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01.その出会いは必然

本編の大体一年くらい前、入学直後〜1、2ヶ月後頃の話になります。

 ウェイン・クラークが初めてその少年に興味を抱いたのは、入学後に行われた実力検査のときだった。




「───勝者、ジェイル・ガルガシア!」


 偶然席を外していたウェインは、観客席に戻ってすぐにその声を聞いた。

 慌てて闘技場内に目を向ける。視線の先には二人の少年。

 一人は呆然と立ち尽くしている。もう一人は立ち尽くす少年に何か言う素振りを見せてから、振り向かずスタスタと出て行く。


 前の試合から、まだそれほど時間は経っていない。ちょっとのトイレ休憩なら大丈夫だろう。そう思って席を外したのだ。

 だというのに、既に決着は付いてしまっていた。


 ウェインは隣にいた生徒に声をかけた。


「なあ、おい。こりゃ一体何があったんだ? ちょいとトイレに立ってた間に、もう試合が終わっちまってるんだが」


「ああ……」


 訊かれた男子生徒は、今まさに闘技場から出て行こうとする方の少年を指差した。


「アイツ、ジェイル・ガルガシア。あんたも名前くらいは聞いたことあるだろ? 魔術の名門ガルガシア家の……」


「ああ、なるほど……」


 ウェインは去っていく黒髪の少年を見た。


 あれが、あの男がジェイル・ガルガシア。

 入学前から随分と騒がれた、あの。


 入学する前から《学園最強》ではないかと疑われたあの男が相手では、まだまだ魔術に関しては初心者である他の生徒たちでは歯が立たないだろう。

 ジェイルは、自分たちの世代では最高レベルの才能を持って、幼少から最高レベルの英才教育を受けられる家系に生まれた魔術師だ。持って生まれた力も、赤ん坊の頃から身を置いていた環境も、他の人間とは大違いなのだ。


(正直、俺でもあいつに勝つのはキッツいわな……)


 ウェインは自嘲気味に笑みを浮かべる。


 自分とて非凡な才を持って生まれたと自覚してはいるが、しかしジェイルのそれは桁違いだ。

 そこに幼い頃からの家の教育が加われば、自分たちの中で誰も勝てないのは明白。対戦相手になった生徒には哀れみすら感じる。


「いや、それだけじゃない」


「あ……?」


「確かにジェイル・ガルガシアの実力は凄い。だけど、試合がこんなにも早く終わった理由は、それだけじゃない」


 男子生徒は、いまだに闘技場内で立ち尽くす少年を顎でしゃくった。


「アイツだ。あの、《学園最弱》だよ」


「《学園最弱》?」


 思わず聞き返す。

 男子生徒は頷いた。


「酷いもんだよ。あいつ、ほとんどの魔術をマトモに扱えてない。手加減してんのかってレベル。魔弾だの何だのの初級魔術だけじゃ、あのジェイルになんて勝てるはずも無いさ」


 はんっ、と男子生徒は鼻で笑った。


「才能ってもんが欠片も無い。……ありゃ、きっと神様に見放されてるね。この学園には入学試験がないから、たまにああいう身の程知らずが入ってくるんだってさ。だから入学試験の代わりに実力試験があるんだろうけど……」


