17.学園長からの依頼
1章のターニングポイントとなる回でございます。
楽しんでいただければ幸いです。
学園を辞めよう。
俺が出ていけば、この話はそれで終わりだ。
問題を起こした生徒が処分を受ける。当たり前のことじゃないか。
「……」
留年は嫌だった。退学も嫌だった。
それを避けるために禁術にも手を出した。
でも、誰かを犠牲にしてまで───こんなにも俺を想ってくれた先生たちを犠牲にしてまで学園に残りたいなんて、そんな風には思わない。
ごくり、と唾を飲む。
そして口を開き─────
「俺が────っんぐ!」
後ろから口を塞がれる。
振り返ると、そこにはバルバトスがいた。
彼女は俺の唇に人差し指を当て、抗議の視線を送る俺をじろりと睨んだ。
そして静かに「いいから黙って見てろ」と言う。
そんな俺たちの様子を見た学園長は声を上げて笑った後、豊かな白髭を撫でながら言った。
「そこでのう、リーム。儂に考えがある」
「は、はあ……」
「儂はのう、例の件をクリアコード君に任せてみようと思うんじゃが……君はどう思う?」
例の件? それって一体……。
俺は頭の上に疑問符を浮かべる。
だがそんな俺の様子をよそに、学園長の言葉を聞いたハーケン先生は顔色を変えた。
「……お言葉ですが、それは荷が重すぎるかと。何かあった時のことを考えれば、彼を指名するのは……」
「しかし彼はクラリスお嬢様とも面識があるし、伯爵からの信頼も得ている。何より、クリアコード君には学園への侵入者を察知した実績がある」
「そ、それは……。そう考えると、確かに適任ではありますが……」
ハーケン先生は考え込む素振りを見せる。
が、まるで話が見えてこない。
俺は思わず口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 一体何の話ですか!?」
俺の存在を思考の片隅からすらも追い払っていたのだろうか、二人は俺の方を見て目を丸くする。
そして学園長が薄く笑った。
「おお、すまないのう。肝心の君を無視して話を進めてしまった」
「いえ……」
俺に向き直る学園長。
咳払いをして仕切り直す。
俺に教えてくれたのはハーケン先生だった。
「街でも噂になっているので既に知っているかもしれませんが……実は最近、このロマイナの街で『連続失踪事件』が起きているのです」
「れ、連続失踪事件……?」
驚いた。俺はあまり学園の外に出ないから街の噂も聴こえてこないので、そういった話を耳にすることなどなかったからだ。
「ええ。……そして噂が立つのと同時期に、街で黒い獣の目撃情報が出始めたのです」
「黒い……獣……?」
脳裏に浮かぶのは、式典の日に対決した使い魔。
確かあれも、黒い獣の姿をしていて―――。
「! まさか――――」
思わず瞠目する。
俺の言葉に続けるように、ハーケン先生が静かに言う。
「……私たちは、連続失踪事件とクラリスお嬢様を襲った使い魔に何らかの関連性があるのではないかと睨んでいます」
「街の噂は伯爵の耳にも入っていてのう。我が校に直々に、今回の件の真実を突き止めよ、と命令が下ったのじゃ」
―――デルタミヤ学園がロマイナの街にある以上、学園の教師たちはロマイナの支配者であるエルド伯爵の命令は聞かなければならない。
しかし、この学園の教師たちは、学園長とハーケン先生以外はどこかの貴族のお抱え魔術師も兼任している。当代一の出世頭であるエルド伯爵を良く思わない貴族は多いだろうし、そんな彼らは自身のお抱え魔術師たちにエルド伯爵に協力しないように命令するだろう。
中には伯爵に恩を売ろうとする者もいるだろうが、伯爵自身が政敵に借りを作ることを嫌う。
―――つまり、学園の教師たちは自由に動けないのだ。
「そこで、誰の息も掛かっていない学生である君が選ばれたのじゃ。……儂が動いてもいいんじゃが、フィールドワークは老体にはちと厳しくてのう」
あと四、五十年若ければ走り回れたものを……と、そう言って学園長は笑う。
「そういうわけなんじゃ。もしこの話を受けてくれるのなら、今回の件は不問にしてもいいんじゃがなぁ……」
ちらり、と俺を見る学園長。
「えっと……。大体わかりましたけど……でも、なんで俺なんです? 他にも適任は―――」
正直、人選ミスだと思う。
俺のような落ちこぼれより、もっと成績の良い奴を選べば―――例えばジェイルやルフィナ、ウィエンならば、もっと安心して任せられると思うのだが。
「それはのう、クリアコード君……」
「私たち教師は、君自身が思っているよりも、君を高く評価しているのですよ」
学園長の言葉を遮るように、ハーケン先生が告げる。
その内容があまりにも予想外だったので、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
「へ?」
「君はクラリスお嬢様が襲われた時、他の生徒たちがまるで気付いていない中、たった一人結界の破壊を感じ取って、真っ先に現場に駆け付けた。その勇気、行動力、そして高い感知能力。それは、他の生徒には無い特別な物です」
確かに俺はあの時クラリスの元へ駆け付けたが……他の生徒たちが気付いていない? ジェイルも、ウェインも、ルフィナも?
