45.この手で掴み取ったもの
決戦の翌日。
その日、俺は十年続けた鍛錬を始めて放棄した。
もうやる理由が無いから……というのもあるが、一番の理由はあの鍛錬を行えるような体じゃなかったからだ。
鏡の世界で意識を失った俺は、目を覚ますと医務室にいた。
バルバトスの治癒魔術を受けたとはいえ体はガタガタで、おまけに悪魔の力の反動が重なり、肉体はかなり衰弱していた。しばらくは絶対安静らしい。
巻かれた包帯はかなりキツめ。というか、もはや拘束具みたいになってしまっている。
医務室の先生は、意地でも俺を動けないようにするつもりらしい。まあ、その意図はわかっている。
それを無視したらどうなるのかも。
だから俺は大人しくすることにした。
────で。療養生活三日目。
俺は学園長からの手紙を読んでいた。
彼は帰ってくるなりまた出掛けてしまった。
仕方の無いことだ。どこから情報が漏れたのかは知らないが、死んだはずのヴィルムリンドが生きていたと知って、国中は大混乱だ。
それを鎮めるため、そしてヴィルムリンドの手掛かりを探るため、学園長は今日も大忙しだ。
今手元にある手紙は、ベッドから降りられない俺の為に、学園長が情報をまとめて送ってくれた手紙だ。
事の顛末は、全てそこに書いてあった。
ハーケン先生と囚われていた人々は皆無事に脱出し、今は普通の暮らしに戻っていると。ヴィルムリンドは彼らを、その日の生贄を捕まえられなかった時の為のストックにしていたらしい。……中には、俺たちが来る前に犠牲になった人もいたそうだ。
ハーケン先生は授業の傍ら、燃やされた魔導書を一から書き直している。大変な作業だろうが、頑張ってほしい。
銀髪の少女はまだ眠ったままだそうだ。首輪による精神服従の反動が残っているらしい。目が覚め、落ち着いたら話を聞いてみようと思う。
トルードさんは目を覚まし、あの後行商人によってエルド邸へと運ばれたようだ。傷は浅く、もう仕事に戻っているとのことだった。
───そして、一番大事なことだが。
ヴィルムリンド・バルトとクレイグ・クレインの行方は、いまだにわからないらしい。
完全に姿を消した。手掛かりはない。
だが既に近くの街には黒い獣への注意喚起が行われており、目撃証言があればすぐに学園へと伝えられる手筈になっているそうだ。
いずれにせよ、ヴィルムリンドが傷を負ったのなら、しばらくは暗躍することもできないだろうというのが学園長の見立てだった。
「……」
手紙を読み終え、俺は息を吐いた。
心には少しの落胆があった。
それは、手紙の中に俺を助けてくれた魔術師のことが書かれていなかったからだ。
──意識を失う直前、俺は確かに見た。
助けてくれた誰かの背中を。
そして聞いた。その人の声を。
だから確かにいたはずなのだ。
あの場には、俺とクレイグとバルバトスの他に、もう一人魔術師がいたはずなのだ。
「なぁ、バルバトス……」
俺は部屋の隅で腕を組んでいるバルバトスに問いかけた。
が、彼女はすげなく返す。
「……だから何度も言ってるだろ。そんな奴は見てない」
「でも……」
「私があそこで見たのは、ぶっ倒れて気絶していたお前だけだ。他は知らん」
それだけ言うと、バルバトスはそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「……」
帰還してからというもの、どうもバルバトスの機嫌が悪い。
というか、どうやら彼女は自分自身に腹を立てているようだった。
「あ、あのさ……あんまり気にするなよ。クレイグを取り逃がしたのは、俺がアイツを救うのも倒すのもできなかったからでさ……」
「……」
「要するに、俺が未熟だったからであって……」
