24.凍てつく闇
襲いくる使い魔たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
俺たちはようやく街の外に出た。
そしてそのまま子どもたちから聞いた情報を頼りに進むこと数分。
俺たちはそこに辿り着いた。
「家っていうか……」
「砦ね……」
そこは、廃棄されていて今はもう使われていない砦だった。
もう四、五十年前のものになるだろう。なんでそんなものが取り壊されもせずに残されているのかはわからないが……。
まあ確かにこんなところを訪れる人は物好きの怖いもの知らずくらいだろうし、結界の入り口を隠すなら最適かもしれない。
いや、それよりも。
街の外のこんな砦すら再現できるなんて、俺たちが相手にしている術者はどれほどの────。
「……」
俺は山を───そこにそびえ立つ城を睨んだ。
あそこは本来、学園が建っていた場所だ。
そこに学園がなく、代わりに見覚えのない城が建っている。
ということは、恐らく敵の本拠地はあそこ。
あの場所に、俺たちの敵がいる。
強大な敵。
俺の手には負えないだろう、恐ろしい敵が。
俺の力では、きっと勝てない。
でも、こうして情報を持ち帰ることで、少しでも役に立つことができれば。
クラリスの笑顔を取り戻すことに、少しでもいいから繋がれば────。
「……行こう」
俺たちは砦の中に足を踏み入れた。
砦の中は暗く、まるで何も見えない。
俺たちは魔術で光球を作り、道の先を照らした。
埃っぽい空気。
こんなものまで再現しているなんて。
まさに鏡の世界だ。
どことなく似た雰囲気から、いつかの幽霊屋敷を思い出す。
そういえば、この鏡の世界ではあの場所も再現されているのだろうか?
だとしたら敵はどれだけの化物なんだ……。
いや、考えるのはよそう。
圧倒的な実力差に身がすくんでしまう。
横のルフィナを見ると、彼女もまた同じようなことを考えていたのか、恐怖を滲ませながら悄然とした様子で肩を落としているところだった。
「……」
息を吸い、呼吸を整える。
今回はむせなかった。
敵は俺たちがここに来ることを予想しているはずだ。まず間違いなく待ち伏せされている。
突然襲ってくる可能性は高い。何が起きても問題なく対処できるよう、心の準備をしておくことは大切だ。
しかし、その割にはやけに静かだった。
砦の内部は、俺たちの足音が響くのがわかるくらいに何の音もしない。
嵐の前の静けさ、というやつだろうか。
それとも、敵が待ち伏せしているなんて俺の考え過ぎ───なんていうのは、流石に希望的観測が過ぎるか。
(何が待っていようと、足を進めなければいけないのは変わらない……か)
待ち伏せされていようがされていまいが、『先に進まない』という選択肢は存在しない。
立ち往生するのは一番の悪手。
俺もルフィナもそのことを理解しているからこそ、少しの恐怖と最大限の警戒を抱きながら、こうして進んでいる。
──────と。
俺はふと、何かの気配を感じた。
次いで、音。
背後から。
びちゃり、と湿ったような音が耳に届く。
「──────」
かかとに、何か飛沫のようなものが飛んだ。
生温かく、どろりとした────。
(! 振り向いては……いけない……ッ!)
本能的に悟った。
振り向けば、必ず後悔すると。
────脳裏に浮かぶ声。
黒い獣は言った。
主に献上する、と。
なら、献上された人間はどうなるのか?
────無事で済むはずが、ない。
(駄目だ……ッ! 振り向くな……ッ!)
脳内に浮かぶ仮説。
嘘だ。そんなはずがない。
そんなことは許されない。あってはならない。
なのに─────。
どうして、こんなにも辻褄があうんだ……?
(振り向くな……ッ! 振り向いてはいけないんだ……ッ! 絶対に、後悔することになる……ッ!)
だが振り向かなければ────この目で確かめなければ、この仮説が正しいのか確かめることはできない。
間違っていると信じたいのなら。
この目で証明するしかない。
(やめろ! 振り向くな────!)
そして、俺は────────
「───────ひっ」
見るも無残な、少女の死体を見た。
「う……うわあああああああああああああああああッ!?」
それが少女だったとわかったのは、頭部から長い髪が生えていたからだ。
────逆に言えば、この遺体が女性であると断定する材料は、もはやそこくらいしか残されていなかった。
虚ろな目はこちらを見ている。
右目は、確かに。
左目は───潰れていた。
遺体は裸だった。
一切の衣服を身に着けてはいなかった。
皮膚もまた、残されてはいなかった。
すたずたに切り裂かれた肢体。
真っ赤な肉と、その間から除く骨。
そして腹から溢れた臓腑。床に広がる血溜まり。
嫌な臭気が漂う。
そして俺は、猛烈な吐き気と共に、自分の仮説が正しかったことを悟るのだった。
「な、なに、コレ……」
両手で口を多いながら、ルフィナが愕然とした表情で言う。
その目は信じられないものを見るようなものだった。
俺だって、信じたくはなかった。
だが、真実だった。
俺は息を吸った。
血の臭いが鼻を突いたが、一度呼吸して心を少しでも落ち着かせないと、頭の中を整理できる気がしなかった。
ようやく冷静さを取り戻した俺は、今さっき真実であると証明されてしまった自らの仮説を口にした。
「ッ、食べたんだ……」
「え……?」
ルフィナが不安そうに俺を見た。
「食べたんだよ……! 使い魔に攫わせた人の肉を、この事件の黒幕は食べたんだ……ッ!」
「そんな……何の為に……、ッ!?」
そこまで言って、ルフィナは感づいたようだった。
─────人の身体には、魔力がある。
それは誰しも同じ。皆、体内にごくごく微量の魔力を持っている。
違うのは量。そして才能。この生まれつきの魔力が多く、それを扱う力を持っている人間────例えばルフィナのような人間は、生まれつき魔術師の才能を持っていると言える。
だが、通常は俺のように、生まれつきの魔力はごくごく微量。ほとんど無いようなものだ。
でも、それでも確かに魔力はある。
微量でも、魔術師ではない一般人の肉や血の中にも魔力はあるのだ。
───魔術師を目指さない人間にも、魔術師の才能はあるかもしれないのだ。
「その肉を食べれば、少しだけだけど魔力が手に入るわ……! 何度も繰り返せば、それだけ大量の魔力が……!」
「ああ。黒幕は、それが狙いで街の人々やクラリスを狙ったんだ……! 自分の魔力を増やす為だけに……! たったそれだけの為に、何人もの人の命を……ッ!」
だが、それはもはや魔道ではない。
そんなものは魔術師の進む道ではない。人の道から外れた、外道だ。
もう限界だった。
俺は激しい怒りの衝動に駆られ、闇に向かって叫んだ。
「いるんだろ! 出てこいよ屑野郎ッ!」
もう、敵はすぐ近くにいるのだ。
俺たちの頭上から食べ終えた死体を落として、俺たちが怖がる様子をこの暗闇の中から、ずっと覗いていた────!
