20.聞き込み開始
ベルク邸への訪問を終え、俺はロマイナの街を歩き回っていた。
ハーケン先生は学園長に報告する使い魔を送るために真っ直ぐ学園に向かったが、俺はやりたいことがあるので街に残った。
砂漠のことは、砂漠の民に。である。
トルードさんの使い魔が途中まで敵を追跡した結果、ある程度結界の入り口があるであろうポイントを絞ることができた。
中央広場のあるロマイナの中心部より西。店舗の密集している地域――つまり職人街だ。
もちろんフェイクの可能性もあるが、今はこの情報を頼る他はない。
「……」
しかし気になるのは。
念話のことを伝えた途端、ハーケン先生とトルードさんの顔つきが変わったことだ。
ハーケン先生に至っては、俺にこの件から降りるようにとまで言ってきた。……もちろん、断ったが。
訊いたところで何も答えてはくれなかったが、何かを隠しているのは明らかだった。
「まあ、良いんだけどさ」
答えてくれないということは、きっと俺が知ったところでどうしようもない問題に違いない。そんなことに頭を悩ませるよりも、結界の入り口を見つけ出すことの方が先決だ。
道の端に寄り、地図を眺める。
この辺りで間違っていないはずだ。トルードさんの使い魔が獣に攻撃され、その姿を見失ったのは、丁度この辺り。
見渡せば人通りの少ない路地だった。これでは有効な目撃証言は望めそうにないか。
失望しながらも一抹の望みを持ってキョロキョロ辺りを見回していた俺は、突如夕陽に目を焼かれて悲鳴を上げた。
「うおっ!? まぶしっ!」
そういえば図書館でルフィナと勉強していたのが丁度正午の頃だったので、それからベルク邸に行き、クラリスと話して……と考えると、確かに夕暮れ時。しかも夕陽が沈みかけている最中という、一番眩しい時間帯だ。
ここに来る途中も日が眩しいのは重々承知していたはずだったのに、キョロキョロしていたのが仇となった。
両目を手で被ったままよろよろ壁伝いに歩いていた俺は、曲がり角のところで何かにぶつかった。
「おっと……」
「ひゃあ!」
小さな衝撃。
反射的に目を開くと、目の前で小さな女の子が尻もちを付いていた。俺がぶつかってしまったのは、どうやらこの子らしい。
「ああっ、ごめんな? 怪我はないか?」
「ううん。だいじょうぶ」
膝をついて、子供を助け起こしてやる。
かけっこでもしていたのか、後ろから数人の子供がトタタ……と駆けてきた。
「アニちゃん、だいじょーぶ?」
「うん、だいじょうぶ」
転んだ子―――アニちゃんと友達たちが言葉を交わす。
と、一人の男の子が俺の方を見て言った。
「おにいちゃん、“まじゅつし"のひとー?」
つい、と俺の胸の辺りを指さしてくる。
そこには、デルタミヤの校章。俺の着ている制服は、胸に校章がデザインされているのだ。
「うん、そうだよ」
膝を降り、目線の高さを合わせる。
俺が肯定すると、子供たちはぱあっと顔を明るくさせた。
「じゃあ、じゃあ、なにかやって!」
「え、何か……?」
困った。
俺、小さい子を楽しませるような魔術なんて使える気がしないぞ……?
「えっと……、Flash」
とりあえず小さな光球を出してみる。
俺の指先で、小さな光がぽうっと灯った。
これは本来目くらまし用の攻撃魔術なのだが、込める魔力を調節すれば、こんなこともできるのだ。実際、幽霊屋敷の時には光源としても役に立った。
……本当はもっと派手にするつもりだったけど、魔力コントロールがヘタクソな俺にはそんな芸当はできなかった。
こんな地味なので良いんだろうか……と思っていたが、子供たちはそれだけでも結構はしゃいでくれた。
「すごい、すごーい!」
「ね、もういっかい! ちがうのやって!」
ち、違うの……?
