駆け込み寺
三人で話をしていると、玄関のチャイムが鳴った。あゆみと母親だった。
「どうも、娘が、御世話になりました。ほんとうに、ありがとうございました」
あゆみも、
「どうもありがとうございました!」と、言った。
アキラが、あゆみに言った。
「あゆみちゃん、良かったねえ~~」
「うん!」
「三輪車、買っていただいたそうで、代金は後で、お支払いします」
ショーケンが答えた。
「いいんですよ。三輪車くらい。あゆみちゃんが喜んでくれれば、それで」
「いいんですか?」
「いいんですよ。気にしないでください」
「ほんとうに、ありがとうございます!」
「それよりも、誰かに追われてるとか?大丈夫ですか?」
「はい。なんとか」
「困ったことがあったら言ってください」
「はい。ありがとうございます」
あゆみ
「じゃあ、怖い人が来ないようにしてください」
「警察には、行かれたんですか?」
「いいえ、まだ」
「これから、行くあては?」
「高野町に友達がいます。そこに、御世話になっています」
「そこは大丈夫ですか?」
「たぶん、そこを知られて、ここに来たんだと思います」
「それは、まずいなあ」
「たぶん、フェースブックを見られたんだと思います」
「本名でやってたんですか?」
「はい」
「おそらく、それだね」
「篠原さんが、とうぶん、ここにいなさいと言っています・・」
「それがいいですね。あまり出歩かないほうがいいですよ」
「はい」
「その男が、高野山から、いなくなるまでは」
アキラが尋ねた。
「その男、あゆみちゃんを知っているんでしょう?」
「はい」
「それはマズいなあ~~。だったら、あゆみちゃんも、外に出さないほうがいいなあ」
「はい」
「外は、ドームハウスの公園だけにしたほうがいいよ」
よう子が言った。
「高野町には、ストーカー法があって、届ければ、ストーカーは、高野町には入れなくなるんです」
「へえ、そんなのがあるんだ」
「届けたらいいんじゃないですか?」
「そうですねえ・・」
「わたしも、一緒に行きますよ」
ショーケンは、ノンアルコールビールを飲んでいた。
「昔、そういう寺があったよな~~」
「駆け込み寺です」と、よう子が答えた。
「駆け込み寺って?」
「江戸時代、夫と離縁するために、妻が駆け込んだ寺です」
「へ~~~え」
「鎌倉の東慶寺が有名です」
ショーケンが諭すように言った。
「一週間も我慢してりゃあ、高野山から出て行くよ」
「そうだね、兄貴!」
「考えてみりゃあ、男も可哀想だよ」
「えっ?」
「自分の煩悩に振り回されて」
よう子が言った。
「ショーケンさん、親鸞聖人みたいなことを言いますねえ」
「悪人往生ってやつですか?」
「はい」
「悪人往生?」
「煩悩に苦しんでいる悪人こそ、救わなければならないという浄土真宗の教えです」
「へ~~~え」
ショーケンが改まって言った。
「とにかく、明日から一週間は、外出はしないことですね」
「はい、そうします」
「欲しい物があったら言ってください。買って来てあげます」
「ありがとうございます」