14 ミーシャの里帰り
春のナルシス王子の結婚式には、ミーシャを連れて行くとショウは決めていた。他の後宮にいる妃達は幼い赤ちゃんを抱えているし、ミミは見習い竜騎士としてリューデンハイムで大使館付きの竜騎士と訓練を受けている。
「まぁ、ルドルフ国王は娘のミーシャ様に会いたいでしょうしね」
ロジーナは、やはりショウ様はミーシャに優しいと少し残念に思うが、愛しいカイト王子の側に居たいとも思うので我慢する。
「帝国風のドレスにするか、東南諸島風の衣装にするか迷っているのです」
リリィは相談を受けると少し考えて、東南諸島風の正装を用意した。
「結婚式は、ショウ王太子の妃として参列されるのですから、こちらを着た方が良いと思いますわ。その他は、着なれておられるドレスでもよろしいのでは?」
賑やかにドレスや東南諸島風の衣装を選んでいるミーシャとは余所に、ショウはまた外交合戦だと頭が痛い。
「まぁまぁ、そんなに嫌そうな顔をなさらないで下さいね」
バッカス外務大臣と、ナルシス王子の結婚式に参列する各国の王族や大使達との会議について、あれこれ話し合っているが、マルタ公国とサラム王国には近づきたくない気分だ。
「それより、マウリッツ大使の動向に注意して下さい」
三国同盟が締結されたらどうするのか? と課題を押し付けられたが、ショウは解決策はわかりきっているのにと、腹を立てる。ミーシャとの結婚式でケイロンを訪問した時も、アレクセイ皇太子からニコライ王子との縁談を仄めかされたのだ。
「ララの娘を二人とも他国に嫁がせたくはないから、友里亜と名づけたのかな? それに、カザリア王国の王族と仲の良いメリッサの娘にバイオレットという帝国風の名前を付けちゃったし……」
ララとメリッサに指摘されて、ショウは自分が無意識に名前を選んでいたのに気づかされた。自分が冷酷な父親に思えて落ち込むが、未だ先のことだと頭を横に振った。
「ミーシャ、寒くないかい?」
ショウ王太子の旗艦ブレイブス号は、ローラン王国のゾルダス港に威風堂々と寄港した。メインマストの上には金の旗が春の風にたなびいている。ミーシャは、海賊に売り飛ばされそうになった港だが、そこでショウ様と知り合ったのだと微笑む。
「まぁ、私はローラン王国で育ちましたのよ。レイテに比べると寒いですが、春ですもの」とは言ったものの、ショウに薄い外套をかけて貰うとホッとする。
「すっかりレイテに馴染んだみたいだね」と抱き寄せられて、ミーシャは頬を染めた。結婚して半年のミーシャは、未だ乙女のような風情がある。しかし、外見はかなり変わった。
出迎えの大使館付きの竜騎士と共にサンズと首都ケイロンの大使館へ向かい、リリック大使に出迎えられた。
「ようこそ、ショウ王太子! ミーシャ妃? 凄く美しくなられましたね」
リリック大使の賛辞にミーシャはどぎまぎして俯いたが、確かにこの半年で美しくなった。日焼けした小麦色の肌と、後宮の侍女達が美容の腕をふるった成果の艶やかな栗色の髪、そして前とは違う目の輝きが、ミーシャを数段上の美人に見せている。
「リリック大使、私の妻を口説かないでくれ」
冗談を言いながら、ショウは長旅の汚れをお風呂で落とすことにする。ミーシャが、王宮を訪問するための着替えをしている間に、略礼服に着替えたショウは、サロンでざっとケイロンに集まった王族や外交官との会議の打ち合わせを済ませた。
「サラム王国のヘルツ国王は、クーデターを鎮圧しようとして失敗し、戦闘で傷をおって亡くなったみたいですね」
ショウもヘルツ国王が亡くなったのは聞いていたが、愚かなピョートル王太子が国王になったらもっと悲惨だろうと眉を顰める。
「流石にクーデターが起こっている自国を放置して、ナルシス王子の結婚式に誰も来ないだろう」
ショウ王太子の希望的推測は、リリック大使に否定された。
「いやぁ、それどころか……ピョートル王太子は各国に亡命したいと申し込んでいるのです。だから、ケイロンにも使者を送ってますよ」
