04.開幕、学園祭
────《偉大なる魔術師たちを称える祭り》。
デルタミヤ魔術学園で、一年に一度開催される祭りだ。
この行事の歴史は古い。
ルーツを辿って行けば、その歴史は二百年以上。
魔術学園がまだ学園ではなかった頃───つまり、この場所が教育機関ではなく、迫害され住処を追われた魔術師たちが集まるコミュニティだった頃から続いている。
過去を生き、時代を築き上げてきた英雄たちに思いを馳せ、彼らに感謝の意を示す。
それがこの祭りの趣旨。
───というのは建前で、近年では参加者が好き勝手楽しむだけのただのお祭りと化している。
要するに、学園祭だ。
開催期間は二日間。校舎には豪華な飾り付けが施され、校庭には有志の生徒による屋台や出し物が並ぶ。
普段は生徒教師以外は立入禁止の校舎内も、この日だけは一般開放されており、毎年祭りを見るために離れた街の人々も大勢やってくる。
そして、今年も例に漏れず、学園祭は大賑わいだった。
学園祭、一日目。
敷地には沢山の屋台が出ている。
見たことのないほど大勢の人が学園に集まり、どこもかしこもワイワイガヤガヤと騒がしい。
ウェインは屋台で買った串焼きを両手に持ち、ニコニコ顔で出し物の並ぶ校庭をぶらついていた。
その少し後ろにはげんなりした顔のアレン。
二人で喧騒の中を行く。
串焼きを頬張りながら、どこか疲れた顔をしてとぼとぼ歩くアレンを、ウェインは振り向いた。
「もっと楽しそうな顔して歩けよ〜。せっかくの祭りだぞ? 楽しまなきゃ損だろ」
「人混み苦手なんだよ……」
田舎村の出身であるアレンは、いまだに大勢の人混みに慣れることができていなかった。
入学から一ヶ月。学園の集会などである程度耐性が付いたと思っていたが、どうやらまだまだだったらしい。祭りに集まった人々の中を歩くのは、どうにも慣れない。
「もぐもぐ……なんだよ、そんなに嫌なら部屋にいればよかったのに。もぐもぐ……」
「どこかの誰かさんが、これでもかとしつこく誘いに来るから、仕方なく出てきてやったんだろうが……!」
串焼きを咀嚼するウェインを、アレンはじとっと睨めつけた。
───祭りが始まる一週間前から、ウェインはしつこくアレンに「一緒に祭りを回らないか」と誘いをかけ続けていた。
最初こそ誘いを断っていたアレンだったが、休み時間だけでなく食事中や、果ては部屋にまで突撃されては、流石に折れるしかなかった。うっかり鍵をかけ忘れようものなら、そのまま室内にまで入ってくる勢いだったのである。……というか、実際勝手に入ってきた。
仕方なく、初日だけ付き合うという約束で、こうして一緒に祭りを歩いて回ることになったのだ。
「……本当に今日一日だけだからな。明日は予定があるんだからな」
「わかってる、わかってる。アレだろ? あの幼馴染の……ミラーさんだっけ? あの子と一緒に回るって先約があったんだろ?」
「ああ。……そういや、アイツなんで人混み平気なんだ……? 故郷は同じなのに……もう慣れたのか……?」
難しい顔をしてぶつぶつと呟くアレンに、ウェインは手に持った串焼きの片方を、ずいっと差し出した。
いきなり眼前に現れた串焼きに、思わずのけぞるアレン。
「うわっ……おい、危ないだろ」
「そうカリカリすんなって。ほら食えよ、奢りだ」
そう言ってアレンに串焼きを手渡し、自分は先程まで食べていて食べかけにかぶりつく。
何の肉かは知らないし、興味も無いが、値段の割には肉厚だ。香ばしいタレがよく絡んでいる。
「うん! 美味い!」
口の端に茶色のタレを付けて笑うウェインを見て、アレンは串焼きを一瞥すると、一口かじった。
確かに美味かった。屋台売りの飯も結構イケる。
