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01.秘密の部屋

『お前に魔術を教えたのは、間違いだったみたいだ』


 それは、遠い昔。記憶の中の光景。

 もう顔も名前も思い出せない、あの人の言葉。


 自分を助けてくれた魔術師は、ある日いきなり再び自分の前に現れ、どこか辛そうな顔をして言った。


『この村の連中は魔術師を嫌ってる……その意味も深く考えないで、俺はお前に魔術を教えちまった。今日は、その責任を取りに来た』


 首を傾げる自分に、彼は手をかざした。

 その口から漏れた弱音のような呟きが、かろうじて耳に入って来た。


『……記憶の書き換えなんて、俺にできるとは思えないけど』


 やるしかないよな。

 その言葉と共に、自分の頭にかざされた彼の手が、ぽうっと光った。


 その光を見ている内に、何故だか眠くなってきて───。





 それは、遠い昔。書き換えられた記憶の中の光景。

 だから、自分はもう覚えていない。

 あの人の名前も、顔も。




      ◆




 丘の上の教会の神父やシスターが、皆殺しにされた。

 ウェインからもたらされたその知らせから2日。

 ようやく外出許可の出た俺は、すぐさま現場へ向かった。


 教会は既に関係者以外の立ち入りが禁止された状態。さらにエルド伯爵の命令で兵士たちが集められ、何やら作業が行われていた。

 何人もの兵士たちがウロウロとする中に見知った顔を見つけた俺は、すぐさまそちらに駆け寄った。


「トルードさん!」


 呼びかけると、彼は振り向き。

 ほんの少しだけ顔をほころばせた。


「クリアコード君! 急に呼び出してしまって申し訳ない。体はもう大丈夫なようですね」


「はい。……それで」


 俺は声を潜めた。

 それを感じたのか、トルードさんも神妙な面持ちになる。


「……本当なんですか? この事件にヴィルムリンドが関わってるかもしれないって……」


 そう。それが、今日俺がここに来た理由の一つだった。

 ウェインの知らせとほぼ同時にトルードさんの使い魔から受け取った手紙に書かれたその言葉に、俺は我が目を疑った。

 そして体の調子が戻って、すぐにここに来たのだ。


「正直なところ、まだわかりません。あくまで、可能性がある、としか」


 俺の問いに、トルードさんは首を横に振った。


「ですが、お嬢様がさらわれた事件の直後ということもあり、エルド様もかなり神経質になっているご様子。不安の種は早い内に片付けておきたいのでしょう」


 関係者以外立入禁止のはずの現場に俺が入れるのは、そういう訳だ。

 自分で言うのもアレだけど、俺にはヴィルムリンドと戦って生還した実績がある。だからこその特別扱い。

 他にヴィルムリンドと戦った経験があるのは学園長やハーケン先生だが、俺は二人と違って完全フリーの身だ。色々と動かしやすいのだろう。



「……ああ、そういえば。受けてくれる気にはなりましたか、例の話」


「うぇ!?」


 トルードさんが思い出したように言う。

 突然話の方向性が変わり、しかもそれがあまり触れてほしくない話題だった為に、俺の口からは思わず変な声が出た。


 例の話。

 クラリス救出後から、度々エルド伯爵から持ち掛けられている、卒業後の進路の話のことだ。


「お嬢様を救い出した君ほどの実績がある生徒なら、街の警備隊に入隊するのは簡単だと思いますが……」


「い、いや、ただでさえ謝礼金なんて貰っちゃってるのに、そこまで面倒見てもらうのは申し訳無いですよ……」


「エルド様は、君には警備隊所属よりも、お嬢様専属の魔術師になってもらいたいようですが……」


「お、俺まだ二年生ですし、流石に卒業後のこと考えるのは早すぎるかなーって」


「そうですか? 人生の先輩としてアドバイスしますが、決めるのは早い内が良いですよ? 三年生になってからじゃ、遅いですからね」


「あ、いや、その……」


 しどろもどろになる俺を見て、トルードさんはクスリと笑った。


「では、現場の方へ行きましょうか」


「え、あ……はい」


 スタスタ歩き出すトルードさん。


 からかわれた、のか……?

 俺は首を傾げながら、どこか釈然としない気持ちで彼を追いかけるのだった。

 



