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08.星幽は空に嗤う

 閃光が迸り、ウェインの体が大きく吹き飛んだ。


 「ウェインッ!」


 大きく吹き飛ばされ、地面を転がる。

 アレンは動かないウェインに駆け寄った。


 ───息はある。

 が、至近距離で魔弾を受けたためか気を失っているようだった。




「……殺す気で撃ったが、やはりこの肉体では大した威力は出ないな。これだから占い師は困る」


 聞き覚えのある女の声がした。

 が、喋り方が自分の知っているものとは違う。


 弾かれたように顔を上げる。

 無感動な瞳の女子生徒が立っていた。

 



 ───どうして気が付かなかったのか。

 アレンは歯がみした。


 気配の『質』が途中で変化した理由。

 気配はあるのに姿は見えなかった理由。

 それらを考えれば、おのずと答えは見えてくるはずだったのに。


(透明男は、腐女子先輩に乗り移っていた……!)


 何の魔術なのかはわからないが、その肉体に憑依し、操っていた。

 奴の気配が途中で変わったのは、無意識に憑依先の気配まで感じ取ってしまっていたからだ。



 動かないウェインの体を地面に横たえ、アレンは立ち上がった。

 女子生徒──いや透明男は近づいてくる。


「見たところ、俺の姿を見たのはお前たち二人だけのようだな。ならば、お前たちさえ始末すれば、それで終わりということだ」


「……」


「正直、見破られるとは思っていなかったよ。おかけで、せっかく騒ぎを起こしたというのに、まったくの無駄骨になってしまった」



 透明男の言葉を聞きながら、しかしその声はアレンの耳を通り抜けていた。

 言葉の意味はわかるのに、内容が頭の中に残らない。

 彼の脳内は、別のものに支配されていた。


 心の奥底から、ふつふつと湧き上がるものがあった。

 それが『怒り』だということに気付くには、少しばかりの時間を要した。


 足元に横たわる少年を見下ろす。


(ああ……)


 自分は今、怒っている。

 久しぶりに、怒りに燃えている。


 理由は一つ。

 友を、傷付けられたからだ。


 存外、自分はこの少年のことを憎からず思っていたようだ。

 好いていた、と言ってもいい。

 この無神経で遠慮を知らない男のことを、知らずのうちに気に入っていた。


「……む?」


 鋭い目で睨みつけてくるアレンを見て、透明男は片眉を上げた。

 そしてニィと笑う。


「その目……この俺に立ち向かってくる気か。そこに転がっているお友達を連れて逃げ出せば、見逃してやるぞ?」


「……友達を傷付けられて、『はいそうですか』って尻尾を巻いて逃げられるかよ」


 そうは言うものの、アレンの背には冷や汗が流れていた。


 威勢よく啖呵を切ったのは良いものの、実際勝てる見込みは少ない。

 なにせ、自分は《学園最弱》だ。

 才能も何もない。何をやっても最底辺の、三流魔術師。


 そして、アレンの実力の低さは、敵も既に看過しているようだった。


「威勢の良さだけは褒めてやる。だが、お前に何ができる? 俺を追跡している間も、馬が暴れている時も、お前は簡単な初級魔術しか使わなかった。……大方、それ以外は使えないのだろう?」


 やはり、バレている。

 だが、今更止まれない。


「確かに俺は魔術師としては、三流だ。でも……それならそれで、他にやりようはいくらでもある!」


 全身に魔力を通し、筋力を強化。

 脚に力をみなぎらせる。

 一瞬体が沈み込み、次の瞬間、飛び出す。


「ッ、ハッ───!」


 拳を打ち出す。

 相手は危険な奴だが、その肉体は罪のない女子生徒ものだ。

 下手に傷付けることはできない。特に顔なんて、なおさらだ。


 だから狙うのは鳩尾(みぞおち)

 人体の急所の一つであり、そこを殴打されれば呼吸困難に陥ることもある。


 そこを的確に突き、相手の動きを止める。

 特別な格闘技術を修めている訳ではないが、強化された体ならば、このくらい───。



「!」


 パシッ、と乾いた音が響いた。

 打ち出した拳が、最低限の力で払われた音。


 アレンの顔が驚愕に染まる。



「魔力に肉体強化、そしてそれを用いた近接格闘……。咄嗟に思い付いたにしては上出来だ。この体は筋力の弱い女の体。接近戦に持ち込まれたとなれば、確かに少々分が悪い。だが……」


