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42.劣等生の奮闘

 二発の魔弾が空中で衝突する。

 閃光と衝撃波が迸る。


 それが、開戦の合図になった。



 魔弾が弾けるのと同時に俺は駆けた。

 発生した衝撃波が行く手を阻もうとするが、足は止めない。

 一気に距離を詰め、クレイグの元へ。

 目を見開いたまま硬直している奴の顔面に向けて、拳を撃ち出す。


「ッ───」


 クレイグはそれを寸前で回避した。

 突き出した拳が、パーマのかかった髪を掠める。


 拳を振り抜き無防備な姿勢の俺に、クレイグは手刀を振り下ろす。


Schneide(切り裂)―――」


Gefängnis(縛り上げろ)ッ!」


 奴が詠唱を終えるよりも先に、既に口を動かしていた俺の魔術が完成する。

 天井に魔法陣が浮かび、そこから生えた黒い鎖がクレイグの腕に絡み付き、拘束する。


「!」


 これで手刀は振り下ろしきれない。

 クレイグの攻撃は不発に終わる。


 鎖はより強力にクレイグの腕を縛り上げ、彼を天井から吊るそうとする。

 クレイグは暴れるが、鎖が千切れることも拘束が緩むこともない。段々と床から足が離れていく。


 俺は天井の魔法陣に手を向け、より多くの魔力を注ぎ込む。

 魔法陣が一層輝きを増し、鎖の拘束は確かなものに───


「クソがッ!」


「!」


 クレイグが自由な方の腕を伸ばしてこちらに向けた。

 掌で光が迸る。


 撃ち出された魔弾を、咄嗟に障壁で防ぐ。

 が、そのせいで集中力が鈍り、天井の魔法陣と鎖は消え去ってしまった。


 クレイグが床に着地する。

 彼は息を荒げ、血走った目で俺を見た。


「アレンてめぇ……! どういうつもりだ……!」


「何が」


「さっきの……縛り上げた俺に攻撃することもできたはずだ……。なのに、テメェはしなかった……」


「……」


「魔弾を撃ち合った時もそうだ……! 俺は本気で撃ったのに……テメェが撃ったのは、威力の低い麻痺魔弾だった……!」

 

 クレイグは声を荒げた。


「手加減してんじゃねえ! 殺しに来い! 殺す気で来い! 本気のテメェをぶっ潰して、俺は今度こそ勝つんだ!」


「……断る」


 両手をクレイグへ向けたまま、俺は答えた。


「俺が魔術師になったのは人を救う為だ。殺す為じゃない。俺にとって、魔術とは人の命を救う為のものだ。奪う為のものじゃない」


 俺はクレイグを『倒す』覚悟は決めてきた。

 が、殺すつもりはない。

 もちろん、殺されるつもりもない。

 そういうことだ。


「ああ……そうかよ……」


 クレイグは力なく項垂れた。

 ふふふ、と笑う。


 一歩、後ずさる。

 何か異様な気配を感じた。


「だったら……本気出させてやるよ!」


 クレイグが吠えた。

 その声に応じるように、部屋の中に使い魔たちがなだれ込んで来る。


 集まった獣は三十匹程。

 牙を見せて唸る。


「これからお前に面白いもの見せてやるよ」


 クレイグは得意げに笑った。

 と同時に、獣たちが身を寄せ合う。


 ────そして、驚くべき変化が起きた。


「!?」


 おしくらまんじゅうのように互いに身体を押し付けあっていた使い魔たちが、ぐにゃりと歪む。

 肉体と肉体の境界線が、溶けるように消える。

 大きな黒い肉の塊になった使い魔は、スライムのようにグニャグニャと形を変え、やがて一匹の大きな獣になった。


 三十の使い魔は融合した。

 そして現れたのは、あの大きな獣。


「そうやって作ってたのか、あのデカイの。キモいな」


 軽口を叩いて平静を装う。

 でも上手く焦燥を隠せていたかはわからない。

 元々嘘を吐くのは苦手だし、それに───。


(流石に、デカイな……)


