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41.劣等生の覚悟

 そこに立っていた少年の姿を見ても、俺の心に驚きはなかった。

 俺の顔に動揺が見られなかったからか、クレイグは苛立たしげに舌打ちをした。


「……なんだよ。その様子だと、気付いてたのか」


「ああ」


 そうなんじゃないか、という思いはあった。

 あくまで可能性だったが。


 俺たちがクラリスを連れて学園を出た時は、まだ授業中だったはずだ。

 馬車で移動していた間もずっと。

 ということは、裏切り者は、丁度その時間自由に行動できた人物──授業をサボっていた人間しかありえない。

 そして、俺は偶然その条件に当てはまる人物を知っていた。


「……信じたくは、なかったけど」


「残念ながら真実だよ。これがな」


 嘲るような笑みを浮かべるクレイグ。

 獣たちが唸る。

 背後でクラリスが怯える。


 バルバトスが呟いた。


「……数が多いな」


 小さく頷く。


 以前ヴィルムリンドと直接対峙した時に比べれば可愛いものだが、それでもクレイグの従える獣の数は凄まじいものだった。

 いくらバルバトスとて、この狭い部屋の中、クラリスを守りながらこの数を相手にするとなると厳しいものがあるのだろう。


「……本気を出せば蹴散らせないこともない。だが、これだけ狭い中での乱戦となると、お前たちを巻き込みかねん」


「最善の選択は?」


「逃げる、だな」


「……だろうな」


 息を吸い、一歩前に出る。

 飛びかかろうとする獣をクレイグが片手で抑えた。

 話してみろ、という表情。


「道中で俺たちを襲わなかったのは、この状況を作り出すためか」


「大正解〜! 見ろよこれ、凄い数だろ。全部俺の使い魔だ。あの人が、俺のために作ってくれたんだぜ。……お前の使い魔らしいその女が何者かは知らなねぇが、いくら優秀でもこれだけの数に囲まれちゃあ無事じゃ済まねえだろ?」


 おどけた調子には取り合わず続ける。


「ヴィルムリンドはどこだ」


「あの人はもうここにはいねえよ。お前とハーケンにやられた傷を治すために体を休めている。俺はあの人の代わりにお前をぶっ殺して、そこの女を捕まえる」


 クレイグはクラリスを見た。

 俺は奴の視線を遮るように立つ。


「……随分と遠回しなやり方だな。俺を殺せる場面なんていくらでもあっただろうに、わざわざこんな場所におびき寄せて」


「ただぶっ殺すだけじゃあ退屈だからよぉ〜……。そこのお嬢様に、お前が貪り食われる瞬間を見てもらわなくちゃなあ」


「趣味が悪いな」


 そう言いながら、俺は考える。

 クレイグの言葉の裏の真実を。


 俺を殺す。クレイグはそう言った。

 だがヴィルムリンドの目的は、俺を捕らえ、この体を食らうことだ。殺すことではない。

 死体に魔力は宿らない。ヴィルムリンドは、奴の悲願のためには生きたままの人間を食べるしかないのだ。


 ヴィルムリンドの目的は、クレイグが自身の言葉通りに行動してしまえば果たされないことになる。

 それは、つまり。


(向こうにとっても予想外な事態、か……)


 ヴィルムリンドが俺たちとの戦いで負った傷は、想像以上に深かったということか。

 だからクレイグに俺を狙う本当の理由を伝えられなかったんだ。


 ヴィルムリンドがベルク邸を襲撃したのは、学園長がこの街を離れてからだ。それまでは、せいぜい街の住人を襲う程度に留めていた。

 クラリスの持つ力に気付いてから、実際に行動を起こすまで十日も掛かっている。それだけの時間を掛けてチャンスを伺っていたのは、奴が学園長を恐れていたからだ。

 クレイグ経由かは知らないが、ヴィルムリンドは学園長の長期外出の情報を知り、遂に行動を起こした。

 

