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10.親友

1章45話でルフィナが言っていた『前科』の真相についての話。

「あのー……」


 デルタミヤ魔術学園、女子寮。

 その寮舎の隣に生えた大木に、二人の少年が吊るされていた。


 アレン・クリアコードとウェイン・クラーク。

 二人とも縄で手足を封じられ、ぐるぐる巻きの状態である。

 そして、そんな木に吊るされて時折ぷらぷら揺れる二人を、下から怖い目で睨みつけているのは、学園の女子生徒たちだった。


「そろそろ下ろしてもらえないでしょうか……?」


「だめ」


 ウェインが遠慮がちに訊く。

 が、返ってきたのは無慈悲な一言だった。


「覗きなんてしといて許されるなんて思わないでよね!」

「信じらんない! サイッテー!」

「すぐに先生に来てもらうから!」

「退学よ退学!」


 女子生徒たちが口々に非難の声を上げる。

 二人は身をすくてその言葉を受けるしかないのだった。




 透明の男を倒すため威勢よく女子寮へと突入していった二人だったが……。

 そこは男子絶対禁制の女の園。寮舎には、侵入してきた男子を排除する防衛魔術が仕掛けられていたのだ。


「……あんなシステムがあるなんて知らなかったんだが」


 ぷらぷら微かに揺れながら、アレンが遠い目をする。


 正面から扉を開けて突入した二人を待ち受けていたのは、過剰とも言えるセキュリティの数々だった。

 伸びる廊下、すべり台のように変形する階段、蛇のようにうねって襲いかかってくる太い縄。


 恐らく教師たちが全力で仕込んだであろう魔術たちが、アレンとウェインをこれでもかと打ちのめす。

 特に最後のうねる縄は強敵で、なすすべなく縛られ自由を奪われてしまった


 そして騒ぎを受けて駆け付けてくる女子生徒たち。

 状況的に見ればどこからどう考えても覗き魔の二人は、こうして制裁を受けることになってしまったのだった。


(こんなことしている場合じゃないのに……! どうしてこうなっちまったんだ……!)


 歯噛みするウェイン。

 そもそも、男子である二人が女子寮に突入するという作戦自体が色々と問題なのだが……。

 『学園を脅かす敵を打倒する』という使命に燃える彼には、そんなことに気付く余裕はなかった。


(これだけの騒ぎだ。透明男の奴にも気付かれちまう……!)


 しかし、二人の足元に集まっている女子生徒の中には、彼が肉体を奪っている腐女子先輩の顔はなかった。

 まだ気付かれていないのだろうか。だが時間の問題だろう。

 それに、既にここを離れている可能性もある。


 もしこの騒ぎに乗じて逃げ出されたりしたら……。

 奴を止める手段はなくなくってしまうだろう。


(とにかく、教師が来て余計に面倒なことになる前になんとかしないと……!)


「なんですかこの騒ぎは! 一体どうしたというのです!」


(さ、早速来やがった!?)