 俺を見下ろす巨体。

 少し前に見た時は熊ほどの大きさだったが、今目の前にいるコイツは違う。

 熊なんて比じゃない。

 これは怪物だ。以前対峙した巨大スケルトンよりかは小さいが、それでもこの大きさは脅威。だって、奴の口は俺の頭よりも高いところにある。


 その牙はまるで突撃槍。

 その爪はまるで長剣。

 その足から繰り出される突進の速度は、恐らく放たれた矢にも匹敵する。

 もっとも、破壊力はバリスタ並だろうが。


 ……正直、勝てるビジョンは見えない。


「どうだ! これが、あの人が俺にくれた秘密兵器だ! お前にコイツが倒せるかよアレン!」


 クレイグは高らかに声を上げる。

 俺は流石に両手を上げた。


「……無理だな」


「ハハハ! そうだろうなぁ! 当たり前だ! お前みたいな学園最弱の劣等生がよぉ、この最強の使い魔に勝てるわけがねぇよなあ! 諦めるしかねぇよぁ!」


 響く哄笑(こうしょう)

 俺は、両手を上げたままそれを鼻で笑った。


「あ……?」


 胡乱気(うろんげ)な目を向けてくる。

 


「クレイグ、自覚がないから教えてやる。俺の親切に感謝しろよ。………お前、馬鹿だろ」


「ああ!?」


 怒気のこもった視線。

 が、俺はそれを受け流す。

 涼しい顔で。


 イメージするのは悪魔の少女だ。

 あんな風に振る舞え。

 この怪物を目の前に対する恐怖を誤魔化すには、あの何事も飄々(ひょうひょう)と受け流す悪魔のようでいなければならない。


 震え出しそうになる足を気合で落ち着けて、同じく震えそうな声を絞り出す。


「たかが俺一人のために戦力を三十匹割いた時点で、お前は俺の作戦に乗せられているんだ。チャンスをドブに捨てたな、クレイグ。そのデカブツをクラリスの元に向かわせておけば、簡単に捕まえられたかもしれないのに」


「……!」


 クレイグは一瞬だけ焦りを見せたが、すぐに平然とした顔をする。

 

