14.劣等生の憂鬱
知る人ぞ知る例の襲撃事件から、既に一週間が経過した。
あれ以来クラリスが襲われたなどという話も聞かない。どうやら使い魔を差し向けてきた術者はあれ以降動きを見せていないらしい。
―――しかし、気になることが一つ。
その術者の正体が、わからないのだ。
娘が襲われたとあって、エルド伯爵の剣幕はそれはそれは凄まじいものだったという。何が何でも敵の正体を洗い出すと躍起になっていたようだった。
自分に恨みを持つ何者かの仕業だと考えた彼は、まずあらゆる敵対者を探ることにした。今の政敵から、かつて捻り潰した相手まで。
……しかし、結果は全員シロだったという。
次にエルド伯爵は、お抱えの魔術師に占いをさせ、どこに今回の黒幕がいるかを知ろうとしたらしい。
しかし、結果は意味のわからないものだった。
『敵は、近くかつ遠くにいる』
いつもは上手くいくはずの占いが珍しく結果を振るわないことに、お抱えの魔術師も首を捻ったという。
「―――って話が、今朝の手紙に書いてあった」
真っ白な紙とにらめっこしながら、俺は正面で呑気に欠伸しているウェインに言った。
ウェインはちらりとこちらを見ると、大きく伸びをする。
食堂には、俺とウェイン、そしてルフィナしかいない。今は昼休みだが、ほとんどの生徒は既に食事を終え、食堂を出ていった。
「うらやましーねー。お嬢様と文通かい」
茶化すような言葉。
と、他に席が空いているだろうに何故か俺の隣に座っていたルフィナがピクリと反応する。
あの、別に夜這いとかしてないんで。俺から無理やり文通を迫った訳じゃないんで。だから怖い顔するの止めてもらっていいですか……?
―――学園の話を聞かせて欲しい。
というクラリスの要望で、俺は彼女と手紙のやり取りをすることになった。
貴族社会の暮らしやエルド伯爵の最近の動向などについて書かれた手紙が送られてくるたびに、俺はそれに返信を送る訳なのだが―――。
「……そんな楽しいものじゃないさ。だって、何書いたら良いのかわからねーもん」
正直、クラリスならどんな話でも喜びそうなものだが、俺としてはありふれた話題よりも面白おかしいエピソードで彼女を楽しませてやりたいのである。
しかし、そう簡単に現実に面白エピソードなど落ちているはずもない。つまりネタがないのだ。
「おまけに、見ろよコレ」
俺は今朝送られてきた手紙を二人に見せる。
「わお」
「達筆ね……」
それに比べて……。
サラサラと適当に字を書く。
俺の書いた文字を見た二人を顔をしかめた。
「うっわ」
「きったない字……」
うるせえ!
そんな露骨に反応しなくてもいいだろ!
が、事実、二人が眉根を寄せるのも仕方ないくらいに俺の字は下手クソなのだ。
クラリスの送ってくる手紙は、毎度毎度、流麗な美しい字で書かれているというのに、それに対する俺の返信ときたら。ミミズがのたくってもまだマシなくらいだ。
……クラリスこれ読める? 読めてるよね?
まあ、とにかく。
ネタは無いし、字は下手だし。俺にとってもこの文通は嬉しいことではあるのだが、正直少しだけ気が重いというか。やりづらい日があるというか。
「自分が情けない、と」
「そう。それだよ、それ」
ウェインの言葉に相槌を打ちつつ、俺は再び白紙の手紙に向き直る。
「……」
何かネタはなかっただろうか……。
見栄えが悪い分、せめて内容だけは愉快なものにしたい……。何か、何かネタは……。
「ウェイン。ちょっと今すぐ何か面白いことやって。全裸で踊りだすとかさ。ネタにするから」
「ふざっけんな! 何でお前の手紙の為だけに変態にならなきゃいけねーんだよ!」
「良いだろお前! 今更だぞ! もうこないだのパーティーでお前が酒飲んで酔っ払って脱いだ話書いちゃったんだしさ!」
「書いたのか!? アレを!? 貴族のお嬢様への手紙にアレを書いたのか!?」
「『アレンのお友達は面白いのね』って好評だったぞ」
「マジか!? またやろうかな……」
バンッ、とテーブルを叩く音。
「それは良いんだけどさ……」
目を向ければ、ルフィナがじとっとした目でこちらを見ていた。
「追試、明後日だけど。アレン大丈夫なの? そんな馬鹿な話してる暇ないでしょうが」
ウェインと談笑していた俺は、ルフィナのその一言でビシリと固まった。
ここ数日なるべく思い出さないようにしていた話題だ。だが心優しくも厳しい幼馴染は、その『逃げ』を許してはくれないらしい。
