27.やるべきこと
前回までが怒涛の展開だったので、今回はちょっと情報整理を兼ねたお休み回でございます。
目を開けると、医務室の天井が見えた。
ついこの間まで見慣れない景色だったそれも、ここ三日の間に日常の風景と化した。
なにしろ一日をずっと医務室で過ごしているのである。こう何度も視界に入れていれば、見慣れない景色もすぐにそうでなくなる。
俺の怪我は割と深刻だったらしい。
あれだけ牙やら爪やらでザックリやられて血をダラダラ流せば、そりゃ当たり前だけど。
治癒魔術を掛けて終わりだったルフィナと違って、俺は医務室での安静を言いつけられてしまったのだった。
外出禁止なので、戦いでボロボロになった制服を新しく買い換えることもできない。
そういう訳で今の俺は私服だった。
「……」
俺は天井を見上げて息を吐いた。
────異界からの脱出から三日。
敵に動きはない。俺が負わせた傷が効いているのか、ヴィルムリンドは新たな刺客を差し向けることもしてこなかった。
ルフィナに砦まで見に行ってもらったところ、あそこにあったウネウネは消えたままだった。
出入り口は完全に消えたのだ。
それはクラリスや俺の安全を証明をするものであり。
同時に、ハーケン先生がまだ帰還していないことの証明でもあるのだった。
あの日から、今日で三日。
ハーケン先生はどうしているだろう。
無事だろうか。それとも────。
正直、今すぐ助けに行きたい。
だができないのだ。
入り口である空間の歪みが消えてしまった以上、あちらの世界に渡る手段はない。
そもそも、俺の体はまだ万全ではない。今の状態で助けに行っても、足手まといにしかならないんじゃないかという懸念が強かった。
「……」
他にやることもないので思考する。
鏡の世界で対峙した黒幕。六十年の歳月を越えて現れた過去からの亡霊────ヴィルムリンド・バルトついて。
彼は俺が生まれたときには既に死んだ(とされていた)人物なので、俺が彼について知っていることは、すべて噂や伝え聞いた話である。
というか、ヴィルムリンドが悪行を働いていたのは、もう六十年以上前のことなので、もう実際に同じ時代に生きていた人の方が少ないはずだ。
それなのにこうして現代にも悪名が轟いているのが、余計に奴の桁違いな力を物語っている。
なにせ、若い頃の学園長と戦って、彼を追い詰めたとされる人物だ。
死体のような身体を無理やり動かしている影響か、どうやら今は弱体化しているようだが………。もし全盛期の力を取り戻してしまったら、年老いた今の学園長では敵わないかもしれない。
そしてあの学園長でも勝つのは難しいということは、俺には到底勝てるはずもない相手ということでもあるのだ。
というか、弱体化しているとはいえ、今のヴィルムリンドだって相当に規格外な能力を持っている。
クラリスを誑かした念話。
奴が隠れていた鏡の世界。
同時に活動する大量の使い魔。
おまけに、本人の口ぶりではヴィルムリンドは使い魔を瞬時に作成することもできるらしい。
これだけの力を持つ魔術師───。
果たしてヴィルムリンドに勝てるだけの力を持った魔術師が、この学園に何人いるだろうか。
ふと思い出す。
そういえば、あの日───クラリスへの念話の話をハーケン先生に伝えたときのこと。先生は俺に、この件から降りるように言ってきた。
当時は不思議に思ったものだが、今考えてみると、あのとき既にハーケン先生は黒幕の正体がヴィルムリンドであることに感づいていたのだろう。
それでも無理強いをしなかったのは、やはり俺の意思を尊重したからだろうか。……きっとそうなのだろう。
────考える。
あのとき、ハーケン先生の忠告に従わなかったのは、間違った選択だったのだろうか。
賢い行いではなかったのだろうか。
俺は、素直に降りるべきだったのだろうか。
「……」
そうすればルフィナは巻き込まれなかったかもしれない。
彼女に恐怖を味合わせることも、無駄な怪我を負わせることもなかった。
それに、ハーケン先生があちらの世界に囚われることもなかったはずだ。
俺の選択は、間違っていたのだろうか?
「……でも、約束しちまったしなあ」
いいや、きっと間違いじゃない。
俺はクラリスと約束したんだ。『守る』って。
あの子の笑顔を取り戻すと、そう誓ったんだ。
その約束を───誓いを守るために行動することが、間違いのはずがない。
それに、今更後悔しても遅いじゃないか。
俺が今するべきことは、後悔することじゃない。できることを全力でやることだ。
なら、俺には何ができる?