「確かあっちの方に揚げ物とかあったな……。他には魚とか……。あ、あと焼き果物だとかの甘いやつもあったぞ。いやー、楽しみだなぁ」
「全力で楽しんでるな」
「そりゃそうだろ。だって来年は無いんだぜ、学園祭」
「む……」
来年──つまり、アレンとウェインが二年生の年。
学園創立二百年の年だ。
記念式典と時期が被るからという理由で、そして予算的な理由で、来年は学園祭が無いのだ。
ということは、アレンとウェインの世代の生徒たちは、学園祭を楽しむ機会が一回分少ないということになる。
「じゃあ、楽しまなきゃ損じゃねぇか」
「まあ……そうだな」
「わかってくれたか? では行こうじゃないか、友よ」
「お前と友達になった覚えはない」
そろそろお決まりのパターンになってきたやり取りを経て、二人は串焼き片手に歩き出す。
心なしか、先程までは重く見えたアレンの足取りも、今は軽いように感じられた。
それから二人は、思う存分学園祭を楽しんだ。
アツアツでホクホクの揚げ物、魔術で細かく砕いた氷に蜜をたっぷりとかけた氷菓子、脂の乗った焼き魚……。
田舎者のアレンには見たことのないような食べ物も多々あり、どれも目移りしてしまうほど美味しそうだった。
「……買い過ぎたか?」
両手いっぱいに、食べ物やら屋台の景品やらを抱えたアレンが、ぽつりと呟いた。
楽しむのは結構なのだが、少々ハメを外し過ぎた感がなくはない。
祭りは明日もあるというのに、これでは所持金に不安が……。
「別に良いじゃねぇか。金に余裕を持たせても、スリに遭ったら元も子もないぜ。どうせ楽しむなら使い切っちまえよ」
「でも明日ルフィナと祭りを回るってのに、素寒貧じゃあ情けなさ過ぎるだろ……」
「あー、まあ女の子の前で示しが付かねぇってのはなぁ……」
少しブレーキかけるか、などと話しながら歩く。
喧騒を離れ、休憩のため祭りの敷地の隅の方へ。
と、そんな二人に声をかける者が。
「ちょっと……ねえ君たち、ちょっと良いかな?」
甲高い女の声だった。
二人同時にそちらを向く。
そこにあったのは、一つの小屋だった。
濃い紫色のカーテンがかかった、小さな小屋。
近くには食べ物の屋台も、出し物の小屋も他には無いというのに、そこにだけポツンと一軒。
中にはフードの付きのローブを着た女子生徒が一人いるだけだった。
授業などでは見たことのない顔だ。ということは、同級生ではない。
二年生か、三年生か。どちらにせよ先輩だ。
(占い屋か……)
小屋の外観から何の店かを悟ったウェインは、どこか遠い目をした。
───占いとは、立派な魔術師の仕事の一つである。
無論、学園にも占いの授業はある。
あるのだが……。
……その占い学の担当教師が、変人なのである。
やせ細り腰の曲がった老婆なのだが、この老人がなかなか性根が悪い。
何が楽しいのか、どうにかして占いの結果を悲劇的なものにこじつけようとしてくるのだ。
やれ近い内に病気をするだの、親しい人間に悲劇が訪れるだの。そういった占い結果を生徒に告げて、喜んでいる節すらある。
元より占い学に興味のなかったウェインは、彼女の授業は初回で見限った。
が、どんな変人でも波長が合う相手はいるようで、一部の生徒からは評判が良かったりもするのである。
その『一部の生徒』も往々にして変人ばかりなのだが。
恐らく、この女生徒も例に漏れず変人なのだろう。
そう判断したウェインは、声掛けを無視してそそくさと去ろうとする。
が、馬鹿が一人引っかかった。
ふらふらと屋台の方へ釣られていく。
「俺たちに何か用ですか?」
ナチュラルに会話を始めてしまう友人に、ウェインは思わずため息をついた。