「私知ってるよ、アレンの成績が落第ギリギリなこと。……このままじゃ、留年するかもって」
誰から聞いたんだ、そんな話。
「そんなことどうでもいいでしょ。で、実際のところどうなの?」
「……可能性はゼロではない、とだけ言っておく」
実は、実技については既にバルバトスの協力を取り付けているのだ。
前回の試験の際、スケルトンとの戦闘での怪我の影響で俺が万全の体勢で臨めなかったことに、彼女も何か思うところがあったらしい。
俺がダメ元で頼んでみると、案外すんなり了承してくれた。
だから問題はどちらかと言えば筆記の方。
知識問題さえ無事にこなせれば希望はある。
それに、全てが酷い有様って訳でもない。猛勉強の末、付け焼き刃でも何とか知識は詰め込んだ。中でも錬金術は『鍋にぶち込んで混ぜ混ぜ作戦』に頼らなくてもイケるくらいには成長した。ハズ。
やるだけのことはやった。
そんな風なことを言うと、ルフィナは意外そうに目を見開いた。
「……そう。結構頑張ってるのね」
「なんだよ、その言い方」
まるで俺がいつもは頑張ってないみたいな。
「だってそうじゃない。努力は嫌だー、無意味だーって、普段のアレンならそう言ってなーんにもしないもの」
「う……」
言われてみれば確かにそうだ。
努力は無意味。俺みたいな奴が何やったって、どれだけ頑張った意味はない。そう思っていたはずなのに。
「──────」
ふと、思う。
『どうせ無理だ』と────そう思っていたのに、俺はどうしてこんなにも必死こいて頑張ったのだろう。
留年は嫌だ、と。退学は嫌だ、と。俺には魔術師の才能なんてないと痛いほど理解していたのに、どうしてこの学園から去ることを恐れたのだろう。
(そういえば……)
思い出す。
一度悪魔召喚に失敗した時、学園長と話したことを。
『そもそも、君は何故魔術師を志したのかのう?』
俺が魔術師を目指した理由。きっかけ。
それって、一体なんだったけ?
何か、大切な思い出だった気がする。
俺はどうして────。
───断片的な映像が、脳裏にぼんやりと蘇る。
森。暗闇。魔物。迫る牙。
一瞬の閃き。悲鳴。
そして聞こえた声────。
俺は、確か、あの日─────。
「でも確かに変わったよな〜、アレン。どうしたよ、心境の変化ってやつ?」
俺の思考はそこで中断された。
いつの間にか席を立ち、俺の隣に立っていたウェインが背中をバンバン叩いてきたからだ。
「やっぱお嬢様の影響か?」
そうかもしれない、と思うことはある。
クラリスは言った。『アレンは凄い魔術師になる』と。
エルド伯爵も愛娘を救った俺に大きな期待をかけている。
その気持ちは裏切れない。
あの日以来、今までみたいに『何もしないで漠然とした日々を過ごすこと』に罪悪感すら感じるようになってしまったのだ。
「お嬢様と出会って生まれ変わった? それだけじゃないよな〜? なあ教えろよ〜。あの夜何があったんだよ〜なあ〜」
「なんにもないって言っただろ! 伯爵に引っ張り回されて、結局お嬢様と話したのは少しだけだよ!」
うっとおしいほどに追求してくる友人に、俺は苛立ちを通り越して辟易していた。
噂話好きの中年女性並みの好奇心で迫ってくるウェインだが、どれだけしつこく迫られたところで、事実何もなかったのだから何も言えない。
そう、何もなかったのだ。
何もなかった。
だからその怖い目をやめてくださいお願いしますルフィナさん。
「いい加減白状しろって」
「だあーっ! もう、しつこいな! なんにもなかったよ! これが真実!」
ウェインを振り払うようにして立ち上がる。
「じゃあ俺試験に備えて勉強するから! じゃあな!」
そのまま逃げるようにして俺は食堂を後にした。
◆
追認試験は二日後。
今まで最大の障害でもあった実技は、バルバトスのおかげで突破することなど容易。
だから、あとは筆記だけ。
ここまで来て悪魔の力を頼るというのに少し思うところもあるが、背に腹は変えられない。
今回ばかりは、この試験だけは落とすわけにはいかないのだ。
これが正真正銘、俺に残された最後のチャンス。
残された時間でなるべく多くの知識を詰め込まなければ……。
そんなわけで俺は自室に急いでいた。
と、呼び止める声。
「落第魔術師のアーレンくぅ〜ん」
俺はピタリと足を止めた。
額に浮かぶ青筋を沈めながら、ゆっくりと振り向く。
────この学園には、俺の嫌いな人間が二人いる。
一人はジェイル。ジェイル・ガルガシア。
