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02.噛みしめる平穏

 たった数日動かないでいただけで、筋肉というのはこんなにも減少するものなのか。

 そんな思いと共に天を仰ぐ。


 教会を後にした俺は、そのまま街へ繰り出した。

 そしてロマイナの街の道端で、俺は息を上げていた。


 教会へ行くときは迎えの馬車が来ていたからその世話になったのだが……。

 帰りは街の様子を見ていきたいのもあり、馬車は断ったのだ。

 しかしそれが失敗だった。


 しばらくベッドで寝たきりだったのだから、筋力が低下しているのは、少し考えればわかることだった。

 だというのにこのザマ……。

 情けないったらありゃしない。

 自分の未熟さ、というか短慮さが身にしみる。


 とにかく、このままでは学園に帰れそうにない。

 一旦休憩しなくては。

 どこか休める場所はないだろうか。


『学園があるのは山の中だろう。自分の足で帰れるのか?』


「や、休めば、なんとか……」


 確か近くに酒場があったはずだ。

 そこで少し休もう。それまでの辛抱だ。

 そう思って、ひたすらに足を進める。



 と、俺は周囲の光景に見覚えがあるのに気付いた。


 ここは以前、黒い獣と遭遇した場所。

 アニちゃんとその友達たちと出会った場所だ。


「……」


 そういえば、アニちゃんたちは間接的に俺の命を二度も救ってくれた恩人だというのに、そのお礼が遅れたままだった。

 鏡の世界に飲み込まれたり、そこで死にかけたり、ハーケン先生がいなくなったり、クラリスがさらわれたりと、それどころじゃない状況だったのもあるが……。


 一連の事件は一旦の解決を見せたのだし、そろそろ何かお礼の品でも持って挨拶に行こうか。

 と、思っていると……。


「あー! “まじゅつし”のおにーちゃんだー!」


 まさかの本人に遭遇した。

 道の向こうでこっちを指差している。

 


 あの日と同じ友達たちと一緒に登場したアニちゃんは、相変わらず元気良さそうに駆け寄ってくる。

 子供特有の無邪気さに、俺も思わず笑顔を浮かべた。


「久しぶり。元気だったか?」


「うん!」


 と、アニちゃんの友達たちも集まってくる。

 俺はすぐに囲まれてしまった。

 ちびっ子包囲網だ。


『大人気だな』


 頭の上からバルバトスの声。


 好かれるのは嬉しいのだが、身動きが取れなくなるのは勘弁だ。

 というか、何故こんなにも小さな子どもたちから好かれているのか。それがわからない。


『波長が合うのかもなぁ』


(どういう意味だ、そりゃ……!)


 わらわら群がってくる子どもたち。

 子どもというのは容赦がない、というか遠慮がない。

 飛びついてきたり、よじ登ってきたり。


「ぬ、ぐぅ……!」


 万全の状態ならまだしも、病み上がり、その上疲弊した状態では、なかなか厳しいものがあった。


「ねー、またあれやって! ピカピカひかるやつ!」

「わたし、おにんぎょうのやつがいいー!」

「えー、あれあきたー。なんかちがうのないのー?」

「わははー! あたままでのぼったぞー! たけー!」


 う、うるせぇ……!

 最近の子って元気良いのか……?

 俺が子どもの頃って、ここまで活発だった気がしないんだが……。


 子どもたちは俺の体にしがみついて、駄々をこねるように揺らす。

 あれやってー、これやってー、という声に囲まれ、完全に逃げ場を失ってしまった。


「ご、ごめん……。俺、今日疲れてて……」


 なんとか声を絞り出す。

 途端、「ええー!」と抗議の声が上がった。


 しかし、それでもわかってくれたのか、渋々小さな体が離れていく。

 背中をよじ登っていた子も素直に降りてくれた。


「しかたねーなー」

「おにーちゃん、つかれてるんだって」

「じゃあ、おねーちゃんのおみせにつれてかなきゃ」

「つれてこう!」「つれてこー!」

「ほら、こっちー!」


 手を引っ張られ、どこかへ連れて行かれる。


「ど、どこに行くんだ?」


「おねーちゃんのおみせだよ!」


 だからどこなんだよ、そこは……。


 何が何だかよくわからないまま、ちびっ子たちの先導で『おねーちゃんのおみせ』へと連れて行かれる。

 やがて辿り着いたそこは……。


(ここって……)


 何ということか。

 そこは、まさに俺が行こうとしていた酒場だった。


 アニちゃんたちには縁遠そうな場所だが……。

 しかし子どもたちは、何の遠慮もなく店に入っていく。

 彼ら彼女らに連れられ、俺も入店した。


「おじさーん、おねーちゃーん!」

「おきゃくさんだよー!」

「つれてきたよー!」


 店は普通に営業していたが、時間帯のせいか客はまばらだった。

 静かな店内に子供特有の高い声が響く。

 やがて、奥から若い娘が走ってきた。


「こらっ! あなたたち、また勝手なことして!」


「でも、おにーちゃんがつかれてるって」


「強引な客引きまがいのことはやめなさいって言ったでしょ!」


「?」


 やってきた女の子は両手を腰に当てて眉を釣り上げるが、子どもたちには上手く伝わっていないようだった。


『……どうやら、日常茶飯事らしいな』


(ああ、そうみたいだ)