 しかし予想外の傷を負ってしまった。

 それは学園長が帰ってくるまでに治せるものではなかったのだろう。

 短期間で治せるはずなら、牢獄の中にあれだけ生きた人がいるはずがない。あれはヴィルムリンドにとっては『栄養源』のはず。


 ヴィルムリンドの負った傷は、決して短期間で癒せるものではなかった。

 だから奴は姿を隠した。

 クレイグにはある程度の情報だけ与え、学園長が不在の好機であり、しかし自分が動けないこの状況を、彼に任せた。

 そしてクレイグは『クラリス誘拐』と『俺の殺害』の為に計画を企てた───と、こんな所だろうか。


 大体の謎は解けた。

 ならば、クレイグの言葉やこの状況そのものから考え出せる、俺のやるべきことは───。


「バルバトス」


 囁く。


「後を頼めるか」


「……死ぬんじゃないぞ」


 短いやり取り。

 だがそれだけで、彼女は俺が今からやろうとしていることを理解してくれたようだった。


 クラリスが俺とバルバトスを交互に見る。

 クレイグが怪訝そうに眉を潜める。

 俺は、ゆっくりと奴に近付いた。


「……お前がどこでヴィルムリンドと出会ったのか、どうしてアイツに従うと決めたのか。それはこの際訊かない。後者については大体予想つくしな」


 少しずつ、距離が詰まる。

 クレイグが息を呑む気配。

 獣が身を低くし、威嚇するように唸る。


 だが、足は止めない。


「知り合いが敵になるってのは心にくるものがあるが……。言っておくぞ、俺に躊躇いはない。お前を倒す。どんな相手だろうと戦う。その覚悟はもう既に決めてきた」


 足を止める。

 彼我の距離は五メートルほど。

 ───既に、射程距離。


「そして、この選択の覚悟も決めてある」


 クレイグ。お前は知らないだろう。

 この技のことを知らないだろう。

 知らないからこそお前は恐れる。

 俺の体から迸る、この膨大な魔力を。


「先手は貰うぞ。吹き飛べクソ野郎」


 放つ魔力砲。

 ヴィルムリンドがいないとわかった今、温存する理由はない。

 容赦なく叩きつける───!


