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夜の目撃者

作者: 倉下 漂

私はクリスマスというイベントが嫌いだ。クリスマスの深い眠りを妨げる音楽が、どこに逃げても追いかけてくる照明が、皆を幸せにしようとする雰囲気や策略がとにかく嫌いだ。


年々嫌気が増していき、今年も眠れない夜が来ると思い目の前の暗闇をずっと眺めていた時だった。

階下の部屋で親子喧嘩が聞こえる。小学生くらいの子供。少年と青年の真ん中。幼少と青春の隙間。後ろ足だけ生えたオタマジャクシくらいの年齢の少年が泣きわめき、床を跳ねまわる騒音。少年に言い返す母親の叫び。最後に聞こえたのは「プレゼントにそれはいらない。サンタはいない、どうせ父さんか母さんだ」という少年の断末魔。15分くらいの戦争が終わりクリスマスはいつもの憂鬱なイベントに戻った。


その後、私は興味本位で少年の行動を観察することにしてみた。

負け戦の後の少年。特にこの年頃の少年は負けた後の復讐が面白いと思っているからだった。


少年はすぐにサンタ用の罠を部屋に用意し始めた。少年の部屋にある限りある資源と、少年の僅かな知恵で部屋中に罠が設置されていく。サンタの正体が知りたいのか、正体を知ったうえでの復讐か。少年の部屋は今夜現れるであろう敵に対して徹底抗戦を見せていた。


また少年はサンタの出現をまえにしてプレゼントの内容を書き換えた。このタイミングでのプレゼント変更はサンタという夢や希望を押し付けて去っていく人物に対して大きな打撃のはずである。準備ができない。少年の策略か、偶然か少年は敵の弱点を的確に突く一撃を放っていた。


やはりこの年頃の少年は面白い。今年のクリスマスはほんの少しだけ面白い気持ちになることができた。

少年が策を張り巡らせるのを見守っていると上の住人から声をかけられた。


「そんなに面白いのかい?」

「ああ。例年の退屈なクリスマスを思い返せばとても楽しいよ」

「君は相変わらずひねくれている」

「君みたいに目立ちたがり屋じゃないからな」

「僕は目立ちたいわけじゃない」

「でも君はサンタの次くらいにはクリスマスの主役じゃないのかい?」

「サンタの次はトナカイかケーキだろうよ」

「そうかもな」

「君だってトナカイに似ているから人気がでそうだけどな」

「青鼻のトナカイに似てると言われても嬉しくはないね」

「そうかい?ケーキに飾られるイチゴよりはマシだと思ったけどな」

「どっちも嫌だね」


そんなくだらない会話をしているうちに気づくと少年は疲れたのかベットで眠りについていた。

少年は今年もサンタには会えないらしい。


「そろそろ来る頃かな?」

「例年通りならな。プレゼントの内容が変わったサンタがどんな顔するか気になるな」


そして夜の訪問者であるサンタは現れた。どこからともなくスルっと。ヌルっと部屋に現れた。40歳くらいの男性だった。

少年は寝ている。サンタは少年が書いたプレゼントの希望用紙を確認し、哀しい表情をしたのち少年に近づいていく。

サンタは少年の仕掛けた部屋中の罠をスイスイと躱していく。まるで少年が仕掛けていたのを見ていたかのように軽やかに。寝ている少年に近づいていく。

少年のベットの3歩手前。少年が足元に仕掛けたタコ糸にサンタは引っかかった。

サンタは少年のベットに前のめりに転倒し、少年の顔面を殴りながら倒れこんだ。

突然の痛みで覚醒した少年の目の前にはサンタがいた。サンタは少年に静かな声で伝えた。

「君が書いてくれたプレゼントはすぐに君のものになる」

少年は突然の状況に混乱しているようで目を開いてサンタを見ている。

「サンタを見てしまった君は来年からプレゼントは貰えない。これまでの楽しかったクリスマスは今年が最後になる。次は君がサンタになってクリスマスをする日がいつかやってくる」

少年はサンタの言葉にうなづく。

「君のサンタに期待しているよ」

少年に真実を伝えたサンタは呆然とする少年を残し部屋から消えた。

少年はサンタに殴られた頬の痛みに現実を噛みしめながら涙を流した。


私は少年とサンタの一部始終を眺め、クリスマスの終わりを実感した。

感傷に浸る私に上の彼が話しかけてくる。


「噂には聞いたことがあったが、本当にサンタが未来の自分ってことがあるんだな」

「そうみたいだな。毎年来るあの家族の父親とは違っていた」

「今年で少年のクリスマスは終わりだそうだぞ」

「これで私もゆっくりできそうだ」

「少年のクリスマスが終わっても世間は毎年クリスマスだからまた明るくなるんじゃないのかい?」

「サンタはプレゼントが手に入るって言ったんだ。きっともうクリスマスツリーも飾らないさ」

「まだ僕はここで輝いていたいものだけどな」

「私は君と違ってゆっくりしていたいのさ」


少年の最後のクリスマス。

少年の部屋のクリスマスツリーの青い球と星の会話は朝まで続いた。

翌日。

少年の家に母親の姿はなかった。

代わりに見知らぬ女性が母親の真似事をしていた。


直前に書き直してサンタに準備してもらったプレゼントは新しい母親。

どうやらサンタは本当にプレゼントを用意してくれたらしい。




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