04.金髪女、再び
「随分話し込んじゃったなぁ」
『ふ、そうだな』
女子寮から出た時には、もう夕方になっていた。
最後の方には、一人の女子生徒が「長過ぎるのよ! いつまでいる気!?」と部屋に入って来たが……まあ確かに長居し過ぎた気がする。
あの時は流石にヒヤッとした。
咄嗟にバルバトスが透明化してくれたお陰で事なきを得たけど。
ユノも空気を読んで、バルバトスのことは秘密にしてくれたみたいだし。
「ユノ、大人気だったな」
元々、眠っていたときから可愛がられていたのだ。
それが遂に目を覚ましたとあって、今頃女子寮ではお祭り騒ぎなんじゃないだろうか。
記憶が曖昧なこともあって、しばらくは今までと同じく寮で生活するみたいだけど。
あの様子なら、きっと上手くやっていけるだろう。
心配はなさそうだ。
『しかし、手紙にはユノと話せと書いてあったが……実際、得られた情報はほぼ無かったな』
「ああ……。あれは何だったんだ?」
ますます、金髪女の考えていることがわからなくなる。
敵ではない……のか?
それとも、ただ利用されているだけなのか?
と、そんな事を考えている内に、男子寮に着いた。
中へ入り、自室へと向かう。
そして、部屋の扉に手をかけた時。
『……待て』
バルバトスが俺を止めた。
『部屋の中に誰かいるようだ』
「は!? ……あー、そういえば鍵掛け忘れたかも」
『何やってるんだお前は……』
し、仕方ないだろ。忘れちゃったんだから。
人間誰しも、ちょっとしたミスくらいするさ。
『まったく……。そんなだから、お前はいつまでも経っても半人前なんだ』
「うるさいな……。ま、誰かいるって言っても、どうせウェインとかだろ? あいつも合宿が延期になって暇だろうし……」
そう言いながら、俺は扉を開けた。
だが、中にいたのはウェインではなかった。
「あら、おかえりなさい。そして久しぶり、アレン・クリアコード君」
「ったく、鍵も掛けねーで出かけるってのは、流石に無用心すぎるじゃあねーのか? おい」
中にいたのは───。
金髪女と、その従者の巨漢だった。
「な、んで……お前らがここに……」
「知らせはしておいたはずよ? 『近い内に会いに行く』って」
「……っ」
思わず後ずさる俺を見て、金髪女はクスクス笑う。
「そんなに警戒しないで。別にあなたの敵というわけではないのだから」
「……そんなの、信用できるかよ」
「あら心外ね。あなたに悪魔召喚の方法を授けたのは、一体誰だったかしら?」
「……っ、それだって、俺を利用しようとしているだけなんじゃないのか? お前たちは、一体何が目的で、俺に魔導書を───」
「目的、ね……」
ふう、と女は息を吐いた。
「知りたい?」
フードの下の碧い目が、こちらを見つめる。
俺は、黙って頷いた。
「そう。なら、教えてあげる。私の目的は至って単純。あなたに、妹を守ってもらいたい……ただそれだけよ」
「妹……?」
「ええ。……ああ、そういえば、自己紹介がまだだったわね」
そう言って、女はフードを取る。
頭を振れば、それに合わせて金髪が揺れる。
顕になったその顔に、俺は息を呑んだ。
俺は、彼女を知っている。
いや、彼女によく似た人を知っている。
「私は、クラウディア・ベルク。ベルク家の長女で、クラリスの姉よ。妹がお世話になってるわね、アレン君」
「そして、俺はその使い魔。悪魔イポスだ。よろしく頼むぜ、我が同胞バルバトスの主さんよ」
俺は天を仰いだ。
そして大きく息を吸う。
たっぷり十秒かけて息を吸い、そして倍の時間をかけて吐き出す。
その間に頭の中を整理。
──視線を戻す。
「あんたがクラリスの姉で……!?」
金髪女──クラウディアが微笑む。
「そこの大男が、悪魔の一人……!?」
大男───悪魔イポスが頷く。
「わ、訳がわからない……! 突然そんなこと言われたって、信じられるわけが……」
「……少なくとも、後者は事実だ」
頭を抱える俺にそう言ったのはバルバトスだった。
「まさか、こんな形で同胞と再会するとはな。……久しいな、イポス」
「おう、まったくだ! 何百年ぶりかの再会だなぁ!」
親しげに話すバルバトスとイポス。
どうやら、大男の正体については間違いないようだった。
「どう? 信じてくれる気になったかしら」
「……信じるよ。信じるけど、正直まだ混乱してる」
クラリスから聞いた話を思い出す。
確か、彼女の姉クラウディアは、5年前に行方不明になっていたはずだ。
それが今、目の前にいる。しかも悪魔の一人を従えて。
こんなの、そりゃ混乱もするだろ。
「あんたに何があったんだ? 何でこんなこと……説明してはくれないのか?」
「そうね、それくらいは教えてあげてもいいかしら」
順序立てて説明するわね、とクラウディア。
「始まりは5年前。私たち家族が旅行に出かけた時……この話はクラリスから聞いたかしら」
俺は頷いた。
当時クラウディアとクラリスは喧嘩していたことも、そしてその旅行の途中でクラウディアが行方をくらましたことも。
「そう。じゃあ、話すなら私が居なくなった日の夜からね───」
◆
皆は私が居なくなったのは帰りの日の朝だと思っているみたいだけど、正確には前日の夜なのよ。
皆、朝私のベッドを見てから気付いたのよね。
まったく、遅いってば。
前日の夜に何をしてたかって?