「やめろアレン。いくら私でも、主の未熟さを盾に自分を正当化するのは受け入れられない」
「……」
俺が未熟なのは否定しないのか……。
まあ俺自身が否定できないのだから何も言えないが。
「……あれはタイミングが悪かっただけだ。誰が悪いとか、そういう話じゃない。強いて言うなら……お互い様だ」
念の為、フォローしておく。
実際、俺はバルバトスが悪いなんて微塵も思っていないし。
「お互いが最善を尽くした結果があれだっただけだ。だから……何ていうか……うん、お前が気にすることじゃない……みたいな」
「フォロー下手クソか」
「う、うるせえ!」
バルバトスは薄く笑みを浮かべる。
「……ま、ご主人サマがそう言ってくれるのなら、そういうことにさせて頂こうか。ありがたく、な」
「……ああ」
と、唐突に扉の方から声が聴こえた。
二人同時に顔を向ける。
「……また来たか」
その呟きと共にバルバトスの姿が半透明になる。
契約者の俺以外には見えない、ステルスモードだ。
ガチャリ、と音。
扉が開く。
「オーッス、アレン! 元気かー?」
「全身包帯まみれの人間が元気な訳無いでしょ。……はい、アレン。これ食べてね」
入ってきたのは二人。
我が親友ウェインと、幼馴染ルフィナだった。
「ん、サンキュ」
ルフィナから果物の入った籠を受け取る。
一方、ウェインは相変わらずドタバタしていた。
すんすん鼻を鳴らし、顔をしかめる。
「やー! 毎日来てるけど、ここの薬の臭いにはどうにも慣れないね! アレンお前よくこんな所で寝起きしてられるな」
「そりゃ何度もお世話になってるからな。いい加減なれたよ。……っていうかウェイン、先生がいないからってあんまり薬臭いとか言うなよ。あの人キレたらマジで怖いから」
俺の話を聞いてるのか聞いてないのか、部屋中を歩き回るウェイン。
他のベッドには誰もいないから良いものを……。もしいたら迷惑千万すぎる。
「しっかし不思議だよなぁ……。薬の臭いの中に、何でか女の子の匂いがするんだよなぁ」
「ウェインお前今凄い気持ち悪い発言してるけど自覚ある?」
ジョークを飛ばしつつ、俺は冷や汗が背中を伝うのを感じた。
相変わらずウェインはこういうのに敏感だ。彼の軟派な面のある性格は知っているつもりだが、まさか匂いを感知するとは。
『私、コイツ苦手だ』
俺の隣でバルバトスが顔をしかめた。
二人には見えないよう苦笑する。
「それにしても、二人ともよく来るよな。昨日も、一昨日も……って毎日来てるじゃないか」
ふとした発言から新事実に気付き、思わず驚く。
なんだよ、二人ともそんなに俺のこと大好きなのか。
……冗談は置いておいて。
純粋に興味が湧いたので訊いてみる。
「なんでそんなに毎日来てくれるんだ?」
「なんでって……そりゃお前、当たり前だろ」
「?」
「俺とミラーさん、もうすぐ来れなくなっちまうからな」
「ええ!?」
ウェインとルフィナを交互に見やる。
答えてくれたのはルフィナだった。
「私たち成績上位の四人は、夏に特別合宿があるの。魔導杯のシード権を手に入れるための特別な合宿」
「それが始まると一ヶ月は来れないだろうからなぁ。今の内に沢山会っておきたい訳よ」
そうか……。
二人は俺と違って成績良いからな……。
そういう特別なイベントがあるのか……。
「俺としては親友に会えなくなるのは辛いけどよ……ううっ」
わざとらしく目元を抑えるウェイン。
お前……そんなにも俺のことを……!
と、ウェインは唐突にガバッと両手を広げた。
「アレン!」
「ウェイン!」
ガシッ。
抱き合う。
これが男の友情だ。
「……」
『……』
ルフィナとバルバトスの視線が痛いが、無視。
ウェインと友情を確かめ合う。
ぎゅー。
ぎゅー。
ぎゅうううううう……!