 様子を見る限り、こんな感じのことがしょっちゅうあるようだ。

 店にいる客も、見慣れた光景なのか、こちらを気にしている素振りは見せなかった。


 酒場の娘が俺に視線を向ける。


「すみません、この子たちが……」


「いえ、俺も丁度ここを探してたところですし……」


「そうなんですか。じゃあ、是非ゆっくりしていって………あっ」


 唐突に、彼女は何かに気付いたみたいに目を見開いた。

 口を両手で覆い、信じられないといった風に肩を震わせる。


「……?」


 何だ、この反応……?


 店の客たちも、なんだなんだと言うようにこちらを見る。

 子どもたちも、俺の顔を見上げてくる。

 しかし、そんな風に見られても、俺には全く心当たりなんてないのだった。


 酒場の娘の方は、『感動の再会』とでもいうような感じだが……。

 一体何なんだ?

 まさか生き別れた妹という訳でもあるまいし……。



『……ああ、そうか』


 と、バルバトスが気付いたような声を上げた。



『アレン。こいつ、ヴィルムリンドに捕らえられた奴らの一人だ』




      ◆




「あの時は、どうもありがとうございました」


「娘を助けていたたき、本当にありがとうございます」


 酒場の父娘から揃って頭を下げられ、俺は思わず困惑した。


「いえ、そんな……俺は魔術師として当然のことをしただけで……」


 なんか、ありきたりな感じの受け答えになっちゃったなぁ。

 そんな風に思いながら、出された水を飲む。

 向こうは高級酒でも出してきそうな勢いだったのだが、生憎俺は酒は飲めないのだった。


 そういえば、ベッドで寝たきりだった間に学園長から受け取った手紙には、『捕らえられた人々は元の暮らしに戻った』と書かれていた。

 この少女もまた、前のように平穏な生活ができているのだろうか。

 それなら、良いのだけど。


「私、牢屋の中で他の人たちがどんな目にあったのか見てきたから……。こうして生きて帰って来れて、本当に……」


「……」


「ごめんなさい……私……っ」


 少女の目には涙が浮かんでいた。

 あの牢に入れられていた人々は、よほど辛い目にあったのだろう。

 救えなかった人もいる。

 癒えない傷を負った人もいる。

 彼らを救えなかったのは、一重に俺たちの力不足だ。


 仕方ないと割り切ることもできる。

 でも、そうしたらそこで終わりな気がする。

 魔術師として、人を救うことは諦めちゃいけない気がした。


「……っ」


 救えなかった悔しさ。

 それが外に出ていたのか、俺は無意識に拳を握りしめていた。


 と、その拳にそっと温もりが重ねられた。

 酒場の少女の手だった。


「……きっと、皆さん感謝してると思います」


「……」


「あの時一緒に閉じ込められてた人たちとは、連絡を取り合ってるんです。今度、会いに行ってみたらどうでしょう? 皆さん喜んでくれますよ」


 そう言って、彼女は笑った。

 笑ってくれた。 


 ……そうだ。取り敢えず、今は。

 この目の前の少女の平穏を守りきったことを喜ぼう。

 今くらいは、誇っても良い気がする。











 十分に休んで体力を回復し、俺は酒場を出た。

 帰り際、「また来てくださいね」と頬を染めてはにかんだ少女の姿が印象的だった。


 ちょっとドキドキしながら学園に帰る。


 (なんか、良い雰囲気だった気がする……)


『デレデレしてみっともない……。気付いてるか? お前、店にいたときからずっと情けない顔してるぞ』


「う、うるさいな……」


 吐き捨てるように言うバルバトス。

 良いだろ別に……。ずっとこういうのとは縁のない人生だったんだから、ちょっとくらい浮かれたって。


『あ、あと別にどうでも良いけどな、ルフィナとかいうお前の幼馴染が店の中にいたぞ』


「!?」


 え、なんで……?

 いや、そういえば、あの店の存在はルフィナから教わったのだった。

 それに、教会の事件のゴタゴタのせいで、本来彼女が行くはずだった特別合宿が延期になったと聞いた。

 なら、店の中にルフィナがいてもおかしくないが……。

 いや、しかし、それよりも……!


『という訳で、お前の情けないデレデレ顔は、無事幼馴染が目撃済みということだ』


「なんかルフィナの中で俺の株がどんどん下がってる気がする……!」



 なんとなく嫌な予感がしながらも。

 俺たちは学園に帰るのだった。

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