「それなら問題はねえよ。この場で今すぐテメェをぶち殺して、女どもを追いかければ良いだけだからな」


「俺を殺す? この場で今すぐ? ……それこそ無理だな」


「ハァ? 何言って───」


「俺はな、一言も言ってないんだよ」


 低い音が響く。高密度の魔力が奏でる、特有の音。

 だらりと上げた両手に魔力が集中する。

 クレイグが目を見開いた。


「───確かに『無理だ』とは言った。でも、『諦める』とは言ってない」


 勝つのは無理だと言ったが。

 時間稼ぎを諦めるとは、一言も言っていない。


「ッ、殺せ! 今すぐにだ!」


 クレイグの命令。

 飛びかかってくる使い魔。

 だが、もう遅い。

 既に、この両手には十分な魔力が集まっている。


「────ッ!」


 両手から吹き出す魔力。

 ダブルの魔力砲。

 それは部屋ごと破壊する勢いで獣に叩きつけられ、そして同時に反動で俺の体を大きく後方へ吹き飛ばした。


 ぐんッ、と目の前の光景が遠のく。

 背中からガラスのない窓へと飛ぶ。

 そのまま宙に放り出される。


 すぐさま獣が飛びついてくる。

 流石のタフさだ。二発の魔力砲を同時に食らってほぼ無傷とは。

 それどころか、攻撃を受けてからこの瞬間までの僅かな間に反撃に出てくるなんて。


「■■■■■■■■■■ッ!」


 落下しながらの戦い。

 奴は爪と牙。こちらは素手。

 迫りくる牙を、正面から受け止める。


「おおおおおおおッ!」


 反動で骨が砕けるんじゃないか。そう思うほどの魔力を叩き込んで肉体を強化。

 あり得ないほどに腕が膨張する。筋肉が一時的に活性化したからだ。

 内側から弾け飛ぶリスクもあるが、今はそんなこと気にしていられない。


 ぐぐぐ、と互いの筋肉に力が込もる。

 だが負けはしない。

 こちらは腕が吹き飛ぶ覚悟で肉体強化を行使しているのだ。

 相応の代償は払った。簡単に負けてたまるか。


「だあッ!」


 超強化された筋力で、強引に獣を引き離す。

 即座に繰り出した拳。

 それが奴の顔面に突き刺さる。


 ガチン、と硬い音。

 拳に鋼鉄を殴ったような痛みが走る。

 思わず顔を歪めた。

 普通の毛皮の硬さじゃない。


 それでも、顔面への攻撃ともなればダメージはあったのか、敵も苦悶の絶叫を上げた。

 しかし、それはすぐに怒りの咆哮へと変わり、再び格闘戦がスタートする。


 激流のような怒涛の連撃。

 絶えず迫る爪牙。凄腕の剣士のように上から、下から、左右から俺を切り刻もうとしてくる。

 その一発で命を奪い取る攻撃を、俺は肉体強化を駆使してギリギリで受け流していく。

 一手でも判断を誤れば、それが即死に繋がる。

 それほどの激戦だった。


 拳や蹴りの中に、時折魔力砲を混ぜてカウンター気味の一撃を狙う。しかし全て防がれた。

 同様に、獣の爪や牙が俺を傷付けることもなかった。


 実際に撃ち合った回数たったの数回だったが、一撃一撃が命を奪おうとする激戦だった。

 だが、それももうすぐ終わり。

 地面が近い。

 数秒後には激突。


 すぐに訪れるであろう死の未来を見て、俺は遂に勝負に出た。


 首に迫る爪を紙一重で避ける。

 顔のすぐ横を通り抜けた奴の前足を掴み、魔力砲の噴射を利用してぐるんと空中で回転。

 俺が上、獣が下の状態を作る。

 そして────


「落ちろッ!」


 奴の腹に、強化された全力の両足蹴りを放つ。


「■■■■■ッ!?」


 驚愕の声と共に落ちていく獣。

 だがこのままでは俺自身も奴の二の舞だ。


「ッ!」


 俺は手を伸ばした。

 そして叫ぶ。


Gefängnis(縛り上げろ)───!」


 城壁から鎖が伸びる。

 そして俺の右腕にがっしり絡み付いた。


 落下の衝撃が腕と肩に掛かる。

 本来なら脱臼どころか、骨が折れて関節が砕けかねないほどの衝撃だが、限界まで強化したおかげで、体は何とか耐えてくれた。


 鎖をロープのように使い、城壁へ飛ぶ。

 激突する瞬間、魔力砲を放つ。

 砕け散る石壁。

 暗い城内へ転がり込む。


「はあっ……はあっ……」


 瓦礫と共に床に転がる。

 仰向けに倒れ、荒い呼吸を繰り返す。


 限界直前まで強化し、その上落下の衝撃を一本で受け止めた右腕は、だらりと垂れ下がり上手く力が入らない。

 その代わり痛みもない。感覚が麻痺しているのだ。無理な強化の代償か。

 だが、一応動きはする。

 それだけでも御の字だ。


 俺は首だけを動かし、壁に空いた穴を見た。


「勝った……のか……?」


 巨大使い魔は間違いなく地面に激突したはずだ。

 その時のぐしゃりという音を確かに聞いた。

 いくら奴が頑丈とはいえ、あれだけの高さから落下して無事でいられるなんて、流石に考えづらいが……。


 痛みを押して立ち上がる。

 上手く力が入らなくて、膝ががくがく笑う。

 おまけに目眩が凄い。

 何とか気合で黙らせた。


 そのまま、ふらふらと穴の方へ。

 巨大使い魔の死体を、確認しようと──。





「■■■■■■■■────ッ!」



 穴の向こうにアイツが現れた。

 そう知覚した瞬間、城壁が無残に破壊される。


 雄叫びを上げて迫る獣を、俺はぼんやりと眺めていた。

 脳の処理が追いついたのは、その対象をすり潰すかのような猛烈な突進を受けてからだった。


「────!」


 悲鳴を上げる暇もない。

 吹き飛ばされながら思考する。


(跳躍してきたのか!? あの高さを!?)


 地面に激突したはずの獣は、まるで瞬間移動のように俺の目の前に現れた。

 その事実から考えられることは、たった一つ。

 この巨大な獣は、あの高さから落ちてもまだ、これだけ動くことができるということ。


(冗談じゃない……!)


