十一話 この島は誰の物?
『サンズのお陰だね!』
バサッバサッと島の海岸に舞い降りながら、ショウはサンズが見つけてくれたのに感謝した。砂浜と言うより有孔虫が砕けた星の形の砂を、ララなら見たがるだろうなぁと、一すくいして下にサラサラとこぼした。
海岸から少し入るとジャングルになっていて、ショウは蛇が苦手なので足を踏み入れる気持ちにはならない。
『ゴルチェ大陸も、ジャングルには蛇がいたんだよ~。昆虫は大丈夫だけど、蛇は駄目だ!』
『脅かさない限り、蛇は悪いことしないよ』
サンズの意見には耳を貸すショウだが、この件は駄目だと身震いする。
『あっ、良いもの見つけた』
砂浜から取れる所に椰子の実が見えたので、サンズに乗って一、二個取った。
『サンズ、島の上をグルッと一周してくれ』
ショウに褒められて、上機嫌なサンズは島の上を丁寧に一周する。
島の真ん中には山があり、ゴツゴツした山肌から火山かもしれないとショウは思った。空から一周してみて、結構大きな島だとショウは喜ぶ。
『しまった! この島の位置を計測する道具を持って来てないよ。サンズ~、カドフェル号に帰っても、又この島に来られる?』
『来られるさ~』
『サンズ、すごいね! じゃあ、カドフェル号へ帰ろう!』
ショウは今度からは計測する道具は必ず携帯しようと反省しながら、サンズ任せでカドフェル号へ帰艦した。
カドフェル号ではレッサ艦長が何時もならかなり前に見回りから帰って来ている筈なのにと、ショウを心配していた。
「九時の方向に竜が見えます~」
見張りが示す方向を、レッサ艦長は望遠鏡で覗き、小さな竜の影を見てホッとする。ぐんぐん小さな竜は大きくなり、バッサバッサと甲板に舞い降りる。
「レッサ艦長、島を見つけました。ほら、椰子の実ですよ」
ショウはサンズから飛び降りると、レッサ艦長に取ってきた椰子の実を投げる。乗組員達は島があると聞いて、歓声をあげた。
「ページ甲板長、乗組員達を静かにさせろ!」
士官の命令で、甲板長のページが静かにしろと背中をどやしつけて歩いた。
「ショウ王子、その島の位置は? 島に水は有りますか?」
レッサ艦長の当然の質問に一つも答えられず、恥ずかしさに赤面する。
「え~、位置ははっきりはわかりませんが、北に7パーン位かな……結構大きな島で、ペナン島の二倍はあったけど、水は調査して無いんだ……ジャングルには、蛇がいそうで……」
大手柄なのに、申し訳無さそうなショウ王子を呆れて眺めたレッサ艦長は、気を取り直して北へ舵を取らせる。
「ペナン島の二倍の大きさで、ジャングルなら、水もある筈だ! もし、無人島なら……」
上機嫌なレッサ艦長にサンズが見つけてくれたと報告しているショウを、ワンダーは乗組員達に命令を下しながら呑気だなぁと呆れる。
「無人島なら、発見者の物になるんだろ。ショウ王子の物になるのかな?」
「いや、この新航路発見の航海はアスラン王の命令だぞ」
「カドフェル号にも恩賞がでるかなぁ」
士官すらも浮き足立っているのだから、乗組員達に落ち着けと甲板長が怒鳴りつけても効果は薄い。
「僕は島に帰って、位置を計測して来るよ」
カドフェル号が島にたどり着けなかったら、皆の期待が大きいだけに失望してしまうだろうと、ショウはサンズと島の位置を計測して来る。
艦長室で海図に島の位置に×を書き込むと、レッサ艦長はペナン島とゴルチェ大陸の中間点よりは東だと確認して、士官に島へ向かえと命令した。
「島が見えたぞ~」
見張りの言葉で、全員が甲板で目を凝らす。士官達は望遠鏡で、見張りの示した方向を見た。
「島だ!」
未知の大海原を航海して不安を持っていた乗組員達は、飛び上がって喜んだ。
レッサ艦長は正式な調査隊を島へ送った。
「上からなら、島全体を見れますよ」
ショウが蛇嫌いなのはゴルチェ大陸西海岸の測量した時から知っていたが、こんなに重大な件なのにと溜め息をつく。乗組員達がジャングルを切り開くのを待てなくて、水の存在の確認と、住民がいるのかを調査したいとレッサ艦長はショウと竜で上空から島を何度も周回する。
「ショウ王子、あそこに小さいけど水がありますね。降りられますか?」
丁寧に島の上を飛ぶと、ジャングルの木々の間に水が反射しているのに気づいた。
「レッサ艦長~、ジャングルですよ~」
渋るショウに、レッサ艦長は私だけでも降りますと強固に言い張る。
『サンズ、なるべく開けた所に降りてくれ』
『無理だよ~! 水の周りには植物がはえるものだろ』
『あっ、あそこの岩場! ねぇ、サンズは器用だから、狭い所も降りれるよね』
ショウに褒められると、サンズは嬉しくてジャングルの間をぬって岩の上に見事に降り立った。
「そこまで蛇が嫌いですか……」