「痛い痛い痛い痛い! 怪我人だぞこっちは!」
「おっと、悪い悪い」
パッと離れる。
俺は体を擦った後、ルフィナの方を向いた。
「……」
「……何」
両手を広げる。
「ルフィナ……」
「バ、バカじゃないの!? 私やらないから!」
顔を真っ赤にして怒鳴るルフィナ。
軽い冗談だろうに、そんな赤くなるほど怒ることないだろ。
「だ、大体、私は別にアレンに会いたくて来てる訳じゃないから! そこ勘違いしないで! 私はただ怪我の具合が心配で……」
「ミラーさんそれツンデレになってないっすよ」
「ウェイン君は黙ってて!」
他に誰もいないのを良い事に、ぎゃーぎゃーといつものメンバーで騒いでいると、ふと医務室の扉がノックされた。
先生だろうか。ちょっとマズいと思いながらも答える。
「はい、どうぞ?」
開く扉。
そこにいたのは───
「こ、こんにちは……」
金髪の伯爵令嬢だった。
「クラリス!?」
「え、嘘! お嬢様!?」
「マジかよ! こいつは凄え……」
三者三様、思い思いの声を上げる。
クラリスは、はにかみながら部屋に入ってきた。
「ごめんなさい。いきなり来ちゃって……」
「いや、全然構わないけど……」
ちらりと閉まりかけた扉が目に入る。
廊下でトルードさんが一礼していた。
「……もちろん、お父様のお許しは貰ってきたわよ?」
意地悪っぽく笑うクラリス。
俺は苦笑するばかりだった。
「アレン、怪我したって聞いたけど元気そうね。良かった」
「ああ。派手に動くのはまだ駄目だけど、健康状態はいたって問題ないよ」
───っと、そうだ。
俺はルフィナを指し示す。
「紹介するよ。彼女は幼馴染のルフィナ」
「ルフィナ・ミラーです。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるルフィナ。
クラリスもそれに応える。
流石、お嬢様なだけあってその仕草は様になっていた。
紹介を続ける。
今度はウェインを。
「で、こっちは俺の親友。手紙にも書いたよな? 『酒飲み全裸ダンサー』のウェイン」
「よろしく……って、おい。その二つ名みたいなのやめろ」
「うふふ、あなたがあの愉快なお友達ね」
と、まあ、そんな風にお互い自己紹介を済ませた後。
クラリスがその手に持っていた物を差し出してきた。
「あ、そうだわ。はい、アレン」
それは花だった。
いつだっか、クラリスの付き人の女性から受け取ったものと同じ、白い花。
「前にあげたお花、もう枯れちゃったでしょ? だから、はい。新しいお花。お部屋に飾ってね?」
「ああ。ありがとう」
相変わらず良い香りだ。
心が安らぐ感じがする。
「前の時って?」
ふと、ウェインが声を上げた。
「ほら、式典の日の。あの騒ぎがあった夜───」
「あ。思い出した」
今度はルフィナが声を上げる。
全員の視線が彼女に集中した。
が、ルフィナの視線だけは俺に向けられていた。
「?」
ルフィナ、何を思い出したんだ?
俺を見て一体何を考えて───。
「アレン! アンタ、あの事件のあった時、ドサクサに紛れてお嬢様に変なことしてないでしょうね!」
「!? はいぃ!?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
そりゃそうだろ。こんなの言いがかりだ。
大体、あの命の掛かった緊急事態で、そんな変なこと考えてる余裕なんて───
「あ」
そういえばあの時、戦いが終わった後クラリスに抱きつかれて……。
い、いや、俺からした訳じゃないし。
セーフ。セーフ……だよな?
「! 今顔色が変わった! やっぱり何かしたんでしょ!」
「し、してない!」
詰め寄るルフィナと、必死に弁明を試みる俺。
ルフィナの後ろではウェインがケラケラ笑っている。
一方、クラリスは頭に『?』を浮かべていた。
「? 変なことって?」
本気で何だかわかってなさそうなクラリス。
ルフィナが振り返る。
「お嬢様、気を付けてください。ここにいる男二人はね、前科者なんです」
「……? 前科者って?」
「アレンとウェイン君は、前に二人で男子禁制の女子寮に突入して来たことがあるんです!」
って、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいッ!
