16.呼び出し
───悪魔召喚術は禁術である。
何故あの術が禁術指定されたのか。
それは誰にもわからない。
背景には世界宗教であるオズ教が絡んでいるとかいう噂もあるが、真実は誰にもわからない。
とにかく、悪魔召喚術は禁術だ。
悪魔召喚術を使用してはならない。
あれは危険な術だ。この世に存在してはならない。
そんな話が魔術師たちの間に広まり、いつしか召喚方法を記した魔導書は一冊残らず焼き捨てられた。
禁術指定される背景は時代によって差異こそあれど、その理由は基本的には同じ。
どの時代でも一貫している。
曰く、『術者の身が危険だから』
だから我々はその術に手を出してはならない。
禁術に手を出すということは、すなわち魔術師としての生命を縮めることに繋がるかもしれないのだから────。
「……そういう話を、以前にも君にしたはずですが?」
怒気のこもった声で静かに言うハーケン先生。
普段温厚な彼が確かな怒りの感情を滲ませるその様子に、俺は何も言えずに萎縮するばかり。
「クリアコード君?」
「はい……。覚えています……」
「覚えている? なるほど、覚えているのですか。……では何故! 君は私が止めたはずの悪魔召喚術を使用したのです!?」
こ、怖い……。
ハーケン先生怖いよ……。
穏やかな人ほどキレされると反動がヤバイと聞いたことがあるが、どうやら真実らしい。
というか、『この人なら怒らせても大丈夫なんじゃないか』という油断が心の中に埋めれるからこそ、余計にギャップが凄いことになるんじゃないだろうか。
想像してたよりもずっと恐ろしい。
────あの後、闘技場内にいた他の生徒は全員ハーケン先生の手によって都合よく悪魔のことを忘れさせられ、そのまま試験は終了した。
そして俺はハーケン先生に連れられて学園長室で絶賛お説教中な訳なのだが────。
「……」
ちらり、と横に視線を送る。
俺の隣で、バルバトスは暇そうに立ち尽くしていた。
なんでお前がいるの?
そしてなんで学園長はいないの?
ここ学園長室だよね?
部屋の中には、俺、バルバトス、ハーケン先生の三人のみ。
本来学園長が腰掛けているはずの豪華な椅子に部屋の主の姿は無い。
懐が深く理解力のある学園長ならば声を荒げるハーケン先生を落ち着かせることもできるのではと思ったのだが……。
いや、学園長までも怒り狂ったら目も当てられないし、この場にいないのはむしろ好都合か……?
でも学園のトップに立つ立場である以上、間違いなくこの話は学園長のところまで行くだろうしなあ……。
ハーケン先生はこの話を広めたくはないようだが、流石に学園長には報告するのはどう足掻いても避けられないだろうし。
「クリアコード君? 聞いていますか!?」
「は、はいっ!」
ビクッ、と身を震わせる。
俺は急いで意識を思考の世界から現実に戻した。
「私は君の為に言っているのですよ! さっきも言った通り、禁術は魔術師としての寿命を縮めます! なのに禁術の使用など……!」
「あ、でも俺の体なんともないですよ。もう召喚してから今日で丁度二週間経ちましたけど、全然問題ないです。至って健康そのもの、ピンピンしてます」
俺は傍らの悪魔を指差した。
「弊害といえば、この傲慢で高飛車で自分勝手で傍若無人なぐーたら悪魔がベッドを占領するせいで、床で寝てるから体がちょっと痛いくらいです」
「おい、そこまで言わなくたっていいだろう」
横からの抗議を無視しつつ、俺はハーケン先生の様子を伺う。
予想に反して俺がまったくの健康体であることを知り、ハーケン先生は一瞬面食らったような顔をした。
「そう……ですか。それはよかった」
「何も良くないぞ。私の名誉が貶された」
すぐに険しい顔を戻る。
「ですが君が魔術師としての禁忌を犯したことは事実! さらに試験での不正行為! これは到底許される行いではありませんよ! ……君は成績こそ悪けれど、そんなことをする子ではないと思っていたのに……」
「う……」
胸の奥がチクリと痛む。
まさかそんな風に思っていてくれたなんて。
信頼を裏切ってしまったことに対する申し訳無さで、俺は目を伏せた。
ハーケン先生は頭を抱える素振りを見せる。
「ああ、やはり私が間違っていました……! あの日、君が悪魔召喚術について質問してきた日に、余計な親切心など働かせてアドバイスなどしなければよかった……! そうすれば────」
と、そこで彼は言葉を切った。
我に返ったように俺の顔を見る。
