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02.禁書庫の扉を開け

 休み時間ももうすぐ終わるということで、ルフィナ・ミラーは食堂から教室に戻るべく校舎内を歩いていた。


 彼女には早急に済ませておかねばならない用事があるのだ。授業で疑問に思ったことは、早いうちに教師に質問する。

 こうした日々の積み重ねが自分の好成績の秘訣だと、ルフィナは信じて疑わない。


 時折、他の生徒とすれ違う。

 その通り過ぎていく中に、彼女は見知った顔を見つけた。


「ケチ……教えてくれたっていいじゃないか……」


 ぶつぶつと何事か呟きながら、不満そうな顔を浮かべて通り過ぎていく少年。

 アレン・クリアコード。ルフィナの幼馴染の少年だった。


 少し気になったが、そもそもの用事を忘れてはいけない。あんなヤツ、気にしている暇はルフィナにはないのだ。

 足早に去っていくアレンの背中をを立ち止まってしばらく見届けてから、ルフィナは前方で困った顔をしている教師に気が付いた。


 リーム・ハーケン。彼女は彼に用があったのだ。


「先生!」


「む? おや……ミラー君ですか」


 こちらに気付いたリームは手を上げる。


「先生、先日の授業で気になったことがあるのですが……」


 ルフィナは手短に要件を伝える。

 リームは了解してくれたようだった。


「しかし今日はよく生徒に質問されますね……」


「よく、ということは先程の彼―――アレンも?」


「なんだ、見てたのですか?」


「いえ……」


 直接会話していたところは見ていない。

 だが、アレンの発言と表情から、彼が何事かを質問し、答えて貰えなかった、というのは容易に想像できた。


「ああ、あれですか……。いえ、せっかくやる気を出してくれたクリアコード君には悪いのですが、あれは教えられませんね……。禁術ですし……そもそも具体的な方法なんて私も知りませんからね」


「禁術?」


 リームは一瞬しまったというような顔を浮かべた。

 が、教え子が無言でじっと見つめると、ばつの悪そうな顔をしながら何事か呟く。


「そういえばミラー君は、クリアコード君と同じ村の出身で彼とは親しかったですね……。彼の友人である君には伝えておくべきかもしれません。それに、君ならば他の生徒に言いふらす事も無いでしょうし……」


 そして、声を潜めがなら教えてくれた。


「理由は知りませんが、『悪魔召喚の秘術を教えて欲しい』と言い出してましてね。何せ禁術です。いくら生徒からの質問といえど、こればかりは答える訳にはいかない」


 あのアレンが、禁術に手を……?

 ルフィナは何かきな臭いものを感じたが、黙ってリームの話を聞いていた。


「まさか試験のカンニングに使うのかとも思いましたが……、流石にあり得ないですね。いくら何でも、そんな訳が無い」


 ……あり得そう。あのバカなら。

 ああ見えて、追い詰められれば手段を選ばないタイプだ。

 他人を傷付けるような方法は選ばないとは思うが、リスクを負うのが自分だった場合は躊躇いなくその方法を取るだろう。


 特に、その方法が『努力』をしないで済むものならば。


 アレン・クリアコードは努力を嫌う。

 本人曰く、そんなものは無駄だだから。


 運命というものは決められている。天賦の才という、人の手ではどうにもならない力によって。

 神の定めた摂理だ。人の力では抗えない。抗うだけ、労力の無駄。

 ―――それが、アレンの考えだった。


 村にいた頃はそんなことは言わず、ただ夢に向かって邁進する純粋な少年だったはずなのに。

 入学してから、彼は変わってしまった。明確にいつ頃からだったかは覚えていないし、どうでもいい。


 ルフィナは夢を語るアレンのキラキラとした目が好きだった。

 あの目を失った幼馴染に、もう興味はない。


「まあ、やる気を出した生徒に何も教えてやらないというのものも悪いですし、取り敢えず図書館なら何か情報が得られるかも、とはアドバイスしましたよ。……恐らく収穫なんて無いでしょうし、何かあるとしても禁書庫の方でしょうが」


 無駄とわかれば彼も諦めるでしょう。

 そう言ってリームは踵を返す。


「彼が変なことをしないよう、君からも釘を刺しておいてもらえると助かります。……おっと、もうこんな時間だ。もうすぐ授業始まりますから、遅れないように」


「はい、先生」


 教室に向けて歩き出す。


 別にアレンが何をしようと関係ない、どうでもいい……とは思ってはいたが。

 ルフィナはどうしても胸騒ぎを抑えられなかった。




      ◆




 放課後。

 デルタミヤ魔術学園、図書館にて。


「お願いしますって! この通り!」


「駄目なものは駄目です」


「お願い! 本当にお願いします! 一生のお願いだから入らせてください!」


「だから駄目だって―――――」


 ハーケン先生のアドバイスで学園の図書館に来てみたものの、頑固な司書さんは俺が禁書庫に入るのを許可してはくれなかった。

 それもそうだろう。何せ禁書庫は、教師でも学園長に許可された数人しか入室を許されていない場所なのだから。


 だが俺は入る。入ってみせる。

 留年かかってるから!