 ガンッ、と頭が重い衝撃で揺れた。

 顎を殴られた。そう思った時には、既に足がふらついている。


 まずい。咄嗟に拳を振る。

 が、敵は上体を反らして、いとも簡単にそれを避けた。


「俺をあまり舐めるなよ。そんな速いだけで素人同然の動きなんて、見切るのは容易い」


 ──そこから、透明男の猛攻が始まった。



 まずは額を打たれた。

 思わず大き仰け反る。


 がら空きになったボディに一発。

 鋭いフックが痛みと共に意識を刈り取ろうとする。


(来る──!)


 直感で顔面をガード。

 が、そのガードの上から連続で降り掛かる拳。

 なんとか凌ぐが、徐々に押されて後退する。


 隙の無い動きだ。カウンターを狙う暇もない。

 下手にカウンター狙いでガードを崩そうものなら、その瞬間に敗北が確定する。

 そう思うほどに、敵は強かった。


 非力なはずの女子の体で、ここまでの強さ。

 考えたくもないが……この敵は、魔術だけでなく、格闘術まで習得しているのだ。



「ぶっ……!?」


 みぞおちを打たれる。

 強い衝撃に呼吸が止まった。

 前屈みで腹部を庇い、数歩後ずさり。


 風を切る音。鞭のようにしなる脚が、視界に映る。

 鋭いローキックが腿を打ち抜いた。

 脚から力が抜け、ガクンと膝を付く。


「……っ、!?」


 立てない。

 力が入らないのだ。


「発想力は悪くないが、致命的に実力が足りていないな。所詮は三流、大して脅威にもならない」


 ゆっくりと、近づいてくる足音。

 視界が揺らいでいる。聴こえてくる声も、どこかぼんやりとしていて上手く聞き取れない。


「念には念を入れて始末しておきたい所だが……この肉体では、魔弾でも威力が出せない。息の根を止めるのには時間がかかる」


 足音が止まった。

 ほぼ無意識に顔を上げる。


「無駄な時間がかかるからな、命は取らないでおいてやる。感謝しろ」



 直後、即頭部に衝撃。

 こめかみに蹴りを打ち込まれ、アレンの意識は途絶えた。




      ◆




 ───『彼』は、図書館の入り口に立っていた。


 本来ならば、馬を発狂させて騒ぎを起こした後、すぐにここに来るはずだった。

 生徒や教師たちの意識がそちらに向いている間に、この図書館に侵入する。

 それが、『彼』の目的だった。


 予想外の二人の乱入によって、少々計画が狂ってしまった。

 が、大した問題ではない。

 いまだ人々の意識は、暴れ馬事件の方へと向いている。あの二人のせいで少しばかり時間を食ったが、計画に破綻はない。



 『彼』は図書館に足を踏み入れた。


 学園祭中も、図書館は開放されている。

 が、祭りの最中にわざわざこんなところまで来る生徒などいない。

 一般客もそうだ。魔術の本など、彼らにとっては意味のわからないものばかり。読みたいとは思わないだろう。


 案の定、図書館の中に人気はなかった。

 ただ一人、司書だけが椅子に座って本を読んでいる。


 司書がこちらに気付き、少し驚いたような顔をした。


「あら……? 珍しいですね。学園祭中に、ここに人が来るなんて」


「……ええ。少し、静かな所に来たくて」


 言いながら、『彼』は心中で顔をしかめた。

 この術による憑依は何度も繰り返したが、女の言葉はやはり慣れない。

 追手の二人に抵抗するためとはいえ、女子生徒の肉体を使ったのは失敗だった。


「ふふ、私も。騒がしいのはどうにも慣れないの。だから、学園祭の間はずっとここにいるつもりなんです」


(ずっと、か……)


