秘密の合言葉
「大通りは、役場を左だったな」
スーパー勝間屋は、郵便局の隣だった。
入ろうとしたら、呼び止められた。
「あら、ショーケンさんじゃりません?」
「ええ、そうですけど」
「わたし、テンプターズのファンだったんです」
「ああ、そうだったんですか」
「観光ですか?」
「ええ、まあ」
「宿坊に、お泊りですか?」
「しゅくぼう?」
「寺の宿のことです」
「ええ、まあ」
「どこの宿坊ですか?」
「それは、・・内緒です」
「そうですよね、失礼しました」
「高野町の方ですか?」
「はい、そうです。生まれたときから」
「そうなんですか」
「サインしていただけません?」
「いいですよ」
「じゃあ、このキャリーバックに」
「何か書くものは?」
「ちょっと待ってください、借りてきます」
女性は勝間屋の中に入って行った。すぐに出て来た。
「マジックで」
「親切なスーパーですねえ」
「ここの店長と友達なんです」
「へ~え」
「ここへは、奥様と?」
「いいえ、男の友人とです」
「じゃあ、奥様は?」
「今は一人です」
「ほんとですか~~?」
「はい」
「恋人とかは?」
「今は、いません」
「え~~~、ほんと?」
「はい」
「嘘でしょう?」
「いいえ、本当です」
「じゃあ、わたしと結婚して~~」
「ファンの乗りですねえ」
「へへへ、思い出しちゃった」
「考えときます」
「わ~~~あ、超嬉しい~~い!」
まんざらでもなかった。ショーケンのタイプだった。
「わたしの名前は、麻田洋子」それから、電話番号を告げた。
ショーケンは苦笑いした。
「いや~~あ、今日は色んなことがある日だなあ」
「何を買いにいらっしゃったんですか?」
「ノンアルコールビールです」
「へええ、好きなんですか?」
「好きというより、飲むと眠れるんですよ」
「ほんとですか?」
「はい、睡眠薬よりも」
「ええ、ほんと。じゃあ、私も買って飲んでみようっと」
二人は、勝間屋の中に入って行った。
ショーケンは、ビールを買って、彼女は食材とビールを買って出て来た。
「うわ~~、ショーケンと同じビール!」
「眠れますよ」
「最近、不眠症なの」
「不思議なくらい眠れますよ」
「アルコールのビールじゃあ、駄目なんだ?」
「駄目なんですよ~~」
「高野山には、どのくらいいます」
「さあ~~~?」
「じゃあ、帰るまでに、もう一度会ってくれます」
「いいですよ」
「じゃあ、そのときは電話してください」
「了解」
「じゃあ、指切りげんまん」
ショーケンは、右の小指を出した。
「わ~~あ、ショーケンに触っちゃった、嬉しい~~!」
「そんなに?」
「この小指、とうぶん洗わないでおこ~~っと」
「そんな馬鹿な」
「きっと、今夜は眠れそうにないわ~~」
「ビール飲んだら、眠れますよ」
「秘密の合言葉は?」
「スリー・ツー・ワン」
二人は、顔を見合わせて笑った。彼女は、小さな声で歌いだした。
スリー・ツー・ワン お~~ いえ~~ ♪
二人がいつも~ 会うときは~~ ♪
これが 秘密の合言葉~~ ♪
高野山に、嫉妬深い闇が訪れようとしていた。