ショウは絶対に関わるな! と手もみをしているリリック大使に釘をさした。東南諸島としては、サラム王国にこれ以上は関わりたくないと断言する。
「まぁ、誰も相手にはしないでしょうが……」
リリック大使は、ピョートル王太子を使っての陰謀を何個か考えていたが、ショウ王太子が毒で死線を彷徨ったのを思い出して、今回はパスすることにする。それに、ニコライ王子との縁談という大イベントが待っているので、ショウ王太子の機嫌を損ねたくなかった。
ミーシャ妃をエスコートして王宮へ向かうショウ王太子を見送ったリリック大使は、どうして政略結婚に対して頑固なのだろうと溜め息をついた。
「ご無沙汰しております」と挨拶をしたミーシャに、ルドルフ国王は安堵の溜め息をつく。小麦色の肌に灰青色の目を煌めかしている娘が幸せに暮らしているのは明らかだ。
「ナルシス王子、ご結婚おめでとうございます」と、社交辞令を述べているショウ王太子に、ルドルフ国王は感謝する。
「まぁ、ミーシャ様はとても綺麗になられたわね。きっと幸せなのだわ」
アレクセイ皇太子も、大人しいミーシャが、あの才色兼美の妻達に押し退けられるのではと心配していたので、妻のアリエナ妃の言葉に頷く。
「レイテで毎日泳いでます」とルドルフ国王に暮らしぶりを話したり、ナルシス王子の婚約者のタチアナ嬢とウェディングドレスの話をしたりして、久しぶりの王宮訪問を楽しんだ。
ナルシス王子の結婚式は、ローラン王国の貴族が大勢招待されていたが、列席者は東南諸島のショウ王太子と結婚したミーシャ姫のエキゾチックな美しさに驚いた。白は花嫁に遠慮して、クリーム色の東南諸島の王族の礼服を身につけたミーシャは、端正なショウ王太子と並ぶと一際目立っている。
「本当に綺麗になったなぁ」ルドルフ国王は、花婿のナルシス王子をそっちのけで、ミーシャばかり注目していたが、花嫁のタチアナ嬢が入場すると、流石に祭壇へ目を向けた。
「ナルシス王子、タチアナ妃、ご結婚おめでとうございます」
ショウとミーシャは、祝福の言葉をかけると、若い貴族や令嬢達に場所を譲って、少し離れた場所に移動した。
「ミーシャ、その服も似合っているぞ」と、ルドルフ国王とミーシャが話しているので、ショウは各国の王族や大使達と少し話した。
勿論、その中にはイルバニア王国のフィリップ皇太子とマウリッツ大使、そしてカザリア王国のスチュアート皇太子などもいる。
「ショウ様、ミーシャ妃はとても美しい方ですね」
ロザリモンド妃やリリアナ妃達は、アリエナ妃と談笑しているので、スチュアート皇太子はミーシャを褒めても抓られたりしない。
「おやおや、ロザリーに言いつけますよ」仲の良い義理の兄弟であるフィリップ皇太子が冗談を言う。
カザリア王国の国王は愛人を作りやすいので、ロザリモンド妃は常に監視の目をゆるめないのだ。しかし、幼い頃からぞっこんのスチュアートは、そんなロザリーにめろめろなので浮気などしそうにない。だからこそ、こんな冗談が言えるのだと、ショウも笑う。
「スチュアート様は、紳士だから、褒めて下さったのですよ」
ショウが取りなしていると、アレクセイ皇太子が話に加わった。
「いや、確かにミーシャはショウ王太子と結婚してから綺麗になったよ。やはり、幸せだからだろうね」
ふと、この場にいる皇太子達は、惚れて結婚したのだとショウは気づいた。政略結婚の意味合いもあるが、アリエナ妃などは見合いの相手を変えてしまった強者だ。
……娘達が相手を気に入らなかったら、結婚はさせないぞ……
マウリッツ大使が、ローラン王国の貴族達と打ち解けて話し合っている様子から、三国同盟が締結される可能性が高まっているのを見抜いたショウだが、やはり少し政略結婚は抵抗を感じるのだった。
アレクセイ皇太子、フィリップ皇太子、スチュアート皇太子は、東南諸島のショウ王太子の優れた能力を受け継いだ王女との縁談を、心より望んでいたので、この滞在中に何度となく仄めかされた。