俺はてっきり、先生たちが動いていたから彼らは出しゃばらなかっただけで、結界が壊されたこと自体は感知していたのかと……。
「どのような修練を積んだかはわかりませんが……君は明らかに入学当初よりも能力が上がっています。『探知』に限定すればですが」
「その力を、儂らは買っているのじゃ」
俺が選ばれた理由が判明したことで、ようやく話の全貌が見えてきた。
要するに、先生たちは俺の探知能力を頼りにしていて、俺はクラリスを襲った術者を探し出して、先生たちに報告すれば良いってことか。
「でも、どうやって探し出せば……」
先生たちに高く評価されているのは嬉しい限りだが、俺は正直この力を上手く使いこなせる気がしない。指摘されるまで気付かなかったような力だし。
そもそも、結界の破壊を感知できたのだって、感覚的になんとなくわかっただけで、自分の意思で感じ取った訳じゃないのだし。
「その辺りは気にしなくても良いですよ。君はその『感覚』を頼りに、『結界』を探せば良いのですから」
「結界?」
俺が聞き直すと、二人は頷いた。
「エルド伯爵のお抱え魔術師が占った結果は、君も知っているじゃろう?」
「はい……。大体は」
曰く、『敵は近くかつ遠くにいる』
まったくもって意味不明な内容だが、これが一体何だというのか。
「『近くかつ遠く』―――これは、このように解釈できませんか? 『街の中に結界を張り、外の世界と隔てている』」
「えっと……?」
首を傾げる俺に、後ろのバルバトスが呆れたような声色で囁く。
「……。つまり、街の中にいるが故に『近い』が、結界を張って中に閉じこもって外界からの干渉を遮断しているから『遠い』ということだ」
「……ああ! そういう!」
事件の黒幕は、結界を張って街の中のどこかに潜んでいる。
件の占いは、一見意味不明に見えてもそれを暗に示していたということか。
ポンと手を叩く。
これで全てが繋がった。
「いいかい? これは君にしかできないことじゃ。そして、君のやるべきことじゃ。しっかり頼むぞ」
「わかりました! アレン・クリアコード、全身全霊を以って先生方のご期待に添えるように頑張ります!」
「うむ。リームも協力してくれるじゃろうから、何かあったらこの彼に言うように。もちろん、儂にも報告は忘れずにの」
「はい!」
ビシッと気をつけをする。
落ちこぼれの俺に来た、学園長直々の依頼だ。それも、おつかいのような仕事じゃあない。この街に潜む悪党を探し出す、重大な仕事だ。
おまけにやらかしたことを不問にしてもらえると来れば、俄然、気合が入る。
学園長はそんな俺を見て微笑むと、チラリとバルバトスの方へ視線を向けた。
「君も力を貸してくれてもいいんじゃよ? 悪魔のお嬢さん。悪魔である君の存在は、またとない戦力じゃからのう」
「断る。私はまだこの小僧と正式に契約をしたわけじゃない」
バルバトスはふんと鼻を鳴らすと身を翻す。
「話は終わりだろう。おい小僧、帰るぞ」
「あっおい、ちょっと待てよ!」
つかつかと去っていくバルバトス。
「失礼します! あと、本当にありがとうございました!」
俺は心を込めて礼をしてから、バルバトスの後を追った。
◆
アレンが去った学園長室。
リームとアイゼルは二人、向かい合っていた。
「……ですが本当に良かったのでしょうか。クリアコード君が起こした問題をすべて不問にしてしまって……」
「本気でそう思うなら、生徒たちに記憶処理を施したのは悪手じゃったのう。どうせ事件のことを覚えておるのは儂と君、そしてクリアコード君だけじゃ。こうなるのも致し方あるまいて」
アイゼルは笑みを浮かべながら髭を撫でる。
「それに、儂はクリアコード君のことを信じておる。彼は魔力に魅せられた者じゃ。狂わされた者ではない。彼ならばきっと、禁じられた術も正しい方向で用いることができる」
「……だと、いいのですが……」
リームがふと言葉を切る。
「そういえば、どうして学園長は彼に目を付けたのですか? 私の記憶違いでなければ、式典の日の事件より前から何かと彼に注目していたような……」
疑問を口にするリーム。
彼をちらりと見てから、アイゼルは静かに口を開いた。
「……リーム。君は、クリアコード君に魔術師の才能があると思うかね?」
リームは一瞬詰まると、言葉を選ぶように慎重に答えた。
「それは……。他の生徒よりも能力が劣ることは事実ですが……、才能があるかと言われれば……。ある、とは言えませんが……」
「まあ、彼に才能はないのう」
バッサリと切り捨てるアイゼル。
リームは思わず口ごもる。
「しかし、たとえ美しくないとしても………今にも咲きそうな蕾を見捨てるのは、教育者として正しくない。そう思わんかね」
「え、ええ……」
「彼には才能はない。しかし光るものはある。それは才能とはまったく違うものじゃ。言うなれば……あの子が後天的に身に着けた力、のようなものが」
儂はそれが気になるのじゃ。
と、アイゼルは呟く。
「……さて、リームや」
「はっ」
「蕾を咲かせるのには、最適な教育係が必要じゃのう」
「! では……!」
アイゼルは椅子から立ち上がる。
そして窓際へ。
────その目は、遥か遠くを見ている。
「────『彼』を、呼び戻すとしよう」
次回から話がシリアス寄りにシフトしていきます。




