15.追認試験当日
―――筆記試験は無事終わった。
正直不安もあるが、赤点ライン――四割は越えているはず。越えていてくれ。頼む。マジで頼む。
『不安になるくらいなら最初から私を頼ればいい。せっかく特別に協力してやっているんだから』
「……それは駄目だ。試験はなるべく自分の力で合格したい」
『これほど説得力のない台詞も珍しいな』
うるせえ!
さて。
屋内で行える試験は全て終了し、我ら追試組の面々は校庭の一角にある施設―――『第二闘技場』に集められた。
デルタミヤ魔術学園では毎年秋頃に『魔導杯』なる生徒同士のガチンコバトル大会を開くのだが、この闘技場はその大会の為に作られた物だ。全校の三分の一を収容できる観客席と、その観客たちを守る強固な結界。それが全部で五つ。流石の設備だ。
その第二闘技場の入り口で、俺たちは今回の試験監督官であるハーケン先生が紙を張り出すのを眺めていた。
しかし、追試となるといつも同じようなメンツだな。
やはり成績最低組の同士が多い気がする。
「これが今回の対戦表です。各自、対戦相手と順番をよく確認するように」
わっと群がる生徒たち。
出遅れた俺は後ろの方でぴょんぴょん跳ねる。
くそ、見えねぇ……。
「……バルバトス、見えるか?」
俺は姿を消したバルバトスに問う。
最近知ったことだが、どうやらこいつら悪魔は自由に姿を消せるらしい。
今は俺にだけ声が聞こえるようにしてある状態だ。
『アレン……アレン……お、あった。相手はクレイグとかいう奴だな。順番は……おお、トリじゃないか』
うわ、一番注目されるじゃん。
バルバトスのおかげで恥は掻かずに済むだろうが、俺は元々人前に出るのが苦手なタイプなので、トリというのはそれだけで気が滅入る。
しかし相手はあのクレイグか。
まさか直接対決することになろうとは思ってもみなかったが、これはこれでむしろ丁度いい。
へっへっへ。コテンパンにしてやるぜ!
悪魔の力でな!
(うわっ……俺、情けねえー……)
なんでこんな小物臭い台詞がスラスラ出てくるだろう……。
俺は生徒たちの後ろで人知れず肩を落とす。
一方、確認を終えた生徒たちは思い思いのことを呟きながら再び整列する。
「ちぇっ、アレンとは無しかー」
「なんで俺の相手アレンじゃないんだよ」
「今回こそカモだと思ったのに」
ふざけんなよお前ら。特に最後の奴。
人のことカモ扱いしやがって。
やがて整列し直した生徒たちの顔を見渡し、ハーケン先生が口を開いた。
「それでは、試験内容について説明します」
闘技場の扉が開かれる。
あらわになった内部────模擬戦が行われる砂地の部分には、恐らく魔術で作られたのであろう土壁がいくつも設置されていた。
「今回は『麻痺魔弾の撃ち合い』をしてもらいます。これらの土壁と自分の魔術防壁を上手く活用し、先に相手に一発喰らわせた方の勝利です。無論、勝利した方が高得点ですが、戦闘の内容次第では敗北でも得点を加算します」
普通に考えればとても簡単な試験である。攻撃手段は基礎魔術だし、魔術防壁が使えない生徒の為に土壁まで用意してある。
学園側も、一応赤点回避の劣等生救済システムを用意しているのだ。ただ、その麻痺魔弾すら満足に撃てない俺の実力の低さが、彼らの想定の上をいくだけで。
本当に情けないな、俺。
試験前なのに無駄にメンタルにダメージが……。
いやいやこんなことでヘコんでどうする。
ここは魔術のシステムのせいにしよう。
そうだ。そもそもシステムの方がおかしいんだ。
基本的に、無属性魔術よりも属性付与した魔術の方が上位であるとされる。
これは当然のことだ。魔力をただのエネルギーとして放出するより、風やら水やらに変化させる方が難しいし、無属性に比べて威力も上がるのだから。
しかしおかしいのは、こと麻痺魔弾においてはその例に漏れるという点である。
麻痺魔弾はその名の通り、相手を麻痺させる効果を持つ。
麻痺させる。そう、それだけ。
相手を傷付けずに鎮圧するには役立つだろうが、当たりどころによっては相手を殺すこともある通常の魔弾に比べて地味すぎないか?