……決まってる。
「……ヴィルムリンドを倒す。そのために力を付けることだ」
俺は天才じゃない。
そんなことはわかっている。
俺とヴィルムリンドとでは、生まれ持った才能も、蓄えた知識も、積み重ねた経験も、何もかも天と地ほどの差がある。
だが、それがどうした。
そんなことが────そんな犬のクソよりもくだらないことが、努力を怠る理由になるか?
何もしないでボケッと時間を浪費するのが許される理由になるか?
───ならないだろうが、マヌケ。
「……ふ」
自嘲気味に笑う。
皮肉なものだ。
あれだけ『努力は無意味だ』と言い続けてきた俺が、今ここで縋ることができるのが努力だけだとは。
……でも、これはクラリスのためにも必要なことだ。
今更遅いだろうか。
こうなってから気付くなんて。
無意味だろうか。今から始める努力なんて。
いや、意味はある。無意味なんかじゃない。
きっと、意味はあるんだ。
「……よしっ」
俺はベッドから降りた。
身体はまだ痛む箇所があるが、きっと大丈夫。
ちょっとくらいは我慢だ。
傷は塞がっている────はずた。
多分。恐らくは。
まずは軽く身体をほぐす。
伸ばしたり曲げたり。ストレッチだ。
二日もベッドの上で寝たきりだったため、身体はガチガチに凝り固まってた。
「……イテッ」
唐突に痛みが走る。
まだ動くのは早すぎたか。いや、そんなことない。
今やらなきゃ駄目なんだ。
ようやく目が覚めた今こそ、俺が俺を越える好機なんだ。
「ふう……」
身体をほぐし終え、俺はベッドに座った。
以前の戦いを思い出す。
あの死闘の中で、唯一ヴィルムリンドにダメージを与えた攻撃。それは、ルフィナの《茨の剣》ではなかった。
────魔力砲。
土壇場で俺が撃ったあの攻撃。
大勢の使い魔ごと吹き飛ばしてダメージを与えられるあの特大火力こそが、ヴィルムリンドを倒す鍵だ。
原理としては単純にして明快。
ヴィルムリンドも言っていたとおり、体内の魔力を爆発させて相手にぶつける。
ただそれだけのエネルギー波。
帰ってきてから調べて知ったことだが、普通の魔術師はこの攻撃を知らないし、知っていてもまず使わないらしい。
理由は、あんなものは魔術ではないからだ。魔術師はそういう細かいところにこだわる。だから、あんな詠唱も必要としない、乱雑で美しくない行為を魔術とは認めず、決して行使しない。
───理由はもう一つ。
効率が悪過ぎるから。
ヴィルムリンドは言った。
多くの魔力を消費しなければ、俺が撃った魔力砲と同等の威力を出すことはできないと。
何が理由かは知らないが、どうやら俺は魔力保有量が他の魔術師よりも多いらしい。だからあれだけの高威力の魔力砲を連続で放つことができた。
だが他の魔術師ではそうはいかない。普通の魔術師にとっては、いくら高威力といっても数発で魔力切れを起こす魔力砲を乱発するより、もっと別の魔術を使った方が効率的なのだ。
しかし俺には他に方法がない。
どうせ低級魔術しか使えないのだ。そんなヴィルムリンド相手にはほとんど役に立たない魔術よりも、結果を残している方に磨きをかけたい。
魔力砲だ。それしかない。
勝機があるとしたら、きっとそこだ。
「そうと決まれば早速行動だ」
今一番必要なのは、魔力量の増加だ。
魔力が増えれば魔力砲の威力は上がる。より多くの魔力を火力面に回すことができる。
それだけじゃない。より数多く撃てるようにもなる。
調べるべきは、魔力を増やす方法。
俺は特別なことは何もやって来なかった。
なのに魔力量は増えていた。
何故だ。わからない。でもきっと何か答えはあるはず。俺がやってきたことの中に、魔力量を増やす鍵はある。
「……図書館だ。図書館に行こう」
調べよう。そこに答えはある。
ほぼ直感だった。だが、俺はこの直感を信じた。
魔術師の勘はよく当たるのだ。
……俺は試験のヤマとか外すけど。
少し痛むが我慢して、俺は医務室からこっそり抜け出した。




