7 過酷な大地
ショウは第一夫人セビリアと、寵妃アメリの使者に会い、アンガス王に赤ん坊と幼児はリアンに置いておけるように言ってみると約束した。
使者達も、アンガス王が一旦決めたことを覆すとは考えてなかったが、藁にも縋りたい母親に急かされて訪ねてきたのだ。
使者達を帰した後で、どうされるのです? と、わくわくした目で見ているメルヴィル大使に、後継者問題に口を挟まないようにと注意してベッドに入った。
「ショウ王太子は何か考えておられるのか? アンガス王に前言を撤回させるのは無理だろう……しかし、私なら恩を売る為にだけに、アンガス王に子供達をリアンに留めるように言いに行くが、あの方は違うと思う」
閉じられた寝室の扉を見つめて、アスラン王とは違ったタイプのショウが、何をするのかとメルヴィル大使はうきうきした。
翌朝、ショウは朝早く起きて、大使館付きの竜騎士ハリッシュ大尉ととセドナ付近を視察した。見渡す限りの草原は、雨期の終わりなので、今は青々としている。
「この草原が、乾期には荒野になるのか……」
ショウは、何か水を貯蓄する方法があるのではないかと、セドナまで視察にきたのだ。
「雨期の始めには川も流れますが、今年は早く乾期になりそうですから、既に干上がってます」
上空から見渡すと、所々に川の形跡と水が少し残っている箇所が見えた。
「これでは、乾期には水の確保が難しいだろう。井戸を掘っても、乾期には涸れてしまうかもしれないなぁ」
せめて、雨期の初めなら、雨を貯めるダムや溜め池を造れたかもしれないが、雨が降らなくなっている現在では遅すぎる。
「長い目で見たら、あちらの山岳地帯にダムを建設することも可能だけど、それでは今年の乾期には間に合わないな。ハリッシュ大尉、セドナでも雨乞いはしているのだろうか?」
ハリッシュ大尉は、内陸部のセドナの情報には詳しくなかった。
「さぁ、リアンでも雨乞いはおこなわれていますが、ちょぼちょぼとしか雨は降ってませんね。私がサバナ王国に赴任して七年になりますが、こんな短い雨期は初めてです。乾期が長くなると、餓死する者がでるかもしれません」
ショウは、周辺の農耕民族から穀類を献上させても、水が無ければ家畜も人も渇きに苦しむだけだと、厳しい自然に愕然とする。
現地にきてユング王子やマウイ王子の為だけでなく、何か方策を考えなくてはいけないのだと、心を悩ませた。
「もっと下流域に移動しては?」
自分で口にした途端、水と餌を求めて大移動する野生の動物と違い、住民達は家畜を手放す覚悟が無ければ、下流域の住民達と争いになるだけだと眉を顰める。
『サンズ、あの水場の近くに降りてくれ』
ハリッシュ大尉は、メルヴィル大使から、ショウを警護するようにと厳命を受けていたから、サンズの横に降り立つと、周囲を見渡した。
竜が二頭も降りてきたので、水場の野生動物は逃げてしまい、セドナの集落からも離れているので村人達の姿もない。
「この水場も乾期には涸れるしまうのか……」
集落からは離れているが、上から見たぶんには一番大きな水場だ。ショウはかがみ込んで、土を手に取って潰してみる。
「粘土層だから、水を蓄えているのか? 此処に深い井戸を掘れば、乾期にも涸れないかもしれないが、セドナの魔術師に相談する必要があるな」
自分が直接に手を加えるより、地元の魔術師にできたら対策を任せたいとショウは考えた。
「後は、抜本的な対策だけど、ダムの建設や治水工事はキチンとした調査が必要だ」
そこまでサバナ王国の為に尽くす必要は無いと、ショウは考えた。無情に思えるが、軍事力の強いサバナ王国がこれ以上勢力を広げるのは困る。
遣り手のアルジェ女王や、ほんわかしたゼリア王女の為になら、パロマ大学の教授に調査を依頼する手筈もするが、子供達に過酷なアンガス王には、そこまでする気にならない。
ダムの建設や井戸について提案はするが、決定はアンガス王に任せようと、ザッとダムに適していると思う土地を上空から観察してリアンに帰った。
「ショウ王太子! セビリア夫人とアメリ夫人から、やいのやいのと催促の使者が来ています」
やっと帰って来たと、メルヴィル大使はホッと安堵の溜め息をつく。
「セドナ地方の地図を用意してくれ」
王宮に向かうのかと思ったショウが、風通しのよいサロンで地図に何やら書き込むのを、メルヴィル大使は何だろうと眺める。
「まだ、ユング王子やマウイ王子はリアンにいるのかな?」
メルヴィル大使は一族郎党を引き連れての移動ですから、まだリアンをたっていませんと答える。
「それぞれの祖父や夫人達の親戚達が、アンガス王に懇願しに王宮に詰めかけていますが、決定を変えることは無いでしょう」
無駄足になるから、王宮に行くのを止めるのだろうかと、メルヴィル大使は困惑する。
「それで、リアンの魔術師は雨乞いをまだしているのだな……」
ショウは『雨乞い』を成功させる真名を考えて、それと少なくとも赤ん坊だけはリアンに置いて貰えるように、駆け引きをするつもりだった。
紙に変な図を書き出したショウ王太子を、メルヴィル大使は困惑して眺めるしかない。
『雨……普通の雨じゃいけないんだ。何かあった筈なんだけど……時雨、豪雨、霙、霰、梅雨、雨期、雨雲……霖! そうだ! 長く降る雨は『霖』だ』
ショウは新しい紙に『霖』『降』と書いて、上着の内ポケットに入れる。
「さぁ、アンガス王に会いに行こう! ユング王子とマウイ王子の下の子ども達を、リアンに置いて貰えるように、交渉しなくちゃ」
メルヴィル大使は、嘆願するのではなく、交渉と聞いて目を輝かす。
「ショウ王太子、何か妙案を考えつかれたのですね!」
陰謀、策略も好きだが、交渉は東南諸島連合王国の得意技だ! メルヴィル大使は生き生きとしだし、ショウは苦手な交渉を任せたくなった。
「でも、メルヴィル大使に任せたら、王女と結婚させられそうだよな」
ふぶるぶるッと身震いして、王宮へと向かう。




