3 見習い竜騎士ミミ!
ショウがサラム王国で、ザイクロフト卿の情報を調査していた頃、ミミは見習い竜騎士になった。紺色の制服には、金モールの飾りが付き、灰色のダサい予科生の制服とは違い、スマートで大人びて見える。
「おめでとうございます」
見習い竜騎士になったミミを、大使館で祝う。エリカ王女はミミの格好の良い制服姿が羨ましくて仕方ない。
「私も、来年には見習い竜騎士になるわ!」
許婚のウィリアム王子は、気の強いエリカなら頑張って合格するだろうと微笑む。それに、見習い竜騎士になれば、社交界デビューもするので、パーティが苦手なウィリアムも、パートナーが一緒なら少しは楽しめる。
「私も、早く見習い竜騎士になって貰いたいよ」
竜姫のエリカ王女と、竜馬鹿のウィリアム王子が上手くいくかと心配していたヌートン大使は、仲の良さそうなカップルにホッとする。
「夏休みに、テレーズ様とアルフォンス様と、レイテに行く予定なの。ウィリアム様も一緒に行けたら良いのに……」
ウィリアムも許嫁と一緒に夏休みを過ごしたいと思う。
「サンズがまた子竜を産んだと聞いているし、チビ竜のうちに見てみたいな」
エリカは、竜馬鹿なんだから! と少し拗ねたが、一緒に夏休みを過ごせるのは嬉しいので、笑顔で抱きつく。
「そうだわ! ミミは夏に結婚式を挙げるのね」
エリカの言葉で、ウィリアムは結婚式ならエリカも留守にできないのでは? と尋ねる。
「東南諸島では、こちらみたいな派手な結婚式はしないのです。花嫁が、父親に連れられて後宮に行くだけです。海の女神と、風の神に貢物を捧げ、結婚の誓いをたてます」
ウィリアムは、ブライズメイドもいないのかと呆れたが、話しながらミミがポッと頬を染めて、幸せそうに微笑むので、他国の習慣には口出しをしないことにする。
「あっ! ショウ兄上は、ユングフラウにいらっしゃるの? 私達がレイテにいる間……」
東南諸島では、王女のエリカは、テレーズ王女とは会うのは簡単だが、アルフォンス王子やウィリアム王子とはなかなか会えない。一昨年、ウィリアムがレイテを訪れた時に、何度も会えたのは、ショウがいたからだ。
「本来なら、後宮に入るのですが、あと一年はリューデンハイムに残るので……」
ミミも、実家から後宮に嫁ぎたいと、本心では思っている。しかし、ショウに頼まれて、渋々エリカ王女とテレーズ王女が、もう少し我が儘を抑えられるようになるまで、クッション役を引き受けたのだ。
「なら、一旦は後宮に入って、秋学期からリューデンハイムで修行すれば良いじゃない! 確か、メリッサもそうしたのでしょ? それに……」
他の妃達は懐妊中だから、ショウ兄上を独占できると、そこはウィリアム王子には聞かせたくないので、ミミの耳元で囁く。
「でも、新婚旅行にも行きたいし……」
後宮に嫁ぐのは良いが、新婚中なのに、エリカと一緒に、テレーズ王女やアルフォンス王子やウィリアム王子の接待ばかりでは嫌だとミミは眉を顰める。
「なら、私達がレイテを発ってから、結婚したら良いのよ! 二人で新婚旅行でも何でもしたら良いわ」
勝手なエリカの主張に、ミミは溜め息しかでない。リューデンハイムに1年残るのを止めたくなる。姉とレティシアは二人目を身籠っているし、ロジーナとエスメラルダも一人目を身籠っている。年下なので仕方ないが、出遅れている!