「……」


「ま、でも、これは誰が見ても間違いない。今の試合で、ここにいた全員が確信したはずだ。『あの生徒は《学園最弱》だ』ってね」


 嘲るような口調に少し苛立ちを感じたが、ぐっと我慢する。

 すぐに頭に血が上るのは悪い癖だと父に言われた。少なくとも、ここで悪い態度を取るのは、教えてくれた男子生徒に対して適切な対応とは言えない。


「……そんなにか。一周回って気になるな。なんて名前なんだ?」


 ふうっと息を吐いてから言う。

 男子生徒はちらりとこちらを見た。


「あー……なんだっけな……確か───」


 ───アレン。

 アレン・クリアコード。


 その名前を聞いたとき、ウェインは思わず笑みを浮かべてしまった。

 怪訝そうな顔をする男子生徒に笑って誤魔化す。

 そして椅子の背もたれに寄りかかり、打ちのめされたように立ち尽くす少年──アレンに目線を向けた。


「……アレン・クリアコード、か」


 運命や宿命なんてものを信じるタチではないが、これは流石に笑ってしまう。

 偶然にしては、出来すぎているような気がしなくもない。

 これを運命でないと言うのなら、おそらく、この出会いは───。



「……必然、かな。なあ、アレン・クリアコード」


 こんな所で出会えるとは思ってもみなかった。

 クリアコードの名を継ぐ者に。




      ◆




 入学を祝したパーティーの時、そいつは会場の隅っこの方で、心底つまらなそうな顔をしてちびちび飲んでいた。

 酒かと思ったら水らしい。不機嫌そうな仏頂面には、赤みも酔いもまったく感じられない。


 周りには生徒は一人もいない。そいつの身体から、話しかけるんじゃねえオーラが溢れ出しているからだ。

 だが、ウェインは恐れず近づいて行った。


「よぉーよぉーよぉー、お兄さん一人? 良かったら僕とお茶しなーい?」


「……男をナンパする奴は初めて見たよ」


 軽いジョークと共に声をかけてきたウェインを、アレン・クリアコードは退屈そうにかわした。


「クスリとくらいは笑ってくれてもいーんじゃあねーの? 今のジョーク、結構自信作だったんだけど」


「本気でそう思ってるなら、お前のジョークのセンスは壊滅的だよ。一度感性を見直すことを推奨しておく」


 アレンはコップを一気に傾けて中の水を飲み干すと、そのまま立ち上がった。


「おいおいおい、どこ行くんだよ。もっと話そうぜ」


「生憎、見ての通り一人で楽しんでるんだよ。放っといてくれ」


「何だよ、つれないな。何か嫌な事でもあったのか? 悩みがあるとか?」


 勢いでの発言だったが、声に出してからしまったと思う。

 嫌な事も、悩みも、あるに決まってる。つい数時間前に、同級生たちの前で手酷く敗北したばかりなのだから。


 案の定、じろりと睨んでくる。


「あー……悪い。そんなつもりじゃなかった。マジだぜ? なんか色々言われてるみたいだが、俺は君の試合を見てない。丁度トイレに行ってたもんだから……」


「そうだな。トイレ休憩の間に終わっちまうような試合だった」


「……」


 なんかもう何言っても逆効果な気がする。

 そう思い、ウェインは話題を変えることにした。


「な、悩みがあるなら教会に行けよ、教会。心優しい神父様や、かわい〜いシスターちゃんたちが傷付いた心を癒やしてくれるさ」


「……」


「あっ、それか酒でも飲んだらどうだ? さっき飲んでたの水だろ? やっぱこういう時は酒だよ酒。パーッと飲んで、嫌なことなんて忘れちまおうぜ!」


「酒は飲めない。下戸なんだよ。ちょっと飲んだだけで気を失っちまう」


 いっそ酔えたら気が楽だった、と言いながら、アレンは水を注ぎ足す。

 そしてまたちびちび飲みだした。


 と、ふとアレンがこちらを向く。


「……で?」


「あ?」


「あ? じゃねえよ。何か用があったんだろ? だから話しかけてきたんじゃないのかよ」


「あー……いや、用ってほどのもんじゃないんだけどな」


 ちら、とアレンを見る。

 水を飲み続けるのに飽きたのか、彼はテーブルの上に置かれていた皿から、適応にナッツ類をいくつか摘んでポリポリ食べ始めた。


「俺の母親の旧姓がさ、クリアコードっていうんだよ。だから、なんとなく君に話しかけてみたくなった」


「へえ、もしかしたら、どっかで血がつながってるかもな」


「あ、それはない。俺、養子だから」


「ふぅーん……」


 ポリポリ、ポリポリ……。

 ポリポリ、ポリポリ……。


「……」


「……」


 ポリポリポリポリポリポリポリポリ……。


「……ナッツ、好きなのか?」


「ああ、歯ごたえがな。結構好みなんだ」


(だからっていつまで食ってんだよ……)


 クリアコード姓に親近感が湧いて話しかけてみたが、このアレンという少年はなかなか曲者というか何というか。

 こうして隣に座って話している間も、絶えず話しかけるんじゃねえオーラを放出してウェインを撤退させようとしている。

 このナッツポリポリも、会話を拒絶する意思表示のようなものだ。


 ……だが。


(上等だぜ! どっちが先に折れるか勝負と行こうじゃないか!)


 このウェイン・クラークという少年もまた、なかなかに曲者なのだった。


 ウェインは自らもコップを取ると、その中に水を注いだ。

 いかにも『俺、今悩んでます』という風に、わざとらしく溜息をつく。

 これで、男二人が並んで酒場のカウンターで話し合う雰囲気の完成だ。傍から見れば、酒を片手に心情を吐露する少年とその友人に見え……なくもない、だろう。きっと。


「実はよぉー……俺ってばこのロマイナから遠く離れたところの出身でよぉー。悲しいことに友達が一人もいないんだなぁ、これが」


「……」


「このままじゃあ、一人寂しく哀れな学園生活を送ることになっちまうよぉ……。しくしくしく……」


「お前のそのふざけた性格なら、面白がってすぐに人が集まってくるさ。良かったな。友達何人もできるだろうよ」


 そう言ってコップを煽るアレン。

 付き合いきれない、という風に立ち上がろうとする。


 が、すぐさま伸びた手が彼の制服の裾を掴んだ。

 そのまま力づくで席に座らせる。

 アレンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、大人しくそれに従って座った。


「何人も……それじゃあアレンは俺の友達第一号ってわけか」


「おい、俺がいつお前と友達になったんだよ」


「今」


「ふざけんな!」


 目を剥くアレンだが、対するウェインは隣の友人───少なくともウェイン自身はもうそのつもりだ───の様子などどこ吹く風。

 恨みがましい視線を飄々(ひょうひょう)とかわす。


「一緒に呑めば、それはもうダチだろ?」


「そんな馬鹿な話があるか。飲んだのは酒じゃなくて水だし、大体俺は、まだお前の名前すら知らないんだぞ!」


「ああ、そう。んじゃ……俺、ウェイン・クラーク。よろしく」


 スッ、と手を差し出す。

 アレンは、虚を突かれたような顔をした。


「あ、ああ……よろしく……」


 反射的に差し出された手を取る。

 が、すぐに目を見開いてパッと手を離した。


「───って、そうじゃないだろうが!」


「ナイスなノリツッコミだな」

 

「うるさい!」


 ニヤニヤ笑うウェイン。

 アレンは目を剥いて怒鳴る。

 パーティーが終わるまで、二人はずっとこんな感じのノリだった。




      ◆




 ウェインをうっとおしがり、意地でも彼をを遠ざけようとするアレン。

 アレンに興味を持ち、彼と友人関係を結ぶため、意地でも近付こうとするウェイン。


 これが、二人のファーストコンタクトだった。

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