9 間に合って!
意識を無くしたショウに、サンズはパニックになりかけた。しかし、スチュワート皇太子に早く治療師に診て貰わないといけないと言われ、ショウを大使館に運ぶことに同意する。
「遺体はこちらで引き取ります」
草の上に倒れているザイクロフト卿の遺体を、サラム王国に引き取ろうが、野ざらしにしようが興味はない。しかし、ジェームズはザイクロフト卿が何かズボンに毒を忍ばせていたのではと疑問を持っていた。
「少しお待ち下さい! ショウ王太子の怪我は意識を失う程のものではありません。ザイクロフト卿の剣を見せて下さい」
サラム王国の武官も、決闘中の不自然な動きに気づいていたが、自国の王の庶子を殺されたのだ。
「なんと無礼な!」不正を知られたら恥さらしだと、腰の剣に手を掛ける。
「スチュワート様、ショウ王太子を大使館に運んで下さい! 私は剣を手に入れてから、向かいます」
スチュワートも剣に毒を塗ったのではと疑念を抱いていたので、毒の種類を知った方が良いと同意する。
「でも、一人だけでは! 私も残ります!」
サラム王国の付き添い人は一人だが、御者もいると、バージョンは心配する。
「ショウ様を急いで大使館に運ばなくてはいけない。それに、これは決闘では無いから、ジェームズの騎竜がやっつけるさ!」
一人ではショウ王太子を運べない。バージョンはスチュワート皇太子の騎竜に、ショウ王太子を抱き抱えて乗る。
「さっさと片付けて来い!」
ジェームズに、そう言い捨てて東南諸島の大使館に向かう。サンズももちろん一緒に行く。
後に残ったサラム王国の武官は、竜が参戦するなんて卑怯だ! と騒いだが、無駄な抵抗は止めた。怒れる竜に怯えたのだ。ミンチにはなりたくない。
ジェームズは剣とズボンの一部を切り取って、東南諸島の大使館に向かう。
「間に合ってくれ!」
上着に包んだ剣とズボンの切れ端は、ベトベトした物がついていた。ジェームズは、卑怯な手口に怒りを感じながら、大使館に急ぐ。
ショウの命を救おうと、ジェームズ卿が東南諸島の大使館に急いでいた頃、バッカス外務大臣もニューパロマに急いでいた。
『マリオン! もっと急ぐのよ!』
パシャム大使からの緊急の手紙を持った竜騎士のレグナム大尉がレイテに行く途中、メーリングでバッカス外務大臣に逢ったのだ。バッカスは、ザイクロフト卿がユングフラウに現れたと報告を受けて向かう途中だった。
「何ですって! メリッサ妃を誘拐しようとした! それにショウ王太子と決闘! しまったわ……」
自分で身内の恥を始末するつもりだったのに! マリオンを夜通し飛ばす。
「間に合って! ショウ王太子が決闘だなんて、駄目よ!」
しかし、無情にも夜が明けていく。バッカスは、それでも休むことなくマリオンを急がせた。
大使館では、ショウ王太子が夜明け前にバージョンと決闘に出向いたのを知ったパシャム大使が、生きた心地もしないで待っていた。
「ショウ王太子が!」
サンズの咆哮で空を見上げたパシャム大使は、バージョンが抱き抱えているショウ王太子を見て、気絶しそうになった。しかし、気絶などしている場合ではない。
「早く運びなさい! 治療師に診て貰わないと!」
武官達がショウ王太子を大使館の中に運ぶ。治療師が部屋に駆けつけて、治療をし始める。
パシャム大使は、やっとスチュワート皇太子がいるのに気づいた。今までは、ショウ王太子しか目に入ってなかったのだ。
「スチュワート皇太子、もしかして立会人をされたのですか?」
どうしてこんな事態になったのかと、バージョンを問い質したいが、カザリア王国の皇太子の前では控える。
「ザイクロフト卿は、決闘の途中で剣に毒を塗ったのかもしれません。彼奴は死を免れないと悟って、卑怯な真似をしたのです」
パシャム大使は、毒と聞いて顔色を変えたが、スチュワート皇太子に立会人の礼をして引き取って貰おうとする。自国の王太子の危篤に、他国の皇太子に気を使っている場合ではないのだ。
「スチュワート皇太子、畏れ入りますが……何事ですか! 騒々しい!」
ショウ王太子が意識を失う程の重傷を負い、東南諸島の大使館は厳戒体制だ。そこに、遅れてジェームズ卿が竜で乗り込んできたので、通せ! 通さない! と揉めていた。
「ジェームズ卿です! パシャム大使、ザイクロフトが使った剣を持って来て下さったのです。毒の種類がわかった方が良いので!」
バージョンの言葉の途中から、部屋から走り出る。パシャム大使は転がり落ちる勢いで、ジェームズ卿から剣と布を受けとると、武官に治療師に持って行かせる。
「ジェームズ卿、ご無礼を致しました。このご親切には後ほどお礼を申しあげます」
スチュワート皇太子とジェームズ卿は、パシャム大使が大使館から辞して欲しいのだと察した。容態は心配だが、今は自分達が居ても邪魔なだけだ。
「ショウ王太子が回復されるのを祈っています」
二人が立ち去ると、パシャム大使はショウ王太子の治療に付き添う。何もできないが、側から離れる気持ちにならない。
「バルーナー師! どうなのだ!」
治療師は、届けられた剣と布を深刻な顔で調べる。顔の傷や、肩の傷の血止めはしたが、毒の種類が悪すぎる。
「これは……ゴルチェ大陸に生息するモウドクキイロガエルの毒です。未だ、ショウ王太子の息があるのが不思議な程の猛毒です」
パシャム大使は、息があるのが不思議と聞いて、バルーナー師に殴りかかる。しかし、ブルブルと震える拳を、後からがっしりとつかみ取られ、怒りに満ちた顔で振り返る。
「パシャム大使、治療師の邪魔をしないように!」
バッカス外務大臣に、冷静になるようにと叱られて、へたへたと床に崩れ落ちる。
「ショウ様!」
騒ぎで目覚めたメリッサが、未だ眠り薬の影響が残ったふらふらした足どりで部屋にたどり着く。ベッドに横たわるショウを見て、気絶したのをバッカスは受け止めた。
「治療師! どんなことをしてでも、ショウ王太子を助けるのよ!」
気絶したメリッサ妃を、大使夫人に世話を任せると、パシャム大使とバージョンを連れて部屋から出る。治療師には、治療に専念させなければいけないのだ。