「ぶごぉ……っ!?」


 正面から魔力の塊をぶつけられ、クレイグの体が浮く。

 近くにいた使い魔たちを巻き込み、大きく後ろへと吹き飛ぶ。


 直撃を免れた獣たちは一瞬吹き飛ばされた主の方を向き、それから俺に向かって飛びかかろうとした。

 が、その動きが止まる。


「な、何をしている! とっとと……とっととそいつを食い殺───」


 起き上がったクレイグが叫ぶ。

 が、やはりピタリと止まる。


「おい……おい!」


 戸惑うような声。

 それもそうだろう。


 部屋の中からバルバトスとクラリスの姿が消えていたのだから。


「どこへ……さっきまでそこにいたはずだろ! どこに消えた! 隠れる場所なんてないだろ!」


「逃げたんだよ」


 声を荒げるクレイグに静かに答える。

 奴は信じられないものを見るような目で俺を見た。


「は……?」


「二人は逃げた。そこの窓から飛び降りてな」


「デタラメ言うんじゃねえ! どれだけの高さがあると思ってる!? こんな所から飛び降りて無事で済むはずないだろうが!」


「それができるんだよ。俺の使い魔は最強だからな」


 今度こそ、クレイグは絶句した。

 構わず続ける。


「俺の使い魔は俺よりも遥かに強い。誰よりも強い。だから、クラリスの護衛はあいつに任せた」


 バルバトスが付いているなら安心だ。

 彼女なら、きっとクラリスを無事に安全な所まで送り届けてくれるはず。

 だから俺がやるべきなのは、彼女たちが逃げ出すための隙を作ることだった。


「一人で戦う気か? 学園最弱のお前が?」


「言っただろ、覚悟は決めてあるって」


「……チッ」


 鋭く俺を睨むと、クレイグは背後の使い魔たちに大声で命じた。


「逃げた奴らを追え! こいつは俺がやる!」


 獣たちはその声を聞き、一斉に部屋から飛び出し、階段を駆け下りていく。

 残されたのは俺とクレイグのみだった。


「追試の時以来か? 直接対決ってのはよぉ……」


「ああ。そうだな」


「あの時は俺の負けだったか? どうやって負けたのかは記憶に無いが……今度はそうはいかない」


「……」


 俺は無言で腕を構えた。

 クレイグも同じ姿勢をとる。


 静寂。

 そして。


Starten(砲撃)ッ!」


Starten(砲撃)ッ!」


 打ち出された二発の魔弾。

 それらは空中でぶつかり合い、眩い光が室内を照らす。



 こうして、最後の戦いが幕を開けた。




      ◆



 それは一瞬のことだった。

 あまりに急すぎて、クラリスは何が起こったのかしばらく理解できなかった。


「……え」


 視界に映る景色。

 宙に浮いた身体。

 遥か下に見える地面。

 そこでようやく、クラリスは自分が空中にいるのだと気が付いた。


「きゃああああああああ!?」


「騒ぐな! あと暴れるな!」


 思わず絶叫したクラリスの耳に、届く叱咤。

 そちら向けば、端正な顔の少女。

 今更ながら、クラリスは自分がバルバトスに抱えられていることを理解した。


「お、おち……っ! 落ちちゃう……!」


「わかってる。飛び降りたのだから落ちるのは当たり前だ」


「飛び降りた……!?」


 クラリスは愕然とした。

 この少女は何を言っているのだろう。

 そして何故平然としていられるのだろう。


「し、死んじゃうわバルちゃん! 私たち落ちて死んじゃうわ!」


「死なない。死なないから一旦落ち着け」


 落ち着けるはずもない。

 クラリスは口をパクパクと───。


「落ち着け。地面にはぶつからない。周りをよく見ろ」


「え……」


 言われ、クラリスは周囲を見渡した。

 そして、気付く。


「!」


 落下しているにしては速度が遅すぎる。

 勢いがないのだ。本来なら既に激突しているはずの地面は、ゆっくりと近付くだけ。


 クラリスは弾かれたようにバルバトスを見た。


「これって……」


「私の力だ。人を抱えて浮遊するのも、長時間浮かび続けるのも、本来なら不可能だが……今回は『浮遊』ではなく『ゆっくり降下する』だからな。多少の無理はする羽目になるが、楽勝さ」


 ゆっくりと降りていく。

 段々と近付く地面。

 やがて、二人はふわりと地面に降り立った。


「行くぞ。この先に馬が留めてある。それに乗ってこの世界から脱出する」


「待って!」


 すぐさま駆け出そうとするバルバトスを、クラリスは咄嗟に呼び止めた。


「アレンは!? アレンはどうするの!?」


 バルバトスは一瞬塔の頂上を見上げたが、すぐに顔を前に戻した。

 振り向かず、答える。


「……あいつはここに残る」


「そんな……!」


「お前を逃がすのが最優先だ。……心配するな。私の主がそう簡単に死ぬはずがないだろう」


「でも……!」


 クラリスが何かを言おうとしたその時、唐突に狼の吠え声が聞こえてきた。

 二人がそちらへ目をやれば、黒い獣たちが近くまで接近してきていた。


「チッ……! 早いな」


 クラリスを庇うように立つバルバトス。

 彼女は首だけで小さく後ろを振り向くと、小声で囁いた。


「いいか。あの男は、いずれ世界一の魔術師になる男だ。こんな所で無様に負けるような奴じゃあない」


「……!」


「私を信じろ。そしてあいつを信じろ。今お前がするべきことは、私たちを信じて全てを任せることだ」


 クラリスは頷いた。

 その目には力強い光が宿っていた。


「……わかった。信じる」


「よし。よく言った」


 バルバトスは獣たちに向き直った。

 すっ、と腕をを伸ばす。

 瞬間、手の中にに弓が現れる。


 獣たちが一斉に唸る。


『貴様……。ソノ魔力、人間に(アラ)ズ……!』


『未熟ナ魔術師ノ使役ニ下ッタ、堕チタ神カ。……愚カナリ、実ニ愚カナリ』


 嘲笑うような声。

 それを受け、悪魔の柳眉がピクリと動いた。


「……この私とその主を愚弄するか。誇りを知らぬ、貴様ら畜生無勢が」


 ───ごう、と木々が揺れた。

 魔力の波動によって。


 その悪魔の身体から放たれる魔力は、華奢な姿に似合わぬほど凄絶にして苛烈。

 込められたのは、明らかな怒りの感情。


 獣たちがたじろぐ。

 後ろのクラリスですら息を呑んだ。


「ほう? 野蛮な犬っころでも恐れを知るか。だが後悔してももう遅い。貴様らは、この私の……悪魔の怒りを買ったのだからな」


 空いた片手に光が集い、それが一本の矢を形成する。

 バルバトスはそれを弓に番え、硬直する獣たちに向けた。


「我らに唾を吐いたその罪、万死に値する。容赦はしない。───精々苦しんで死ね」


 冷たい声。

 獣たちが最後に見たものは、自分たちに向かって飛んでくる光の矢だった───。

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