 それは、面倒だ。

 『彼』の目的は、この図書館の禁書庫に保管されている『とある本』を盗み出すこと。

 司書の存在は邪魔になる。


 本来の計画では、司書である彼女の肉体を乗っ取るはずになっていたのだ。

 だが、この憑依の術は、ポンポンと憑依先を変えられるものではない。

 一度取り憑けば、しばらくはその肉体に縛られてしまう。


 禁書庫に忍び込む為には、司書の持つ鍵が必要だ。

 いや、最悪、扉は強引にこじ開ければ済む。

 ───まずは、上手く彼女を追い出さなくては。


「……せっかくのお祭りなんですし、先生も少し外を見てきては? 私はここにいますから、後のことは気にしなくても……」


「ふふ、遠慮しておきます。貴女たち生徒にとっては限られた回数の特別な行事なのでしょうけど、私はもう何度も経験してるもの。その上で、ここに引きこもってるのよ」


「そう、ですか……」


 『彼』は舌打ちを呑み込んだ。

 追い出すことはできそうにない。

 何か、他の手段を考えなければ。


「……少し、本を見てきます」


「ええ、行ってらっしゃい」


 にこやかに微笑む司書に背を向け、『彼』はその場を離れた。

 本を読みに行くふりをして、適当な書架の影に隠れる。

 そして、そこから司書の様子を伺った。


「……」


 彼女は既に読書に戻っていた。

 こちらを気にしている様子はない。

 もう少し時間をおけば、完全に油断するだろう。

 そこを狙えば─────。







「おやおや、珍しいのう。学園祭の最中に生徒がここに来ることなど、ほとんどないのじゃが……」


「!」


 背後から、しわがれた声がした。

 『彼』は咄嗟に振り向いた。

 そこには、豊かな白い髭を蓄えた一人の老人。



(ア、アイゼル・テスタロッサ……!?)



 思わず、『彼』の背中を冷や汗が流れた。


 アイゼル・テスタロッサ。

 この学園における、一番の危険人物。


(一切の気配がなかった……! 一体いつの間に……いや、それよりも……これはまずい……!)


 決して遭遇してはいけない相手だった。

 この老人は底が知れない。年老いた今でさえ、当代一の魔術師の名をほしいままにする人物。

 宮廷魔術師を引退して教育に身を置いているが、それでもいまだ国の中枢に強い発言力を持っているという噂もある。


 とにかく、危険な相手だ。

 下手にこのまま接していれば、正体を見破られる可能性すらある。


「す、少し、休憩に……」


「おおそうか! 実は儂もなんじゃよ。祭りは楽しいものじゃが、あまり羽目を外してはしゃぐのは、老体にはちと堪えてのう」


 アイゼルは『彼』から視線を外し、後ろの本たちを見た。


「読書をするのかの?」


「あ、いえ、なんとなく見てただけで……」


「ふむふむ……」


 ふと、アイゼルが目を合わせてきた。

 青い、透き通った瞳。

 『彼』は、心の奥底を見透かされるような、本能的な恐怖を感じた。


 今すぐここを離れなくては。

 どちらにせよ、アイゼル・テスタロッサのいるこの場では、計画を実行することはできない。


「わ、私、もう行きますね……」


「おや、もう行くのか」


「ええ、本当、ちょっと立ち寄ってみただけなので。もう十分に休憩しましたから」


 苦し紛れの言い訳だった。

 アイゼルは好々爺然とした笑みを浮かべる。


「そうかそうか、若い体(・・・)は羨ましいのう」


「!」


 その言い方に何かを感じた『彼』は、逃げるように図書館を出て行った。


「学園祭、存分に楽しんでおくれ」


 ───背後からの声に振り向くことはできなかった。








 『彼』がいなくなった後、司書がアイゼルに気付いて声をかけた。


「あら、学園長先生。いらしてたんですか?」


「うむ。少し疲れてしまってのう。すまないが、少しの間椅子を貸してもらえると助かるんじゃが……」


「勿論ですよ。どうぞ」


 よっこらせ、とわざとらしい掛け声と共に、アイゼルは近くにあった椅子に歩み寄り、それに腰掛けた。


「少し歩いただけで疲れてしまう……。まったく、歳は取りたくないものじゃのう……」


「そんなこと言って。まだまだ元気でお若いじゃないですか」


「いや、自分の体のことは自分が一番よくわかっておるよ」


 そこで、司書はさっきまでいた女子生徒がいなくなっていることに気が付いた。


「あら、あの子は……?」


「あの女子生徒なら、少し前に出て行ったよ。もう十分に休んだ、とね」


「もうですか? さっき来たばかりなんだから、もう少しゆっくりしていっても良いのに……」


「まあ、それだけ若いということじゃろうなあ。ああ、それか───」



 ───アイゼルは目を細め、静かに笑った。

 どこか含みを持たせた笑みだった。




「『目当ての本』が無かった、といった所かのう……」

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