クラリスに何吹き込んでんだァァァァァァァ!
流石にウェインが抗議の声を上げる。
「そりゃ酷いってミラーさん!」
「そーだそーだ! 言ってやれ!」
「俺を巻き込まないでくれよ!」
「そぉぉじゃねえだろぉぉぉがぁぁぁぁぁッ!」
あの時はお前も一緒に居ただろうが!
というか、ここは冤罪だとかそういう弁明をしろよ!
「おいルフィナ! あれは誤解だって言ったじゃないか! あの時はああするしかなかったというか……偶然ああいう結果になっただけで、別に好きでやった訳じゃないんだって!」
「どーだか! 狙ってやったとしか思えないわよあんなの!」
「おいおいおい! それ以上は見過ごせないぜミラーさん! あれは俺とアレンの大切な思い出であり友情の証だ! 変な言いがかりは止して貰おうか!」
「友情の証ぃ? 覗きが友情の証って、アンタたちどういう神経してるのよ!」
ウェイン……お前さぁ……。
今の他に何かあっただろ……。
もうちょっと違う言い方あっただろ……。
何故誤解が深まりそうな言い回しをする……。
「とにかく! あれは誤解なんだ! わざとじゃないんだよ! クラリスも信じてくれ!」
「アレン……そんなことって……」
「あぁー……これは信じてない目だ……」
そんな悲しそうな目で見ないで……。
誤解なんだ……誤解なんだよ……。
俺は助けを求めるようにバルバトスを見た。
最後の希望だった。
でも、俺の相棒なら、きっと……!
『まさか童貞こじらせてそんな犯行に及んでいたとはな。軽蔑するよ、小僧』
あ、相棒ー!?
呼び方が契約前に戻ってるぞ!?
『ぷっ……くくく……』
っていうか何笑ってんだお前!
絶対ふざけてるだろ!
今そんな場合じゃないんですけど!?
ご主人様がピンチなんですけど!?
ぎゃあぎゃあと言い合いを続けるルフィナとウェイン。
悲しそうな瞳で俺を見つめるクラリス。
笑い転げるバルバトス。
俺は周囲を見渡した後、思わず天を仰いだ。
(何だ……このカオスな状況は……!)
────それでも。
この平和は、間違いなく俺が勝ち取った物だ。
三週間前、悪魔を召喚し。
クラリス襲撃から始まった、この一連の事件を戦い抜いて、俺がこの手で掴み取ったものは。
この平和な日常と。
クラリスの命と。
最強で最高の相棒と。
そして、一度は失くした夢。
未熟な俺だから、指の間から溢れ落ちてしまったものもあったけど。
ならば、それらはこれから拾いに行けばいい。
これから積み重ねていけばいい。
まだ、先は長いのだから。
窓から見える空は青い。
白い雲が一つ、二つ。流れていく。
春はもうすぐ過ぎ去って、次の季節がやって来る。
───夏は、近い。
◆
―――悩みがあったら教会へ行くといい。
心優しい神父様や可愛いシスターに慰めてもらえるから。
そう言ったのは、やはりウェインだったようだ。
翌日、彼は俺の元を訪ねてきた。
そしてこう言った。
「……丘の上の教会の神父やシスターが、一人残らず殺害された」
丘の上の教会。
俺が悪魔召喚の魔導書を手に入れた場所。
現場には荒らされた形跡があったそうだ。
また、『隠し部屋』が見つかった、とも。
その『隠し部屋』には、砕けた岩の欠片のような物が散乱していたらしい。
「……」
───誰かが、悪魔の魔導書を狙っている。
脳裏に浮かぶのは、金髪の美女。
まさか、彼女はこうなることを予期していたのか。
だから俺を魔導書の元へ導いたのか。
悪魔の力を狙う何者かの手に渡らぬように。
俺は天を仰いだ。
───波乱の夏は、近い。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて1章は完結でございます。
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