを見た。


「え? マジで? ……嘘だろ?」


「残念ながら大マジだ」


「ええ……」


 改めて手の中へと視線を送る。

 ……複雑な心境だ。

 この骨の持ち主には悪いが、やはりあまり良い気分はしない。いつまでも持っていたいものではなかった。

 


 と、俺はバルバトスが呆れたような顔をしているのに気が付いた。

 悪魔はこちらに近づきながら言った。


「なんて顔してるんだ。情けない」


「いや、だってコレ、人間の骨なんだろ?」


「……誰が本物の骨と言った」


「え?」


 困惑する俺に、バルバトスは今度こそ呆れ顔を送る。


「その骨はスケルトンの骨だ。偽物だよ」


「!」


 言われてみて、ようやく気付いた。手の中の小さな骨からは、僅かながら魔力の残滓が感じられる。



 ―――スケルトン。


 それは、人間のように動く骨。

 宵闇の中を闊歩(かっぽ)する死骸。生を(かた)る乾いた骸。

 奴らは自らにはないもの持つ生者を憎み、その血肉を求めて人を襲うという。


「―――だが、奴らが骨の姿をしているのは、襲う対象である人間を怖がらせるためだ」


 スケルトンは、決して死んだ人間ではない。

 その骨は人のものではない。

 ましてや、死者の怨念で動いているわけでもない。

 奴らは魔物。その体を構成する白骨は、全て魔力で作られた偽物。倒せば、そこに残るのは残留魔力の結晶―――魔石と呼ばれるそれだけだ。



「だがこれでハッキリしたな。この屋敷には、少なくともスケルトンは確実にいる。良かったじゃないか、ここまで来てハズレじゃなくて」


「100体もいるかはわからないけどな……」


 俺は骨をポケットに仕舞った。

 本物の骨と思ってビクビクしてしまったが、ただの魔力の塊と分かれば大したことはない。


 この食堂にはもう何もないか。

 ならば次の部屋に行こう。


「行くか、バルバトス」


「なんだお前急に……。さっきまでビクついてたくせに……」


 じとっと視線を送ってくるバルバトスは無視して、俺は入ってきた扉を振り向いた。















 ─────そして、その扉が開くのを見た。

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