 トルードさんの後ろに付いて、教会の中に入る。

 扉を開けた瞬間、嫌な臭いが鼻を突いた。


「っ……!?」


 吐き気を催すような臭気。

 肉の焦げた臭いだ。それが、教会中に染み付いている。


「……焼死でした」


 ポツリ、とトルードさんが言った。


「神父、シスター、その時建物内にいた全員が、炎に焼かれて死んでいた。まるで火事でも起きたみたいに。……ですが不思議と建物自体が燃えた形跡はなかった」


 ───人間だけが、燃えて死んだ。


 間違いない、と俺は確信した。

 この事件、ヴィルムリンドが関係しているかどうかはともかく、魔術師が関わっていることは確かだ。


「一番酷かったのは、ここです」


 そう言って通されたのは、礼拝堂だった。

 あの日、俺が金髪女と出会った場所。


 圧倒されるような美しさ。あの日感じたそれは、今の礼拝堂には見る影もない。

 光景だけはそのままなのに、臭気と嫌な気配、重苦しい空気がそれを打ち消している。

 ここで人が死んだ。何人も死んだ。その事実が、美しかったこの場所を、まるで呪われた場所にでも変えてしまったかのようだ。


「……君はどう思いますか?」


 ふとトルードさんが言った。


「この事件……いえ、このやり方。ヴィルムリンド・バルドの仕業に思えますか」


 言われ、改めて礼拝堂を見渡す。


 凄惨な現場だ。目を閉じれば、死んでいった人たちの悲鳴が聞こえてくるみたい。

 命の重み、価値というものを、無視した所業。

 まるで、命を命と思っていないような。



「……でも、違う」


 何かが違う。

 ヴィルムリンドのやり方とは、違う気がする。


 奴も他人の命なんて意にも介さないだろう。

 でも、ヴィルムリンドは命の価値は知っている。知っているからこそ、自分の命に執着する。

 ヴィルムリンドにとって、他人の命は『糧』だ。奴にとって他人とは、貴重な『生贄』だ。


 それを、いたずらに焼き殺すなんて、あのヴィルムリンドがするだろうか──?



「遺体は、現場に残っていたんですよね?」


「ええ」


「だったら、これはヴィルムリンドの仕業じゃない。あいつだったら、殺した相手を食らうぐらいのことはするはずです」


 だから、これは……。

 ヴィルムリンドではない、違う何者かの犯行だ。


「……君も、その結論に到達しましたか」


「ってことは、トルードさんも?」


「はい。僕も、ヴィルムリンドのやり方としては、どこか違和感を覚えまして」


 二人の意見が一致した。

 ということはやはり、これはヴィルムリンド以外の人物の仕業ということになる。


 くるり、とトルードさんは踵を返した。


「次の場所に行きましょう」


「っ」


 俺は生唾を飲んだ。


 そうだ。

 一人残らず皆殺しにされた教会で見つかった、あの場所。

 今日俺がここに来た、もう一つの目的。



「──秘密の部屋に」










 隠し部屋は、驚くほどあの時のままだった。

 相変わらずのひんやりとした空気と、石が敷き詰められた四角い部屋。


 本当に、俺が悪魔の魔導書を手に入れた日のまま。

 ほとんど人が出入りした形跡がない。

 恐らく、ここが一度開放されたことは、教会の人間には気付かれなかったのだろう。


「どうやら魔術的な意味合いの強い部屋のようですから、この場所には兵士たちもまだほとんど入っていないのですよ」


 ということは、捜査もほとんどされていないということか。


 俺はなんとなく部屋を見渡した。

 中央には、魔導書が封印されていた祭壇。

 その周辺には、あの日砕け散った黒い岩の破片が散らばっていた。


『……あそこに、魔導書があったのか』


 いきなり背後に現れた気配が、俺にしか聞こえない声を発する。

 振り向いた先には、バルバトスが祭壇を見上げて佇んでいた。


 俺はトルードさんに聞こえないよう、声を潜めて言う。


「……付いてきてたのかよ」


 いたのならもう少し存在感を出せばいいのに。

 まるで気配を感じないから、居ないのかと思っていた。


『当然だろう。ご主人サマは放っておくとすぐ無茶をするからな、使い魔としては気が気じゃないのさ』


「うるさい……」


 ふざけたような口調だが、心配しているのは本心なのだろう。

 ついこの間、死にかけたばかりだ。もう動いても問題ないとはいえ、本調子かと問われれば首を縦には触れない状態。

 使い魔からしたら、一人でフラフラされるのは不安なのかもしれない。


 ふと、俺は足元に視線を落とした。

 黒い石───破片が落ちている。

 俺は膝を付き、それを拾い上げた。


「……」


 意識を集中させれば、微かに魔力を感じる。

 前回は気付かなかったが、そういえば、これは……。


「これ、魔石ですよね?」


「正確に言えば、魔術結晶ですね」


 トルードさんに訊くと、そう返ってきた。


 手元に視線を戻す。

 確かに、それは魔術結晶だった。



 ───魔術結晶というのは、魔物から取れた魔石を加工したものだ。


 魔石とは、そもそも魔物の残留魔力の塊だ。

 だから中には魔力が詰まっている。

 その魔力を使って、魔石の中に魔術を閉じ込めた物が、魔術結晶と呼ばれる物だ。


 任意のタイミングで、魔術師でもない人間にも魔術が使えるということで、貴族なんかが護身用で持ってたりする。

 魔術師や冒険者の中にも、咄嗟に使えるというので重宝している人がいるとか。



「僕も少し調べてみて、そしてわかったことなのですが……どうやらこの散らばっている魔術結晶、全て封印魔術だったようなのですよ」


「……」


「そして、この破片一つ一つが違う魔物から採れた物……つまりここに封印されていた何かは、何重にも封印魔術を掛けられて厳重に保管されていたのです」


 厳重に保管……?

