03.アレンとウェイン
(────嫌なものを見ちまった)
ウェインは、自分を運の良い人間だと思っていた。
そう思い込まなければ運気は寄って来ない。それが彼の運というものに対する考え方だった。
が、今回ばかりは運が良いのか悪いのかわからなかった。
不快な現場を見てしまった、という意味では不運だったが。
この現場を押さえられた、という意味では幸運かもしれなかった。
「……はぁ」
木の影に隠れながら、ウェインはそっと息を吐いた。
まだ校舎の形や各施設の位置関係を覚えきれてなくて、図書館を目指していたつもりが何故か見当違いの場所に来てしまって。
そんなこんなでオロオロウロウロと彷徨った挙げ句、ようやく目当ての場所に辿り着くことが出来たのだが────。
(……本当、嫌なものを───不快極まりないものを、見てしまった)
はあ、ともう一度息を吐く。
今度は、呆れと少しばかりの憤りの感情が込められていた。
嫌なもの。
それは、クレイグ・クレイグが取り巻きたちと共に、アレン・クリアコードに暴力を振るっている、その現場だった。
ご丁寧に、誰にも見つからないように対策した、人気のない図書館の裏の林の中での犯行だった。
もしウェインが道に迷って変なルートで図書館を目指さなければ、こうして現場を押さえることもできなかっただろう。
「……」
木の影から頭だけを出す。
降りかかる拳と魔術に、必死に抵抗するアレン。
が、多勢に無勢。おまけに大して高くもない彼の実力では、抵抗などあって無いようなものだ。
振り抜いた拳が顎を撃ち抜き、蹴りが腹に突き刺さる。
よろめいたところに、駄目押しのように襲いかかる魔弾の雨。流石にわきまえているのか、全て麻痺魔弾だったが、それでもかなりのダメージのはず。
案の定、アレンは地面の上に倒れていた。
正直、あれはやりすぎだ。
傷が残れば教師に気付かれるだろうに。だが、そんなことが頭から抜け落ちるほどに、クレイグは苛立っているようだった。
「せっかくお前も仲間に加えてやろうっていうのによぉ……断りやがってアレン……。《学園最弱》のくせによぉ……!」
なるほど。大体理解できた。
クレイグは、アレンを自身の一味に加えようとしたのだ。
しかし断られた。格下だと思っていたアレンが、生意気にも自分の誘いを断ったとことに、クレイグは腹を立てたらしい。
その報復がこの過剰な暴力ということか。
「この俺が……情けをかけてやったのに……お前みたいな、出来損ないの為に、わざわざ声をかけてやったのに……!」
「出来損ないは……お前も同じだろうが……」
地面に倒れ伏したアレンが、へっと笑う。
その口から出てきたのは、挑発の言葉だった。
「情けをかけてやった……だって? 大きなお世話だよ、バーカ。仲間なんて言って、結局は成績底辺者同士で傷舐め合ってるだけじゃねえか。寂しいなら寂しいで、そう言ったらどうなんだよ、おい」
「て……めぇ……!」
クレイグの顔が真っ赤に染まる。
こんな見え見えの挑発に引っ掛かるとは、クレイグ・クレインも単純というか何というか。
する方もする方だが、引っ掛かる方はもっとアレだ。
木の影に隠れて呆れていたウェインだったが、クレイグの様子を見て意識を改めた。
彼は今、頭に血が上っている。
アレンからしたら嫌がらせ以上の意味を持たない挑発だったのかもしれないが、これが予想以上に効果的に働き、クレイグを激怒させてしまった。
(こりゃ……ちっとヤバイんじゃねーの?)