学園が誇る天才。
そしてもう一人は────
「落第したのはお前も同じだろうが。クレイグ」
クレイグ・クレイン。
少しパーマのかかった明るい茶髪の少年が、ニヤニヤとした笑みを浮かべて立っている。
ジェイルとクレイグ。
どちらも俺の嫌いな人間だが、どちらの方がより好感度が低いかと言われれば、俺は迷いなくクレイグだと答えるだろう。
ジェイルは自分の才能を信じて疑わず、他人を見下したり侮辱したりすることはあるが、事実ヤツの能力は桁違いなので仕方がないとも言える。
アイツの立っているところから見れば、同年代の他の魔術師などは皆ザコに見えるだろう。ジェイルが立っている場所ほ、俺たち生徒の頂点なのだから。
ジェイルに何を言われても、それは事実なので言い返しようがない。
だから仕方がないのだ。
まあ、仕方ないからといってアイツが嫌いなのは変わらないが。
一方、クレイグは。
……クレイグは、はっきり言って屑だ。
自分だって大した能力がないくせに、自分よりも弱い人間に目を付けて徹底的に痛めつける。要するに生粋のいじめっ子であり、ガキ大将基質なのだ。
俺もまたクレイグの被害者だった。とはいえ、俺の場合は、ウェインという変人で物好きの成績上位者と仲を深めたおかげで救われたのだが。
「……いつもの子分はどうした?」
俺はクレイグに向き直った直後にそう言った。
彼が普段連れている腰巾着の姿が見えなかったからだ。
「ああ……そういや問題起こして追い出されたんだっけ。いや、お前の身代わりか?」
「っ、アレンお前……!」
クレイグの声に怒気がこもる。
心なしか、瞳の奥に炎が見えた気がした。
一ヶ月前、なかなか改善されないクレイグの生活態度に業を煮やした学園側によって、とうとう実力行使が行われた。
しかし何故かクレイグはお咎めなしであり、その子分たちだけが処分を受けたのだった。
理由は単純。
クレイグの出身が貴族だからだ。
エルド家が台頭してからは勢力が弱まったものの、いまだにクレイグの実家であるクレイン家は力を持っている。
学園も無駄な火種は避けたかったのだろう。
だからクレイグだけは守られた。
家の力で。
だがこの件はクレイグにとってあまり触れられたい話ではなかったらしい。
俺に指摘されたのが屈辱だったのだろう。
表情に怒りを滲ませながら近づいてくる。
「落ちこぼれの劣等生が調子に乗るなよ……!」
「劣等生なのはお前もだろ。言っておくけど、俺は脚の怪我で試験に集中できなかっただけで、本気を出せれば筆記でももっと良い成績がとれたんだからな。きっとお前にも勝てた」
大嘘である。
情けないことこの上ないが、クレイグだけには負けを認めたくはないのだ。
まあ、俺が脚を怪我していたのも、クレイグの筆記の成績がそこまで良くはないことも事実なので、あながち嘘ではないかもしれないが……。
「そんなに言うんだったら……っ!」
クレイグがぐっと顔を近付ける。
鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。
やめろよ誰かに見られたらどうすんだ。ソッチだと勘違いされちゃうだろ。
俺は一歩後退する。
クレイグは俺が気圧されたのかと思ったのか、少しだけ満足げな表情を浮かべた。
そして残りの台詞を告げた。
「二日後の追試でどっちがより高得点をとれるかで勝負しろ! 俺が勝ったら、お前は学園を出ていけ!」
「は、はあ!?」
俺は思わず声を上げた。
「なんで俺が出ていかなきゃいけないんだよ! そんなのお断りだ!」
「おー? 逃げるのか? 逃げるのかアレンくぅ〜ん?」
む、むかつく……。
どうやったらここまで人を苛つかせられるんだ。
挑発の天才かよ。
流石にカチンときたので、俺はクレイグの顔を指差して高らかに宣言した。
「いいぜ! その勝負乗ってやる! 俺がお前よりもマシな劣等生だって証明してやる!」
言ってから気付く。
なんて低レベルな戦いなんだ……。
クレイグは俺の返答を聞いて不敵な笑みを浮かべた。
そして踵を返す。
「ハハハッ! せいぜい残り少ない学園生活を満喫するんだな!」
高笑いをあげながら去っていく背中に、俺は叫んだ。
「後で吠え面かいても知らないからなー!」
吠え面ってどんな顔か知らないけど。
やがて、クレイグの姿は見えなくなった。
そして俺は気付く。
「あれ……?」
さっきの勝負のルールだと、クレイグのデメリット一切なくね……?




