09.反撃開始
学園祭の一日目は終わった。
あれだけ賑わっていた祭りの場も、いまは森閑としている。
片付けのために、生徒や教師が数人ほど残っているだけだ。
ほとんどの生徒が寮に帰る中、アレンは一人図書館へと向かっていた。
───敵の使った奇怪な術の正体がわかった。
ウェインからそう連絡がきたのだ。
彼は目を覚ましてから、ずっと図書館で敵の使った術に関する情報を探っていた。
祭りをほったらかして、串焼きも買わず、劇も見に行かず。
ひたすら魔術書を読み漁っていた。
ほぼ無人の図書館。
やって来たアレンを見るなり、ウェインは待ってましたと言わんばかりに一冊の本を取り出した。
机の上で開かれた本、そこに書かれた一部を指差しながら、ウェインは呟いた。
「……アストラル体。それが、あの透明な男の正体だ」
───アストラル体。
それは、いわゆる精神体である。
厳しい修練を重ねることによって、肉体から精神を切り離すことを可能にする術。
切り離された精神は、まるで幽霊のようにあらゆる物体をすり抜け、物理的な接触を無効化する。
しかし、幽霊とは違って万人に視認可能なわけではなく、対幽霊用の魔術も効かない。
対処法は一つ。
精神が離れている間、肉体は無防備になる。
そこを叩く。それだけ。
「……アストラル体が他者の肉体に憑依している時間は決まっている。一日分だ。それ以上同じ肉体に憑依していることはできないし、途中で憑依をやめることもできない」
「……透明男が腐女子先輩の体を乗っ取ったのは、今日の昼過ぎ。明日の昼過ぎまでは、あいつは先輩の体を離れる事ができない、ってことか」
───ウェインの作戦はこうだった。
まず透明男を見つけ出し、拘束する。
相手は強力な魔術師ではあるが、肉体はひ弱な女子。男二人でかかれば不可能ではない。
次に、拘束した奴を暗示にかける。
どこかに隠れているであろう、無防備な本体を見つけ出して───どうにかする。
「どうにかってのは、つまり……無力化するってこと。縄で縛ったり、どこかに閉じ込めたり……場合によっては……」
「……」
───その口調は、まるで。
まるで、二人だけで。
教師には何の相談もせず、自分たち二人だけで決着を付けようとしているように、聞こえた。
「……駄目だろ、それは」
「……」
ふるふると首を横に振る。
「危険すぎる。昼間、二人で戦って、負けたんだ。リベンジしたって勝てるわけない」
「あの時は不意打ちを食らったから負けた。今度はそうはいかない。今度こそ、勝つんだ。俺たち二人なら……」
「───駄目だ!」
アレンは声を荒げた。
普段なら司書の鋭い視線が飛んでくる所だが、丁度席を外しているのか、それはなかった。
「先生たちに相談するべきだ。あいつは、俺たちの手には負えない」
相対したからこそ、解る。
奴は、強い。
───殺せたはずだった。
自分たちは敗れ、敵の前で気絶して無防備な姿を晒した。
だが、敵は殺さなかった。
殺せたはずだったのに、殺さなかった。
ただの偶然だった。殺されずに済んだのは。
敵が先を急いでいたから、自分たちは見逃された。
───それがなければ、死んでいた。
「勝てないよ。無理だ、勝てるわけない。……先生たちに相談するんだ。それが賢明だろ」
「駄目だ。事が大きくなる」
「なんで大事にしちゃいけないんだ!」
再度、声を上げる。
「たった二人で挑んでみろ! 死ぬぞ!? 間違いなく負けて、そして死ぬ!」
「……」
「友達を死なせたくないんだよ!」
その言葉を聞いて、ウェインは。
にへらっ、と笑った。
「な、なに笑って……」
「いや、ようやく『友達』って認めてくれたんだなって」
そう言われ、アレンはぐっと言葉に詰まった。
流石に誤魔化せないと思ったのか、開き直る。
「そ、そうだよ! お前は俺の友達だよ! だから危険な目には合わせたくないんだよ!」
「ん、そう思ってくれるのは、ありがたい。でもな……」
アレンの目を真っ直ぐに見つめ、ウェインは言った。
「俺は、この祭りを中断させたくない」
今日、ウェインはたくさんの人を見た。
学園祭を存分に楽しむ、大勢の客を見た。
──彼らの笑顔は、止めさせない。
こんなつまらないことの為に、皆が楽しみにしていた祭りを中断させるなんて……そんなことは、あってはならないのだ。
「だから、この件はあくまで俺たちだけで片付けなきゃいけない。先生たちには知らせず、大事にせず」
「死ぬぞ……たった二人じゃ……」
「たったじゃねぇだろ、二人もいるんだ。一対一じゃ負けたが、二人なら負けない」
すっ、と。
ウェインは手を差し出す。
アレンは差し出された手と、ウェインの顔を、交互に見た。
「俺を死なせたくないって、言ってくれたよな」
頷く。
……少し、躊躇いがちに。
「だったら、俺と来てくれ。俺は一人でもあいつを倒しに行くけど、一人だとたぶん死ぬ。でも、二人なら倒せる」
「……脅迫かよ」
アレンはため息をついた。
要は、『お前が来なきゃ死ぬ』と言っているようなものじゃないか。
そんなの、放っておけるわけがない。
「……仕方ないな。そんな風に言われたら、断れないじゃないか」
アレンは差し出された手を掴んだ。
「行くよ。友達見殺しにはできないからな」
「……上等!」
二人は立ち上がった。
並んで図書館を出ていく。
◆
同時刻。
学園長室にて。
アイゼル・テスタロッサは、窓から静かに外を眺めていた。
「……さて、リーム」
ふと呟く。
背後の暗闇に呼びかければ、何かが動く気配。
「君に一つ、頼みたいことがある」