アレンは、ウェインの女好きな面に苦言を呈してくることがあるが、これに関してはお互い様だとウェインは思っている。
ウェインは確かに女性が好きだが、一応相手は選んでいるつもりだ。そういう意味では、相手が何者だろうと自然にお近づきになるアレンの方が見境無しである。
たとえ本人にそんな意図がなくとも、タチが悪いことに変わりはない。アレンがあまり自分からは女性と接触しない性格なのが唯一の救いか。
「そうそう、せっかくの学園祭だっていうのに、彼女も連れずに男二人で寂しさを紛らわせているそこのお二人さん。あ、もしかしてそういう関係だったりする? だったらゴメンナサイ、気が利かなくて。私個人としては別にそういう間柄でも問題ないっていうかむしろ大歓迎なんだけど……。あ、誤解しないでね、私いつもはこーゆーのは創作物限定で、ナマモノはなるべく妄想避けてるんだけど、でも二人からは何か不思議なものを感じちゃってね。にぇへへへ……」
「……。で、用って?」
なにやらよく分からないことを──理解したくもないが──早口でまくし立てる女生徒に、「案の定変人じゃねえか……」と内心げんなりしながら、ウェインはアレンの後ろから近付く。
「あ、そうだった。ねえねえ、ひょっとして今って暇だったりする? 食べ物目当てにあちこちぶらついていたけど屋台のご飯はあらかた食べ尽くして、アテもなく彷徨ってたりする?」
そう言いながら、女生徒は水晶玉を取り出す。
「もしよかったら、占ってあげよっか? 本当はお金取るんだけど、あんまりお客さん来ないからさ〜」
(そりゃ場所が悪いからだろ)
辺りを見渡しても他に屋台はない。
商売敵がいないのはいいのだが、そもそも客が来ないのでは話にならない。
偶然ウェインたちが通りかからなければ、誰もこんなところ来なかったのではないだろうか。
「そういう訳だからさ、私も暇なのね。だから、特別にタダで占ってあげる。暇つぶしに付き合ってくれるお礼にさ」
女生徒はちょいちょいと手招きする。
関わりたくない。
ウェインは直感的に思った。
「せっかくですけど、お断りさせていただきますよ、先輩。ひとまず、この両手いっぱいの荷物をどうにかしたいんでね」
「あら、そう? 残念」
女生徒はつまらなそうに頬杖を付いた。
「面白そうだと思ったのになぁ。特に君なんて、さ」
ウェインを指差し、笑う。
「私って、占い師の才能あるみたいでさ。見た瞬間わかっちゃうんだよね。あー、この人持ってるなって。そういうさ、特別な星の下に生まれた人、わかっちゃうんだ」
「……」
「君も、随分と特殊な身の上だよねぇ。詳しくはわからないし、君自身が隠したがってるみたいだから黙っておくけど」
ウェインは心中で舌打ちした。
これだから占いは嫌いだ。
人が必死になって隠し通そうとするものを、息をするように簡単に暴き立ててくる。
どれだけ過去の事であろうと、誰一人として知りもしないことであろうと、彼ら彼女らの手にかかれば、いとも簡単に真実は明らかになってしまう。
───それは、なんとしても避けなければいけないことなのに。
「……もう、いいですかね」
「ああ、ごめんなさいね、引き止めちゃって。じゃあ、学園祭楽しんでねー。バイバーイ」
戸惑うような表情を浮かべているアレンに、短く「行くぞ」とだけ行って、ウェインは歩き出す。
アレンは何か言いたそうな顔をしていたが、黙って彼の後を追った。
「あ、そうだ」
「まだ何か?」
女生徒の声にうんざりした顔をしながら振り向くウェイン。
そんな彼に占い師は言うのだった。
「君たち二人共、馬には気を付けてね。なんか、ちょっとヤバそうなのが見えるから」