 デタラメ過ぎる。なんだコイツは。

 落下してたのにまだ生きているのもそうだが、結構な高さのあるこの階まで飛び上がって来るなんて、化物にもほどがあるだろう。


「がっ……はっ……!」


 背中から壁に叩き付けられる。

 石壁にヒビが入る程の衝撃。

 もし身体強化を解いていたら、間違いなく今ので死んでいた。


「あ……が………」


 床の上に崩れ落ちる。

 必死にもがき、立ち上がる。


「……」


 獣は俺を見下ろしている。

 その体は傷だらけ。

 骨が肉から突き出している部分もあった。


 が、それらの傷は俺の目の前で塞がっていく。

 びき、という音と共に、獣の歪んだ骨格も元通りになる。


 再生しているのだ。

 この使い魔は、厄介なことに再生能力を有していたのだ。


「───どうだよアレン。コイツ凄いだろ? タフでパワーもあるし、動きも素早い。おまけに再生能力まである。最強の使い魔だ」


 虚ろな目で暗闇の奥を見つめると、そこからクレイグが姿を現した。

 自慢げな表情。

 ボロボロの俺を見て、奴は笑った。


「諦めろよアレン。結局お前は大した時間も稼げてない。何もできないまま、今ここで死ぬんだ」


 ゆらり、と獣が片足を出す。

 酷く緩慢(かんまん)な動きで、焦らすように近付いてくる。


「安心しろよ、痛い思いはさせないから。コイツの爪でサックリやってやる。……おっと、ガブリといかれる方が良いか? ギャハハハ!」


 下品な笑い声。

 獣は近付いてくる。


「さーてと、そろそろお別れの時間だなぁ」


 急に熱が冷めたように、クレイグは虚空を見つめた。


「じゃあな、アレン」


 クレイグが指示を飛ばす。

 俺の目の前まで来た獣は、振り上げた前足を容赦なく振り下ろした。



 ────が。



Barriere(防げ)……!」


 それは、寸前で俺の作った障壁に阻まれた。


 掲げた腕と、手の平の上に貼られた不可視の膜。

 それが、獣の爪を受け止めている。


「あァ……?」


 クレイグが怪訝そうな表情を浮かべる。

 それもそうだろう。


 俺がさっきまでこの巨大使い魔と戦えたのは、空中戦という限られた条件に加えて、かなりの無茶を重ねて一時的にスペックを底上げしていたからだ。

 それでようやく戦える。

 それほどの実力差。

 こんな化物の攻撃、本来ならば俺のようなヘッポコ如きに受け止められるはずがないのだ。


 ───だが、それなのに受け止められたのは。

 ちゃんと、理由がある。


「……そういうのさぁ、いらねーんだよ。ちゃっちゃと死んでくれや」


 もう一度落ちてくる爪。

 再び受け止める。


「………ッ!」


 手に特大のハンマーを叩きつけられたような衝撃。

 目が回り、一瞬意識が飛びかける。

 が、歯を食いしばり、床を踏みしめて耐える。


「はあ……」


 クレイグの溜め息。

 同時に三撃目。

 何とか受け止める。


「がっ……、ああ、ああああああっ!」


 ばしゅん、と手の平で何かが弾ける。──おそらくは皮膚。それと同時に赤い飛沫が飛び、俺の身体を濡らした。

 衝撃を受けた手の平が酷く痛い。きっと潰れたトマトのようにぐちゃぐちゃになっているだろう。


「……」


 今度は無言。

 四撃目。

 もう限界だが、それでも受け止める。


「ぐ、ああ、ああああああああああああッ!」


 障壁と爪がぶつかり合い、鉄を打つような火花が飛ぶ。

 腕の骨が軋む。関節が悲鳴を上げる。

 殺しきれなかった衝撃が腕を走り、裂傷のように皮膚が裂けて血が吹き出す。


「……いい加減にしろ」


 静かな声が響いた。


「いつまで無駄に抵抗し続けるつもりだ! うぜーんだよ! とっとと諦めて死ねって言ってんだろうが!」


 声を荒げるクレイグ。

 俺は息も絶え絶えに言った。


「お前……手加減、してるよな……」


「!」


「俺を、殺さない為じゃ……ない。むしろ逆、だ。殺さないんじゃ、なくて……殺せ、ない……」