レッサ艦長は呆れたが、竜から飛び降りると岩の上から下の湖を見た。
「飲めるかな?」
ショウも渋々レッサ艦長に付いて湖の辺まで歩いて行く。
「湧き水ですね。火山活動で島が出来たのかな? 温泉もあると嬉しいな~」
何処までも呑気なショウに、大物なのか? 馬鹿なのか? と不遜な疑問を持ったレッサ艦長だが、湧き水を飲もうとしたのは止めた。
「水質を調査しないと駄目です。士官達に水質調査の道具を持って来させて下さい」
「レッサ艦長をここに残してですか? もし、蛇でも……いえ、敵対的な住民がいたら大変です」
蛇は平気なレッサだが、艦長として一人で未知の島に残るのは何かあったら指揮官不在になるので拙いと思い直す。
「浜の調査隊の所へ送って下さい」
王子をこき使うのは如何かとも思ったが、さっさと調査してゴルチェ大陸へ向かわなくてはいけないのだと自分に言い訳する。
ショウはカドフェル号の士官達に水質調査の道具を持たせて、湖へと帰った。
「湧き水は飲めますね。湖には葉っぱや枝が堆積しているし、ボウフラがいます。少し濁ってますから洗濯や身体を洗うのは大丈夫でしょうが、飲まない方が良いでしょう。でも、整備したら水場として使えますし、もう少し海の近くに井戸も掘れるかもしれませんね」
水の確保は航海では重要なので、島の水が飲めると知ってレッサ艦長は喜んだ。浜に上陸した調査隊はジャングルを湖まで切り開き、海への小川を発見した。乗組員達は新鮮な水を汲んだり、椰子の実や、自生している芋を焼いたりする。
島の裏側にも調査隊を派遣したが、人影は見つけられなかったし、大海原の孤島に人が住んでいた様子は無かった。
「無人島なら、誰の所有になるんだろう」
カドフェル号の全員が議論していたが、ショウは一人で砂浜にしゃがんで星砂をハンカチに包む。ワンダーはショウが立ち上がると、ハンカチを大事そうに胸にしまったのを不審に思って、何をしているのかと尋ねた。
「ほら、この砂は珊瑚礁が波で砕けた物なんだ。星みたいだろ、ララにお土産にしようかなと思って……砂なんて喜ばないかな?」
ワンダーは未知の無人島を発見したのに、許嫁が星砂を喜ぶかを心配しているショウを怒鳴りつけたくなったが、大きく深呼吸して我慢する。
「それより、この島の名前を付けませんと」
砂をもう少しハンカチに包んでいたショウは、ワンダーを見上げて名前? と聞き返した。
「発見したのはショウ様なのですから、当然でしょう」
「え~、発見したのはサンズだよ。では、サンズに名前を考えさせよう」
竜に名前を付けさせようとするショウを、ワンダーは慌てて止めた。
「貴方はサンズの絆の竜騎士なのですから、ショウ様が名前をつけた方が良いです」
竜が発見者だなんて、航海日誌に記入出来ないとワンダーは言い切る。
「レッサ艦長に聞いてみるよ。艦長はカドフェル号の上では、総ての権限を持っているんだからさ」
ワンダーは、それは普通の士官達や、乗組員達に関してで、王子である上に新航路の発見をアスラン王に命令されているショウには及ばないと考えた。レッサ艦長も同意見で、ショウが命名するべきだと言った。
「名前ですか……ララ島? 蛇がいそうな島に、ララの名前を付けたく無いなぁ。父上の名前でも付けるか? アスラン島?」
「王様の名前を呼び捨てするのは、如何なものでしょう」
そんな名前を付けたなんてアスラン王に報告したら、睨み付けられるとレッサ艦長は止める。
「う~ん? サンズ島は? 本当はサンズが島を発見したんだもの」
レッサ艦長は竜好きなアスラン王なら、サンズ島でも怒らないだろうと頷く。
「サンズ島! それにしましょう」
脇で聞いていたワンダーは、そんないい加減な決め方で良いのかと思ったが、ショウとレッサ艦長が決定した事に文句は付けられない。
『あの島を、サンズ島という名前にしたよ。サンズが見つけたんだからね』
『え、私の名前を付けてくれたの! 凄く嬉しいよ~』
サンズが巨大な身体を身悶えさせて喜ぶので、ショウは蛇がいそうだからララの名前を付けなかった事は秘密にしようと思った。
「サンズ島の本格的な調査は、カリン兄上がされるんだろうな。カリン兄上は蛇がいても平気かな?」
ワンダーは従兄のカリンは蛇など恐れないと断言する。
「やっぱり、カリン兄上が後継者になれば良いのに……」
ワンダーはカリンを士官として尊敬していたが、ショウほどの企画力と強運を持って無いと溜め息をついた。
サンズ島へ寄り道する為に7パーン北上したカドフェル号は、逆流していた海流からも逃れられた。乗務員達もサンズ島を発見して、海の果てに向かって無謀な航海をしているのではという不安も払拭されたし、ゴルチェ大陸を目指して東に向う。