特に何も。強いて言うなら散歩ね。
夜の街、一度で歩いてみたかったの。
冒険心って言うの? それが刺激されちゃって、思わず部屋を抜け出してしまったの。
……え? クラリスそっくり?
当然よ。姉妹だもの。
それで、私は夜の街に繰り出したのだけど──。
ああ、今から少しだけ話が逸れるけど……気にしないで。
……母は元々魔道の家系の人でね。エルド家と母の家とで、互いに貴族と魔術師との関係を深めたいとかで、結婚したらしいの。
その母の血の影響なのか、私たち姉弟は魔術の素養があるみたいでね。
クラリスの魔力のことは知ってるでしょ?
それと同じ。私の体内の魔力もかなりのものよ。
……それを、狙われたの。
誰に? ヴィルムリンド・バルドよ。
5年前の、今より遥かに弱くて、今より遥かに死にかけに近かった頃のヴィルムリンド。
彼が当時潜伏していた街と、私たちの旅行先が、偶然同じだったの。
それで、夜中にのこのこ出歩いてる私は、格好の獲物だったみたい。
案の定、例の黒い獣に追われてね。
慌てて逃げ込んだ先が廃墟。後で知ったんだけど、そこ、使われなくなった教会の跡地だったみたい。
その廃墟で偶然出会ったのが、イポスよ。
……出会ったのは、本当に偶然。運が良かったわ。
たまたま封印されたイポスを見つけて、たまたま封印を解いて。
訳もわからないまま契約を交わして、助けて貰ったの。
……なんで教会跡地に悪魔が封印されてたか?
残念だけど、それは私にもわからないわ。
話を戻そうかしら。
ああ、そう。悪魔にそれぞれ固有の能力があるのは知ってる?
ええ、バルバトスなら『四大元素の高等魔術』。
イポスの場合は───『高度な未来視』。
ふふ、驚いた?
魔術師の占いなんて比較にならないわ。
イポスの未来視は、不確定な可能性の未来すら……起こりうる全ての事象を観測するのだから。
……そして、その力で私は見てしまったの。
最悪の未来。
妹が死に、家族が死に。
世界中の人々が死ぬ未来を。
だから私はその未来を変えるために戦うことを決めた。
その為に家を出た。
でも、私は魔術師でも戦士でもない。ただ未来が見えるだけの、か弱い貴族令嬢。
代わりに戦ってくれる『誰か』が必要だった。
……もうわかったかしら?
そう、それがあなた。アレン・クリアコード。
私が何度も未来視を繰り返して、ありとあらゆる可能性を探って、探って、探り尽くして……。
その果てに見つけた、唯一の救いの未来。
そこに辿り着ける人間よ。
……あなたを選んだ最初の理由はね、とても簡単だったの。
あなたが教会を訪ねる日と、教会の人間が外出する日がたまたま重なった。たったそれだけ。
でも、その偶然の一致が、『最悪の未来』を回避する唯一だった。
それを未来視で見た私は、事前に教会に忍び込んで、あなたが来る前に鍵を開けた。
全ては、あなたに悪魔の魔導書を渡す為に。
後は簡単だったわ。
教会が休みなのに来る人なんて、普段学園にいるせいでそのことを知らないあなたくらいだし。
それに、私が未来視で見たどの未来でも、あなたは最強の悪魔の一角であるバルバトスを召喚してくれた。
私が見た未来の中で……私が介入するまでもなく、あなたはバルバトスに認められ、事件を解決してくれた。
その未来が見えた時、どんなにホッとしたか。
そしてあなたは私の見た通りの道を歩み、ヴィルムリンドを退け、妹を救い出してくれた。
……感謝してもしきれない。
この場を借りて言うわ。アレン君、クラリスを助けてくれて、本当にありがとう。
……でもね。まだ、終わりじゃないの。
妹が死ぬかもしれない危機は、この先何度もやって来る。
それに……言ったでしょう?
『最悪の未来』を辿れば……世界が滅ぶかもしれない。
それを止められるのは、私たちだけ。
悪魔の力を持つ、契約者だけなの。
アレン・クリアコード君。
私と一緒に、戦ってくれる?