他に何かなかっただろうか。俺にも出来るレベルで、子供ウケの良さそうな魔術は―――。
「……お」
目線を彷徨わせていた俺は、アニちゃんのポケットから顔を出している小さな土人形に気付いた。
錬金術で有名な、いわゆるゴーレムという奴だ。が、これは子供の玩具用に発売されているもので、攻撃性はない。……その代わり、ひとりでに動いたりすることもないのだが。つまり魔術で固めただけの、ただの土人形だ。
まあ、小さな子供が魔術師ごっこするのにはそれでも十分かもしれない。
だが今回は、ぶつかってしまったお詫びも兼ねて、彼女たちに一抹の夢を見させてあげよう。
「これ、ちょっと貸してくれるかな?」
「これ? いいよ!」
目の前で魔術を見られてウキウキなのか、アニちゃんは快く人形を貸してくれた。
受け取った人形に軽く魔力を通し、唱える。
「―――Puppenpuppe」
薄くぼんやりと光る土人形。
………どうやら上手くいったみたいだ
俺はそれをアニちゃんに返した。
「?」
「何か命令してごらん」
アニちゃんは何だかよくわかっていなさそうな顔を浮かべていたが、やがて地面土人形を置いた。
そして叫ぶ
「えっと……あるいて!」
途端、土人形はゆっくりと立ち上がり、よたよたと歩いてアニちゃんの方へと近寄っていく。
そして彼女の足元まで来ると、再びコテンと地面に横たわった。
「わあ……っ!」
子供たちが目を輝かせる。
「簡単な命令なら聞いてくれるように魔術をかけたんだ。明日の朝くらいまで、コイツは本物のゴーレムだよ」
「すっごーい!」
歓声を上げる子供たち。
俺がへっぽこじゃなければ効果時間をもっと長くしてあげられたんどけどな……ごめんね……。
きゃあきゃあとはしゃぐ子供たちに、俺は訊いてみた。
「ところでさ、お兄さん黒い動物探してるんだけどね。君たち何か見なかったかな?」
「ん!」
男の子が俺の後ろを指差す。
―――って後ろ!?
「!」
慌てて振り向き―――
「……」
そこに居たのは一羽のカラスだった。
いや、間違ってはいないんだけど……。
カラスは首をキョロキョロ動かして、やがて飛び去って行った。
俺はそれを無言で見送る。
カー、と間抜けな声が響いた。
……気を取り直して。
「えっと、アレも確かに黒い動物なんだけど。そうじゃなくて……もっとこう、犬っぽいやつなんだけど……」
前に対峙した敵の姿を思い浮かべながら、子どもたちにも理解できるよう丁寧に説明する。
と、アニちゃんがバッと手を上げた。
「わたし! くろいいぬ、みたよ!」
「! ど、どこで?」
するとアニちゃんは、地面を指さした。
「ここ! このみち! きょうのね、おひるくらいにね、くろいいぬがこのみちはしってたの!」
「!」
ビンゴだ。
俺ははやる気持ちを抑えながら、アニちゃんに訊いた。
「その犬、どっちに行ったかな?」
「あっち!」
ビシッと元気よく左の道を指さすアニちゃん。
その方向を見て、一人の子が声を上げた。
「おれ、きいたことあるよ! あっちにあるおうちにね、ウネウネがあるんだって!」
あっち……って。
街の外じゃん。
そんなところに家なんてあったか……?
いや、それよりも……。
「ウネウネ?」
「うん! ウネウネ! なんにもないのに、ウネウネしてるんだって!」
「……なんだ、そりゃ……?」
よくわからないが、子供たちが口々に「おれもきいた!」「あたしもー」というので、どうやら調べてみる価値はあると俺は思った。
いや、その前に一度先生たちにも伝えておいた方が良いだろうな。となると一旦学園に戻って、それから……。
(……こういう時、自分の代わりに動いてくれる使い魔が欲しいよなあ)
もしあのフクロウのような使い魔が俺にもいれば、わざわざ帰らなくても代わりに情報を届けてくれるのに。
バルバトスに頼んでみるという手もあるが……無理だな。あの悪魔が俺の命令を聞いて働くなんて想像つかない。
と、そんなことを考えながら、俺は子供たちからもっと詳しい話を聞こうとする。
「そのお家って、どこにあるのかな?」
「あっち!」
「……うん。それはわかったんだけど……」
もう少し詳しい情報がほしい。
やはり子供だけじゃなく、大人からもキチンとした情報が欲しいところだ。ウネウネとやらもよくわからないし、報告に行くのは一旦情報を整理してからでもいいか。
「それって、どんな感じのお家?」
「ボロボロ」
「ボロボロ……」
空き家、だろうか。街の外にあるのか?