カッとなって冷静な思考ができなくなったクレイグが、アレンの命を奪ってしまう可能性も十分にある。
現に彼は顔を真っ赤に染め、今にもアレンに掴みかかりそうな勢いだ。
これは手を貸す必要がある。
まあ、そうでなくともそのうち助けに入るつもりではいたが。
ウェインは目を閉じ、両手を地面に付けた。
魔術の発動に必要な呪文を、唱える。
「───Wach auf, wach auf」
地面に付いた両手に灯る、ぼんやりとした輝き。
地面に膝を付いたウェインを中心に、橙色の光を放つ魔法陣が広がる。
「Sammeln, stapeln, formen. 」
手のひらから、魔力を地面に注ぎ込む。
脳裏に描くイメージ。頭の中でそのイメージを元にした型を作る。
「Geben wir demgeborenen Kind einen Namen」
クレイグの激怒の声が聞こえた。
また何かアレンが余計なことを言ったのか。
急がねば。
残りの工程を急ピッチで進める。
「Dein Name ist Golem」
地面に注いだ魔力を、アレンたちの元へと移動させる。
彼らの足元に出現する魔法陣。
聴こえる、戸惑いの声。
そして、ウェインは最後の工程を終了させる。
「《暴威の粘土細工》」
瞬間、轟音。
ある土が盛り上がり、アレンを囲む障壁になる。
ある土が大きな腕の形を作り、クレイグたちに襲いかかる。
突如として現れた土の巨腕に、クレイグの子分たちは恐怖の叫びを上げて逃げ惑う。
唯一クレイグだけがこれが魔術によるものと悟り、術者を探すよう命令を飛ばすが、パニックになった子分たちの耳には届かない。
仕方なく、彼らは撤退していった。
「……」
土の障壁に囲まれていたアレンは何が起きていたのか把握できず、クレイグたちが逃げていき、障壁が崩れ落ちてただの土に戻った後も呆然としていた。
その背中に、ウェインは声をかける。
「よう」
「!」
倒れたままの姿勢で、こちらを振り向くアレン。
驚きの表情を浮かべる彼に、ウェインは笑いかけた。
「面倒なのに目ぇ付けられちまったなあ」
「……まったくだ」
吐き捨てるようにそう言うと、アレンは立ち上がった。
服についた土を払う。
「……さっきの、お前が?」
「おう、ウェイン君お得意の錬金術。あれでゴーレム作ったりするんだぜ?」
得意気に笑うウェイン。
それを見て、アレンは「鍋かき混ぜるだけが錬金術じゃなかったのか……」とぼやいた。
「凄い魔術師だったんだな、尊敬するよ。……で、だ。その、えーっとだな……」
「?」
ポリポリ頬を掻き、目をそらすアレン。
照れているかのように見えるその様子に、ウェインは首を傾げた。
本気で何を言おうとしているのかわからなそうなウェインに、アレンは意を決したように息を吸い、言った。
「……助かった。その、ありがとう」
「……」
「……なんだよ、何で無言なんだよ。何か言えよ。『どういたしまして』とか、あるだろ」
まさか礼を言われるとは思っておらず、ウェインは思わず呆気にとられてしまった。
そこにアレンが不服そうに声を投げかける。
しばらくポカンとしていたウェインだったが、やがてゲラゲラ笑いだした。
「いや、悪い悪い。なんか意外でさ」
「意外って。俺だって、助けてもらったらお礼の言葉くらいは言うさ」
「いやぁ、なぁ? だってよぉ……ここまで来たら、もうあとちょっとで攻略できちゃうんじゃねえの、って思っちまって」
「こ、攻略?」
ゲラゲラと笑い続けるウェインと、彼が何を言っているのか理解できずに眉をひそめるアレン。
ウェインはアレンの背中をバシバシ叩く。
「なあ、アレンお前やっぱ面白いわ!」
「は……? いや、絶対そんなに面白くないと思うぞ……?」
戸惑いを通り越して、大笑いするウェインに対して気味の悪さすら感じるアレン。
少なくとも、彼には自分がウェインに爆笑されるほどユーモアのある人間とは思えなかった。
と、ウェインがガシッとアレンと肩を組む。
「あー、入学最初にできた友達がお前でよかったわ!」
「一応言うぞ。お前と友達になった覚えは───」
「あ、おい! もうお天道様が沈みそうじゃあねーか! ってことは、そろそろ晩飯の時間だぜ! 道理で腹が減る訳だ!」
「おい、人の話を……」
「よっしゃ! 食堂行こーぜアレン!」
「だから人の話を───おい、肩組んだまま走るんじゃねえよ! 危ないだろ! 転ぶぞこれ!」
真横の抗議の声を無視し、ウェインは笑いながら走る。
その横顔を見て、アレンは思わず苦笑した。
───口では友達じゃないだの何だのと文句を言いながら、それでもアレンはそこまで悪い気分ではなかった。
故郷にいた頃、アレンは周りから気味悪がられ、常に独りぼっちだった。
とある少女と出会うまでは。
だから、こうして同年代の少年と肩を組んだりするなどという経験は、彼には今までなかったのである。
実のところ、彼が頑なにウェインを友達と認めないのは、彼が『友達』をよく理解していないというのも理由の一つだった。
(こういうのも……悪くない、か……)
胸中でそう呟き、アレンはウェインと歩幅を合わせて走り出した。
沈みかけの夕日が、二人の背中を照らす。
肩を組んで、二人は林の中を駆けていった。
番外編、もうちょい続きます。