その癖に通常魔弾よりも難易度が高いって、それどうなってんだよ。おかしいじゃないか。
と、心の中で愚痴っていた俺はふと思い至る。
「そういえば、バルバトス麻痺魔弾って撃てるか?」
『馬鹿にするな。私を何だと思っている』
そうか、なら安心だ。
小さく頷く俺の元に、ハーケン先生の声が届く。
「……それでは、一番組から試験を開始します。マリア・フール、クルト・ラムラヘッド、闘技場内へ! 他は観客席で待機!」
こうして、追認試験が始まった────。
◆
「次! アレン・クリアコード! クレイグ・クレイン! 中へ!」
ハーケン先生の言葉で入場する。
土壁に阻まれ、恐らく反対の入り口から入ってきたのであろう対戦相手――クレイグの姿は見えない。だが、きっとニヤニヤとした笑みを浮かべているに違いない。
この多数のギャラリーと同じく。
彼は対戦表を見た時有頂天になっただろう。なにせ相手はこの俺だ。魔術もロクに扱えない奴相手に、普通にやれば負けるはずがないのだから。
「でも、悪いな」
今日の俺は、一味違うんだ。
そよ風が頬を撫でる。わずかに揺れる前髪。
感じるのはギャラリーの視線。
背後に佇む、見えない悪魔の気配。
一瞬の静寂。
そして─────
「始めッ!」
声と同時に横に走る。
同じ位置にいたのでは土壁に阻まれてクレイグの姿を確認出来ない。まずは敵を見つけ────
「ッ!」
見えた。そう思うのと同時に魔力を感知。
―――身を翻す。
次の瞬間、先程まで俺がいたところを魔弾が撃ち抜いた。
追撃から逃れるように土壁に身を隠す。
壁越しに伝わる衝撃。
土壁の強度は結構高めに設定されているようだ。これならば、少しの間はここで作戦を立てる時間はあるか。
先生や他の生徒からは見えないように俯いて、小さく口を動かす。
「バルバトス、敵の位置は?」
『この土壁の正面。少しずつ接近してきている。あと二十秒ほどでここまで辿り着くだろうな』
そうか。
だったら……。
「十分に引きつけたあと、ここから飛び出す。お前は俺の動きに合わせて魔弾を撃ってくれ」
『了解した』
クレイグが近づいてくる気配。
奴の魔力が強く感じ取れる程の距離。
だが、まだだ。
「どうしたアレン? 隠れてばかりじゃ勝負にならないぜ。もっとも、出てきたところでお前に攻撃手段はないだろうけど」
……安い挑発だ。
正直カチン来たが、乗ってやる必要はない。
今は奴を引きつけることに集中して────
「おいおい、いつまで隠れてるつもりだよ。せめてそこから出てきて自分の防壁で勝負したらどうだ?」
「―――上等だやってやるよコラ!」
やはり我慢できない。土壁から飛び出す。
耳元で悪魔の諌める声がしたが、無視。
クレイグは、沈黙を貫いてきた俺がいきなり飛び出してきたことに驚いたようだったが、すぐに不敵な意味を浮かべて標準を合わせてくる。
奴の掌では、既に魔法陣が輝いている。
いつでも魔弾を打てる状態だ。
「撃ってこいよ。逃げも隠れもしない。……正面から防いでやる」
「ああ、そうかよ」
奴の口角がつり上がる。
高まる魔力。
クレイグの掌が輝き―――
「じゃ、お言葉に甘えてッ!」
「Starten」の詠唱と共に魔弾が射出される。
至近距離での攻撃。詠唱する暇すらなく、黄色の光弾は俺を撃ち抜かんと迫る。
しかし────
「な────!」
この一撃でケリをつける。恐らくそのつもりで放った麻痺魔弾が、俺の目の前で不可視の障壁に阻まれて霧散したのを見て、クレイグは瞠目した。
アイツから見れば、俺は『詠唱する暇すらなかったのに結界を発動させた』ように見えるのだろう。驚くのも無理はない。
ギャラリーからも驚愕の声。チラリと目を向ければ、ハーケン先生までもが軽く目を見張っていた。
『まったく……無茶をしてくれる』
耳元で悪魔の声。
助かったよバルバトス。
「さあ……今度はこっちの番だ」
そう言いながら手を突き出す。
俺の背後で、バルバトスが弓に矢を番える気配。
一瞬焦りを見せたクレイグだったが、俺が麻痺魔弾を撃てないことを思い出してか余裕を取り戻す。
「へっ、ハッタリは効かな────」
「Starten」
ひゅん、と。バルバトスの撃った矢は光の弾に姿を変え、クレイグの元へと飛んでいく。
―――奴の顔の隣を、魔弾が貫く。
余裕そうな表情を凍り付かせたクレイグの頬を、冷や汗が流れ落ちるのが見えた気がした。
『これで良いのか?』
もちろん。
散々挑発かましてくれたお礼だ。
クレイグの顔に再び浮かぶ焦燥。
後退りする彼に、俺は言い放つ。
「―――次は当てるぞ」
やっと言えたよ、この台詞。
ずっと言ってみたかったんだよな。
「な、な、な────!」
まさか俺相手にこんな風にしてやられるとは思ってもいなかったのだろう。クレイグは大慌てで土壁に隠れる。
壁を盾にしながら逃げ惑う彼を、俺は容赦なく魔弾で追い詰めていく。
やがてクレイグは一際大きく頑丈そうな土壁の裏に回り込み、それを盾にして隠れてしまった。
「どうした、クレイグ? 隠れてばかりじゃ勝負にならないぜ。もっとも、出てきたところでお前に防御手段はないだろうけど」
やべえええええ!