 その割にはかなり簡単に封印が解けたような……。


 しかし、この破片一つ一つが違う魔物から取れた物だったとは……。

 ということは、俺が大きな岩だと思っていたあれは、この魔術結晶の集合体だったのか。


「一体この場所に何があったのか……犯人は何を持ち去ったのか……」


 離れた所でトルードさんがブツブツ何か言っている。

 持ち去ったのは犯人じゃなくて俺なんだけどね……。


「いやしかし、事件があった日と、魔術結晶の状態から推測される封印が解かれたと思われる日が一致しない……。事件より前に、何者かが封印を解いたということなのでしょうか……?」


「……!?」


 そ、そんなことまでわかるのか!?


 俺はたまらずトルードさんに声をかけた。


「あの、誰かが持ち去ったとは限らないんじゃないですか? ほら、神父が直前にどこか別の場所に隠した可能性だって……」


「む、確かにそれもあり得ますね……。せめて何が封印されていたかくらいわかれば……」


 そう言って、彼は再び思考の海に潜ってしまう。

 俺は取り敢えずホッと息を吐くのだった。


「……お前は何か知らないのか? バルバトス」


 再び声を潜め、一連の流れを見てクスクス笑っていたバルバトスに問いかける。


『何か、とは?』


「ほら、そもそもなんで教会に魔導書が封印されていたのか、とかさ」


『さあ、知らないな』


 あっさりと答えるバルバトス。

 お前一応当事者だろうが……。


『そう言われてもな。そもそも私が最後に召喚されたのは、もう何百年も前の話で、気が付いたらお前に召喚されていた。その間に何が起きていたのかは、私にもわからんよ』


 以前バルバトスから聞いた話だが、彼女ら悪魔というのは、召喚されていない間は、意識は眠っている状態に近いのだという。

 召喚され、契約を結び、命令を聞き、そして再び眠りにつく。

 ……そう考えると、悪魔というのは人間にこき使われる為に生まれてきたのではないか、という気がしてこなくもない。


 バルバトスも人間の欲望のために、良いように使われてきたのだろうか。

 以前の彼女が、俺と頑なに契約を結ぼうとしなかった理由が、わかるような気がした。


『そういえば……オズ教会、だったか? ここの教会の名前は』


「ああ。そうだけど」


『私が以前召喚された時代にも、存在していたな。オズ教とかいう宗教が。今ほど力もなく、ちっぽけだったが』


 へえ。

 今や世界宗教のオズ教にも、そんな時代があったとは。

 まあ、どんなものも最初は小さな存在だったということか。


『奴らの信仰するオズとかいう女神も聞いたことはあるよ。まあ、自分たちの上位存在だというくらいだがな。会ったことはない』


 そういえば、こいつら悪魔って下級とはいえ神なんだよな。

 改めてとんでもない存在を使い魔にしてしまったものだ。


 そんなことを考えながら、部屋の中を見て回る。

 トルードさんが考え事に集中しているようなので、それくらいしかやることがなくなってしまったのだ。


「……ん?」


 と、俺はあることに気付いた。


 壁に敷き詰められた石の一つが、少し浮いているのだ。

 他の石がピッタリと嵌っているのに、その石だけが少しだけ───ほんの微かに前にはみ出している。

 ……何か、人為的なものを感じる浮き方だ。


 集中してみないと気付けないような差だった。

 この部屋はまだちゃんと調べられていないこともあって、誰も気付かなかったのだろう。


 俺はその石を触ってみた。

 押し込めそうにはない。何か引っかかってるみたいだ。

 今度は引っ張っみる。

 壁から石が引っこ抜けた。


 石が抜けた穴の奥に、何かが見える。


 (封筒……。中には……手紙?)


 奥にあったのは封筒だった。

 中から出てきた手紙らしきものを広げてみる。


「っ……!?」


 ───瞬間、俺は瞠目した。



(これは……!?)


 愕然とする。

 後ろから覗き込んでいたバルバトスも、興味深そうに目を細めた。


「? どうしかしましたか? クリアコード君」


 俺の様子に違和感を感じたのか、トルードさんが振り返る。

 俺は慌てて封筒ごと手紙をポケットにしまった。


「いえ、なんでもありません」


 努めて平静を装う。

 だが、頬を伝う汗までは隠せたかは自信がなかった。


「……」




 秘密の部屋に隠されていた手紙。

 そこには、こう書かれていた。







『アレン・クリアコード君へ


 近いうちにまた会いに行きます。

 楽しみにしておいて。

 

 PS.君が助けた銀髪の子がそろそろ目を覚ましま

   す。話を聞いておくこと


               ブロンディより』





 ブロンディ。

 金髪の、女性。


 ───それは、金髪女からの手紙だった。

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