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02.魔術学園の一日

 実力試験の翌日から、早速授業が始まった。

 その日の授業は、占い術、魔術薬学、魔物に対する対応術、そして錬金術の四教科だった。


 午前の三コマは既に終了し、昼休みを挟んで四コマ目。

 占いの授業は酷く退屈だったが、錬金術の授業はきっとそうではないだろう。


 彼は入学前から錬金術を得意としていた。

 学園で重点的に身に着けたいと思っていたのも、錬金術師としての能力だった。

 無論、一番楽しみにしていたのも錬金術の授業だった。

 賢者の石。ゴーレム。土塊を鋼鉄に変え、水を張った大鍋から純金を取り出す神秘の術。

 ウェインは目を輝かせ、期待に胸を膨らませながら教室へと向かった。


「お」


 教室に入ると、ウェインは見知った顔を見つけた。

 教室の隅。長机の端っこで、つまらなそうに頬杖をついている少年。

 アレン・クリアコードだ。


 『薬学の授業で薬を調合しようとして爆発を起こし、見事に新品の鍋を駄目にした』という彼にまつわる噂の真偽を確かめたい気持ちをグッと堪え、ウェインは彼に声をかけた。


「おう、アレン」


 彼はウェインの方へちらりと視線を向けた。

 彼からのリアクションはそれだけだった。


「おいおい、随分とつれないな。友達に対して」


「いつ俺とお前が友達になったんだよ」


 顔をこちらに向けないまま、アレンはすげなく答えた。

 ウェインは思わず肩をすくめる。


「昨日一緒に呑んだ仲じゃないか」


「水をな。たったそれだけで仲が深まるって言うんなら、お前は誰かと食事する度に友達が増えていくことになるぞ」


「? 友達ってそういうもんだろ?」


 首を傾げるウェインに、アレンは一度ちらりと視線を向けると、大仰に溜息をついた。


「……付き合ってられないな」


 しっしっと、追い払うように手を振る。


「お前が何と言おうと、俺はお前の友達じゃないし、これからお前の友達なんかになる気はない。放っといてくれ。昨日も言ったけど、一人の方が気が楽なんだよ」


 ウェインはそれに対して何かを言おうとしたが、結局何も言わなかった。



 ───彼の心情について、ウェインは大体理解していた。


 圧倒的な才能の差、大きな力の壁を前に、打ちのめされてしまった人間。

 そういった人に、「まだまだこれからさ。頑張っていこうぜ」なんて言葉を掛けられるほど、ウェインは愚かでも無神経でもなかった。


 そういう辛さは、本人だけのものだ。

 この苦しみも、悩みも、それを感じる本人だけが解決できるもの。究極的に言えば他人であるウェインには、どうにもできないものだ。

 一歩進まなければ、何も変わらない。それは事実だ。事実ではあるが───結局、歩き出すかどうかは本人次第だ。


 今、自分にできることは、そっとしておくこと。

 彼が立ち直ることを信じて、何もしないでいること。

 そう思い、ウェインはアレンから離れた席へ向かった。



 適当に目についた席に座ると、隣にいた女子生徒が話しかけてきた。


「ウェイン君だっけ? 君、フレンドリーなのは美点だと思うけど、友達は選んだ方が良いと思うよ?」


「……どういう意味だ?」


「コネよ。あんなカースト最下位確定の《学園最弱》より、貴族のお坊ちゃまお嬢様と仲良くしておいた方が、将来役に立つわ。今のうちに作っておいたコネが、卒業後に響いてくるのよ」


 確かに、将来的に貴族のお抱え魔術師になることを目指すならば、その子どもたちと深い関係を築いた方が得だろう。

 が、ウェインはそんなものに興味はなかった。彼が魔術学園に入学したのはもっと大きな目的のためであり、宮廷魔術師や貴族のお抱え魔術師などには微塵も魅力を感じてはいなかった。


 なのて、適当に答える。


「おう、ご忠告どーも」


「あ、あとね、あの《学園最弱》の彼には本気で近付かない方が身のためよ」


「……?」


 その言い方に、ウェインは何か引っかかるものを感じた。

 眉をひそめて女子生徒を見つめ返す。


 無言で続きを促すウェインに、女子生徒は何かを躊躇うように視線を左右させてから、やがてウェインに耳を貸すように言ってきた。

 誰かに聞かれたらマズいのだろうか。コソコソと、内緒話のように囁く。


「……あのアレンって生徒、クレイグ・クレインに目をつけられてるみたいなの」


「クレイグ・クレイン?」


 普通のボリュームで聞き返したウェインに、女子生徒は目を剥いてシーッと人差し指を唇に当てた。

 どうやらそのクレイグという奴に聞かれるのを恐れているらしい。


「そのクレイグってね、クレイン家の三男らしいんだけれど……」



 ───彼女から聞いた話をまとめると、こうだ。


 クレイグ・クレインは、いわゆる典型的ないじめっ子であり、ガキ大将気質なのだという。

 本人の魔術師としての実力がどれ程のものかは不明だが、常に数人の子分を連れ、入学早々好き放題やっているらしい。具体的には、あまり優れていない生徒に暴力を振るったり、金銭を巻き上げたり。