「……そういえば君は、一体どこで召喚法を知ったのですか? 禁書庫なら魔導書があるかもとは言いましたが、禁書庫になんて入れるはずもない……。一体どこで……」
「あー……」
どうしたものか。
視線を彷徨わせる。
(言った方がいいのかなぁ……。そうだよなぁ……。言うべきだよなぁ……)
俺を教会の地下へと導き、魔導書を授けた謎の金髪女。
そしてその従者とも思える大男。
そういえばすっかり忘れていたが……あの怪しい二人組についてわかっていることは、まだ何一つとして無いのだった。
やはり伝えるべきだろう。
あの二人組のことも。
───教会の地下のことも。
「ハーケン先生、実は……」
俺が口を開いたその時だった。
学園長室の扉が開いた。
「!」
振り向く。
そこに立っていたのは学園長───アイゼル・テスタロッサだった。
「やあやあ、すまないのう。老いぼれの足では来るのが遅くなってしまった」
杖を突きながら部屋の奥にある椅子へと向かう学園長。
ハーケンが素早く動き、学園長が椅子へと辿り着く前にその椅子を引いた。
「よっこらせ……っと」
わざとらしい掛け声を共に座る。
学園長に手招きされ、俺は彼の前へ近付いた。
「学園長、今回の件ですが……」
学園長が何か言うよりも早く、ハーケン先生が口を開く。
次いで出てきたのは驚きの言葉だった。
「どうか退学だけは……! クリアコード君を退学させるのだけは考え直して頂けませんか!?」
「!?」
思わずハーケン先生の方を見る。
彼は深々と頭を下げていた。
「私は彼に悪魔召喚術について質問された際、事態を深く考えず助言をしました! 今回の件は、彼を止めなかった私に責任があります! 私はどのような処分も受けます! ですからどうか……! どうか! 彼の退学だけは御一考を……!」
その声色は真剣そのものだった。
そしてようやく───恥ずかしいことに今更ながら、俺は事態の深刻さを理解する。
実害があったかとか、なかったかとか、そういうことではない。
俺は魔術師としての禁忌を犯した。
試験で不正行為をした。
そして、あわや同級生を殺しかけた。
本来ならば退学だ。
いや、もっと重い処分が下るかもしれなかった。
ハーケン先生が記憶処理をしたからいいものの、クレイグが丸焼きにされるところだったと彼の実家に知れれば、俺は────。
「っ」
俺は、なんてことを……。
なんて大変なことをしでかしたんだ……。
それなのにハーケン先生は。
こんな不出来な生徒の為に、必死に頭を下げてくれている。
こんな、俺みたいな奴の為に────。
「お願いします学園長! どうか……!」
「ふむ………」
重々しく唸る学園長。
そして彼は言った。
「────君の理屈じゃと儂も処分を受けねばならぬのう、リームや」
ハーケン先生が顔を上げる。
「……は?」
「実は儂もクリアコード君に助言をしておってのう……。二週間前に龍脈が乱れたことがあったじゃろう? ほれ、君も報告に来たあの時。あれこそがクリアコード君が行った悪魔召喚術。そして龍穴を利用するように提案したのは、この儂なんじゃよ」
「はい!?」
流石のハーケン先生も驚きを隠せなかったようで、声を上ずらせた。
そんな様子のハーケン先生には目もくれず、学園長は続ける。
「しかし困ったのう……。君が処分を受けるとなると、同じ理由で儂も罰されなくてならぬし……」
「い、いえ……あの……」
「よし、わかった! ではこうしよう!」
学園長はポンと手を叩く。
そして喜色満面の笑みを浮かべた。
「ここは潔く、儂も君も教師をやめよう!」
「は!?」
「なーに案ずるな。これでも元宮廷魔術師、コネは豊富じゃ。君には新たな就職先として、儂のツテでどこかの貴族でも紹介してそこに雇ってもらうとして……。そうじゃのう……。儂も歳じゃし、そろそろ隠居かのう……」
「お、お待ちください!」
そこでハーケン先生が学園長の言葉を遮るようにして声を上げた。
「あなたはこの学園に必要な御方! 隠居などと……ご冗談はやめてください!」
「しかし儂らが学園に残るとなると……。クリアコード君はどうなる?」
「そ、それは……」
ハーケン先生はちらりと俺を見る。
その瞳には葛藤が見えた。
俺を守りたいという想い。
学園長を残らせたいという想い。
二つの想いが彼の中に渦巻いているのが見えた気がした。
「……」
────その目を見て、覚悟は決まった。
学園を、辞めよう。




