13 毒の影響からの回復
ショウは毒の影響からの回復に時間がかかった。相変わらず、諜報部員にしたいと思う妻達から、心配した手紙が届く。
「どこから決闘のことを聞いたんだろう?」
メリッサにカマをかけるが、素知らぬ顔をされる。しかし、父上がバラすとは考えられないし、パシャム大使が妻達と繋がっているとも思えない。
「安心するように返事を書かなきゃいけないのだけど……」
ベッドの上で座ったり、少しぐらいなら部屋を歩いたりできるようにはなったが、未だ目眩がおさまらない。まして、妻ごとに返事を書くのは大変だ。
「私から皆様にご様子を書いて送りますわ。それと、ショウ様の代筆を致しましょうか?」
ショウはぎょぎょぎょと驚き、慌てて止める。
「それは……ゆっくりと返事を書くよ~」
レイテで妊娠中の妻達への代筆など、冗談ではないと冷や汗がでる。都合が悪くなると、ショウはメリッサに何か頼むことにしていた。
「スチュワート様とジェームズ卿には決闘の時にお世話になったんだ。回復したら私もお礼に行くけど、その前にメリッサに行って欲しいんだ。負傷したのも、毒でダメージを受けたのも知っておられるから、心配されてると思う」
ショウの側についていてあげたいが、お世話になったスチュワート皇太子に自分の代わりにお礼を述べてくれと頼まれ、メリッサは喜ぶ。
「もちろんですわ! 私はショウ様の妻ですもの!」
レイテの妻達の話題から変える為の言葉に、頬を染めて喜ぶメリッサにショウは後ろめたさを感じる。それに、約束を果たしてない。
「元気になったら、新婚旅行に行こうよ!」
約束したまま忘れられたのかと、メリッサは諦めていた。
「私は結婚した後も、パロマ大学に通わせて頂きました。だから……」
ショウはメリッサを抱き寄せて口説く。
「王太子になってから凄く忙しかったんだ。怪我を理由に休息をとるつもりなんだ」
勿論、メリッサもショウ様と新婚旅行に行くのは嬉しい。二人でいちゃいちゃするが、治療師長にウォホン! と咳払いされる。
「ショウ王太子、かなり回復されたご様子ですな。少しずつベッドから離れる時間を増やしましょう。でも、無理をされてはいけませんよ」
治療師長はニューパロマに来たついでに、手術で使う器具を発注してから帰国すると話した。ショウは、レイテ大学が秋学期から開校するのだと喜ぶ。
「サリーム兄上に丸投げしちゃったなぁ」
治療師長のお許しが出たので、椅子に座っていたが、やはり手紙を書く気力は未だない。妻達への手紙は代筆させられないが、各仕事を任せている兄上達へあれこれとお礼や指示を出す。
「ショウ様、あまり根を詰めないで下さいね」
ショウの名代として、スチュワート皇太子にお礼を言いに行くメリッサが、綺麗な東南諸島の王族の衣裳を着て現れる。
「やぁ、メリッサ! とても似合ってるね。でも、ニューパロマではドレスをいつもは着ているのに?」
ショウに褒められて、嬉しそうに微笑む。
「だって、ショウ様の名代として王宮へ行くのですもの」
頬にキスをして部屋から出るメリッサの後ろ姿から目が離せない。雌豹のようにしなかやか歩き方に、うっとり見惚れていたが、ルードを思い出して眉を顰める。
「サバナ王国の乾期は終わったかな? 二人の王子は無事に乗りこえられたのか……」
口述筆記させていた大使館員に、調べてくれと言うと、ベッドへ戻る。なかなか体力が戻って来ないのがもどかしい。メリッサが帰って来るまで一眠りする。
若いショウは少しずつだが確実に体力を取り戻し、竜舎までサンズに会いに行けるようになった。
『サンズ、心配かけたね』
サンズは、ショウが元気になったのが嬉しい。こうして一緒にいると、心配でカチコチになっていた心が溶けていく。
『二度と決闘なんてしないでね!』
ショウはサンズに何度も謝り、気がすむまで側にいてやる。パシャム大使が、竜舎に探しに来た時には、安心したサンズに寄りかかって眠っていた。
「おや、まぁ、こんな場所で眠られるとは……」
子どもの頃からお世話してきたパシャム大使は、本当に回復されて良かったと、目に涙を浮かべる。しかし、パシャム大使はカザリア王国からシェリー姫の縁談を再度打診されていたのだ。メリッサ妃が留学中だったので、シェリー姫との縁談は棚上げになっていた。今回、パロマ大学を卒業したので、また持ち上がってきたのだ。
パシャム大使は、ジェーン王妃とスチュワート皇太子が認めてない庶子を嫁に貰うメリットは少ないが、エドアルド国王には恩が売れると天秤にかける。
「それに、エリカ王女の縁談や、ミーシャ姫の輿入れ、ゼリア王女への婿入り! 私も華やかな縁談を纏めたい!」
浮気癖のあるカザリア王国の国王だが、エドアルド国王はジェーン王妃を二度と哀しませたりしないと身を慎んでいるし、スチュワート皇太子はロザリモンド妃にめろめろだ。ハニートラップをかける相手がいないと、大きな溜め息をつく。
「おや? なぜ溜め息をついているのかしら?」
いつの間にか、後ろにバッカス外務大臣が立っていた。パシャムが慌てて挨拶をしようとしたが、サンズに寄りかかって眠っているショウの寝顔に見惚れている。
「まぁ! なんて可愛い寝顔かしら! 目を瞑っておられると、幼く感じるわ!」
……この方の能力は優れているが、なぜアスラン王は外務大臣に任命されたのだろう?……
思わずショウ王太子とバッカス外務大臣の間に割って入る。
「もう! 邪魔をしないで……ショウ王太子の寝顔を拝見できる機会なんて、滅多にないのよ。心に焼きつけておかなきゃ」
パシャム大使とバッカス外務大臣が揉めている声で、ショウは目を覚ます。
「もう! せっかくお休みになっていたのに……」
ショウはバッカス外務大臣の差し出した手を持って起きあがる。パシャム大使は無防備すぎるショウ王太子に呆れた。
しかし、バッカス外務大臣は表情を引き締めて、報告したい事があるとショウ王太子に囁いた。
「書斎で聞こう!」
ショウは自分が毒の影響下にあった間、バッカス外務大臣が不在だったのには何か訳があるのだと考えていた。どうやら、メリッサと新婚旅行に行くどころでは無いかもしれないと、厳しい顔をした。