 最悪のパターンである。

 あまりに間の悪いその展開に、愕然とするウェイン。隣で吊るされているアレンは諦めたように肩を落とす。

 一人の女子がやって来た教師に状況を伝えると、その教師は厳しい目で二人を睨んだ。


「君たちは……一年生のクラーク君とクリアコード君ですね。付いてきなさい、話があります」


 教師が二人に向けて手刀を振る。

 魔力の刃が縄を断ち切り、二人は地面に墜落した。

 背を向けて歩き出す教師。

 アレンとウェインは一度顔を見合わせた後、トボトボとその後に付いて行くのだった。




      ◆




「だーかーらー! 俺たちは学園に忍び込んだ悪党を退治しようとしただけなんですって!」


「本当なんです! 信じてください!」


 連れて行かれたのは、生徒指導室。

 そこで待っていたのは、延々と続く説教だった。


 学園祭という大事な時期に騒ぎを起こすなんて、だとか。

 今後の成績に響く可能性もあるのに短慮過ぎる、とか。


 なんとか弁明しようにも、二人を叱る教師は聞く耳を持たなかった。


「まったく、そんなことがあるはずないでしょう! 嘘ならもっとマシな嘘にしなさい!」


「嘘じゃないんですって! 本当に先輩が操られて……」


「君たちはそう言いますけどね……。その女生徒の様子がおかしいだなんて話、聞いていませんがね」


 他の先生が様子を見ましたが、まったくおかしな所はなかったそうですよ。

 いつも通りです、とその教師は言う。


「そんな……」


「さあ、もう夜ですから部屋に戻りなさい。初犯ですから多目に見て、罰則は無しということにしておきますから。……ただし!」


 ギラリ、と教師の目が光る。


「決して部屋から出ないこと。使い魔を付けておきますからね。もし破ったら……わかっていますね?」


 その眼光の迫力に押され、二人は渋々と部屋に戻っていった。

 使い魔を通して二人がそれぞれの自室に入ることを確認してから、その教師はふぅっと息を吐いた。


「……これで、大人しくしてくれていれば良いのですけど」


 教師は天を仰いだ。

 そして、独りごちる。


「優秀なのは嬉しいことですが、今回ばかりは困りものですね……」


「まったくじゃのう」


 と、その呟きに応えるように、何もない空間から一人の老人が姿を現した。

 アイゼル・テスタロッサだ。


「まさか気付く生徒が、出てくるなんて……。二人には、少し申し訳ないことをしてしまいましたね……」


「ほっほっほっ」


 ───学園に忍び込んだ者の存在については、教師たちは皆既に知っていた。

 生徒に隠していたのは、騒ぎを大きくしない為。

 そして、不安を煽らないようにする為だ。


 しかし、気付く者がいたのは想定外だった。

 デルタミヤ学園の生徒は、一部を除いて優秀な者ばかりだが、優秀であるが故に、自らの能力を過信して、引き際を見誤ることが多い。

 今回もその典型だった。

 あのまま二人で突撃したとして、生きて帰ることができたかは……正直、怪しいところだろう。


「それで……学園長がお帰りになったということは、事件は解決したということでよろしのですね?」


「うむ。しかし……」


 結局、謎の男の素性についてはわからないままだった。

 彼を捕えるために動いていた教師によると、奴が使っていた術を強制的に解除させ、動けないよう縛ったのは良いものの。

 情報を吐かせようにも、教師たちの読心術は男には効かず、何か喋らせることは叶わなかったという。

 そして、アイゼルが現場に着いたときには、男は奥歯に仕込んでいた毒を飲み───。


「隙を突かれ、自害されてしまった。儂がもっと早く動けていれば、結果は変わったかもしれないが……」


 アイゼルは自嘲気味に笑う。

 かつて最強と謳われた魔術師も、老いには勝てない。

 彼を囲む者は皆、口を揃えてアイゼルを『老いてなお最強』と称えるが、自分の状態については、アイゼル自身がよくわかっている。


 魔力も体力も、年々衰えていく。

 若いままでいられれば。そう思ったことは、この十年の間に何度あったか。

 かつての友であり、そして自ら引導を渡した相手───ヴィルムリンド・バルドが永遠の命に執着した理由がわかった気がする。


(せめて、せめてあと二年……は、ちと欲張りすぎかのぅ……)


 ──彼はわかっている。わかってしまっている。

 自分に、あとどれほどの時が残されているのか。

 彼ほどの魔術師ならば、意識せずとも予感できてしまうのだ。


 何かとても大きな、邪悪な気配が蠢いている気がする。

 今回の事件など、まだその前兆に過ぎないのだ。

 しかし、いつかその気配と対決するときに、自分が生きていられる自信は──ない。



 ならば……育てねばならない。

 巨悪と戦う為に、自分に残された時を使い、生徒たちを立派に育てねばならない。


(何か……儂にできる、儂が未来に残せることをせねば……)



 俯いていたアイゼルが、顔を上げる。

 老人の目には、確かな決意の炎があった。




     ◆




「昨日は、酷い目にあったな……」


「まったくだ」


 若干ふてくされながら、アレンとウェインは祭りの場を歩く。

 昨日よりも活気溢れる学園祭であるが、昨夜の出来事のせいで、二人の心中は穏やかではなかった。


「あー! くっそー! イライラするぜ!」


 悪態をつきながらウェインが串焼きを貪る。


 女子には白い目で見られ、男子にはそのことでからかわれ。

 別にそんなつもりで行動を起こしたのではないというのに。

 人を救いたい、悪を止めたいという、ただ純粋な善意と正義感からの行動だというのに、その結果がこれだというのか。


 しかも事件自体は昨夜のうちに、いつの間にか解決していたというのだから、なおさら胸糞悪かった。

 件の先輩なんて、ケロッとしていたのだ。

 自分たちの昨夜の覚悟と行動は、一体何だったというのか。


「ケッ! ったく、どいつもこいつも、浮かれた面で歩きやがって……。俺たちの苦労も知らねーでよ……」


「はあ……ルフィナにも誤解された……」


「あーもう! やってらんねーぜ!」








 ───だが。


 結果はどうあれ、今回の事件でアレン・クリアコードとウェイン・クラークの間に、確かな友情が生まれたことは。

 そして、二人がそれを自覚したことは。


 今更、言うまでもないことだろう。

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