街の外……。
もう少し、探検してみるか。
俺はその空き家を探すべく、子供たちに礼を言って立ち上がる。
そして振り返ろうと────
────と、その時だった。
『見ツケタ……主ノ邪魔ヲシタ……魔術師ノ子供……』
――それは、地の底から響くような声だった。
抑揚はなく、感情もない。だがそれが、逆にその声の恐ろしさを際立たせていた。
緊張で喉の奥がひりつく。
それでも俺は声を絞り出した。
「……っ! 使い魔……!」
振り向いた先にいたのは、一匹の獣。物陰からゆっくりと姿を現すところだった。
狼のような体躯。鋭い爪と口から覗く牙は、まさしく狼のそれだ。
だが、その大きさだけは狼のものではなかった。
その使い魔は、まるで仔牛ほどの大きさを持っていた。黒い体毛は逆立っており、ハリネズミのように膨らんで見える。
グルル、と獣が喉の奥で唸る。
俺は子供たちを背に庇いながら、じり、と一歩後退りした。
子供たちは恐怖に固まってしまっている。
一人、二人、三人、四人―――。それでも、六人いる内の四人は、なんとか自力で走り出せそうではあった。
「……君たち」
小さく語りかける。
びくり、と彼らは肩を震わせた。
「ここは俺がなんとかするから、君たちは合図したら一斉に逃げるんだ。いいな? もし動けない友達がいたら、手を引っ張ってやれ。それで、走ったら絶対に振り向いちゃダメだ」
首を動かし、後ろの様子を伺う。
六人は皆、顔を真っ青にしながらもこくりと頷いた。
『魔術師……主ノ為、ココデ殺ス……。ウシロノ子供モ、主ニ献上スル……』
「やってみろよ、畜生が」
じり、ともう一歩後退する。
その分だけ、獣が迫る。
―――獣の脚は太い。おそらく、そこにはとてつもない量の筋肉が詰まっているのだろう。……いや、筋肉というのは語弊があるか。魔力バネ、と言った方が正しいかもしれない。
とにかく、その脚から繰り出されるスピードは脅威だ。子供の足では、踵を返して逃げ出してもすぐに追いつかれてしまうだろう。
なら、俺がここで食い止めるしかない。相手はいつか戦った使い魔よりも遥かに強いだろう。体躯の大きさ、溢れ出す魔力の差がそれを物語っている。
────しかし、それでも。
俺は、戦わなくちゃいけないんだ
「―――今だッ! 走れ!」
後ろの気配が一斉に遠ざかる。
それと同時に、俺は前に飛び出していた。
『────■■■■■■■ッ!』
ひと呼吸遅れて、獣が俺に飛びかかる。
一瞬で詰まる彼我の距離。ぐんッ、と間にあった空間がそのまま削り取られたかのように、獣の牙が迫る。
―――だが、遅い。
既にこちらの準備は完了している。
「Schneiden―――ッ!」
列帛の気合と共に、事前に練り上げておいた魔力を解き放った。
開放された魔力は白銀の刃となって獣の身に降り掛かる。
黒い体のあちこちに切り傷が生まれ、ハリネズミのように逆立った毛が吹き飛ぶ。
『■■■■■■■―――!』
だが、獣は止まらない。
全身に刃を浴びながらも、突進してくる。
その迫力。スピード。
間違いなく前回対峙した使い魔とは比べ物にならない凄まじさだった。
「―――Barriere!」
すぐさま結界を張る。
不可視の障壁が、獣の行く手を阻むように立ちはだかる―――!
