6 ユング王子とマウイ王子
狩りは大成功で、ルードは自分より大きな鹿を仕留めて、狩り場にまで引きずってきた。ルードの子豹達はとっくに親離れしていたが、物欲しそうに周りをうろつく。
『自分で狩りをしろ!』
ガルルルル! と歯をむいて威嚇するが、若い豹達はおこぼれを期待して、狩りには行かない。
「ユング! マウイ! 自分の豹に狩りをさせろ!」
いつまでもルードに甘える子豹達に、自分の不甲斐ない王子達が重なり、機嫌が良かったアンガス王の眉があがる。
ユングとマウイは、自分達の豹を鞭で追い立てるが、目の前のご馳走から離れようとしない。結局、ルードが満腹になるのを待って、その残りに群がる。
アンガス王は、自分の豹も躾けられない王子達にうんざりしたし、ルードがグルルルルと、不満そうな声をあげるのに『わかってる』と返事をした。
『私の子豹達を甘やかして、怠け者にした! だから、ユングとマウイに託すのを反対したのだ』
ユングとマウイには、少しリアンを離れて苦労させた方が良いと、アンガス王は王子達に楽をさせ過ぎたと反省した。
第一夫人のセビリアは狩猟民族出身なので、ユング王子に子供の頃は武術訓練をさせていたが、リアンの王宮で何人もの妻を娶らせてからは贅沢な生活をさせたので、なまりきってしまっている。
そして、農耕民族の首長の娘である寵妃アメリは、マウイ王子に勉強は熱心にさせたが、武術訓練はおざなりにしかさせてない。
ルードは、アンガス王の苛つきを感じて、足元に身体を寄せる。
『お前の子豹まで駄目にしてしまったな』
頭を脚に擦り付けて『これから、鍛え直したら良い』とルードは告げた。
ショウはアンガス王の厳しい顔を見て、東南諸島の第一夫人のように王子達の教育を任せられる存在が居なかったからだと、溜め息を抑えた。
メルヴィル大使は、アンガス王の第一夫人セビリアが本当に殺されるかもしれないと、ゾクゾクッとした。
狩り場での宴会の後、アンガス王はユング王子とマウイ王子を自分のテントに呼び寄せた。
「ユング、マウイ、お前たちはサバナ王国の本拠地セドナで乾期を過ごせ。そこで、豹達と狩りをして一族を養うのだ」
ユングは厳しい乾期を、内陸部のセドナで過ごすのは無理だと抗議する。
「私だけなら、乾期でも耐えられます。しかし、父上、妻や幼い子ども達は……」
アンガス王は、本来はセドナで暮らしていたのだと、ユングの言葉を遮る。
マウイはセドナに行ったことも無かったので、初めは呆然としていたが、ユングの抗議で大変な事態だと悟った。
「父上、私は狩りは苦手です。それに、赤ん坊は、厳しい乾期を生き延びれません」
ユングの子ども達より幼い子どもが多いマウイは、日頃は逆らったことがない父王に、赤ん坊だけでもリアンに置いて行きたいと願った。
「私はセドナで育ったのだ。今年の乾期は厳しくなりそうだが、それに耐えて生き抜く力がない者は、サバナ王国の王族とはいえない」
厳しい命令に、自分達への処刑宣言ではないかと、二人は真っ青になった。
そんなアンガス王の命令が下ったとは知らないショウ達は、大使館に帰ってゆっくりと風呂に浸かり、疲れを癒していた。
「今日の狩りで、二人の王子達は豹を躾けし損なったと、アンガス王を怒らせていたなぁ」
ルードの苛つきを察したショウは、何かアンガス王が手をうつのでは無いかと感じていた。
「メルヴィル大使に、後継者問題には手を出さないようにと、釘をさしておかなきゃ」
朝から宴会まで付き合ったショウは疲れていたが、サンズに会ってもやもやを癒やして貰おうと竜舎に向かった。
『ショウ、疲れているみたいだね』