(絶対に許さない……ッ!)
許せない。
許せるものか。
自らの欲望のためだけに、無関係な罪もない人々を何人も、何十人も犠牲にし、利用してきた。
その下劣で醜悪な心、到底許せるはずがない。
たとえ手も足も出ないような強大な敵だろうと、俺が必ずこの手で─────
「───威勢の良い声だ。若いとは素晴らしいな」
───瞬間、俺は首筋に氷を当てられたような寒気を感じた。
なんだ、これは。
この途方もない恐怖は────!?
「素晴らしい。若さとは実に素晴らしいことだ。愚かなほどの情熱と、無謀なまでの勇気を持っていられる。────それを、正しいと信じていられる」
息ができない。肌が粟立つ。
心の奥がざわざわとして、早金を打つ心臓が止まらない。
恐怖。心の底から冷えるような恐ろしさ。
───震えが、止まらない。
「愚かで無謀な若き魔術師たちよ。ようこそ、我が世界へ」
闇の奥から、人影が近づいてくる。
怖い。怖い。怖い。
恐ろしい。
なんなんだこの気配は。
なんなんだ、この存在は。
圧倒的恐怖。本能的恐怖。
全身の筋肉がこわばってしまって、思うように動かない。
いや、筋肉だけじゃない。
全身の組織。俺の身体を構成する要素すべてが、目の前のこの存在に恐怖し、萎縮してしまっている。
「おやおや、どうした。先程までの威勢の良さはどこへ行ってしまったんだ? んん?」
老人のようなしわがれた声。
挑発するような口調。
だが、俺の体は動かない。
つい先程の怒りは、目の前の恐怖でどこかに吹き飛ばされてしまった。
人影はいまだ闇の中。
声だけが、俺たちに届く唯一の情報。
なのに、この存在感。
駄目だ。勝てない。
勝てるはずがない。
こんな相手に、俺みたいな三流魔術師が勝てるはずが────
「ッ、アレン……っ」
「!」
囁くような、縋るような声。
それと共に、俺の手にそっと温もりが重ねられる。
温かな感触。
それが、凍てつく恐怖を溶かす。
「───……」
……そうだ。ついさっき思ったばかりじゃないか。
『先に進まないという選択肢はない』と。
なのに、今の俺はどうだ。
恐怖に足がすくみ、無様に震えている。
「……っ」
重ねられた手を握り返す。
しっかりと。確かに。
ああ、怖いさ。
でもだからなんだって言うんだ。
怖いなら、逃げ出せばいい。
立ち往生するのは一番の悪手なんじゃなかったのか?
ふう、と息を吸う。
思考をクリアに。
何をすれば良いのかを明確に。
─────そして、覚悟を決める。
「ッ、Flashッ!」
迸る閃光。
光球などと生易しいものでない。
敵の目を焼く、本来の用途だ。
「走れッ!」
短く叫び、ルフィナの手を掴んで走り出す。
あの敵とはやりあえない。
今俺たちにできるのは、尻尾を巻いて逃げ出すことだけだ。
ひた走る。
闇の中を、がむしゃらに。
ただひたすらに。
必死で。死ぬ気で。
────そんな覚悟が通じたのか。
俺はソレを発見することができた。
「! 結界の入り口……!」
なるほど、確かにウネウネだ。
これほどこの空間の歪みを上手く表現した言葉も他にないだろう。
「これで、帰れる……!」
ルフィナが歓喜の声を上げる。
彼女の目には涙が溜まっていた。
俺も泣きたい気分だった。
俺たちはそのウネウネに向かって必死で走る。
残り数メートル。
距離はどんどん縮まっていく。
助かった。
俺たちは助かったんだ。
あとは得た情報をハーケン先生に伝え、学園長に伝えればそれで終わり。
もう、こんな恐ろしい思いはしないで済む。
もう限界だった。
終わらせたかった。
俺たちはウネウネに向けて手を伸ばした。
あと少し。あと少しで、手が届──────
「─────逃がすはずがなかろうが」
突如、膨大な魔力の爆発が俺たちを飲み込んだ。
次回、主人公覚醒です。
お楽しみに。