「入れてくださいよ……!」


「駄目ですってば……!」


 強引にカウンターの向こう側に体をねじ込もうとしたが、それも司書さんに阻まれる。ええい、細身の女性のくせに力が強いな。

 それとも俺がしょぼすぎるのだろうか。


 残念ながら力ずくの強行作戦は失敗に終わった。最終手段すらいとも簡単に破られ、もはや打つ手なし。

 ……どうしたものか。


「……何で入れてくれないんですか」


「規則で決まってるからです」


「それは知ってます」


「じゃあ聞かないでください……。というか帰ってください……」


 司書さんが辟易した声を上げる。

 何だか今にも泣き出しそうなくらい弱々しかったので、流石に悪いことしたなと思いつつ背を向けた。


 せっかく来たのに何もせずに帰るのも違う気がしたので、取り敢えず一通り召喚術関連の本の集められたコーナーに立ち寄ってみる。




 ────学園の片隅にある、ドーム状の建造物。

 それが、デルタミヤ魔術学園が誇る巨大図書館である。数百年前の古文書から最新の研究論文まで、ありとあらゆる分野の魔術書―――の写本が保管されており、その蔵書の数は膨大だ。

 俺の目的である召喚術に関する本だけでも千冊近くはあるだろう。


 一番手前の書架(しょか)から、適当な一冊を取り出す。

 パラパラと捲ってみるが、案の定悪魔召喚についての記述はなかった。


「……」


「研究かの? 感心感心」


「うおっ!?」


 背後から声をかけられて、俺は思わず声を上げる。

 弾かれたように振り向くと、豊かな白い髭を蓄えた一人の老人が立っていた。

 髭で隠れた唇に人差し指を当て、微笑んでいる。


「が、学園長……。驚かさないでくださいよ……」


「すまんのう。じゃが、珍しい子がいたからのう、つい。君は……クリアコード君、じゃったかな?」


 凄いなこの人。

 俺みたいな生徒の名前まで覚えているのか。


「うむ。君は色々と有名じゃからのう」


 ……それ絶対良い意味じゃないでしょ。


「なんでも薬草学の授業で、生成に失敗して大爆発を起こしたとか……」


 ほらやっぱり!

 非常に複雑な気分になったが、学園長の手前顔には出さないように努める。


 学園長―――アイゼル・テスタロッサ。御年八十五歳。

 かつて王宮で働く宮廷魔術師だった男であり、六十年前の戦争を終結させた張本人。

 まさに生ける伝説。若い頃は色々とヤンチャしていたらしく、一人で百体近くの魔物を退治したとかなんとか……数多くの逸話を持った魔術師たちの憧れだ。


「……面白い本を読んでおるのう。召喚術に興味があるのかな?」


 学園長が俺の手の中の本を見て言う。

 まさか学園で一番偉い人に『悪魔を召喚して試験でズルしようとしてました』なんて言えるはずもなく、俺は笑って誤魔化した。


「ははは、まあ……。ははは……」


「じゃがこの内容なら、我が校の優秀な教師たちに聞けば、調べるまでもないことと思うがのう……」


「うぐ……」


 じいっ、と上目遣いに見つめてくる学園長。

 その青い瞳を見ていると、なんだか心を見透かされそうな感覚を覚える。


 ひた隠したいはずの本心を、白日の下に晒されるかのような本能的な恐怖。

 この人には抗えない。そう思い知らされるようで────。




「あ、あー! 俺ハーケン先生に呼ばれてるんだったー! しまったなー! 約束の時間に遅れちゃうよー!」


「おお、それは大変だ。老人のつまらない話に付き合ってくれて、どうもありがとう。さあ、急ぐといい」


「はーい、失礼しまーす!」


 そそくさとその場から逃げ出す。

 途中チラリと後ろを振り返れば、学園長は好々爺然とした笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「!」



 慌てて前に向き直り、俺は図書館を後にした。




      ◆




「……ふむぅ。逃げられてしまった、かのう」


 去っていく少年の背を見つめ、アイゼル・テスタロッサは静かに呟いた。


 なかなか危険察知能力の高い子だ。

 目を合わせた拍子に暗示を掛け、隠していることを暴いてみようとしたのだが、あと少しのところで逃げられてしまった。


 見込みはある。

 アイゼルは思った。


 今のはただ自分の身に迫った危機を、勘などの第六感的な力によって感じ取ったのではない。

 アイゼルが掛けようとした暗示、その魔力を感じ取ったのだ。


 魔力探知の高い能力。あの子の成績は、あまり褒められたようなものではないようだが、あの感知力には目を見張るものがある。


 ―――あれは(つぼみ)だ。

 まだ開かないが、それでもとてつもない力を閉じ込めた蕾。

 今は自らの力にも気が付いていない状態だが―――あれは正しい方向に導いてやれば、化けるかもしれない。




「少し、目をかけてやるとするかのう……」


 占ってみようか。

 彼の未来を、少しだけ。


 老魔術師は、目を細めて笑う。

 豊かな白髭に隠れた口元が、静かに弧を描いた。

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