……メリッサが懐妊していないのは、遠距離結婚だからだわ。私も遠距離結婚になるのは嫌よ!……
「あのう……夏休みにウィリアム様達の接待をしたら、リューデンハイムに帰らなくても良いですか? テレーズ様とも近頃は仲良くされていますし……」
駄目元で、おずおずと提案するが、綺麗なエリカの眉が上がるにつけ小声になっていく。
……これは、マズイ! ウィリアム王子の前で、竜姫になったら大変だ!……
ヌートン大使は、ミミが焦るのは理解できるが、二国の関係を強固にする縁談の為には、我慢して欲しいと願う。
「その件は、ショウ王太子にお任せしましょう! 今宵は、ミミ姫の見習い竜騎士になられたお祝いですから」
如才なく話を逸らしたヌートン大使の意図を汲み取り、カミラ夫人は食事の用意ができたようですと、サロンから食堂への移動を促した。
夕闇が迫るユングフラウの街、サラム王国の大使館では、ザイクロフト卿が苛々とサロンを歩き回っていた。
「ラバーン男爵は、何故そんな馬鹿な真似をしたのだ!」
ユングフラウを留守にしていた間に、この1年をかけた陰謀が台無しになった怒りを、地位的には上位の大使にぶつける。リリアナ皇太子妃の側近にしようと経済的な援助をしていたラバーン男爵夫人の夫が、浮気相手に決闘を申し込み、それまでは恋の都では不思議でもないが、相手が剣の達人と知り、領地に逃げ帰るという恥ずかしい真似をしでかしたのだ。
「ラバーン男爵め! 決闘で死んでくれたら良かったのに!」
ラバーン男爵の領地がユングフラウの近郊なら、自分で殺してやりたい程の怒りを感じる。しかし、いつまでも失敗した陰謀にしがみついていても仕方ない。
「その、ラバーン男爵夫人の愛人については調べたのか?」
大使は、若い外交官にすぎないザイクロフト卿だが、王の庶子だとも、ピョートル王太子の側近とも言われているので、傲慢な態度に我慢して報告する。
「マウリッツ外務大臣にやられた! リリアナ皇太子妃は大人しいが、あの父親は厄介だな!」
自分がラバーン男爵夫人に経済的な援助を与え、リリアナ皇太子妃の側近にしようと企んでいたのを、マウリッツ外務大臣に阻止されたのだと、腹の底からの怒りを覚えた。
「ラバーン男爵夫人から、これからも援助をと……」
ふん! と鼻先で笑う傲慢な顔は、凄みがあるほど整っている。大使は、これが自国の愚かな王族の血が流れている男なのかと、ゾクゾクッと寒気がする。それと、同時にピョートル王太子の側近どころか、影の王として君臨するのではと危惧を覚える。
ザイクロフトは、ウィリアム王子と婚約したエリカ王女か、ショウ王太子の許嫁のミミ姫を、ラバーン男爵夫人をリリアナ皇太子妃の側近にして、罠をしかけて拉致しようと考えていた。
警備の厳しい東南諸島の大使館や、竜騎士の養成学校であるリューデンハイムから誘拐するのは無理だが、パーティとかならリリアナ皇太子妃が呼んでいると、側近の貴婦人に言われたら、庭に連れて出る事も可能だ。
「チッ! イルバニア王国での諜報活動は一からでなおしだ! だが、カザリア王国のパルマ大学は、護衛を連れて入れなかった筈だな……」
にやりと笑ったザイクロフト卿の横顔は、外交官というより海賊に見えると、サラム王国の大使は昔の嫌な噂を思い出す。
……バルバロッサという海賊が我が国に居ついていたが、まさか!……
ユングフラウの大使館で、ミミが見習い竜騎士になったのを祝っている頃、ショウはバラキアの大使館でお風呂に入っていた。
「ザイクロフト卿が、バラキアに帰って来るのを待つのも無駄に思えるなぁ……」
遠距離結婚のメリッサを思い出し、そろそろ卒業試験も終わるかなと、訪ねてみようと考え付いた。ザイクロフト卿との決着がこのふとした考えでつくとは、ショウは知らなかった。