昨日、餌を食べたばかりなので、サンズは狩りをする必要はなかった。一日中、竜舎でうとうとしながらショウの帰りを待っていたのだ。疲れているのに、顔を見せてくれたショウにサンズは喜んだ。
『竜は子育てを、失敗しないのにねぇ』
ショウは今まで会った竜で、怠け者だったり、絆やパートナーの竜騎士の言うことを聞かないのを、見たことがなかった。
スローンはチビ竜の時にパメラと遊びたいと、後宮の庭をぐじゃぐじゃにしたが、それは本当に卵から孵って間もない分別も無かった頃だからだ。
『ショウのアイーシャやレイナも素直な良い子だよ。ヴェルヌもメールも大好きだと言ってるもの』
幼い娘を思い出し、ショウは竜姫と怖れられないようにしないとなぁと、笑った。
『女の子は、素直で優しく育って欲しい』
サンズはショウの気持ちが伝わるので、アンガス王の王子達による後継者争いに心を痛めているのに気づいた。
『ショウの子どもなら、男の子でも素直で優しいよ』
そうだと良いなと、サンズの目の周りを掻いてやっているうちに、ショウはうとうとし始める。
「ショウ王太子! こんな所にいらしたのですね。大変です! ユング王子とマウイ王子がセドナに追放になりました。それも、妻や子ども達も連れて行けとの命令だそうです」
サンズに寄りかかって、うとうとしかけていたショウは、メルヴィル大使の言葉に驚いて飛び起きた。
「何だって? セドナって、サバナ王国の元々の領地だよね?」
メルヴィル大使は何を呑気なと、ショウを大使館にせき立てる。
「第一夫人のセビリア様と、寵妃のアメリ様から、アンガス王に取りなして頂きたいと、使者が参ってます」
策略が大好きなメルヴィル大使は、目を輝かしているが、ショウは気乗りがしない。
どうもジェナス王子の甘い言葉は寵妃の父親辺りには届いているみたいだが、さほど真剣には取り合って無い様子なので、サッサとスーラ王国に行きたいと思うほどだ。
「蛇は大嫌いだけど、狩猟民族の計画性の無さには呆れちゃう。それに、自分の子どもや孫に、過酷な態度はどうなのかな? 父上は子育てには関心を持たず、ミヤに任せっぱなしだった。でも、商船で東航路を航行するな! 竜で単独飛行するな! と口うるさく注意されたのは、それなりに心配していたのだと、親になって感じる」
応接室とサロンに別れて待っている使者には悪いが、アンガス王が決定を自分の取りなしで翻すとは思えないと、ショウは会うのに及び腰だ。
「メルヴィル大使、アンガス王は何故このような過酷な罰を王子だけでなく、家族に与えたのでしょう?」
アスラン王の王子にしては甘いと、メルヴィル大使は肩を竦める。
「アンガス王も元々セドナで暮らしていたのです。乾期になれば、内陸部の草は枯れ果てて、そこの狩り人はそれこそ命がけで狩りをしました。弱い者は亡くなり、強い者だけが生き残るのです。そして、サバナ王国の王族は豹を使いこなして狩りをすることで、一族を養い、戦闘能力も磨き立てたのです。これは罰ではなく、王になる為の試練ですよ」
使者に会うのを渋るショウに、メルヴィル大使は厳しい自然で生きるサバナ王国の成り立ちを説明する。ショウはレイテでバッカス外務大臣からも聞いてはいたが、実際にこの地で目にすると、狩猟民族の過酷さが胸に痛かった。
「それで、どちらの王子の味方をしますか? アンガス王はショウ王太子が何を言おうと、一度決めたことは覆さないでしょう。しかし、口添えした方は恩義を感じる筈です」
ショウは策略好きのメルヴィル大使を睨みつけ、どうせ口添えするなら、両方の子ども達を助けると返答した。




