30 第一夫人の溜め息
離宮の洗練された庭には相応しくないが、キャベツはすくすく育っている。ショウは公務で忙しくしていたが、リリィから他の夫人達もキャベツを欲しがっていると聞いてからは、何となく目を逸らしている。
「キャベツ畑の呪いについては、リリィに任せます」
エスメラルダとだけでも、少し恥ずかしい気がするのに、ララやレティシィアともキャベツを採りにいくのかと、考えるだけでくらくらする。第一夫人に丸投げしてしまった。
「メリッサ様も帰国されたら良かったのに……」
リリィは、もうすぐパロマ大学を卒業するメリッサにもキャベツをあげたいと思ったが、東南諸島の女性が勉強する機会に恵まれる事は滅多に無いことなので邪魔はしたくなかった。それでも、帰国されたらと、つい愚痴ってしまったのは、王子が誕生していないからだ。
「満月でなくても、半月や新月でも良いとは聞いていますが……やはりエスメラルダ様には、満月に……」
後は、レティシィアとララの体調で決めようと、溜め息をつく。キャベツ畑の噂をどこから聞きつけたのか、嘆願者が多く、リリィはミヤ様と相談して渡す相手を決めなくてはと、部屋へ行くことにする。
「本当にキャベツを欲しがる人が多くて、困りますわね」
ミヤは、王太子の第一夫人は大変だろうと、リリィを労ってお茶をいれてやる。
「まぁ、とても美味しいお茶ですわ! 私もお茶にはこだわっているのですが、ミヤ様のお茶ほどは美味しくいれられません」
ミヤは、アスランがお茶が好きだから、気をくばっていれているうちに、上手になったのだと苦笑する。
「亀の甲より、年の功ですわよ。ショウにも公務で疲れた時や、相談に来た時には、美味しいお茶を飲ませてやって下さい」
あのアスラン王を支える第一夫人に言われると、重みが違うとリリィは笑う。
「ショウ様は、私や夫人達にも優しいですわ。でも……」
ミヤは、リリィが口にしなかった、王太子としての大きな欠点に、深い溜め息をつく。
「ショウは、小さな時から、一度言い出したら頑固でしたわ。おっとりと、素直で、優しい子でしたが、やはりアスラン様の子どもです。それにしても、夫人を増やしたくないだなんて、貴女も苦労してますわね」
リリィは、愚痴を言っても仕方がないと、この夏にはミミと結婚するし、秋にはローラン王国のミーシャ姫が嫁いでくるのだと、気持ちを切り替える。
「あのう、このような事をお聞きするのは失礼なのですが……ロジーナ様とミミ様との間に何か……」
この部屋を訪ねたのは、キャベツを渡す相手をミヤ様と相談して決める為だ。しかし、リリィには他にも目的があった。前から不可解なロジーナとミミの不仲の原因を、祖母のミヤ様は知っているのでは? と思ったからだ。
「ミミは、ショウのお嫁さんになりたいと、幼い時から憧れていたのです。この件は、アスラン様とカジム様が悪いのですわ。ショウをカジム様の息子にと言われたそうです。それで、息子がいないカジム様が、第六王子で後ろ楯のないショウをララとミミの婿にして、屋敷で一緒に暮らそうと考えられたのです」
リリィは姉妹で後宮に嫁ぐ経緯を、そこまで詳しく知らなかった。ララが初めての許嫁であり、そしてミミが竜騎士だから許嫁に加えられたのだと思っていた。
「でも、ショウは王太子になり、ミミは許嫁から一旦は外されました。元々、カジム様が勝手に言われていただけでしたから。事情が変わったのですから、仕方がありません」
後ろ楯の無い第六王子が王太子になったのだ。今まで通りにはいかないだろうと、リリィは頷く。
「そして、ロジーナとメリッサが新たに許嫁になったのです。ミミは、ロジーナの本性をよく知っています。そして、ショウがロジーナの天使のような見かけに騙されてしまうのではと、焦ったのでしょう。何をしたか、具体的な事は知りませんが、ロジーナに罠を仕掛け、ショウに本性を暴いたのです」
なるほど! それで、あの二人はツンケンしているのだと、リリィは納得する。しかし、王太子の後宮で喧嘩は困る。
「ショウ様は、ミミ様と結婚される時に、私をユングフラウに連れて行きたいと仰ってます。外国を見せて遣りたいと思っておられるのです。その時に、ミミ様と話し合って、ロジーナ様と和解なさるように説得しますわ」
ミヤもアスラン王の後宮を平和に保つ為に苦労したのを思い出し、王家の女が多いショウの後宮管理は大変だろうと同情する。
「本当に、リリィには迷惑を掛けますわ」
ララとミミの祖母として、そしてショウの育ての親として頭を下げる。
「まぁ、ミヤ様に、そんなぁ! それに、私はショウ様の第一夫人になれて、とても幸せなのです。苦労もありますが、遣り甲斐もあります。それに、レティシィア様やメリッサ様は第一夫人を目指しておられるだけあり、とても協力的ですもの。エスメラルダ様も第一夫人とは違いますが、子育てが終わったら仕事をしたいと考えておられます」
この前、挨拶に来たエスメラルダを思い出し、東南諸島の女とは違う考えを持っている女性だと微笑む。ショウの新しい考え方に相応しい夫人だと好ましく思う。
「ショウは、新しい考え方をします。そして、イズマル島の加盟で、東南諸島の未来も大きく変わるでしょう。リリィ、貴女はショウと一緒に歩んでいくのですよ」
アスラン王と共に東南諸島連合王国を旧帝国三国と並び立つまでに発展させたミヤ様の言葉で、リリィは武者震いする。
「もっと勉強して、ショウ様の足手まといにならないようにしなくては!」
張り切り過ぎて疲れないようにと、ミヤはリリィにお茶をいれてやる。しかし、自分もアスラン様の第一夫人になった時は、寝る暇も無いほど忙がしかったと苦笑する。
……リリィは口にしなかったけど、重臣達からのプレッシャーも厳しい筈だわ。ショウの我が儘には困ったものだわね。でも、このまま王子が産まれなかったら、本人に内緒で後宮に妃を迎え入れる荒業をしなくてはいけないかも……
留守がちのアスランに、内緒で重臣や大商人の娘を後宮に受け入れた過去のいざこざを思い出し、ミヤは溜め息をつく。やっと、重い荷物を背負って歩いた道の先に、ゴールが微かに見えてきたのだ。これから、長い道を歩くリリィに同情したが、ほんの少し羨ましくもあった。
……アスラン様ほど、気儘で、留守にされる王はいないわ!……
ショウは、リリィとよく話し合って決めているが、アスラン様はふらっと出掛けたまま半年も留守にしたり、自分勝手過ぎると内心で罵った。
王宮の執務室で、バッカス外務大臣からマルタ公国のヘルナンデス公子の廃嫡の陰謀の説明を受けていたアスランは、ゾクゾクッと背中に悪寒が走った。
……何処かへ逃げ出したいが、メリルはチビ竜達に夢中だからなぁ。それに、サンズがイズマル島へ行く間は、フルールの子守りをすると張り切っているし……
「マルタ公国の件も、ショウに任せる!」
苦手なバッカス外務大臣との話し合いは、ショウに任せることにして、気分転換に雛竜達に会いに行くことにする。バッカスはつれないアスラン王の背中を切なそうに眺めていたが、ショウ王太子とみっちり話し合いましょうと、気持ちを切り替える。




