7 決闘前夜 カザリア王国の人達
カザリア王国の王宮でも、東南諸島連合王国とサラム王国の武官達がパロマ大学で揉めた件は、大スクープになっていた。スチュワート皇太子が住む離宮でも、若い側近達が集まって、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
「何だって! ショウ様がサラム王国の外交官と決闘するのか?」
スチュワート皇太子は、ショウ王太子を幼い頃から知っているので、何があったのかと驚く。いつも穏やかで、有能なショウ王太子らしくない。
「メリッサ妃を誘拐しようとしたみたいです!」
日頃は優秀な外交官の仮面を外さないベンジャミン卿の怒りを抑えきれない態度に、スチュワート皇太子の側近達は驚く。しかし、皆もメリッサ妃には好意を持っているので、卑劣なサラム王国の遣り口に怒りの声が次々と上がった。
「それにしても、サラム王国は東南諸島に喧嘩を売るような真似を何故したのだ? 海上を封鎖して欲しいのか? 我が国にとっては、海賊を封じ込めて貰えるのは、ありがたいが……」
呑気な事を口にするスチュワート皇太子に、外務大臣の息子のジェームズが雷を落とす。
「万が一、ショウ王太子に怪我、いえ命に別状があったりしたら、カザリア王国も大変な事態になります。そんな呑気な事を言っている場合ではありません。サラム王国と戦争になるかも知れないのですよ!」
サラム王国が庇護している海賊に北部を荒らされているカザリア王国が戦争を宣言しないのは、海軍がお粗末過ぎるからだ。島国でなかったら、とっくに攻め滅ぼしている。
「サラム王国に宣戦布告だ! 東南諸島連合王国と同盟を結んで、一気に攻め滅ぼしてやる!」
若い側近達は、戦争だ! と騒ぎだしている。ジェームズは、議論好きなのに女性にはロマンチックな気持ちを持つ国民性が、メリッサ妃の誘拐未遂事件で盛り上がってしまっているのに危惧を抱く。何時もなら、自分と共に抑えに回ってくれるベンジャミンが一番に、開戦論をぶちあげている。
「スチュワート様、マズイですよ! ベンジャミンは弁が立ちすぎます。このままでは、本当にサラム王国と戦争になってしまいます」
スチュワートも、ベンジャミンが隠してはいるが、メリッサ妃に恋心を持っているのに気づいていたので、これは本当にマズイと思う。
「こら! 軽々な言葉を発してはいけない。サラム王国の外交官が何故メリッサ妃を誘拐しようとしたのか、理由もわかっては無いのだ。単に、横恋慕しただけかもしれない。それなら、ショウ様が夫として、決闘で決着をつければ良いだけのことだ!」
横恋慕! 騒いでいた側近達も、メリッサ妃の美貌を思い出し、それもあるかもとざわつきだす。
しかし、ベンジャミンだけは暗い瞳に怒りの炎を燃やしていた。スチュワート皇太子と、ジェームズは、馬鹿な真似をしないように見張ろうと、目配せをする。
エドアルド国王も、ショウ王太子の決闘を聞き、重臣達と対策を話し合う。
「そのサラム王国の外交官とやらを逮捕しては如何ですか? サラム王国の大使館ぐらいなら、簡単に制圧できます」
軍務大臣の強硬案に、外務大臣のマゼラン卿は、外交特権を無効にするのは危険だと眉を顰める。サラム王国に駐在させている大使以下の外交官達を危険に曝させるわけにはいかない。
「それは、駄目だ! サラム王国がまともな国家では無いとはいえ、カザリア王国まで彼の国と同じレベルに堕ちる訳にはいかぬ」
旧帝国から独立した三大王国として、大使館へ兵を向ける訳にはいかないと、プライドの高いエドアルド国王は却下する。
「ならば、明朝、決闘場所に現れたザイクロフト卿を逮捕しては如何でしょう。パロマ大学で、留学生を誘拐しようとしたのです」
この前まで東南諸島連合王国の駐在大使をしていたシェパード卿は、外交官らしくなく、軍部に近い意見をだす。ショウ王太子とも何度も会っていたし、カザリア王国で何かあったらアスラン王に申し訳が立たないと苛つきを隠さない。
「ユリアン、それは向こうだって考えているだろう。きっと、決闘の場所や時間を変更する手筈を打ってくると思うぞ。私達も学生の頃は、よく決闘騒ぎを起こしたじゃないか!」
内務大臣のジュリアーノ卿は、恋人を争ったり、議論が熱くなりすぎて、何度も決闘を繰り返した青春時代を思い出させる。パロマ大学では決闘を禁止しているので、秘密に手筈を調えるのに苦労したのだ。
「まぁ、それは……だが、私達は血を見たら、そこでお仕舞いという暗黙のルールの上での決闘だった。命のやり取りをするのが目的では無く、自分の正しさを証明するのが目的で、さほど危険は無かった」
一人っ子だったエドアルド国王は、流石に決闘騒ぎを起こしたりはしなかったが、学友達の決闘の付添人は何度がしたこともあった。彼らは剣の腕も立つし、相手の腕か脚にちょっと怪我をさせるだけで終らせていた。
「ショウ王太子は、ザイクロフト卿を殺すつもりなのだな……つまり、どちらかが決闘不可能になれば終わらすルールは拒否するのか? カザリア王国内で、東南諸島の王太子が死んだりしたら、大問題だ!」
決闘騒ぎは聞いていたが、エドアルド国王は自分の学友達の決闘と勘違いしていた。命がけの決闘とわかり、騒ぎ出す。
何を今更! と、重臣達は呆れる。大問題だから、こうして話し合っているのだ。
「外務大臣、東南諸島とサラム王国の大使館を見張らせろ! 命がけの決闘など、許す訳にはいかないぞ。そうだ! スチュワートはショウ王太子と親しい筈だ。あれを大使館に行かせろ! 立会人にならせて、血が流れた時点で止めさせるのだ」
既に両国の大使館は見張っているが、マゼラン外務大臣はエドアルド国王の命に従う。スチュワート皇太子が、決闘を止められるとは思わないが、何もしないよりマシだ。