 まだ入学から数日だというのにこんな噂が流れ出している辺り、彼の暴れっぷりは相当なものなのだろう。


 で、そんなガキ大将クレイグ・クレインの次のターゲットは、《学園最弱》アレン・クリアコード。

 生徒たちはアレンと仲良くなることでクレイグに目をつけられるのを恐れ、アレンを避けているらしい。


(バカバカしい……)


 ウェインは胸中で嘆息した。

 そういう力で無理やり他人を虐げ、抑えつけるような輩は、ウェインが一番嫌いなタイプだ。

 そしてそういう奴らに何の反抗もせず、ただ見ているだけの傍観者に甘んじる連中も、ウェインは好きではなかった。


「……気を付けるよ」


 その忠告には一切従う気などなかったが、ウェインは表面上はそう言っておいた。

 あとでそのクレイグという生徒を探し出して灸を据えてやろうか、などと考えながら。



 そうこうしているうちに教師が現れ、授業が始まった。

 流石、国内唯一の魔術師養成機関。その授業のレベルはとても高く、教師が語る内容を、ウェインは目を輝かせてメモに書き留めた。


 講義の次は実習だ。

 先程の教師が実演してみた通りに、大鍋に材料を入れて錬成に挑戦してみる。


「……こんなもんだな」


 錬金術が得意であり、予備知識のあったウェインは楽々錬成を成功させた。

 鍋の中では、錬金術によって作り出された銀色の金属の塊が、鈍い輝きを放っている。


 教師がそんなウェインの大鍋を覗き、称賛の言葉を浴びせた。

 隣の女子生徒も、近くにいた生徒たちも、憧れの視線と共に手を叩いた。

 ウェインは得意気に胸を張った。


 ────と。

 ボンッ、と爆発音が響き、次いで悲鳴。

 教師が慌ててそちらへ飛んでいく。


 ウェインが目を向けると、そちらからはモクモクと白い煙が漂って来ていた。

 ふと思い至る。あそこは確か、アレンの座っていた席ではなかったか。

 そして案の定、爆発の衝撃で椅子ごとふっ飛ばされた少年が、少し離れたところの床に転がっていた。

 傍らにはそこが抜けた鍋もある。



 彼は授業一日目にして、二つもの大鍋を破壊したのだった。




       ◆




 錬金術の授業が終われば、その日はもう何もなかった。

 ウェインはしばらく寮の自室で暇を潰していたが、散歩でも行こうかという気になって立ち上がった。


 軽い足取りで寮内を歩く。

 と、ふと彼は立ち止まった。

 そこはアレンの部屋の前だった。


 扉をノック。

 声をかける。


「アーレンくーん! あーそびーましょー!」


 普通ならいい加減うざがられるのを恐れてこんな突飛な行動には出ないものだが、ウェインにはそんな発想はなかった。

 ドンドンドンと扉を強く叩く。

 迷惑千万である。


 廊下を行く生徒たちが彼を奇異の目で見ながらすれ違うが、ウェインはまるで気にしていなかった。


「入っていいですかー!?」


 返事はない。


 無言ということは肯定だろう。

 そんな訳のわからない考えで、ノーリアクションを実に都合良く解釈したウェインは、アレンの部屋の扉を開けようとした。


 が、扉は開かない。

 ガチャガチャと金属音がするだけ。


「ありゃ、鍵かかってやがる」


 どうやら部屋の主は不在のようだった。

 仕方なく、ウェインはその場を離れる。

 とぼとぼ歩きながらぼやいた。


「……図書館でも行くかねぇ」


 デルタミヤ魔術学園の図書館には、数多くの本が保管されている。

 そもそも、魔術の有用性が認められたのは、つい六十年ほど前のこと。そのため、過去の魔術師たちの研究がまとめられた本などは、国中を探してもここにしかない。図書館にある本は、どれも学術的、歴史的に価値のあるものばかりだ。


 きっと錬金術にまつわる本だって沢山あるだろう。

 そう思いながら、図書館に向かって歩を進める。

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