 クレイグの顔が歪む。

 俺は続ける。


「お前、自身にも……操れていないんだ……この使い魔は……。強すぎて、思い通りには、動かせない……」


 目を見開いたクレイグを見て、俺は自分の推理が正しかったことを悟った。


 この獣は、本来クレイグのものじゃない。

 ヴィルムリンドから貸し与えられたものだ。

 だから、通常の使い魔たちならともかく、ここまで大きくなるとクレイグでは操りきれなくなるのだ。


「調子に乗って、大きくし過ぎたな……。馬車を襲ったサイズ、なら……まだコントロール、できただろうに……」


 そんな余裕はないが、鼻で笑う。

 案の定咳き込んだが、この挑発はクレイグには相当効いたようだった。

 彼は顔を真っ赤に染めて叫んだ。


「黙れ! だから何だって言うんだよ! それが事実だったとして、テメェが虫の息なのは変わらねえ! このままじゃ、どの道テメェは死ぬんだよ! 何ができるって言うんだ!」


「できるさ……」


 そう言って、俺は尻ポケットからナイフを取り出した。

 銀髪少女が持っていたアレをそのまま預かっていたのだ。


「はあ? 何だ、そりゃ。そんなチンケなナイフで何する気だよ。ええ? おい」


 嘲りの表情を浮かべるクレイグに向けて、俺はナイフを投げつけた。

 力なく飛んだナイフは、獣の傍らを通り過ぎ、クレイグの足元に転がった。


「………ぷっ」


 クレイグは吹き出した。

 大口を開けて笑う。


「ギャハハハハ! みっともねえ! 何だよ今のは! カッコイイこと言っといてダッサいねえ、アレンくぅ〜ん! ギャハハハ!」


 奴は腹を抱えて笑う。

 城の中にクレイグの笑い声が響いた。


「ヒイ……ヒイ……腹いてえ……。プッククク……、お笑いだなぁ、おい。ダサすぎるだろうがよぉ……っ」


 やがてクレイグは落ち着くと、俺の投げたナイフを拾い上げた。

 そしてしげしげと眺める。


「どれどれ〜? アレンくんの必殺ナイフには、一体どんな仕掛けがあるのかな〜? ん〜?」


 クレイグは手の中のナイフを、角度を変えたりしながら注意深く観察する。

 いや、恐らく本当は観察なんてしていなくて、あのわざとらしい動きもただのふりだろうが。


 まあ、そんなことはどうでも良い。

 俺にとって重要なのは、クレイグがナイフを拾ったという、その一点だけなのだから。


 俺は、小さく唱えた。



Puppe(付き)npuppe(従え)



 瞬間。

 ナイフが一人でに動き、クレイグの手の平に深々と突き刺さった。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!?」


 大げさに悲鳴を上げ、クレイグはのたうち回る。

 その隙に俺は再びナイフを操り、クレイグの手から引き抜いて手元に戻した。


「ああああああ……! いってぇ……! クソがぁ……!」


 クレイグは悪態を付きながら涙目で俺を睨む。


「何を……テメェ何をしやがったアレン!」


「授業で、習ったことの……応用編だよ。忘れたのか? 簡易ゴーレムの動かし方……」


「あああああああッ! クソが! クソが! クソが! クソッタレがァ!」


 一通り悪態を付き終わると、クレイグは憎悪を露わにして俺を睨んでくる。


「気が変わった……! どうせすぐに殺そうと思っても殺せないんだ……! この際、徹底的に痛めつけてから殺してやる……!」


 かかった。

 俺は心中でほくそ笑んだ。


 クレイグは今ので完全に怒りに囚われ、我を失っている。

 こうしてダラダラしている間に、そして宣言通りに俺を痛めつける間に、クラリスがどんどん逃げていることを忘れている。


 思惑通りだ。

 あとは────。


「覚悟しろよ、アレン……!」



 これから降り掛かる暴力に、果たしてこの身と精神がどこまで耐えられるか。

 たった一つ。それだけだ。

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