三輪車
金剛峯寺に辿り着くと、よう子は、早速踊り始めた。
すると、あゆみも真似をして踊り始めた。
「あゆみちゃん、上手!上手!」
外国人観光客も、日本人観光客も、集まって来た。
「あの子、可愛いわ~~」
「上手いぞ、おじょうちゃん」
みんなは、拍手をしていた。
「兄貴、あれ見ろよ!」
「おおお、いいねえ~~!」
「客も集まって来たし」
「こりゃあ、使えるなあ」
「そうだねえ」
「母親、来るかなあ?」
「来るって言ってたんだろう?」
「ああ」
「じゃあ、待つしかないなあ」
昼になった。母親は、まだ現れなかった。
一時になっても現れなかった。いつもの昼食の時間だった。
よう子とあゆみは、近くのベンチに座って食べ始めた。
「アキラ、俺、先に食べるから頼む」
「あいよ」
ショーケンは、よう子とあゆみがいるベンチに座った。
「ママは、いつ来るの?」
「もうすぐ来るわよ」
「もうちょっと待ってね」
「うん」
「あゆみちゃんの分もあるの?」
「はい、あります。作って来ました」
カラフルな、お弁当だった。
「お姉ちゃん、おいしい」
・・
石焼き芋は、四時過ぎに売れ切れた。だけど、あゆみの母親は現れなかった。
「ママは、いつ来るの?」
ショーケンは、二人に言った。
「しょうがない、帰るか!」
「ママは来ないの?」
アキラが、あゆみに優しく言った。
「あゆみちゃん、今日は来ないみたいだ。帰ろう!」
「いつ来るの?」
泣き出しそうな目をしていた。
「あゆみちゃん見てると、こっちまで悲しくなって来たよ」
「しっかりしろ、アキラ!」
「うん!こういうの弱いんだよ、俺」
「アキラさんは、心が優しいのね」
小さい男の子が、母と一緒に、三輪車に乗ってやって来た。
「あれ、いいわ~~!」
アキラが聞いた。
「あれ、欲しいの?」
「うん」
「じゃあ、今から買いに行こう!」
「うわ~~あ、ほんと~~!」
「うん、買いに行こう!」
あゆみは、上機嫌になった。
「よう子ちゃん、三輪車、どこで売ってる?」
「自転車屋さんに売ってるわ」
「じゃあ、そこに行こう!」
「自転車屋に行ってから、買い物に行くか?」
「そうしょう、兄貴」
・・
あゆみは、早速、三輪車に乗っていた。
「あゆみちゃん、大丈夫か~~?」
「だいじょうぶで~~す」
「これで、家まで帰るの?」
「うん!」
「遠いよ」
「うん!」
「アキラ、このロープをリアカーに付けて、三輪車を引っ張ってやれ」
「あいよ、分かった!」
・・
「わ~~~あ、動くわ~~!」
「よかったねえ~~」
母親に似たような女性が歩いていた。
「あっ、ママだ!」
「違うよ、あゆみちゃん。よその人だよ」
「ママ~~~~!」
急に泣き出した。
「どうしたの、あゆみちゃん?」
「ママは、どこに行ったの?」
「明日は、きっと来るよ」
「ほんとう?」
「ああ、きっと来る!きっと来るよ!」
あゆみは泣き止んだ。
高野山の鐘が、五時を告げていた。
鐘の音に驚いた、路肩を歩いていた猫が、転んで、ひっくり返った。
あゆみは笑った。
「あ~~らら、猫ちゃん、転んじゃった~~」
アキラも笑っていた。
「猫が寝転んだ!ああ、おかしい!」
一人で受けて、一人で笑っていた。
「ああ、おかしい!」
「昔は、高野山は、女性と猫は入れなかったんですよ」
「へ~~え、そうなんだ。どうして?」
「修行の妨げになるからなんだそうです」