05.裏側の事情
時刻は昼前。太陽は中天へ。
学園には更なる客が訪れ、賑わいは最高潮になっていた。
両手いっぱいの荷物を、食べるなり寮の部屋に置いてくるなりして、なんとか片付けた二人は、再び祭りの場に戻ってきた。
アレンはどうやら貯金を切り崩してきたらしく、午後も楽しむ気いっぱいのようだった。
(人混みは嫌だ嫌だ言ってたくせに……)
が、ここまで楽しげな表情のアレンを見るのは初めてだった。
今まで見たことのなかった友人の素の一面をようやく見ることができて、ウェインは思わずクスリと笑みを零すのだった。
「……なんだよ」
「なんでもない。あ、俺ちょっとトイレ行って来るわ」
「おう。じゃあ、その辺で待ってる」
アレンと別れ、設置された公衆トイレへ。
流石の賑わいで、便所も男女問わず相当混んでいた。
か、近くには他に用を足せる場所はない。仕方なく最後尾に並ぶ。
少し時間はかかってしまったが、無事用を足し終えたウェインは、アレンの待つ休憩所へと向かう。
その途中だった。
前方から歩いてきた女性と、ぶつかってしまったのだ。
「……おっと、悪いっすね」
「いえ……」
相手が細身の女性だったこともあって、ウェインは素直に詫びた。
女性はぶつかった衝撃で少しよろめいたが、転ぶこともなく答えた。
「……」
相手は学園の生徒ではない。
彼女が着ているのは、学園の制服ではなかった。
少し、変わった格好の女だった。
もうすぐ夏になるとはいえ、日差しはまだそれほど強くはない。
だというのに、目の前の女はフードを目深に被っていた。
「……何か?」
「あ、いえ……」
とっさに答えてしまったウェインだったが、すぐに彼の中の女好きな一面がその判断を咎めた。
ぶつかった時にチラリも見えた、女の顔。それは、かなり整ったものだった。
さらりとした長い金髪に、宝石のような碧眼。目鼻立ちはすっきりとしていて、肌は驚くほど白い。
思わず息を呑むような美貌だった。
次の瞬間には、考えるまでもなく言葉が口から出ていた。
「あー、あの、明日も祭りに来たりします? もしよかったら、あの、俺暇なんで一緒にどうかなーって……」
ウェインはそう言うなり心中で頭を抱えた。
なんて下手な誘い方だ。自分らしくもない。
これじゃあ、まるで素人じゃないか。
女はクスクス笑う。
「あら、ナンパかしら」
「う、ウッス。それで、お返事もらえると嬉しいんですが……」
その時だった。
「───おいテメェ、お嬢に何してんだ」
地の底から響くような声。
信じられないほどの怪力で肩を掴まれ、無理やり後ろを振り向かせられる。
振り向いた先には、見上げるほどの大男。
獅子を思わせるようなザンバラの髪と、筋骨隆々とした肉体。
そこそこ身長のあるウェインが見上げるほどの体躯なのだから、その長身はかなりのものだ。
「何してんだ、って聞いてんだろうが」
襟首を掴み上げられる。
足が地面を離れ、ようやく目線が同じ高さに。
だが、その苛烈な瞳と目を合わせることなどできそうになかった。
(怖えええ!! こんな連れがいるなんて聞いてねえぞ……!?)
「イポス、そこまでよ」
女の声を受け、イポスと呼ばれた大男は渋々といった風にウェインを下ろした。
女はにっこり笑ってウェインを見る。
「ごめんなさいね。明日は予定があるの」
「あ、そっすよね。あは、あはははは……」
もうこれ以上この場にいたくない。
イポスの視線が怖すぎるのだ。
「じゃ、じゃあ俺はこの辺で。失礼しましたー……」
ウェインは逃げるようにそそくさとその場を後にした。
「……お嬢、俺は反対ですぜ。アイツを───ウェイン・クラークを俺たちの計画に加えるのは」
ウェインが去った後、イポスは苦々しい顔を浮かべて傍らの主を見やった。
『お嬢』はクスリと笑う。
「あら。でも、彼の力は大きな助けになるわ。ヴィルムリンド・バルドを倒すためにも……その先の『彼ら』に立ち向かうためにも」
それに……と続ける。
「彼はアレン君の親友になる男だもの。私たちの勝利のためには、アレン君の存在は必要不可欠。そうなれば、必然的にウェイン君も付いてくることになるわ」
「ですがね……。アイツは危険だぜ、お嬢。そもそもの話、ウェイン・クラークがアレン・クリアコードに近付いたのは──」
「ストップよ、イポス。こんな人混みの中でするような話じゃないわ」
イポスは咄嗟に口をつぐんだ。
『お嬢』はスタスタと歩き出す。
イポスはその背中を追った。
「そろそろ出て行きましょうか。あまり学園に長居して、貴方の存在がバレてしまっても困るし。きっと色々と面倒なことになるもの」
「……アレン・クリアコードには接触しなくていいんですかい?」
イポスは前を行く女の背中に問いかける。
「それはまだ早いわ。彼にはもっと──あと一年くらい、じっくり追い詰められてもらわないと。……それくらいじゃないと、彼は悪魔召喚なんてしない。そういう『未来』は既に『視た』じゃない、私たち」
「ああ……そうでやしたね」
「それまでは、私たちで魔導書を守らなくちゃね」
まあ、今回だけは違うのだけど。
そう言って笑う。
「───教会の一冊は、まだ『彼ら』にはバレていない。学園の図書館にある一冊は、厳重に保管されている」
「……とはいえ、こんな祭の中じゃあ、多少は警備も手薄になっちまうって訳か」
「人が集まるものね。良からぬことを企む人間が紛れ込んでしまうのも、仕方のないことだわ」
今回のこれは、学園の中で起きる事件。
自分たちには、手出しができない。
だから、今回だけは彼らに頑張ってもらおう。
悪魔の魔導書を守るため、あの二人に。