超気持ち良いいいい!
実際のところ悪魔の力で無双してイキっているだけなのだが、その事実について考えるとあまりの情けなさに死にたくなりそうなので、強制的に頭の中から追い出す。
これまでずっと耐え忍んできたのだ。少しくらい良い気分でいさせて欲しい。
―――絶えず放たれる魔弾。
まさに魔弾の雨だ。
だが、土壁は相変わらずそこにそびえ立っている。
『……この壁、結構頑丈だな』
魔弾が当たる度に表面の土は削れているが、それでも未だに土壁そのものが崩れる気配はない。
もう数十発は当てているはずなのだが……。
『このままじゃ埒が開かないな……。よし、一気に破壊するか』
魔弾の雨を一旦止めるバルバトス。
―――そして、その代わりに強大な魔力の渦が出現する。
「……は?」
俺の掌の先に現れた、魔力の渦。
やがて魔力は収束。一つの塊となり、渦のあった中央辺りに巨大な火の玉が現れる。
『これをぶち当てれば流石に壊れるだろう』
「……いや、いやいやいや! ちょっと待て!」
流石にやり過ぎである。
下手したら土壁ごとその向こうのクレイグまで―――いや更に向こうのギャラリーまで巻き込みかねない。この火の玉ならば、観客席に張られた結界すら破壊してしまいそうだった。
「こんなもの撃ったら怪我人が―――むしろ死人が出るわ! 節度を考えろ節度を!」
『何を訳のわからないことを……。殺してから死体に魔弾当てればお前の勝ちじゃないか』
「これは試験だから! 実戦じゃないから! 相手を殺さなくていいんだよ! 怪我させるのだって禁止!」
掌を構えたまま傍らの声に叫ぶ俺。
手を降ろしたらそのまま火の玉が射出されそうで怖かった。
……ていうか、何かコレだんだんデカくなってないか!?
「おいバルバトス! いるんだろ出てこい! あとコレだんだんデカくなって―――熱っ! 熱いんですけど! お前術者だろどうにかしろ!」
「……注文の多い奴だな」
姿を消していたバルバトスが、弓に矢を番えた姿勢のまま、俺の傍らに顕現する。
彼女が矢を仕舞うと、俺の掌の先で燃え盛っていた火の玉も消滅した。
ほっ、と一息つく。
「まったく何を考えてんだよ……。もし対戦相手を殺しでもしちまったら、退学どころじゃ済まされないよ」
いやはや危ないところだった。
俺の命令が少しでも遅れれば、クレイグは今頃丸焼きになっていたであろう。
生命の危機を脱却したクレイグには、彼を救った俺に感謝してほしいところである。
────だが。
そのクレイグは、震える指で俺を────俺の隣のバルバトスを指差していた。
「お、おい……! アレンお前……そいつ、人間じゃねぇよな……? 何者だよ……!?」
しん……、と静まり返った闘技場。
俺は、背後から何者かに肩を叩かれた。
振り向いた先には―――ハーケン先生。
「……クリアコード君。君に大事な話があります。とても大事な話が。―――今から学園長室に来なさい」
────あ、やべえ。