―――だが。
獣はそれを、いとも簡単に破壊してみせた。
「!?」
『■■■■■■■ッ!』
腹部に衝撃。
獣の突進をまともに食らった俺は、突っ込んできた獣もろとも後ろに吹っ飛ぶ。
「ぶ────っ!?」
背中から地面に叩きつけられ、そのままの勢いで転がる。
息がつまり、思考が一瞬途切れる。
「く――っ、Starten―――ッ!」
地面を転がりながらも反撃。
発射したのは二発の魔弾。当てずっぽうに撃ったため一発は見当違いの方向へ飛んでいったが、もう一発は獣の顔面に直撃した。
怯む獣の腹に蹴りを入れ、距離を取る。
立ち上がる暇もなく、ゴロゴロと地面を転がって移動。
ようやく彼我の距離が適当に開き、俺は膝をついてゆっくりと立ち上がった。
「───────」
小さく振り向く。
子供たちの姿はない。無事逃げ切れたか。
これで、目の前の敵との戦いに専念できる。
再び獣と向き直る。
距離は五メートル程。十分に魔弾の射程距離内だ。
しかし、顔面に直撃させても怯む程度。前回の使い魔は一撃で仕留められたが、今回の敵は格が違う。
俺の魔弾では、奴に致命傷は────。
『■■■■■■ッ!』
獣が吠えた。
先の意趣返しか。魔力の込められた咆哮は波動の刃となって飛来し、俺の全身に襲いかかる。
ピシッ、ピシッと、制服に切れ込みが入るような傷が、次々に増えていく。
ひゅん、と頬を刃が掠める。
薄皮が裂け、つうっと血が一筋垂れた。
だが狼狽えない。
魔術師は常に冷静に。慌てない。
呼吸は深く。より多くの空気を体内に取り込み、絶えず敵を観察し続け、思考し続ける。
「……Fixierung」
唱えたのは『固定』の概念を持つ詠唱。
基本的に、俺はこれを魔弾を打つ前に用いる。
標準を『固定』することによって、魔弾に自動追尾の能力を与えることができるからだ。
─────だが、今回は違う。
俺の撃つ魔弾では奴に対したダメージを与えられない。それは先の攻防ではっきりした。なら、追尾弾を撃ったところで意味はない。
ならば────。
「Gefängnisッ!」
突如、獣の足元に魔法陣が出現する。そこから生えた黒い鉄の鎖のような物が獣の四肢を絡め取り、その体を縛り上げた。
獣は鎖を引き千切ろうと必死にもがくが、束縛が緩むことはない。『固定』の概念を付与された鎖は、獣をその場に『固定』し続ける。
じゃらじゃらと、鎖の揺れるやかましい金属音が響くばかり。
『■■■■■ッ! ■■■■■ッ! オノレェッ! 魔術師ィ!』
言葉にならない声を上げ、悔しそうに暴れる獣。
「……しばらくそこで大人しくしてろ」
頬を伝う血を拭い、俺は吐き捨てた。
掠めただけかと思ったが、案外深くやられていたらしい。薄皮一枚どころじゃなかった。後で治癒魔術を掛けてもらう必要がありそうだ。
制服もボロボロだし、これは新調しないとか。
結構高いんたけどなあ……。
『離セェ! 魔術師、貴様ァ!』
相変わらずもがく獣。
……奴は気付いていないようだったが、鎖が軋み始めていた。やはり普段使い慣れない魔術だからか、長時間の効果は期待できないようだ。
すぐに先生たちに連絡を―――。
そう思って踵を返した時だった。
『見ツケタ……!』
『魔術師……。主ノ計画ヲ阻厶、邪魔者メ……』
二匹の獣が、俺の前に立ち塞がっていた。
「……嘘だろ」
―――さらに悪いことに。
動揺したことで術の効力が弱まったのか、それとも既に限界を迎えていたのか。
背後で、鎖が千切れる音がした。
首だけで後ろを向く。
戒めを解かれた獣がそこにいた。
『覚悟シロ、魔術師……』
ぎらり、と獣の目が輝いた。
そこに込められた確かな殺気。
思わず生唾を飲んだ。
「……っ」
心臓が早金を打つ。
計三匹の獣に挟まれ、俺の背中を冷や汗が流れた。




